第151話 芸術
やはり、マチョウさんの息が上がっている。
重くバランスの崩れた体を常に全力で動かしてペース配分も無い。
「魔極真エルボー!」
マチョウさんも段々と冷静さが無くなっているかもしれない。
攻撃の組み立てがバラバラになっている。
ガムシャラだ。
だからこそ、振り回すことが出来る。
「魔極真延髄蹴り!」
俺はマチョウさんの手の届かない距離で足を使うというよりは、マチョウさんの手が届きそうな距離であえてウロチョロする。
その方が、俺を捕まえようとマチョウさんはどうしても体を動かしてしまうからだ。
「マチョウ、いけー! もうちょいだ!」
「そうだ、あとちょっと……うわ、紙一重! あぶねえ!」
「すごいギリギリで、見てるだけで怖いぜ」
観客は相変わらずな声援。
俺の狙いを分かっているのは、この状況では限られている。
「す、すごい……マチョウさんのあんな姿……初めてかな……」
「完全にあんちゃんのペースに呑まれてる……」
ツクシの姉さんやカルイ……そして……
「マチョウという方の戦闘スタイルは、基本は受け。待ちのスタイル。相手に自分を打たせてから反撃の一発で仕留める。しかし……今はああやって自ら攻撃をして手足を振り回しています……完全に自分を見失っているようですね」
あいつも……サディスも……記憶はなくても、戦闘状況は分かっているだろう。
そして、来賓席に居るあいつもな。
「無理だな……ワチャをも上回る駆け引きと技術……そしてあの動体視力と足さばきでブレイクスルーまでされ……集中力も増している。さらに、そのブレイクスルーも魔呼吸で途切れないときている。今のマチョウでは……」
「は~、そうなのですか? では、このままアースの優勝ですか?」
「ふむ……どうなるでしょうかね?」
だが、ここから見えるヤミディレの様子は、さっきのように興奮で狂喜していた様子とは違い、落ち着いてこの戦いを見物しているようだ。
その様子から、「まだ何かある」と思えてしまう。
もちろん、俺だってこのまま思い通りに事が運ぶだなんて己惚れたことは思わず、それでもやるべきことは自信をもって……
「魔極真ダブルラリアット! ……から!」
その瞬間、俺はマチョウさんが何をしようとしたのかが瞬時に理解できた。
ラリアットというその場でグルグル回るパンチ。
本来はそれで周りに居る相手をぶっ飛ばす技なんだろう。
だが、マチョウさんには他に狙いもある。
グルグル回って加速して、その遠心力を利用して……
「魔極真ストレート!!」
全身を前のめりに出すような、右ストレートパンチ。
渾身中の渾身の力を込めてのパンチ。
当たれば一たまりも無い。
これに俺の「カウンターを誘っている」のが分かる。
なら……
「大魔ソニッククロスカウンター!」
「っここだ!」
音速の左でのクロスカウンターで刺し合い。俺の方が速いはず。
当然、マチョウさんもソレを読んでいるからこそ、ここで……
「うぬうおおおおお!」
「…………」
あれだけの遠心力で反動をつけたストレートパンチの軌道を、マチョウさんが変えた。
拳をストップさせて、腕の筋肉を盛り上がらせて俺の交差する腕を跳ね上げた。
当然、これだけの急激なストップをすれば、マチョウさんの腕の筋肉やら神経がブチブチ千切れるだろう。
だが、それでもマチョウさんは止めた。
それは、これまで相手の攻撃を全て受けていたマチョウさんが見せる、初めての防御。初めての技術。
あの、ワチャと同じカウンター破りだ。
「魔極真クロスカウンター返し!!」
「「「「「マチョウが……あんな技を!?」」」」」
当然、マチョウさんを知る連中からすれば、こういうマチョウさんを見るのは初めてなんだろう。
今までのマチョウさんとは違うスタイル。
だが、それと引き換えに……
「うおおおおお!」
がら空きになった俺の顔面目掛けて、返しの左を……俺が散々殴ってデカくなった左腕を……
「魔極真ダブルクロスカウン――――」
クロスカウンター返しのカウンター。
ダブルクロスカウンターを俺に叩き込もうとするマチョウさん。
俺の予想通りに動いてくれたおかげで、俺は準備していた右で……
「もらった!」
斬り落とす。
その瞬間、閃光が走り……
「ま……マチョウさ……」
「え? いや……え? 何が……サディスさん、分かったっすか?」
「……もし……全てが偶然ではなく、狙ってやったのだとしたら……恐ろしいものを……」
一瞬で静まり返る会場。
そこには、闘技場で這いつくばっているマチョウさん。
「な……え? な……な……何が起こった!? い、今、マチョウがアースのカウンターを破ってカウンターで、なんでそこで、マチョウが倒れ……失敗したのか!? いや、ごめんなさい! わ、私、目をちゃんと開けていたのに、見えませんでした!!」
そりゃそうだ。この状況を果たして一体何人が理解できた?
