第140話 一瞬
「おにーちゃん、ガンバ! ガンバ! ふれふれ、おにーちゃん!」
もう、「そう呼んでいい」となったので恥ずかしさも無くなり、今では率先して観客席で応援してくれているアマエ。
小さな体で目いっぱい声を出し、ポンポンを振って飛び跳ねている。
それに応えないといけないと思いながら、向かい合う二回戦の相手の名は、ヤワラという男。
「「押忍!」」
互いに同じ挨拶をして一礼。
印象として、相手はかなりの一本気というか、生真面目というか、硬派というか、そんな印象を覚える短髪の男。
しかし、その身長は、俺よりもずっと小さい。
そして、小柄ではあるが、体格の割には太い筋肉を持って、なかなか重そうである。
ただし、逆にあまりスピードが出そうな体つきではないという感じがする。
とはいえ、この男の「本当に注目するべき特徴」はそこではない。
「さあ、ようやく一回戦を勝ち上がった実力者同士による、二回戦を始めたいと思います! 互いに一回戦を圧勝したもの同士。しかし、一人は将来性を感じさせる見事な才気を披露した若者に対し、こちらは地道にコツコツ長い年月をかけて自分を高めてきた男。才能と努力の勝負という構図になるのか?」
まるで、俺は努力してないと言っているように聞こえるが、まぁ俺が本気で自分を追い込むようになってまだ半年ぐらいしか経ってないんだし、そう言われても仕方ないのか……?
しかし、そんな俺を見て、ヤワラは笑いながら言う。
「そんな顔をしなくても分かっている」
「え?」
「お前がその若さで……恵まれた能力を持ちながらも、血の滲むような努力をしていることは、一回戦の左のパンチを見ただけで分かる」
トレイナと出会って半年足らず。
本当の努力を知って半年。
僅か半年。されど半年。
努力は別に誇るものではないが、それでも僅か半年とはいえ、俺はそれなりに濃い日々を過ごしてきたと思っている。
だから、「流石は勇者の息子」、「恵まれている」とかそういう褒め言葉ではなく「お前が頑張っていることを知っている」という言葉がとても胸に来た。
嬉しかった。
一方で……
「あんたもだろ?」
「……ん?」
こいつ自身もそういう日々を送っているからこそ、素直に人のことを認められるんだろうな。
それを示す証拠がある。
『トレイナ……こいつ……耳がスゲぇことになってるな』
『うむ』
身長より、体格より、顔つきより、目つきより、何よりも真っ先に目に行く、男の「本当に注目するべき特徴」。
初めて見た。
目の前に居る男の耳が、溶けて潰れて穴も塞がっている。
しかし、それは「ただ、生まれつき変わった形をしている」わけではない。
『良い耳の形をしている。それだけでこの男の戦闘スタイルや、血の滲むような訓練の日々を感じることができる』
男の耳を見て、トレイナも感慨深そうに頷いた。
『床に何度も耳を擦りつけ、相手の頭や体に何度もぶつかり、やがて耳に内出血を起こし、それが治らぬうちにまた同じことを繰り返す結果、血腫が固まって耳を変形させる……何度も何度も相手にぶつかり、床に叩きつけられ、それでも立ち上がって努力してきた男の……戦う男の耳だ』
その言葉から「努力」と一言では簡単に片付けることの出来ない、男の……ヤワラの人生を感じさせた。
『童、奴を見ろ。貴様よりも小さい。肉のつき方から、あまり足も速くないのだろう。総合力や才能の面では、貴様には及ばぬ。余が見てきた、これまで世界で名を上げてきた戦士たちと比べても、奴は才能がない。だからこそ努力をしてそれを補い克服し、今、貴様の前に立っているのだ』
その言葉を聞き、俺は自分の耳を触ってみる。何とも綺麗な耳だ。
だが……
