第145話 幸せになれ

 やっぱり、スパーリングと実戦は違う。

 深く、そして高次元の読み合いと多彩な技術を持った相手との攻防で集中力が高まった。

 その結果、偶然ではなく自分の意思で、ゾーンと大魔ファントムパンチを成功させた。

 実戦で成功できたというのはこの上ない自信になり、次に繋がるコツというか、感覚を得ることが出来た。


「どうだった?」

『一度目だけなら、まぐれ。二度連続で成功して初めて実力。そして三度連続で完全に自分のモノにしたと認めてやろう。五分五分や一か八かの成功率では認めぬので、そのつもりでいろ』

「押~忍」


 まぁ、一回成功しただけでは認めてはくれないか。流石にそんなに甘くはないようだ。

 とはいえ、どこかトレイナも機嫌良さそうなので、ちょっとは認めてくれたかな? と思ったりもした。



「さあ、準決勝第二試合目を始めたいと思います! 既に新時代の新星が決勝進出を決めました。この試合の勝者が新星と頂点を争う権利を勝ち取ることが出来ます! 名誉の称号へと挑むのは、罪人として監獄まで堕ちながらも這い上がってきた、ダンショク! しかし立ちはだかるのは魔極真の誰もが認める巨星! 果たして、このぶつかり合いはどのような結果をもたらすか!?」



 俺が決勝進出を決め、すぐにマチョウさんの準決勝だ。

 マチョウさんへの応援があるから、シスターたちも俺を労いに来る様子もない。

 ただ、どっちにしろこの集中力を切らせたくないから、今はこれで良かった。

 早く決勝で戦いたい。三カ月前との違いをさっさと見せつけてやりたい。血が滾るってやつだった。

 まぁ、決勝だけが最後ってわけでもないが……


「お~っと、マチョウとダンショクが何かを話しています……なになに? ガチ? ムチ? パンツレ……何を言ってるんだ? 意味不明ではありますが、ダンショクがマチョウに勝負内容を提案している模様。しかし、ここまで相手のルールに従って戦ってきたマチョウはこれに難色を示しています……ん?」


 そして、相変わらずのマチョウさん。つか、さっさと殴って終わらせればいいのに何を……



「何故、俺とのこの勝負を受け入れない、マチョウ!? 貴様は……貴様は、こういうのが……男が好きなのではないのか!?」


「いや、何故そんなことになるのだ?」



 ッ!? は? いや、いやいや……え?


「トレイナ……聞き間違いか?」

『すまぬ。余も、今のは幻聴かと思ったが……』


 どういうことだ? 戦闘してんじゃねえのか? なんでそういう展開というか、そういう会話が始まってんだ?


「い、行ってみる」

『う、うむ……』


 流石に気になった。本当なら決勝までコンセントレーションというか、瞑想でもしてようかと思ったんだが、どういう展開が繰り広げられているのか気になったので、俺は慌てて闘技場まで戻った。

 するとそこには、白いパンツを手に持って、上半身裸になったダンショクが真剣な顔をしていた。



「マチョウよ。貴様はそれほど強く、ガチムチで、太くデカく逞しく……誰からも人気者! 女にもモテるであろう! しかし、貴様はそれなりの年齢でありながら、未だに独り身! それはすなわち、女に興味が無い! 男に興味がある! そういうことではないのか?!」


「いや、そんなことは欠片も無いのだが……どういう理屈でそうなるのだ?」



 マチョウさんが珍しく唖然とした顔で呆れている。いや、まさに今のマチョウさんのツッコミはこの場に居る誰もが思ったことだろう。

 だが、ダンショクは続ける。


「では、マチョウよ。貴様には、既に心に決めた女が居るとでも言うのか?」

「ぬっ……」


 その瞬間、マチョウさんの眉が僅かに動いた。

 そして、俺は自然と観客席に居るツクシの姉さんを見た。


「え? マチョウさん……うう、そ、そうなのかな? マチョウさんには……既に好きな人が……」


 案の定、ものすっごい不安と悲しみに満ちた表情で目を潤ませている。

 そんなツクシの姉さんたちをサディスたちは心配そうに肩に手を回している。

 でも、実際のところ、俺も気になっていた。

 マチョウさんって結構モテるだろうに、何で結婚してねーんだ? 

