第141話 不意打ち

『少しだけ筋を伸ばして痛めかけたか? まぁ、それぐらいなら問題ないだろうがな』

「ああ、問題ねぇ」

『それに、こういう大会中はアドレナリンが出ているので、痛みも感じぬだろう』


 試合終了と同時に、退場した俺はとりあえず自分の身体を確認。

 シャドーを繰り返し、ヤワラに極められかけた腕や肘、関節の具合を確認する。

 

「にしても……結構危ない技だったぜ……」

『多少なりとも、奴の努力の牙は届いていたということ……意地だな……』


 確かに、侮れない相手だった。

 ヤワラにやられかけた、『外巻込』とかいう技で少しだけ筋を伸ばしたようだ。

 だが、これぐらいなら何も支障はねぇ。

 そう判断して、次の試合の観戦に戻ろうとしたとき……


「……あの……」

「ぬっ!?」


 振り返った瞬間、俺は予想外の人物に出くわして思わず体を震わせた。


「サディス……」


 まさかのサディス。不意打ちのような登場に変な声を出しちまった。

 一人で一体何の用?

 そう思ったとき、サディスがその手に持っていた「ある物」が目に入った。


「あの……差し出がましいとは思いますが……」


 遠慮がちに俺に差し出すソレは、何かを布袋にパンパンに入れている。

 袋から漏れているのは……魔力と……冷気。


「……氷?」

「はい。どうやら私は魔法も使えるようでしたので……作りました」


 中身を覗き込んで見えたのは、少し大きめの氷。

 だが、何で……


「失礼します」

「っ、お、おい」

「ジッと……してください」


 思わずドキッとした。俺に近づき、俺の左腕を取り、肘に氷の入った布袋をあてる。

 そのとき、サディスの香りが漂い、俺の心を乱しかけるが、同時に腕がひんやりと冷却されて、楽になっていく。

 これは……?


『アイシングだな。素直に受けておけ、童』

『あいしんぐ?』

『ああ。筋肉繊維の損傷の悪化を防ぎ、腫れを抑えて痛みを緩和、更には靭帯を伸びにくくするなど、メリットがある』

『そ、そんなことが?』


 頭も楽になり、疲労も弱まってくる気がする。

 これもアイシングとやらの効果か?

 しかし、サディスはそれを知っていて……?


「……楽に……なってきた」

「よかったです。でも、あまり無理はしないでくださいね?」


 俺が素直にそう言うと、サディスは優しく微笑んだ。


「……なんで……」

「はい?」

「なんで……こんなことを?」


 サディスの笑顔が久々俺の胸を締め付け、俺は思わず尋ねていた。

 すると、サディスは少し考えるような様子を見せ……


「分かりません」

「なに?」

「ただ……ほんの僅かでもあなたに何かがあったかと思うと……全身が震えてしまい……何かしなければと……気付いたら、ここまで来てしまいました」


 それは、俺にはいつも冷たい態度や厳しい態度、もしくはからかうような態度を取っていながらも、実は誰よりも過保護だったかつてのサディスがそうさせたんだろうということが、俺には分かった。

 だからこそ、切なくなる。

 複雑な気持ちになる。

 でも……今はまだ……



「あああ~~~っと、なんとビグが試合開始直前、互いに向かい合って闘志を解放してぶつけ合った段階で、なんとギブアップ宣言です!」


 

 そのとき、外からどよめきと司会のデカい声が聞こえてきた。


「一流の剣士は鞘から剣を抜く前に、相手の力量を理解するもの。すなわち、勝てぬ相手に剣を抜くのは二流・三流のやること! そして、一流のエクスカリバーを持つビグだからこそ、分かるのである。出さずとも、面と向かい合って対峙するだけで相手の剣がどれほどのものか。ビグ・マーラ、降参です! マチョウ・プロティーンの準決勝進出決定!!」


 ハッキリ言って、頭に「?」が浮かぶような話ではあったが、それでも一度決定された以上は覆らない。

 どうやら、マチョウさんが勝ったようだ。


「そして、これにてベスト4が決まりました! ここで一度、ここまで勝ち抜いた四人の戦士たちに皆さんの前に出て来てもらうことにします! 男の中の男たちの中から更に選ばれた男たち、ちょっと出て来いやー!」


