第144話 幕間(拳法家)
困ったアルね。純粋に己を高めることに青春を燃やす若者の目。
そんな目をされたら、因縁を持ち込むのが尚更情けなくなるアル。
実際、彼には恨みも憎しみも無いアル。
組織が勇者ヒイロに壊滅させられたのも、自業自得であり、そのことで何か文句を言うなど、逆恨みやら逆切れやらというものアル。
つまり、元々君には何の関係も無い因縁。
『……おい……ワチャ。使えそうな奴で、島の外に興味のある奴は居ないのか?』
『何人か居るアル』
『そうか。例の女を匿って少し心配だったが、あの女が妙な道場を開いているおかげで、使えそうな奴が増えて助かるぜ』
『魔極真流道場アル。私も強くなってるアル』
鎖国国家として世界連合から孤立した国。
言い換えれば、そこに逃げ込めば外でどんな犯罪を犯した者でも捕まえることは出来ない。
組織の中でこの島国の中と外を繋ぐ、『非公式ツアーコンダクター』を生業としていた私が、この島国に来てもう十年以上経つアル。もう今では誰もが私をこの国の住人として疑わないアル。
本来、カクレテールでは住民が島の外へ出ることも、島の外の人間が島へ来ることも罪とされていた。
そこで私が居たアル。国家の中枢の人物に賄賂を贈って繋がりを作り、私を仲介さえすれば島の中と外を非公式に繋ぐことが出来たアル。
しかし、その日々が変わったのは、組織のボスの兄弟分であり、魔王軍の六魔大魔将の一人でもあった、とある男からの依頼で、一人の女と赤子を島で匿うようになってから。
その女もまた、歴史に名を残す六魔の一人。そして連れてきた赤子は命が惜しいので、怖くて素性も調べなかったアル。
そして、その女は匿われている身でありながら、自分が動きやすく、そして都合がいい環境を作るためにこの国の民を扇動して国を傾けた。
元々この国の人間でもなかった私は自分にとって都合のいい立場で動き回ったアルが、気付けば『大神官様の一番の古参弟子』という風に、民衆に思われてしまったアル。
その結果、私の正体を知りながらも黙認していた、旧体制側の大臣たちも失脚し、賄賂を贈ることも無くなり、まぁそれはそれで良かったアルが……
『おい、最近カンティーダンで組織に対して暴れている半魔族のガキが居るんだが……ブロとかいうガキで……魔極真を使うぞ?』
『え、ブロ……アルか?』
『やっぱ、カクレテールのガキか。どうなってる? お前が出したんじゃないのか?』
『違うアル! 恐らくは……独断……たぶん、ブロは組織のことを何も知らず、偶然……』
『ちっ、まったく……おい、流石に組織も幹部が動き出す。そのガキももう終わりだろうから、そのつもりで居ろよ?』
旧体制が崩壊したことでの問題。
カクレテール国は未だに開国するつもりはないが、その代わり昔のように住民が島の外へ抜け出すことや、島に住民の紹介であれば余所者がこの島に来ることも緩くなったアル。
何故なら、咎めるべき体制が崩壊してしまったアル。
そして、この島でツアーコンダクターとしての仕事も廃業せざるを得ないと理解した時、もう一つの事件が起こったアル。
組織が勇者ヒイロと帝都の騎士団によって壊滅させられ、ボスも捕まってしまった。
つまり、今の私はもう戻るべき組織もなくなり、本当にただの島の住民になってしまったアル。
そして今では、かつて匿ったヤミディレの様子を窺う、ボスの兄弟分の関係者たちと連絡を取り合うだけの、飼い殺しの人生アル。
どこで狂ってしまったか分からない私の人生。
そんな境遇に陥り、これから先の人生、何のために生きるアル? 鍛える? 戦う?