 すると、マチョウさんは……


「自分は……誰かに愛される資格などない……何故ならかつて内戦で……多くの者を手にかけ……もう、自分の手は―――」


 悲しそうマチョウさんが呟こうとした……その時だった。



「それでカッコイイつもりか、マチョウ・プロティーン! もし、貴様が自分の手が汚れているからなどとほざくのなら、俺がブチ殺して犯すぞこの野郎!!」


「ッ!?」



 マチョウさんほどではないが、それなりの体格を持ったダンショクが、その剛腕でマチョウさんの顔面をぶん殴った。

 避けないというより、避けられなかったというか、マチョウさんも殴られるとは思わなかったようで反応が遅れた。


「ダンショク……」


 そして、殴られた頬が少しだけ腫れたまま呆然とダンショクに驚くマチョウさん。

 すると、ダンショクは……



「貴様に問いたい。一度罪を犯し、監獄に入り、身も心も壊れて汚れ切った……しかし、俺はこうして刑期を終えて外に出たわけだが……俺には幸せになる権利はないのだろうか?」


「な、なにを……」


「答えろ!」


「……そうは……思わないが……」


「ならば、貴様はどうだ? というより、貴様は一度でも犯罪者になったか?!」


「それは……」



 唐突に自分の罪やこれまでのことを語るダンショクの言葉、そして問い。

 罪を犯した人間はたとえ償ったとしても、幸せになる権利は一生ないのか?

 


「男が惚れる漢たる貴様が……俺と違い、殺めた人よりも多くの人を救い、守り、笑顔を作った貴様がそれでも愛される資格がないとほざくのなら……そんな国は滅ぶべきだ」


「ダンショク……」



 おかしい。なんで、白いパンツを手に持ちながら、そんな真剣な会話をしてるんだ?

 だが、会場も重い雰囲気で、誰もそのことにツッコミ入れない。

 それは、それだけこの国に住む連中は、マチョウさんと長く付き合い、マチョウさんのことを良く知っているからだ。


「しかし……自分は……」


 それでも簡単に認められない様子のマチョウさん。

 だが、その時だった。



「その通りかな、マチョウさん!!」


「っ!? ……ツクシ?」



 観客席からツクシの姉さんが大声で叫んだ。

 涙を流しながら、感情をむき出しにして叫んでいる。



「私たちは……今の私たちがあるのはマチョウさんのおかげ! マチョウさんが私たちを助けてくれた……内戦で両親を失った私たちに温もりをくれた……家族の温かさを教えてくれた……守ってくれた……そんなマチョウさんが……私たちは大好きかな!!」


 

 その気持ちは、ツクシの姉さんだけじゃないと、周りのシスターたちも、いや、会場中が同じ気持ちだと笑顔で頷いている。


「そうっすよ、マチョウさん! いい加減にしないと、許さないっすよ! ほら、アマエも言ってやれ! マチョウさん好きっしょ?」

「ん? ん! オジサンだいすき!!」

「マチョウさん、私たちも同じだよ! いいかげん、自分の幸せも考えてくださいよ!」

「私も! 孤児院の子たちもそうだよ!」

「こらぁ、マチョウ! デカくて豪快なテメエがいつまでウジウジしてんだよ!」

「マチョウさーん!」

「マチョウさんは僕らのヒーローだもん!」


 会場中が一体となり、一人の男に向かって思いのまま叫ぶ。

 その言葉に、マチョウさんは戸惑うように狼狽えている。


「みんな……しかし……自分は……」

「は~……まったく……情けない。こんな男のケツを俺は追いかけて……まったく」


 だが、それでも簡単に考えを変えられないのか、マチョウさんは頷けない様子。

 すると、業を煮やしたダンショクが溜息を吐きながら……



「なぁ、マチョウよ。貴様はこの大会で……負けられない理由があるようだが……優勝して何か欲しいものでもあるのか?」


「……なに?」


「優勝は名誉以外にも、莫大な賞金というものがある……何か欲しいものを買う気か?」


「ぬっ!? ……な、なにを……」



 そのとき、ダンショクの問いにマチョウさんが言葉を詰まらせた。

 そういえば、マチョウさんは俺にも言ってたな。「自分には負けられない理由がある」と。

 単純にマチョウさんが負けず嫌いなのかとも思ったが、そんな感じじゃない。

 マチョウさんは優勝したら副賞でクロンと……ってのは、知らない。

 だから、必然的に欲しいのは賞金になる。

 しかし、マチョウさんが金を欲しがる人とも思えないが……。

 そして、マチョウさんが金を欲しがる理由をツクシの姉さんたちも知らないようで、不思議そうな表情を浮かべている。

 すると……



「俺は、犯したい男は力づくで犯す。しかし、惚れた漢は徹底的に調べ上げ、色々と計画を立てる。知ってるぞ? 貴様が日雇い労働などで稼いだ金を溜めて……土地を買って……誰もが無料で通える学校を作ろうとしていることをな!」


「ッ!? な、な……なぜ……」



 え? 学校? 無料? あっ、でもそういえば……以前……ツクシの姉さんが……



――私たちはほとんど戦災孤児みたいなものでね……生活も教会の献金とかで成り立っているけど、そこまで贅沢をできるわけじゃなくて……当然、全員が学費は払えなくてね……だからせめて、二番目に年下のカルイと一番年下のアマエの今後の分だけでもって……そんなところかな



