第146話 俺を見ろ


「え~、あ~、皆さん、そのぉ~……まだ帰らないでください! 決勝がまだ終わっておりませんので……え~、その……」


 これまで大声で思うがままに叫んでいた司会が、ここに来て初めて言葉に迷っている。

 大会を取り仕切る身でありながら、決勝を忘れていたという失態に動揺しているようだ。



「あ~、マチョウ……その……お前は大丈夫か? このまま決勝をやっても問題ないか?」


「問題ない。というより、今日、自分はまだまともな戦闘を一度もしていないのでな」


「そ、そうか。じゃあ、ツクシ……幸せいっぱいの所で悪いが……」


「は、はい、そ、そうかな! うん、……アースくんにも謝らないと……って、そうだ……ほんとは、アース君に優勝してもらわないと……」


「よ、よし! では、皆さん! もうこのまま決勝をやりたいと思います! 超新星と超人の、まさに決勝に相応しい、いや、ほんと相応しい対決です! だから、も、盛り上がってくれえ!」


「「「「お、お~~~」」」」



 なんか、ものすっごい会場からも微妙な声が上がっている。

 そもそも、誰もがもう既に満足していたようなので、ハッキリ言って蛇足のような雰囲気が漂っている。

 誰もが、「もう、マチョウさん優勝でいいじゃん」と思っている空気が伝わってくる。


「こ、この……やろう……」


 国中からの人気者。女にもモテて、国中の連中から愛され、応援され、そしてその力を認められている。

 マチョウさんは、まさに国の英雄だ。

 一方で俺は?


「ふんだ。ふんだ。けっ、けっ、けっ! いいさ、マチョウさん。そっちは皆に囲まれてワーキャーされてイチャイチャしてれば。その代わり、俺は空気を読めねえから、マチョウさんが負けて国中が落ち込んでも知らねぇからな!」


 闘技場手前の廊下で壁に拳を当てながら、俺は不貞腐れていた。

 だって、さっきの準決勝の盛り上がりから、国中がマチョウさんの勝利を求めている様子を感じた。


『おい、荒れるな。集中力を乱すな』

「でもぉぉぉぉ!!」

『あ~、うむ……分かった。ふ、不憫だな……』


 トレイナも珍しく俺に同情的だ。

 それは余計に俺を女々しくさせる。

 しかし、一方で俺の中から沸々と沸き上がるものもあった。


「けっ……いいさ……別によぉ……俺は誰かの応援に応えてやったことはあっても……誰かの応援のおかげで勝てたなんてことはないんだからな」


 そうだ。むしろ、帝都の頃は周りの声を雑音としか捉えてなかった。

 だから、上等だ。

 完全アウェー?

