第130話 黙らない

 世界から孤立した鎖国国家。ごく一部の人間しか外界に出ることなく、他国との関りはほとんどない。

 その国は、かつて島の中の王族が横暴で圧制を敷いて、重税などで民をひどく苦しめていた。

 ついには耐え切れなくなった民たちが立ち上がり、国は長い内戦へと突入した。

 そして、内戦は終結し、民たち革命派が勝利した……とのことらしい。

 そんな彼らの支えとなったのが、神への信仰心と、天より舞い降りし、神の血を引く女神の存在だったとのことだが……


「おお……ここにも神様の像を発見」

『うぬ、ぬぅ……』


 旧体制側の演習場が、今では大会の闘技場になっている様子。

 広さは帝都の闘技場よりは小さいが、数千人の客は入れるほどの容量はありそうだ。

 そんな闘技場の前には、両手を左右に広げたポーズのトレイナの彫像が設置されていた。


「おがんどこ。神様~神様~」

『やめぬか!』

「くははははははは!」


 面白かったのでトレイナをからかうように、俺は像に向かって手を合わせて拝んでおいた。

 流石にトレイナも自分の像は恥ずかしい様子だ。


『とにかく、さっさとマジカルバンデージを巻け。ファントムスパーをするぞ』

「押忍」


 ポケットから取り出した包帯を拳に巻いていく。

 握り締め、力が入るよう巻いていく。


『よし、打って来い』

「しゃっ!」


 ヴイアールでのスパーとは違い、こっちではトレイナに触れることも反撃されることも無い。

 あくまでフォームを確認するためのもの。


「っし!」


 トレイナは当たらないものの、一応は捌く動作を入れることで、俺のリズムを確認してくれる。

 自分的には左も右もキレがいい。

 そんな俺が繰りだすパンチの風切り音、空気を弾く音が響き、周囲を行き交う客が足を止めて俺を見ていた。


「うわ、なんだ、あれ!」

「は、速い!」

「っていうか、何発殴ってるんだ?」


 息が漏れ、僅かなどよめきが走る。

 本当は、まだこの程度で注目されたり、驚かれても困るんだが、今は周りの目を気にせずだな。


「遠目で見ないと何発パンチを放ったか分からないな。しかも、恐ろしいのはそれだけではないが……」

「ん? お」


 声をかけられ、振り返るとそこにはマチョウさんが居た。


「よぉ、マチョウさん」

「ふむ……ほぼ毎日同じ道場で顔を合わせているのに……今日戦うと思ってこうして向かい合って見ると……やはり、格段に強くなっているな」


 俺を見て、開口一番で褒めてくれた。ちょっと照れる。


「ところで、アース。気になったのだが……お前は今、誰を想定して戦っていた? どう見てもかなりの実力者だ。お前が振り回されているように見えた」


 そして、流石はマチョウさん。

 俺がただ何も無い空間に向けてシャドーをやっているだけとは思わなかったようだ。

 空想や妄想の世界の誰かを想定して戦っていたと、俺の様子から感じ取ったようだ。



「誰かって……神様かな?」


「な……に?」


『こらこら』


 

 俺の言葉に流石のマチョウさんもキョトン顔。

 俺がまさかそんな冗談を言うとは思わなかったんだろうな。

 だが、これが実は本当なので、おかしなもんだ。


「ふふふ、はははは……そうかそうか。だが、今のは師範には内緒だな。想定でも神と戦うなど、あの方には逆鱗ものだ」

「おっ、そりゃ危なかったな」

「ああ。まぁ、いずれにせよ……死力を尽くそう。アース」


 そう言って、マチョウさんは爽やかに笑いながら俺に手を差し出した。

 戦う前の握手……ほんと爽やかだな……。

 強くて? 優しくて? 筋肉もりもりで? そりゃツクシの姉さんも好きになるわな。


「ああ。互いにな」

『おい、戦いの前にあまり敵と馴れ合うな』


 トレイナはこう言うが、でも、マチョウさん良い人だしな。

 ちょっと調子が狂いそうになるが、俺はその手をしっかりと握り返した。

 すると……


「どーした~、マチョ~ウ!」

「会場前で若者と握手とか、お前のファンか? 人気者は羨ましいぜ」

「だーがー、今日こそお前に勝ってやるぜ? そのために俺は血の滲むようなトレーニングをしてきた」

「失礼します! 優勝は、自分がしたいと思っているであります! しゃす!」


 何やら続々と、客として集まっている民たちとは明らかに雰囲気が違う連中が集まりだした。

 道場に居る連中と遜色ないほど鍛え抜かれた体。

 目も、勝利を求めてギラついている。

 しかし、道場では会ったことがない。


「ふっ、久しぶりだな。お前たちも」


 マチョウさんは互いに知り合いの様子。

 すると、マチョウさんは首を傾げている俺に……


「アース、紹介しよう。彼らは支部道場の代表として今大会に出る面々だ」

「え? 支部?」

「そうだ。魔極真流道場は、離れた町などに支部がある。我々が居るのは、コナーミ都市本部だ」


 ああ、そういえば始めにヤミディレにそんな説明をされたな。

 あのときは、攫われて、意識を取り戻した直後で、それどころじゃなかったからな。


「ゴルド支部、ザバース支部、メカロス支部、セントゥーラル支部等々……今日は計9つ全ての道場から選りすぐりの代表者たち、そして、お前やヨーセイのような外部参加者たちのトーナメントだ」