 と、同時に司会が観客へのサービスの一環か、俺も含めて勝ち残った奴らを呼んでいる。

 仕方ねえ、行くしかねえか。

 

「サディス……これ……もう十分だ……何もかも」

「あ……」


 氷袋をサディスに返し、そして……


「治った……あ……ありがとな」

「あっ……いえ……次も……頑張ってください。でも、無理は……」

「いくらでも無理をするさ……もう俺は……『坊ちゃま』を卒業したいからな……」

「ッ!? ……あ……」


 素直に礼を言う……それだけなのに、少し躊躇っちまう……それもまたつらくて寂しい。

 そんな気分になりながら、俺は闘技場へと向かった。



「さぁ、準決勝の組み合わせは『超新星・アース』対『歴戦戦士・ワチャ』、『洞穴探究者・ダンショク』対『超人・マチョウ』となります。果たして、最後に残るのは一体誰か?」


 

 闘技場に出ると、もう皆が揃っていた。俺も少し小走りで駆け寄って、マチョウさんたちの横に並んだ。

 俺、ワチャ、変なオッサン、マチョウさんの四人。


「ご覧ください、勝ち上がったこの超雄四人!」


 会場中からも勝ち抜いた俺らに向けて今一度大きな歓声が上がる。


「驚異の新星という異名通り、一回戦から類まれなセンスと戦闘能力で、天才も努力家も蹴散らしてきた、アース・ラガン! 弟弟子や門下生たちの導き手として、そして壁として、それに相応しき技を振るって存在感を示した、ワチャ・ホワチャ! その人生は罪人という烙印を押されながらも、意外にもこの大会ではルールを破ることなく堂々と猛者たちを負かしてきた、ダンショク・ヤール! 優勝候補ナンバーワンにして圧倒的人気というプレッシャーなどものともせず、更には相手の得意分野での勝負を受けながらも勝ち上がった、マチョウ・プロティーン!」


 俺としては、大体予想通り、順当な展開だった。

 それは俺以外の奴らも同じなんだろう。

 そもそも、一回戦、二回戦と戦ったが、俺たちはほとんど無傷だ。


「余裕という顔をしているアルな、アースくん」

「ん?」

「まぁ、まだ力の底どころか、実力の半分も出していないのだから当然アルか?」


 ベスト4決定ということで、闘技場に一度出て改めて皆に紹介される俺ら。

 大歓声が響く中で、隣に居るワチャが俺に小声で尋ねてきた。


「別に、そりゃあんたも同じだろ?」

「はっはっは、そうでもないアル。私の戦闘はあくまで経験や引き出しの多さで勝負するだけで、一歩間違えれば何があったか分からないアル」

「どーだか。それに、言うほど俺も楽勝ってわけじゃねーよ? 二回戦のヤワラの技には冷や汗かいた。一回戦は知らん」


 次の対戦相手と、まるで腹の探り合いをするかのような会話をする俺ら。

 一方で……


「……大きいな……マチョウ」

「身長の話か?」

「……恋人はいるか?」

「いや、自分にそのような甲斐性は無いのでな」

「太いな」

「……腕の話か?」

「見てみたい。ガチガチのムキムキな状態を」

「ポーシングをしろと? それぐらいなら、たまに孤児院で子供たちに見せているので、構わないが」

「触りたいな」

「構わんが」

「やらないか?」

「準決勝で戦うのだろう?」


 俺たちの隣で交わされる会話なのだが、おかしい。

 会話は成立しているのに、なぜか噛み合ってないと思うのは俺だけだろうか?

 寒気がするのは俺だけだろうか?


「戦闘スタイルだけでなく……アースくんは、単純一途に暴れるだけの君の両親とは、意外と似ていないアルね」

「ん?…………って、えええええええええええええええ!?」


 隣の会話に引いている所に、まさかのワチャの不意打ちのような呟き。

 思わず大声を出した俺に、一瞬会場中が目を丸くし、俺は慌てて口を手で塞ぐが……こいつ……


「あ、あんた……」

「ふふふふ」

 

 いや、外の世界と繋がっているんだから、俺のことを知ってても当たり前だけども……このおっさん、隠す気なかったのか?

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