第148話 ベールを脱ぎ始める

 ここからどうするのかと、ヤミディレも少し気になる様子。


「奴の魔力容量なら、そろそろのはず……魔力が切れたらどうするつもりだ?」


 いかに衝撃波の連発とはいえ、それでもジャブだ。

 マチョウさんも回避は出来ないが、甚大なダメージまでは負ってはいない。

 じっくり耐えて、攻撃の機をうかがっている様子。

 でも……



「「「「すごすぎる! あれが大魔ソニックフリッカー!」」」」


「ぐっ、こ、こいつら……ええい、もういい! 大魔ソニックフリッカー!」


『うむうむ、それでよし』



 俺の必殺技を勝手に命名されてしまい、何だか今からそれ以外の技名を叫ぶのは物凄い気が引けてしまった。


「つっ、これは……なかなかのものだ。ただでさえ避けずらいフリッカーを遠距離で……」


 とりあえず技名は置いておくが、フリッカーから放たれる鞭のようにしなる衝撃波がマチョウさんの鋼の筋肉を表面から刻んでいく。

 とはいえ……


「やるな……左でありながらこの衝撃波は半端ではない……体の表面だけでなく、衝撃が内部の芯にまで響く……」


 並の奴ならこれ一発で終わるかもしれねぇが、マチョウさんは並じゃない。

 堪えながらも、笑みを浮かべる。


「本来なら打ち疲れや魔力切れを狙うのだろうが……ッ、飛び込もう!」

「おっ……」

「自分の速さではお前を捉えられぬが……このまま手を拱いていても活路はないからな!」


 マチョウさんがついに、衝撃波に構わずに突っ込んできた。


「けっ、耐えられるかな!」

「ぬ、うう、ぬううう!!」


 だから、俺も更にギアを上げる。左の連打でマチョウさんを集中砲火だ。

 さらに……



「捻りを加えた、コークスクリュー。正に、生み出されるソニックブームは……」


「「「「大魔ソニックスクリューだ!」」」」


「んのやろうがぁ! 勝手に人の技名を作るんじゃねえ!」


『どうやら、この国の民たちは正しい感性を持っているようだな』



 ただのコークスクリューブローで、回転した渦巻きの衝撃波が飛ぶ。


「ええい、大魔ソニックスクリューッ!!」

「うお、お! これは?!」


 その威力はガタイのあるマチョウさんをぶっとばすほど。

 おいおい、これなら大魔螺旋を使ったらどうなっちまうんだ?


「な、ま、マチョウが吹っ飛ばされた!? こ、こんな光景、スパーも含めて初めて見ました! なんという威力だ、大魔ソニックスクリュー!」


 司会の言うように、俺も驚いている。

 実戦でその威力を自分でも理解していくうちに、段々と技名のことは薄れていった。

 今はただ、発揮できる成果に対する喜びに高揚するばかりだった。


「ほぅ……ここまでふっとばされた記憶は無いな……見事だ」

「へへ、どうも」


 ふっとんで壁に激突したマチョウさん。これには流石に顔を腫らし、鼻血を出しながら苦笑している。

 だが、すぐに表情を引き締めなおす。


「ならば、今度はふっとばないように……ちゃんと堪えなければならぬな」

「ん?」


 これまで手四つだったりノーガードだったマチョウさんが、初めて腰を深く落として身構えた。

 その様子は、まるで獲物に飛びつこうとしている四足歩行の獣のように、真っ直ぐ飛びついてやるという意思が前面に出ている。

 

「ふんぬるっ!!」


 更に、全身の筋肉に力を入れ、肥大し、大岩のように体を固めている。

 それで俺に突進しようってことか。

 

「何の工夫も無い。ただの魔極真タックルだ」

「はっは……やる前から言っちゃうんだ」

「ああ。自分は不器用なので、別に駆け引きはしない。当たったもの勝ちの勝負しかできないからな」


 シンプルで、そして嘘は言ってない。

 本当にマチョウさんは腰を落として真っ直ぐ突き進んでくる気だ。

 だが、マチョウさんの宣言は、駆け引きとまではいかないものの、俺を試しているようには見える。

 最初から突っ込んでくると分かっているなら、俺の目と反応速度とステップなら軽く回避はできるけども……


「望むところ!」


 あえて、足を止めて、体を前のめりにさせるように構えて、俺はそれを迎え撃ってやる。

 

「こ、これは! アースも腰を落として迎え撃つ気か?! マチョウ相手にパワー勝負をする気か?」


 そう、勝負だ。受けて立つ!


