第142話 紙一重の世界

「さあ、選ばれし男たちの準決勝! 向かい合う、超新星と歴戦戦士。正に、新時代と伝統という構図になります!」


 俺とワチャ。互いの得意とする構えで向かい合う。

 俺はフリッカー。そして、軽くステップ。

 一方でワチャの構えは、俺とは逆に利き手を前にして、拳を握らずに指を広げて俺を指さす様に構える。


『利き手を前にする……サウスポースタイル。そして右が前にあることで、貴様の左を打ちにくくする』


 サウスポースタイル。あんまそういうの考えたことなかったな。

 だが……


「左を打ちにくく? 打ってやろうじゃねぇか! 思う存分な!」

「?」


 多少の打ちにくさぐらい乗り越えられなければ、これから先の世界じゃ通用しねえからな。


「では、見せてもらいましょう! この対決の結果を! 準決勝……始めっ!!」


 開始の合図とともに俺は飛び出す。

 打ちにくい状況で、思う存分打ってこそ、左で世界を制することの証明。


「大魔フリッカーッ!!」

「ホワチャァ!!」


 左。鞭のようにしならせ、変則的な軌道からワチャを刻む。

 だが、一回戦、二回戦の相手と違い、ワチャは被弾しない。


「おっ……」

「変則的でも、君の左は……常に正面から私の頭を狙ってくるアル! ならば、これぐらい!」


 前に出された右手で、俺の左をいなしていく。

 なるほど。確かに、これがサウスポーの構えとやらのメリットか。

 だが……


「なら、正面からじゃなければどうだ?」

「ぬっ?」


 左で制するということは、何も止まってただ左手だけで馬鹿みたいに殴って勝つということじゃない。

 自分の武器である左を当てるための組み立てがあってこそ。


「マジカルフットワーク」

「ッ?!」

 

 広い闘技場、ワチャの周囲でサークルを描くように加速して動き回る。

 案の定、俺のフットワークにはついてこれないようだ。

 ドンと中央に構え、俺を誘う。

 なら……


「大魔グースステップ!」

「ここアル!」


 ワチャの死角、斜め後ろから加速して飛び込み、左を放とうと俺が僅かに肩を動かす。

 だが、俺の死角からの飛び込みを予測していたワチャは即座に反応。

 一回戦でも見せた、フィンガージャブとやらで、俺の左にカウンターをしかけようとするが……


「あめぇよ!」

「ッ!?」


 俺も、ワチャを決して侮ってねえ。

 だから、読まれていることもちゃんと読んでいた。

 左を放とうとするフェイント。

 俺が直前でストップし、むしろワチャからの単純な右の真っすぐのフィンガージャブが放たれ、俺はその右に被せるようにストップさせた左を再び繰り出す。


「大魔レフトクロスッ!」


 これは入っ……


「なんてね、アル♪」

「え……」


 だが、裏の読み合いならば、ワチャは俺よりも経験値がある。

 俺の左のクロスまで読んでいた?

 真っすぐかと思ったフィンガージャブ。しかし、突如右肘を曲げて、俺のクロスカウンターの軌道を変えた!


「魔極真クロスカウンター返しアル!」


 そして、無防備になった俺の顎目がけて、ワチャは左の貫手を俺の眼球目がけて伸ばす……が……


「くうか!」

「なぬっ!?」


 上体そらし。大魔スェーバックで回避する。


「お、おお……直撃せずとも、多少は瞼辺りをカットできると思ったアルが……とんでもない動体視力アルね……」

「当たり前だ。こちとら、マジカル・ビジョントレーニングで、ヤミディレに完膚なきまでに敗れてから、コッソリ特訓してたんだからよ!」


 動体視力と眼球運動、そして周辺視野の基礎能力向上。

 この三カ月のトレーニングが無ければ、ちょっと危なかったかもしれねえがな。


「それと、この左は三カ月前にも使えていた……」

「ぬっ?」

「三か月後の今は……こんな左も打てるんだぜ?」


 またこっちの攻撃だ。

 俺はバックステップで多少の距離を取って、再びフリッカーの構え。

 ワチャも仕切り直しと再び同じ構えで俺を迎え打とうとするが……同じじゃねえ。


「大魔ジャブ!」

「こ、この左アルか!」


 フリッカーとみせて、構えを変えて、ただの真っすぐの左。

 何の小細工も変則もない、基本中の基本の左。

 だが、俺のフリッカーの軌道とリズムを目に焼き付けたであろうワチャは、反応が一瞬遅れる。


「はぶっ!?」

「おら! まだまだ連発……ん?」


 入った。左が……ぬっ?

 違う、手ごたえが無い。これは……首捻り! 俺の真っすぐの左と同じ方向に首を捻ってダメージを軽減……スリッピングアウェーか!


「ふぃ~、まったく……一瞬の気も抜けないアルね」


 こいつ、俺と同じでこんな防御もできたのか?

 しかし、これは誰でも出来るってわけじゃない。

 それこそ鍛えられた目の力が……


『経験による勘だな……やるではないか』


 俺には無い経験と勘での直撃回避。

 トレイナの冷静な言葉に、俺は内心ほくそ笑んだ。


「へへ……すげーな……あんた」


 トレイナはワチャのことを「パワーもスピードも、そして総合力でも俺の方が上回っている」と言っていた。

 実際、こうして対峙してても俺もそう思う。

 だが、トレイナはワチャのことをこうも言っていた。


「技術か……」


 技術に長けている男。あのトレイナが褒めるほどに。

 そして、だからこそ世界へ出るにあたって、これほど良い相手は居ないとも言った。


「是が非でも、左を一発思いっきり入れてみてーな!」

「はっは、お手柔らかに、アル」


 当ててやる。必ず。俺はまたステップを細かく刻みながら、左を当てるための組み立てをしていく。



「こ、これは……互いに直撃ならず! 皮一枚、肉一枚、互いにほんの僅かな紙一枚ほどの世界で攻防を繰り広げています! み、見ているこっちは、も、もう、あ、当って……いや、これも当たっていません! うわ、目に……入って、ない? あ、う、あ……」



 珍しく司会もうまく状況を落ち着いて説明できないでいる。

 そして、気付けば観客も応援や歓声を忘れて、静かになっている。

 僅かな紙一枚の攻防に、皆が目を奪われて息を呑んでいるのか、やがて司会もついには言葉を失い、気付けば闘技場の中には俺たちの攻撃によって空気を弾く音しか響かなかった。

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