「馬鹿者め……カウンター使いにカウンター勝負をして勝てるわけが無かろう……それほどまで冷静さを失っていたか? マチョウ。しかし、アース・ラガンもここにきて……くく……この私とて、流石に今のはゾクッとした……」
「あの~……ヤミディレ……い、今の何が起こったのです?」
「ええ……芸術です」
多分、あそこと……
『っし、よくや……はっ!? う、うむ、ま、まあまあだな、うむ、流石は余の弟子。今のは誉めてやろう、うむうむ。鈍重な相手とはいえ、まさか……ファントムパンチではなく……『大魔トリプルクロスカウンター』を成功させるとはな』
こっちぐらいか? ん? なんか、一瞬こいつがガッツポーズをしかけていたような?
とにかく、そう。トリプルクロス。
マチョウさんが俺のカウンターを誘って、クロスカウンター破りをしてから俺にカウンターを叩き込むダブルクロスに対して、俺がそのダブルクロスにカウンターを打ち込んだ。
まさに、極限の集中力でもなけりゃできねぇし、通常時にもう一回やれと言われても無理だ。
それぐらいの手ごたえが自分でもあった。
「どうだ? マチョウさん」
ただでさえ、相手の攻撃を利用するカウンターを、マチョウさんのパワーを相手にやったんだ。
その切れ味は……
「あ……かっ…………」
あまりにも勢い良すぎて、逆にショックで目覚めたって感じか?
一瞬間違いなく意識が飛んでいたと思うが、マチョウさんは這いつくばりながらも目を覚ました。
「う……か……あ……」
これはダメージや破壊力というよりは、もう衝撃そのもの。
顎を打ち抜いて脳を一体どれほど揺らし……
「ぐっ……も……もはや……か、てぬな……」
何? おいおい、ちょっと待て……お……起きるのか?
「マチョウさん……あんた……」
「……顎が……ふっ……」
意識を断ち切れなかっただけじゃなくて、これでも起きるのか?
そんなはずは……打ち抜いたはず……痛みに慣れているとかそういうレベルじゃない。
俺のベストショットをこれ以上ない威力で叩き込んだはず。
「っ、げぇ……べ……うっ……」
「ッ!?」
すると、ヨロヨロと立ち上がろうとするマチョウさんはうまく喋れない口から大量の血を吐き出した。
「ひっ?! マチョウさん!?」
「っ……アマエ……ほーら、いないいない」
「っ!? 見えない! ねえ、オジサンどーしたの!? おにーちゃんは!?」
「あの量は……まさか……舌を?」
顎は確かに砕いた。血を吐き出すのはおかしくないが、少し多い気がする。
だが、すぐに分かった。
『こやつ……舌を歯に挟んでいたな』
マチョウさんは俺がカウンター破りに対する更なるカウンターを放つことも視野に入れて、万が一に備えて舌を歯に挟んで、気付けにしたんだ。
じゃあ、今のマチョウさんの舌は……想像もしたくねぇな……流石に俺もそこまでやった経験はねえ。
歯を食いしばるんじゃなくて、舌を……
「すぴ……ど……違い……すぎるな。自分も……もうすこ……し……りす……く……負うし……か、ないか……」
そして、立ち上がったマチョウさんは静かに俯いていたが、ゆっくりと顔を上げ……
「……ふぅ……お前にガッカリされぬよう……お前のブレイクスルーに対抗できるよう……自分も……応えたい、アース」
砕かれた顎、噛み切る寸前だった舌の傷も少しずつ塞ぎながら……
「見せよう……自分の限界を超えたスピードとパワー……『スーパーパンプアップ』をな」
そして、マチョウさんがそう告げた瞬間、トレイナから「やはり……」という呟きが聞こえた。
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