第147話 衝撃波

「なに? いきなり、ブレイクスルーだと? この三ヶ月で成長したとはいえ、魔力容量がそこまで大幅に伸びたわけではあるまい! 短期決戦のつもりか? タフなマチョウ相手に」


 初っ端からのブレイクスルーは、この力を知るヤミディレからすれば予想外の戦法と取られるだろう。

 三ヶ月前の時点で100秒程度。

 ならば、俺は100秒程度でマチョウさんを倒す気なのかと思われても仕方ないだろう。


「ははは……なんと。いきなり何かと思えば……師範と同じブレイクスルーを……そんなものまで使えるとは……面白い! 来い、アース!」


 マチョウさんはステップを使ったり、素早い動きで相手の攻撃を回避したりする奴じゃない。

 どういうわけか、相手の攻撃を全部受けるのが矜持だと思っているようで、今回も俺の攻撃は全部くらう気だ。

 だが、それでも100秒でマチョウさんを倒すのは難しいだろう。

 まぁ、大魔螺旋とか使えば話は別だろうが……それじゃあ、つまらない!

 トレイナとも何度も話した。優勝は課題である。だからこそ、勝ち方にもこだわると。

 せっかくの相手に、大技一発で終わらせるなんてもったいない。

 だから、全部を解放するんだ。


「いくぜ、マチョウさん!」


 まずは、ブレイクスルー状態からの左。

 しかし、もうそれはただの左じゃない。


「へへ」

「ぬっ? 止まっ……た? そこから何を……」


 走って登場して、いきなりブレイクスルーを使った俺がこのまま殴り合いをする……と、思っただろう。

 だが、俺は一定の距離を置いて、ストップした。

 当然、ここからでは俺のパンチは届かない……普通なら、な。

 だが……



「マチョウさん。飛ぶパンチをくらったことはあるかい?」


「なに?」


「鍛えた俺のジャブは高速に……ブレイクスルーでそれは音速を超える! これが俺のぉ……進化した左だ!!」



 俺はその場でジャブを突き出した。

 ブレイクスルーによって更なる身体の強化を施した俺のジャブは、もう拳を相手に当てる必要もなくなった。



「ぬぐっ!? ぬっ……なに?」


「ちょ、な、なんだこれは!? アースがその場でパンチを放った瞬間、拳の塊をした何かが離れた位置に居るマチョウの顔面を捉えて跳ね上げた!?」



 一瞬、何が起こったか誰も分からなかっただろう。

 これまでの試合で一度も見せなかった俺の遠距離攻撃に、流石に微妙な雰囲気だった観客たちもざわつき出した。


「お、おい、今、あいつは何をやったんだ!?」

「パンチの動作をしたら、マチョウがダメージを……」

「まさか、魔法か!?」

「そうだ! あいつ、魔力を体に纏ってやがる……魔法を使ったんだ!」


 その反応に、俺はほくそ笑む。

 確かに俺は魔法を使っている。

 しかし、攻撃をしているのは魔法ではない。



「ほぉ~、拳をそこまで高めたか……」


「まぁ~、すごいです! ヤミディレ、アースは魔法を使っているのですか?」


「いいえ、クロン様。魔法を身に纏ってはおりますが、アース・ラガンは魔法で攻撃をしていません」


「ん~? どういうことです?」


「ふふふふ、我が紋章眼は全てを見抜いております……あやつは単純に……音速のパンチで発生する衝撃波でマチョウを打っているのです」


「音速? しょーげきは? ですか?」


「はい。すなわち……『ソニックブーム』です!」



 唯一俺の攻撃を見抜いたと思われるヤミディレ。

 その表情は笑みを浮かべ、どこか楽しそうだ。

 でも、これぐらいじゃ、まだ驚いてはくれないか。


「アース……今のは……」

「拳の衝撃波さ」

「衝撃……?」

「ソレをぶつけただけだ」


 種は簡単。メチャクチャ早く拳を繰り出して、その衝撃波を相手にぶつけるだけ。


「ぶ、ぶつけただけ……ず、随分と簡単にネタバラしをするのだな」


 マチョウさんは一発だけだとダメージはないのだが、それよりも俺が簡単に技を説明したことに少し驚いたようだ。

 だが、それは俺にはどうでもよかった。


「はははは。そうさ。簡単さ。要するにジャブと同じなんだからよ」

「……あっ……」

「俺は左ジャブで攻撃する……それが分かってどうなるってんだ?」

「ッ!?」


 なぜならば、俺のこの技には原理はあっても、トリックがあるわけじゃない。

 マチョウさんはこれで分かった様子。


「連打!」

「ぬっ、ぐお、こ、これは!?」


 そして、俺はその場で再びジャブを連打して衝撃波を飛ばす。

 


「お、おおおっと、す、すごいすごい! も、もう、左が速すぎて……私にはもはや空気が何度も弾けてマチョウにぶつかることしか分かりません! マチョウ、防戦一方です!」



 俺の左ジャブを来ると分かっていても簡単に避けられないのと同じで、特に対策はないからだ。



「なるほどな。だからこそ、ブレイクスルー。生身の人間では音速の衝撃波を生み出すほどのパンチに、打った本人の肉体が耐えられない。後背筋や腕の筋肉がな。しかし、ブレイクスルーの魔力で肉体の強化と同時に保護をすることにより、自身の肉体へのダメージをなくし、更に魔力が切れるまで衝撃波を連発できる」