 他の支部か。そういや、マチョウさん以外はチェックしてなかったな。

 流石にマチョウさんクラスがゴロゴロいるわけはねーだろうけど。そもそもマチョウさんは道場最強って話だし。


「で、マチョウ。そいつは?」

「ああ。こいつの名は、アース。外部参加者だ」

「へぇ~、若いな~」

「若いが、侮るな? 師範お墨付きの実力者だ」

「ッ!? なんだと? 師範の!?」


 マチョウさんが他支部の連中に俺のことを説明すると、途端に連中の表情が変わった。


「つえーんだな? お前」


 和やかな雰囲気が一変し、俺を睨んでプレッシャーをかけるかのように問いかけて来る。

 俺はそのプレッシャーを正面から受け、正面から答えてやる。


「それを証明するために、優勝すんだよ。俺がな!」


 優勝という宣言を。


「こいつ……」

「へぇ、言うじゃん」

「うん、良い目をしている。強い」

「ああ、強いわな」


 すると、俺の発言に「生意気なガキ」と反応されることを予想していたが、こいつらは違った。

 俺を見て、連中なりに俺の力でも感じ取ったのか、笑みを浮かべて頷いていた。

 だが、中にはそうでないのも居るわけで……


「うわ、あいつ居るじゃん……そっか……大会出るって大神官様も言ってたし」

「え~、この大会ってそんな誰でも出れるの~? 萎える~」

「神聖な大会、ヨーセイくんの伝説を皆が知る日だというのに……」

「でも、相手が誰であろうと、ヨーセイくんには関係ないよね?」

「ふん、何度も斬り損ねたが……先輩、奴に引導を渡すのは先輩に任せます」


 あっ、来た……


「ん? なんだいあれは?」

「ああ、あれはこの街の名物でもあるが……一応、侮るな」

「学生? ああ、例の天才?」

「女にモテるって聞いてたけど、相当だな」

「あれも今大会の優勝候補ってか?」


 くそバカ女五人衆の登場。マチョウさんは少し溜息を吐きながら説明すると、他支部の連中も納得したように頷いた。

 そして……



「あまり気は進まないな。俺は目立ちたくないんだけど……でも、仕方ないか……とりあえず、優勝しとかないとだし」


「「「「「も~、ヨーセイ(くん)(先輩)ったら~♡」」」」」


「ん? あいつ……ああ、あいつも大会に出るんだったな。まぁ、あれは大したことないからいいとして、……で、あっちが、大神官さんの言ってたマチョウ……ふ~ん」



 ついに現れた、今この場で殺したくてたまらないクンの登場だ。

 そして俺を、冷めたように見下した目で見て来る。

 俺が大会に参加するのを思い出したようだが、すぐに興味無さそうな表情を浮かべている。


「あれが、天才ヨーセイか。アース、どう思う?」

「めっちゃ不愉快!!」

「……いや、そういう意味ではないのだが……というか、声が大きい」


 マチョウさんも俺の返答に流石に苦笑の様子。

 だが、仕方ない。

 それ以外の形容の言葉が思い浮かばないからだ。

 そして、俺の声が聞こえたのか、後でゲロ吐かせてやるクンと、生物上は女というだけのクソら五人。

 こっちを振り返った。


「ちょっと、あんた! 聞こえてるわよ!」

「ああ。聞こえるように言ったからな。不愉快大量生産共が」

「なっ!?」


 怒った顔して俺に怒鳴ってくるクソの一人……1クソ。

 そして俺が言い返した瞬間、決まって、あとで不細工になるまでボコられるクンが出てきて……



「お前! 俺の大切な人に……何て言った?」


「お前は聞こえなかったのか? なら、もう一回―――」


「黙――――」


「黙るかァ!!」


「ッ!?」


「悪いが、今日の俺は黙らねえ。そして、引かねぇ、屈しねえ」



 いつもなら、こいつが「黙れ」とキレ気味に地面なり壁なりを破壊して相手を脅すのだが、俺は初めて被せて返してやった。

 そして、いつも言われるままだった俺の反抗に驚く、クソ共。



「だから、俺に黙って欲しければ……黙らせてみろよ。この大会でな!」



 そんな連中に追い打ちとばかりに俺は言ってやった。

 すると……


「っ……や……やれやれ。弱い犬ほど良く吼えるって知らないのか?」


 一瞬面くらったようだが、後で顔面崩壊するクンが取り繕うように咳払いし、クールぶって俺に言ってくる。

 だが!



「くははははははは、バカか? テメエは。これは人の世界。犬の世界の話を持ち出してどうすんだ?」


「なに?」


 

 もう俺は黙らない。今日は我慢しないと決めている。



「だが、そんなに犬の世界が好きだってなら、お前に犬の烙印を押してやろうじゃねえか。負け犬という烙印をな」


「お、お前……ちっ……屁理屈を言う奴め……」



 だから、こいつにも宣言してやる。


「ちょ、なん、なのよこいつ?」

「この男……どういうことだ? これまでとは……違う?」


 クソたちも動揺している様子。

 いつも、「斬る斬る」言ってるクソも言葉を失っている様子。

 そして……



「大会参加者は集まってください! くじ引きで組み合わせを決めます!」



 そのとき、大会運営関係者からの声が響いた。

 さあ、間もなくだ。

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