 そういう所で勝利を手にしてこそ、実力って言えるんだからよ。



「やってやらぁこんにゃろうめが!!」


『なんだか本当に不憫だな……』



 だから俺は吼えた。

 最初から大会は優勝する気。相手は全員倒す気で来たんだ。

 むしろ、心置きなく思いっきり戦えると思えば願ったり叶ったりだと、無理やり思うことにした。



「あまり、僻まないでください。今は皆さんがマチョウという方に対する感情が溢れていますが、誰もあなたを軽んじたり、ましてや負けを願ったりなどしませんから」


「……ちっ……なんで……」



 そのとき、聞きなれた声がした。



「なんだよ。お前を慕っていたツクシの姉さんの恋が実ってるっぽいし、観客席で皆と祝福してりゃいいんじゃねぇのか?」


「何を……」


「つか、何でここに居るんだよ?」



 誰なのかは声を聞くだけで分かる。

 舌打ちしながら俺が振り返ると、そこに居たのはやっぱり、サディスだった。


「それは……」

「けっ、会場中全てがマチョウさんの味方。そもそも決勝すら忘れられていた俺に同情か? 哀れみか? いずれにせよ、俺は俺で勝手にやるから、さっさと席に戻りな」


 自分でも分かっているぐらいの八つ当たりだった。

 ただでさえイライラしている所に現れたのが、よりにもよってサディスだ。

 どうしてもキツく当たってしまう。

 でも、それぐらい、もう俺は「一人でやってやらぁ」っていう反骨精神を抑えきれなかった。

 すると、サディスは……


「同情なのかもしれませんし……ただ……私はあの二人よりもあなたの方が純粋に……ということなのかもしれません」

「……なに?」

「うまく言えません。やはり、まだ自分のことも分からない以上、何とも言い様がありません……ですが……」


 相変わらず、何を言われても俺に対して申し訳なさそうにしているサディス。

 そして、俺はその度に胸を痛ませる。

 この三カ月、こういうことを結局何度繰り返したことか。

 だけど、今日のサディスは、俺に手当てをしたりとすぐには引かず、そしてついには……



「ゴ……」


「ご?」



 何やら顔を赤くしながら、珍しくちょっとモジモジしだすサディス。あまりにも新鮮すぎる。

 だが、一体何を言おうとしたのか分からず、俺は首を傾げた。

 すると、サディスは意を決したように顔を上げ……



「ゴーゴー、アースくん! いけいけ、アースくん!」


「ん……な……」



 恥ずかしさに耐えながら、しかし懸命にポンポンを振って、足を上げたりして、声を精いっぱい張り上げて俺にエールを送ってきた。



「お、おま……」


「わ、分かっています! あなたが……私を嫌い、そして私の応援など煩わしいだけなのかもしれません……ですが、それでも……」



 サディス自身が分かっていない。なぜ、自分が俺に応援をせずにはいられなかったのかを。

 でも、手当ての時と同じで、きっと「何かしなければ」という気持ちを抑えきれずに……


「ったく……言っただろうが、俺はもう卒業したいって……だからもう十分なんだってよ」


 そして、俺も素直に受け取れないのは変わらず、でも情けないことに少しだけ気持ちが落ち着いた。

 だから、本当にもう十分だった。


「でも……それでもよ……何かしてくれるってんなら……」


 でも、それでもまだ望めるのなら。

 もう、昔のようなことまでは望まない。

 胸がどうとか、将来がどうとか。

 でも……それでも唯一……心残りがある。

 あの時も、今と同じように……


――ゴーゴー坊ちゃま、いけいけ坊ちゃま!


 応援はしてくれたのに、してもらえなかったことが一つだけある。 



「せめて、『今度は』……ちゃんと最後まで見ていてくれよ」


「……え?」


「俺の振るう力……元が誰の技だったとか、誰から学んだとかそういうことじゃなくて……俺が必死こいて身に付けた力だと思って……そのうえで、ちゃんと最後まで見てくれ」



 あのときは、そうしてもらうことができなかった。

 ただ、見て欲しかった。

 

「見るだけ……と?」

「ああ、そうだ。もう……あんなこと……」

「?」


 サディスは覚えていない。思い出せていない。でも、それでも言った。

 俺の振るう力が、大魔王の力だとか、何でとか、そういうことじゃなくて、もっと純粋に俺の成長した力を……これが今の俺なんだって見て欲しい。

 帝都を飛び出し、かつての繋がりを捨てた。

 だけど、それでもこうしてまた関わっちまった以上、そして邪魔だと振り払えないのだとしたら、せめてそれをしてくれればもう十分だと俺は本音を告げた。



「では、超新星・アース! 決勝に立つに相応しい、選ばれし男の中の漢、出て来いやァ!!」



 そして、終わらせてやる。


「ちゃんと見てろ! そのうえで、お前に認めさせてやる!」


 御前試合では叶わなかった。

 優勝すること。栄光を掴むこと。皆に認めてもらうこと。

 それを全て、今!



『やれやれ、世話が焼ける。準備が整ったのなら……さっさと、いけ! ぶちのめしてこい!』


「ああ!」



 そして最後は師匠にケツを叩かれて、俺は飛び出す。



「いくぞおらあああああああああああ!!」


「お、おーーーっと、アース、気合十分! なんと雄叫びを上げて走りながら登場! これは――――」


「このまま、開始だあああああああ!!」


「……え?」



 ようやくここまで来たんだ。これ以上待たせるなと、俺は走りながらそう叫んだ。

 俺の言葉に戸惑う司会だが、待ちかまえていたマチョウさんは、さっきまでとは打って変わり、俺の言葉を受け入れたように……



「自分は一向に構わない! 始めてくれ!」


「えっ、ちょ、マチョウ!? いや、俺が二人を紹介して……」


「もう自分たちは十分紹介してきた。ここから先は、言葉ではなく……力で!」



 俺はマチョウさんのその言葉を聞いて安心した。

 どうやら、切り替えてくれたようだ。


 

「よかったぜ! 幸せいっぱいで腑抜けていたらどうしようかと思ったんだが……じゃあ、このままぶちのめしてやるぜ、マチョウさん!」


「ふっ、かかって来い! 今こそ、三カ月前の約束を果たそうではないか!」


 

 もう、司会の言葉で俺たちは止まらない。

 自分たちでもう、勝手におっぱじめさせてもらう。

 司会も観客も、心の準備なく始められることに、まだついて来れていないようだが、構うものか。

 見せつけてやる。それは、サディスだけじゃねえ。

 もはや、マチョウさんにしか興味なくなったこの場に居る全員に俺は示す。



「大魔超進化・ブレイクスルー!!」



 様子見? 作戦? そんなもん、もう何も必要ねえ。



「全員、俺を見ろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 決勝までにウォーミングアップも済ませて十分体が温まった。

 全てはこの瞬間のためだ。

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