もう、自分でもよく分からないアル。
そんな私の目の前に現れた、組織を潰してボスを捕まえた勇者ヒイロの息子。
恨むのは筋違いと理解しながらも、何も思う所が無いかと言われればそうとも言えない複雑な存在。
そして、実際に対峙する彼は、そんな因縁を持ち出すことが余計に心苦しくなるぐらい、純粋に私の技術に目を輝かせてくれているアル。
やはり、無粋アル。
そして何よりも、彼の目つきがさらに変わったアル。
本当に本気で私を倒そうと、集中しきった表情をしているアル。
これは、応えなければならないアル。
組織がどうとか、人生がどうとかそういうことではない。同じ、男として。
「魔極真フィンガージャブ!」
持てる力を最大限に。そして最速に容赦なく目の前の若者の眼球目がけて放つ。
恐らく、彼はカウンターを狙っているアル。
これまでの彼の戦法ならクロスカウンター。しかし、それはさっきクロスカウンター返しで破ったアル。
あと考えられるのは、スウェーで後ろに下がり、私の身体が伸びきったところでズドン。
衝撃を吸収しきれず、大ダメージ。前方に踏み出しているから、ヘッドスリップでも流しきれないアル。
ならば、それでもあえて行くアル。
クロスカウンターなら、クロスカウンター返し。
スウェーでの回避からのカウンターなら、私の左の崩拳でボディを叩くアル。
もちろん私にも失敗のリスクもあるアルが、左の一発だけならば歯を食いしばって耐え切るアル。
さあ、来るアル!
来いアル!
私は耐えて……
「…………」
「……?」
来な……い?
カウンターを打つ気配もスウェーで回避する気も感じられない。
ただ、ジッと集中した表情で私のフィンガージャブを見て……
「な……に?」
そして、私の予想とは違い、アースはほんの僅かに体をずらし、最小限の動きで私のフィンガージャブを回避。
しかし、回避してそのままステップインからのインファイトをするわけでもなく、ただ回避しただけ。
何を考えている?
分からない。
だが、来ないのなら、私の右のフィンガージャブを引き戻して、間髪入れずに左で――――――
「ガッ!? ……?」
そのとき、よく分からない衝撃が私の顎を……え?
「……な?」
なんで? なんで、私が……いつの間に両膝が地面について……?
「なっ?! こ、これは、どういうことだ!? ワチャがダウン!? これまでの攻防とは打って変わり、普通の左の一閃で、ワチャの顎を捉えました!!」
え? 左で私の顎? なんで? 見えなかっ……
「ふふふふふ……はははははは! ははははは! こんなこともできるとは……ただの人間でありながら……狙ってソレをできるか!? 流石は……最後の鍵! 大魔の力を受け継ぎし者!」
ヤミディレ……? 何であんなに上機嫌に笑っているアル?
そして、逆に観客は今の私の姿に戸惑っているアル。
何で私が地面に膝を付いてダウンしているのか?
でも、分からないアル。顎にくらったのは分かるが、その瞬間がまるで分らないアル。
ヤミディレは見えたアル? 何が起こったか分かっているアル?
「ふふふふ、果たしてこの場に居る何人が分かっているだろうな? ワチャから引き出したフィンガージャブ……そのフィンガージャブに合わすわけでも……相手の打ち終わりの直後に合わせるわけでもなく……相手が打ち終わって拳を『引く』タイミングで相手の腕に隠す様にして叩き込む……まさに、『見えないパンチ』だ」
フィンガージャブの引き際……?
「これこそ、俺がゾーンに入ったことで打てるようになった……『大魔ファントムパンチ』だ」
「……ふぁんと……む?」
ああ……そうか……ひょっとしたら、何のために生きているのか分からなかった私の人生……そんな私の前に現れた……
「礼を言うぜ。初めて実戦で『入る』ことができ……極限のタイミングを『掴む』ことができた……あんたが引き出してくれた」
組織がどうとか言い訳して……同じ場所に留まり続けた私と……世界へ飛び出そうとする若者……ひょっとしたら……私が今日まで生き続けたのは……この若者を――――
「あ~っと、立てない! そのままワチャは地面に突っ伏し……気絶! 気絶しております! 左の一閃、まさに電光石火! 新時代と歴史。今日、軍配は新時代に上がりました! アース・ラガン、堂々の決勝進出決定ですっ!!」
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