『だが、貴様も知っての通り、戦いは努力を競う場ではない。情けも容赦もなく、その上で油断や相手を舐めたりもせず、貴様の左で叩き潰せ』
そう、耳も努力の量も関係ない。
ここは、強さを比べる場所。
そして相手を舐めるわけではないが、勝ち方にこだわる。
一回戦同様、左で勝つ。
「では、二回戦第一試合、はじめええええ!!」
開始の合図とともに、ヤワラはベタ足で、腰を低くし、そして両手を前に出して構える。
向こうから攻めて来る様子はない。
明らかに俺の攻撃を待っている。
だが、こいつに俺の左を回避できるほどのスピードや動体視力があるとは思えない。
でも何かを狙っている。
勝ち方ではなく、あくまで勝ちにこだわるなら、足でこいつの周囲を駆け抜けてヒットアンドアウェイだが……
「大魔フリッカーッ!!」
「ッ!?」
ここは、正面から左で刻んでやる。
「おーーーっと、アースの繰り出す左が鞭のようにしなって空気を、そしてヤワラの肌を切り裂く! 速い速い! 一回戦のような正確無比な左ではなく、荒々しい左が繰り出される!!」
案の定、こいつに俺の左は避けられそうにない。
だが、こいつは最初から避ける気はないようだ。
そして、かなり固い筋肉や骨だ。
「っつー、なんつう左、スピード、軌道! こんなものまで隠し持って……っ、だが……倒れねえぞ! 俺は打たれ強さにゃ自信あるんだよ!!」
被弾しながら、ヤワラが両手を伸ばしてくる。しかし、その手で俺を殴ってくるわけでも魔法を撃ってくるわけでもない。
なら、何を?
「ッ、と、こ、ここだ!」
「ッ!?」
足を止めて同じリズムで撃ち続けたから、ヤワラもタイミングを合わせて動いてきた。
俺のフリッカーを何発もくらって鼻血を出してまで、その手で掴んだのは、俺の服の袖。
「掴んだ!」
「おっ……?」
未知の技。ここからだ。俺の袖を掴んで何を……え!?
「なっ!? 体が……」
袖を掴まれただけで、俺の全身のバランスや重心が崩れた。力が入らねえ。
そして、左腕をヤワラの脇に挟まれ、そのまま俺を引っ張るようにヤワラが倒れ込み……
「魔極真外巻込!」
「っさせねえ!」
倒れこむように、ぶん投げられ……マズい!
その瞬間、俺はゾッとした。
これはまずいと思って、慌てて身を捩った。
ヤワラの脇に挟まれていた俺の左腕もロックが浅かったので、ギリギリ抜け出すことが出来た。
「っそ、惜しい! もう一回!」
今のは何とか抜け出すことが出来たが、もしヤワラにもっと「パワー」や「スピード」が備わっていたら、間違いなく背中から地面に叩きつけられて……多分……想像だが……勢いで腕も肘ごとへし折られていたかもしれねえ。
なんつう、えげつない技だ。
「ちっ、なんだ? どういう戦いだ?」
「何発殴られようと、しつこくくらいついて、一発かましてやる!」
素手同士の戦いで魔法も使わない。
「俺はマチョウのように柔の道以外の技に手を出したりしない! この道のみを追求してきた俺を、ちょっとやそっとで崩せると思うな!」
ヤワラは俺を殴るでも蹴るでもなく、服を狙っている?
これがこいつの戦闘スタイル?
つか、マチョウさん? マチョウさんが何の関係……
「まだまだいくぜ、若造!」
「ちっ、大魔フリッカー!」
「耐える耐える耐えるッ!!」
そして、俺のフリッカーの痛みに慣れたのか、ヤワラは顎を引いて急所だけはガードし、気絶しないことだけを心掛けて再び俺のフリッカーの嵐に飛び込んできた。
たった一瞬の攻防で、既に顔面が腫れあがっているが、それでも構わず歯を食いしばって俺に接近してくる。
ここでまた接近して俺の懐に飛び込んできたら、こいつは俺の袖なり腕を掴まえてぶん投げる気か?