 教会に居るシスターたちの中には俺と年齢の変わらない人たちが結構いた。だけど、魔法学校に通っているのはカルイだけだった。

 じゃあ、マチョウさんは……


「くっ……」

「お優しいことだ」

「ち、違う……ただの自己満足で……」


 もう、ダメだった。

 誰も知らなかったマチョウさんの計画とその想いを知った瞬間、観客席に居る連中は涙を流していた。

 

「マチョウさん……そんな……学校を……」


 ツクシの姉さんも堪えきれずに崩れ落ちた。

 既に知っていたはずのマチョウさんの優しさは、付き合いの長いツクシの姉さんたちの想像を上回っていたということだ。

 そして……



「ちっ、白けたぜ……マチョウ」


「ダンショク……」


「まいった。降参だ。俺の負けだ」


「ッ!?」



 ダンショクは「やれやれ」と呆れながら、降参を宣言した。



「貴様なんかのケツにもう興味はねえ。女子供に囲まれて軟弱に生きている方がお似合いだ。自分を追い込まねえで……さっさと願いを叶えて、貴様自身も幸せになっちまいな」


「だ、ダンショク!」


「アバヨ」



 準決勝まで勝ち上がりながら、もう戦う意思はないと降参を宣言し、そして言いたいことだけを告げ、ダンショクはそのまま背を向けて立ち去る。

 最後に手を上げて、しかし振り返らずに別れを告げて。

 そして、しばらく静まり返り、司会すらも言葉を失う中、ついにツクシの姉さんが我慢できずに観客席から飛び降りた。


「マチョウさん!」


 飛び降り、ツクシの姉さんは着地と同時にマチョウさんへ駆け出す。

 そして、迷わずマチョウさんのデカい胸板に飛び込んだ。


「っ、ツクシ……ま、待て、自分は……」

「ううん。もうダメかな」

「ツクシ……」

「もう、マチョウさんが何と言おうと離れないかな。マチョウさんの手が汚れていて誰にも触れられないなら、私から触れに行くかな! そして、私も決めたかな!」

 

 初めて見るツクシの姉さんの涙、そして心の底から愛する人へと向ける笑顔と力強い決意の目。


「もう、私が……マチョウさんを幸せにするかな!」

「っ……ツク……シ……」


 マチョウさんも感極まった様子で、その場で俯いた。

 そんなマチョウさんをツクシの姉さんは力強く抱きしめ続け、離れない。

 そして、静まり返っていた客席からも次第に声が上がる。


「そうっすよ、マチョウさん! 姉貴じゃなくても怒るっすよ!」

「オジサン、おねーちゃん! ガンバ!」

「そうだ、マチョウ、幸せになれー!」

「マ・チョ・ウ! マ・チョ・ウ! マ・チョ・ウ!」


 一人の男に向けられる言葉。「幸せになれ」。その言葉がいつまでも響き、ついにはマチョウさんも目元が潤んでいる。

 自分に厳しく、自分の幸せを考えなかった男が、大勢の人たちから愛され、その幸せを望まれている。



「これは、思いもよらない展開になりました! しかし、ダンショクが残した言葉は正にこの国に住む誰もが思っていたこと! 皆が思っている! マチョウに助けてもらった! マチョウ、ありがとう! だからこそ願うんだ! 今度はお前が幸せになる番だと! 互いの腕を競い合う大会、最後に男が掴んだのは栄光でも名誉でも金でもない! 幸せだ!」


「「「「「ウオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」」」」


「予想外の結末。しかし、最高の結末! ありがとう、マチョウ! そして幸せになれ! これにて、魔極真流闘技大会を……ん? あれ? 何かを忘れているような……」



 ようやく言葉を失っていた司会も言葉を発し、その言葉に続いて皆が雄叫びを上げる。

 こうして大会は……




「って、待てええええええええ! まとめるなあああああああああ! まだ決勝が終わってねぇよ! 俺! 俺! 俺との試合がまだ終わってねぇよ! つか、何だこの展開は!? やりづらいわ!!」



『まさか……決勝を忘れられるとは……』




 これ、俺も泣いて良いよな? 別の意味で。

 だって、さっきまで俺の決勝進出に皆が盛り上がっていたのに、今、俺を忘れていたことに皆が気付いて「あっ、そういえば」みたいな反応してんだからよ! 

 あのヤミディレすら、この展開は予想外だったのか頭を抱えている。クロンは、普通にマチョウとツクシの姉さんを笑顔で祝福してるけど。


 とりあえず、決勝はちゃんと行われることになった……でも……なんか複雑だ……

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