「そして、今こそこの眠れる力が目覚めるとき! 神に禁断指定されて封じられたこの右—————」

『童、貴様……そういうのがカッコいいと思っているのか?』

「と、と……とにかく解禁してやるぜ! 右を!」

『はぁ……難しい年頃だな……』


 そう、今日一度も使っていない右だ。


「ふふ、光栄だ。アース」


 俺のその言葉に、少し嬉しそうなマチョウさん。

 俺はそんなマチョウさんに対し……



「す~、ふん!」


 

 無くなりかけていた魔力を、全身の魔穴を通じて空気中から取り込んで……


「なっ!? あ……アレは!? ま、まさか……まさかっ!!」


 そのとき、来賓席からヤミディレの驚愕する声が響くが皆の意識がそっちに行く前に、マチョウさんが飛び出してきた。


「いくぞ! 魔極真タックルッ!!」


 正面から、まるで巨大な鉄球が勢いよく飛び込んでくる感覚。

 マチョウさんは重いから左右の動きには弱い印象がある。

 しかし、下半身などは鍛えられているから、その強靭な足腰から発射されて飛び出す一瞬の前進ダッシュは速い。

 が……


「ここだっ!!」


 右の解禁。

 俺は右拳に力を込め、自分を投げ出すように、全身の力と体重を込めてのフルスイング!

 三ヶ月前に、トウロウとの戦いで繰り出したときのように……


「大魔ソニックジョルト!!」


 向かってくる相手に対してカウンター気味の衝撃波。

 堪え、何があっても前進してやると気迫に満ちていたマチョウさんのタックルに正面からぶつかる。


「ぬ、うお、おおおお!? こ、これは!?」


 いかにマチョウさんがデカイ体を持っていたとしても、体重は所詮人間のもの。

 軽々と吹っ飛び、壁を貫通して闘技場の奥の部屋までふっとんでいった。


「あ……圧倒的! ちょ、こ、こんな展開を誰が予想した!? 魔極真最強と言われていたマチョウが、超新星アースに、ふ、触れることすらできずにふっとばされました! もはや誰もが歓声を上げることすら忘れて、ただ呆然としています!」


 そう、マチョウさんをふっとばしたことで、会場中が静まり返った。

 

「ま、マチョウさんが……」

「オジサン……どっかいっちゃった」

「つ、つえ~……」


 声を発する者も戸惑っている様子ばかり。

 文字通り、騒がしかった奴ら全員を黙らせてやった。

 まぁ、一人だけ騒がしいのは居るが……


「はは、ふふふ、は、はははははは! くくく、まさか……まさか! できるようになっていたとはな! 私ですら習得できていない、魔呼吸を! あは、は、うひ、ひは、ひはははははは!!」


 美しく、神聖さを併せ持つべき大神官様が、もはや狂ったイカれ女のごとく奇声を上げてしまっている。


「ん~、ヤミディレ?」

「は、はは、申し訳ありません、取り乱しました、クロン様。ふふ、しかし……これはちょっと状況が……ふふふふ、どうしたものか」

「?」

「私の計画では……クロン様とアース・ラガンの間に生まれてきた神を私が育て、そして時が来ればその神と私が交わることで生まれる……神、人間、天空族、全ての血を兼ね備えた『真の神』を創生する計画……はははは! しかし、欲しい! もう、今すぐ欲しい! 絶対に……絶対に!」


 ……とりあえず、アレは後回しだな。いや、でも……もうコレで決着ということもあるか?