『珍しい戦い方だな……』
『ふふふ、そういう戦いもあるのだ。覚えておけ』
『確かに、もっと速く、もっと強い奴に同じことをされたら……ゾッとするな……」
確かに、未知の技だ。
新鮮と言えば、新鮮だった。
「くはっ、つ、いって、だが……荒々しいように見えて、実は洗練されたパンチ、そして芯に響く……だが……悪く言えば、丁寧すぎるんだよ、お前のパンチは!」
「なに?」
「被弾を覚悟しつつ、急所さえカバーすれば……歯ぁ食いしばれば……命を刈り取るほどじゃねえ! 耐えられる!」
そのとき、俺のフリッカーで体を刻まれながらも一歩一歩近づいて来るヤワラはそう叫んだ。
『ふふふふ、丁寧すぎるか……そう言われているぞ? 童』
トレイナが俺の様子を窺うようにニヤニヤと笑みを浮かべている。
正直、ヤワラを倒すだけなら方法はいくらでもある。
足で距離を取って接近を許さないこと。右で迎撃。魔法でふっとばす。ブレイクスルー。
だが、勝ち方に拘るのなら……
「舐めんなよ。俺の左が丁寧すぎる? 荒っぽいこともできるんだぜ?」
「だが、入った! 懐、からの……」
ようやく俺の懐に飛び込んできたヤワラ。
「魔極真内股―———」
「なろっ!」
「と、見せて!」
「ッ!? フェイント!?」
俺はヤワラの顔面目掛けて構わず左を放つと、これまで被弾していたヤワラがその場でしゃがんで、初めて俺のパンチを回避。
そして、そのまま両手で俺の両足に手を伸ばして……
「意識が上に行き過ぎて、下が疎かだぜ、若造!」
「……ぬっ……」
「魔極真双手刈り!!」
俺の両足を刈り取ろう……と、したようだが……
「大魔ラビットパンチ!」
「ッッ!!??」
俺の両足を刈り取ろうとするため、自然と俺の真下に晒されたヤワラの「後頭部」を、空振りしたパンチの引き際に打ち抜いて……
「あ、がっ、が……あ……がっ……」
一瞬で意識を朦朧とさせ、膝も震え、完全に無防備になったヤワラを……
「大魔ジャブ」
「あぅ……あ」
フリッカーではなく、最小限の動きで最短距離を飛ばす真っすぐの左ジャブで顎を打ち抜く。
次の瞬間には、糸の切れた人形のようにヤワラが倒れ、それまでだ。
「あっ……お……」
「は、はや、かった……」
「い、一瞬で……」
ヤワラが倒れ、会場も静まり返る。
俺たち二人にとっては中々濃い攻防ではあったが、全ては一分以内に終わった。
「お……あ……い……一閃! 一瞬の決着! ちょ、私も解説挟む暇もなく見入っていて……と、とにかく攻防を制したのは、アース! 堂々の準決勝進出です!」
遅れた司会の言葉と、同時に歓声も間をおいて沸き起こった。
「つっ……う……はっ?! あ……」
そして、十秒程度意識を失っていたヤワラがハッと目を覚ました。
あたりをキョロキョロ見渡し、そして俺を見て少し呆然としたが、状況を理解できたようだ。
「……気絶してたか……俺」
「まあ、ほんの僅かな間だけどな……」
「は~~~……」
負けたことが分かり、ヤワラはそのままゴロンと仰向けになって寝る。
「何度も叩きつけられ、何度もぶつかり……痛みには耐えられる自信はあったんだけど……予想もしてないパンチにはダメだったか……」
「流石に、投げられて背中でも叩きつけられるのは嫌だったからな……下手したら、腕も折れてたかもしれねーし」
「そうかい。つっても……年下に『手加減』されてこれはなぁ~……」
「手加減? 勝ち方にはこだわったが、手を抜いた覚えはないが?」
「は~……また、一からだな」
そう言って、ヤワラはまた立ち上がり、よろめきながらも、拳で軽く俺の肩を叩いて笑った。
「おにーちゃん、勝った! 勝った!」
「あんな打撃まで……随分と、えぐいこともするかな、アース君」
「でも、強いっすよ。あのヤワラさんを一瞬で……」
その全てを俺は手を上げながら応え、同時にアマエたちに手を振る。
そして、闘技場脇で俺の戦いを見ていたマチョウさんやワチャを見て、笑みを見せてやった。
「さぁ、先に行ってるぜ?」
そんな俺の笑みに対して、マチョウさんもワチャも不敵な笑みを浮かべ返してきた。
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