「あら~、なるほどぉ、はい! とにかくアースはすごいのですね!」



 トレイナに必殺技の開発を提案されたとき、俺が思いついたのは離れた場所からの攻撃だった。

 なぜなら、俺は拳で接近戦はできるようになったが、離れた場所に居る相手に攻撃ができなかった。

 ステップで距離を詰めて戦うことはできたが、それ以外の方法が欲しい。

 何よりも俺がこれまで戦った連中は、ほとんどが俺との殴り合いを受け入れる奴らばかり。

 足を使って俺と戦ったのは、シノブぐらいだった。

 一応、俺も魔法は使えるが、それはアカデミー生が使う程度だった。

 拳ほどの自信を持てる遠距離攻撃。そう考えたとき、いっそのこと拳を飛ばしちまえという結論に至ったわけだ。


『ふふふふ、ブレイクスルー無しでこの技は使えない。つまり言い換えれば、ブレイクスルー状態の間は、いつまでもこの技が使えるということだ』 


 そう、三ヶ月前の俺なら、仮にこの技を習得しても、使える時間は100秒だけだった。

 しかし、今の俺ならそれも無い。

 そのことを、ヤミディレすらまだ知らない。


「ちょ、すごいかな! アースくん……ブレイクスルーだけじゃなくて、あんな攻撃もできたの!?」

「うぅ、オジサン……おにーちゃん……どっち応援する……うぅ~」

「う~わ……こりゃたまんねーっすね……あんちゃん、あんな技を……」


 さっきまでマチョウさんとツクシの姉さん、そしてあの変態とのやり取りを少しぐらい忘れさせることはできているようだ。

 シスターたちも、そして他の連中も口開けて驚いている。


「おーい、マチョウ! その位置からじゃ不利だ!」

「そうだ! いつまでも突っ立ってないで、接近して捕まえろ!」

「おう、いけー! マチョウ!」


 だが、どちらにせよ試合開始から一歩も動けていないマチョウさんに、流石の観客も焦れて声を上げる。

 もっとも、マチョウさんもこのままではダメだというのは理解しているだろう。

 でも……

 

「か、観客の皆さんも……無茶振りすぎるかな……」

「そだね、姉貴。そもそも、あの衝撃波に耐えて飛び掛かっても、あんちゃんをどうやって捕まえろっていうのさ……あの、高速のステップを使うあんちゃんを……」


 マチョウさんは無闇に飛び込んでこない。

 やっぱり分かっているようだ。

 俺の攻撃に耐えて飛び込んだところで、俺を捕まえることは出来ないと。

 まぁ、仮に……

 

『そうだ。今の童は体術の猛者たちを左手一本で完勝するほどのレベル。ジャブだけでなく、スクリュー、スマッシュ、カウンターなど破壊力抜群の拳も持っているのだ。接近戦は弱点ではなくむしろ大好物。つまり童はブレイクスルー状態になることで、ショートレンジ、ミドルレンジ、ロングレンジのファイト全てをこなすことができる。正に、全局面を戦うことができる……ジェネラリストの形ということだ』


 そうだ。来るなら来ればいいさ。そのときは、拳で直接殴ってやるだけだから。

 これが俺の新しい力。

 新しい技。


 必殺・光魔閃華烈空波動衝撃竜王拳だ!


 そして、この技の形は『ジャブだけじゃない』。



「ふん。飛ぶ斬撃を放ったり、風魔法を駆使したり、超パワーでソニックブームを放つ者はこの世にいくらでもいる……まぁ……『ありきたり』な技ではあるが……拳だけで……しかも、一つのジャブだけで放つ者はそんなに居ないだろう。まあまあだな、アース・ラガン!」


「「??」」



 そのとき、ヤミディレが試合の途中だというのに、「まあまあ」と言いながら、今日初めて来賓席で機嫌良さそうに叫んだ。



「大魔の継承者よ。魔極真流師範の名において……この技を、『大魔ソニックジャブ』と名づけよう!」


「へっ? ……え?」



 え? あの女、何をワケの分からんことを?

 大体、俺の技は、光魔閃華烈空波動衝撃竜王拳だ。

 なのに、何でそんな……


「ソニックジャブ?」

「あれは、ソニックジャブっていうのか?!」

「なんてことだ、ソニックジャブ!」

「大魔ソニックジャブだ!」


 ……ちょ!?


「え、えええええええ!? なんで!? 俺の必殺技なのに勝手に名前が!?」


 いやいやいや、俺が必死に編み出した技を、こいつらなんで勝手に……



『余はヤミディレと再会して、初めて奴のことを『でかした』と思ったぞ……だいたい、ドラゴン関係ないのに、何で竜王とか付ける……』



 しかも、トレイナまでウンウンと頷いているし。

 何でだ! 竜王って響きとかカッコいいじゃんか!

 どいつもこいつも、俺の豊富なボキャブラリーとネーミングセンスを何で台無しにするようなことを……ざけんな!



「ふざけんな! だったら、これで……」


「ッ!?」


「「「「あの構えは!?」」」」


 

 俺は次の瞬間、構えを変えた。

 それは俺の得意とするもう一つの構え。

 フリッカーだ。



「この状態でフリッカーを放つとどうなると思う? それは、鞭のようにしなる衝撃波を絶え間なく連打で何度も生み出す! そう、これが俺の超魔閃光―――――」


「「「「「ま、まさか……大魔ソニックフリッカーか!?」」」」」


『観客もでかした!』



 って、また勝手に技名を付けられてしまった!?

 俺が徹夜で必死に考えた名前を! 

 あの女……あの女ぁ!



「何? まさか……ジャブだけではなく……パンチの種類に応じて、違った形状や威力の衝撃波まで……ん? しかし……ちょっと待て……」


「どうしたのです? ヤミディレ」


「……それ以前に……そろそろ魔力が切れるはずだが……」



 しかし、ヤミディレがこの後、本気で俺に驚くことになった。

 そう、こんなものはまだ序の口。


 自分で決めた通り、俺は全部を見せる。

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