第150話 バランス
もし、俺がトレイナと出会わず、マチョウさんと戦っていたらどうなっていたか?
多分、この能力を前に喚いていただろう。
不公平だ。チートスキルだ。とかを。
でも、今はそういうんじゃない。
与えられた才能も境遇も全ては目的のための手段の一つにしか過ぎねぇ。
お坊ちゃまとして育てられた俺もまたそうだ。
自分の手持ちの引き出しをどう活用していくか、どう増やしていくかは自分自身。
だから、今は相手の持つスキルを羨むのではなく、どうこのスキルを倒すのか? 自然とそう考えるようになっていた。
「大魔ソニックジャブ!」
「ぬっ……むっ……」
フリッカーではなく、基本に忠実な細かい左。
衝撃波と直殴りを併用しながら、マチョウさんを小突いていく。
「おっと、豪快な連打とは打って変わり、アースは細かい左を繰り出しています。しかし、本来ならその拳一つで並の男ならふっとぶものの、マチョウには果たして……」
別に効かせるつもりは無い。
必要なのは、リズム、相手との距離、そして相手の呼吸や行動を読み取ること。
「ふふ、何かを狙っているか?」
「さーな」
「だが……自分もそれをいつまでも待ってはいないぞ!」
効いてはいないが、いつまでも左で小突かれているのもいい気はしないはず。
マチョウさんは殴られながらも俺の左を無視してそのまま俺に向かって走ってきた。
「魔極真ナックルアロー!」
大きく振りかぶって拳骨のように振り下ろす拳。大振りすぎる。
だが、これじゃダメだ。
ギリギリまで見極めてから俺はステップで回避。
「おおーっと、マチョウも反撃! ぱ、パンチがそのまま地面に突き刺さり……地面が砕けた!? なんというパワーだ!」
回避するのは造作も無く、今ならカウンターも問題なく入れられただろう。
だが、俺はあえて入れなかった。
「どうした? チャンスだったはずだが?」
「なーに言ってんのさ。カウンター誘い、バレバレ」
「ふふん」
カウンターパンチを使える俺相手に、何の考えもなくフルスイングのパンチを放つほどマチョウさんもバカじゃない。
恐らくは、俺のカウンターを誘い、あえて俺に踏み込んだパンチを打たせる。そのパンチを耐え切り、その直後に俺を捕まえようってところだろう。
仮にうまくいかなくても、俺のカウンターに意識を保っていられる自信があるんだろう。
失敗してダメージを負っても、それはそれで自分は強くなるという考えってところだ。
舐められたものだぜ。
「なら、どうする? 自分はいつまでも続けるぞ! 魔極真ダブルラリアット!!」
今度は両腕を伸ばしてそのままその場で回転。
マチョウさんの豪腕が回転し、闘技場に竜巻が出現する。
相変わらず大振りな技ばかり……
「大魔ソニックチョッピングライト!!」
「ぬおっ!?」
「大魔ラッシュ!」
打ち下ろしの右。といっても、マチョウさんより低い身長の俺が打てば、拳が当たるのはマチョウさんの下半身。だが、ソレが狙い。
回転の軸となっている足を打ち抜いてバランスを崩して転ばしてやった。
そして、崩れてきたマチョウさん目がけて、左サイドに回り込んで、マチョウさんの『腕』に連打を入れてやった。
「ぬっ、う、腕を!? っ……だが……」
普段、防御をしないマチョウさんは、腕や肘を直接殴られた経験はあまりないんだろう。
俺の音速連打を左腕にくらって、僅かに顔を歪ませる。
だが……
「しかし、それでは逆に自分の腕を鍛えるだけだぞ?」
マチョウさんの腕をいくら叩いても、意識を断つには至らず、むしろダメージを受けた左腕がより太く逞しくなるだけだ。
そう、『腕だけ』が。
「大魔ソニックスクリュー!」
「ぬっ……また?」
俺は叩いた。マチョウさんの周りを素早く動き回りながら、左腕を叩いては離れ、また左腕を叩く。
すると徐々にマチョウさんも渋い顔を浮かべてきた。
「こ、これは、どういうことだ? アース。マチョウの腕を叩き続け……し、しかし、マチョウの腕が……腕だけがどんどん……!」
そう、やはり思った通りだった。
マチョウさんのスキル・超魔回復。それはダメージを受けた箇所だけしか強くならない。
「アース……お前……」
「無駄な筋肉を付けて、却って全身のバランスが悪くなっちまったな、マチョウさん」
「ッ!?」
俺に言われ、マチョウさんも苦虫を潰したかのように俺に殴りかかる。
だが、それは見た目は誰が見ても剛腕でありながら、実際に振り下ろされた拳の威力はまるで「キレ」がなかった。