「ん~、ところで、ヤミディレ。これはもう、アースの勝ちですか? アースの優勝ということで、私は祝福しに行っていいのですか?」


「ん? ああ、その件ですが……」



 だが、奇声を上げて一瞬狂ったものの、ヤミディレはクロンの問いかけにすぐに気持ちを落ち着かせながら……


「それは、『まだ』ですね」

「あら、そうなのですか?」

「ええ。大魔螺旋を使えば絶命させられたかもしれませんが……かなりの威力の攻撃を、マチョウに中途半端に与えてしまったので……もう少し時間はかかるでしょう」


 すると、その時だった。



「見事だ……」



 貫通した壁の向こうから、落ち着いた声で俺を賞賛するマチョウさんの声。


「自分の体が珍しく熱く滾っている……久々に、自分が強くなる感覚に、自分の体も心も興奮して喜んでいるのかもしれない」


 手ごたえはあった。いくらマチョウさんでも、かなりのダメージを負ったはずだ。

 それに、俺の技にはそれなりに面食らったはず。

 のわりには、どこか落ち着いているというか、余裕を感じる。

 そして……


「あっ、ま……マチョウさん!? っ……アマエは見ちゃダメかな!」

「へうっ!?」

「う、うわぁ……あ、あんなマチョウさん……あんな傷だらけのマチョウさん、初めて見たっす」


 大穴開いた壁の向こうからゆっくりとマチョウさんが闘技場へ戻ってきた。

 しかし、その体は、全身が腫れあがり、肌は剣で切られたかのようにズタズタにされ、顔面は無残だった。

 裂傷、骨折、打撲、もう医者じゃなくても大怪我だってのが分かる。


「マチョウさんだからこそ、俺も思いっきり殴れた。でも……もうこれまでにしよーぜ」

「ん?」

「これ以上は……『不幸な事故』が起こる」

「ふふふふ……そうか」


 マチョウさんの姿を見て、俺もファイティングポーズを解き、ここで終わらせることを提案した。

 何食わぬ様子で戻ってきたマチョウさんだが、ここから先は「試合」の領域を超えちまう。

 流石に、ツクシの姉さんたちの前でこれ以上は見せられるものじゃねぇ。

 そう思って俺は提案した。

 しかし……



「確かに、『これ以上』の攻撃力だったら、自分は敗れていたかもしれない。しかし、今のお前の攻撃で、お前は今から『これ以上』の攻撃力で俺と戦わなくてはならない」


「は?」



 何を言ってるか分からなかった。マチョウさんが俺に謎かけ?

 すると、マチョウさんはボロボロの体で俺に微笑み……


「礼を言う、アース。お前は本当に強かった。だからこそ、自分はもっと強くなれる」


 すると、その時だった。


「ハアアアアアアアアアッッ!!」

「……え? な、なに!?」


 マチョウさんが叫びだす。すると、マチョウさんの体に変化が。

 切り裂かれた肌の傷が徐々に塞がれていき、腫れが引き、更には折れていたと思われる骨までもが元に……治癒魔法? 

 いや、ただの治癒って感じじゃない。



『あ……アレはッ!!!!』



 と、そのとき、俺の傍らに居たトレイナが珍しく声を上げて驚愕した。

 お、おいおい、どういうことだ?


『あ、あれは……間違いない……『超回復』を遥かに超える回復……『超魔回復』!?』


 超回復? しかも、それよりもすごそうな名前なんだが、何のことだ?


『人体の構造……筋力トレーニングなどで肉体に負荷を与えることで、筋肉繊維の損傷や疲労の蓄積などから一時的に低下するが、適切な休息を取ることで、回復の反動で以前以上の筋力や筋肥大に繋がる……それを超回復と呼ぶ』


 その話は以前にも聞いたことはあった。だが、マチョウさんの身に起こっていることは、そんな一般的な話ではないようだ。



『しかし世の中には、特異な体質の者も居て……休息を必要とせずに、体中の細胞を意図的にコントロールして活性化し、超速で肉体や骨を再生・回復させ、更には以前以上の力を得られる者が居る』


「な……に?」 


『しかも、それはトレーニングだけではない。骨折をすれば、以前以上に頑丈で屈強な骨に再生し、戦闘でダメージを受ければより肉体を屈強に回復させる』



 ダメージを負っても超速で再生・回復し、さらには以前よりも強い肉体になる?

 なんだ、そのとんでもない体質は!?


『しかし、それはあまりにも稀な体質。実際に余もそんな体質の者をあまり見たことが無い。最後に見たのは、六覇の一人、『ゴウダ』ぐらい。そして……人間で見たのは、初めてだ』


 トレイナすら驚愕するマチョウさんの体質。

 そして、俺がその話を聞いて驚いている間に……


「さぁ、今まで以上の……戦いをしようではないか、アース」


 マチョウさんは元に……いや、より屈強な肉体となって再び俺の前に現れた。

 


「超魔回復……言ってみれば、攻撃されてダメージを負うごとに、より強化されて回復する体質ということです」


「あら~、マチョウの怪我が治りました~!」


「ご覧下さい、クロン様。あれがマチョウの体質です。そして、あいつが毎日体が壊れるほどトレーニングするのも、スパーなどで攻撃を回避しない理由もここにあります。全ては……より強くなるため」



 ようやく、マチョウさんもベールを脱ぎ始めたってところのようだ。

 俺も流石に驚いたが、同時に「そうこなくっちゃ」と、より一層気合が入った。

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