「っ……やってくれたな……」
「へへ、筋肉が大きくなりすぎて、更には全身ではなく一部のみが発達しすぎて、フォームも大きく崩れ、パワーが伝わってねえよ」
人よりも優れた超筋肉を持っているマチョウさんだが、俺が上半身の、しかも腕だけをこの攻防でデカくしたせいで、下半身とのバランスが崩れた。
腕の振りに対して、支える土台がついて来れず、踏み込み後に体が開いて軸もブレる。
「ぬ、う……魔極真水平チョップ!」
「腕の筋肉だけで振り回す……つまり手打ちになってるぜ、マチョウさん」
地面を力強く踏み込んで、腰で打つということができていない。
元々大雑把なフォームだったマチョウさんの打撃が余計に散漫になった。
「ずっと不思議だったんだ。人より筋トレして、人より走って、そんなマチョウさんの打撃が何であんな力任せなのか……」
「……」
「マチョウさん。あんた、どんなにパンチやキックの反復練習をしても、戦うたびに体格や筋量が変わっちまうから、同じフォームで毎回同じ打撃を打てないんだろ?」
トレーニングは全て目的があって鍛える。
パワーをつけるため、スピードを養うため。
そして目的が違えば当然、トレーニングの内容は変わる。
しかし、マチョウさんは自分の意思や目的とは関係なく、ダメージを受けた箇所から鍛えられてしまう。
弱い箇所を強くすることは何も間違ってねえ。
だが、あまりにもつけすぎた筋肉や、本来必要のない箇所の筋肉は却って邪魔になることもある。
だからトレイナは俺にトレーニングを指導するとき「バランス」をいつも重視していた。
強いパンチを打つのに、確かに腕力は必要だが、それだけじゃダメってことだ。
「まぁ、マチョウさんもそのことは分かってたんだろ。だから、普段もあんなに筋トレとかロードワークをしてるんだろ? バランスを調整するために」
しかし、どれほどマチョウさんが普段のトレーニングで体のバランスを微調整しても、こうして一度戦闘が始まれば御覧の通り。
それと……
「それと、マチョウさん」
「……なんだ?」
「腹は減ってないか?」
「……ッ……ふふ」
俺の問いに、マチョウさんは苦笑している。どうやら図星のようだ。
「やれやれ、今日はよく喋るではないか、アース」
「くはははは、生意気なクソガキだろ?」
「まったくだ!」
俺の問いには答えずに、マチョウさんが動く。
「魔極真ナックルパート! 連打!」
「っと……」
「魔極真フロントハイキック! 魔極真レッグラリアット!」
拳の連打の合間に前蹴りやハイキックも混ぜて俺に放ってくる。だが、見切れる。
「魔極真水面蹴り!」
「よっと」
「ふう、はあ……ふぅ……」
そして、幾度もカウンターチャンスはあるが、俺は無闇に打ち込まない。
ただ、機を待つ。
「これは珍しい! マチョウの猛攻です! 激しく豪快なパンチとキックの連打でアースに襲いかかります!」
「すげえ! マチョウにあんなことやられたんじゃ、一たまりもねえ!」
「一発でも当たれば、あの若者、ヤバいんじゃねえか!」
「ああ、一発でも当たれば!」
「一発でも……」
フォームが大きい分、一発一発の攻撃が、大砲が目の前を通り過ぎたかのような迫力は感じる。
だが、それでもやはりキレがない。
「魔極真ドロップキック!」
だから、集中力さえ切らさなければ、油断して被弾するなんてマヌケなことは絶対にしねえ。
「あら~、マチョウがすごい勢いで攻撃してますねぇ。一発でも当たれば怖いです。でも、どうしてアースは反撃しないのですか?」
「その一発が当たらないのですよ、クロン様。そして、アース・ラガンは見抜いているのです。マチョウは超魔回復をすれば、スタミナが大幅に減ることを」
「?」
「だからこそ、あえて手数を多く、さらには空振りを多く打たせているのでしょう。そして……狙っている。一撃を」
周囲は豪快に攻めるマチョウさんに歓声を上げ、俺の顔面スレスレを過ぎる攻撃に悲鳴が上がったりする。
だが、俺は全部見切る。
そんな俺の様子を、特別席のヤミディレからは……そして……傍のトレイナからは……
「マチョウ……もし、貴様が勝利にこだわるのなら……アレを使うしかないぞ?」
『……さて……果たしてこの男も……ゴウダと同じように、アレを使えるのだろうか?』
何やら、不吉な呟きが聞こえたような気がした。
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