第129話 始まりの朝、再び

 目指すべきは大会の優勝ではなく、更に先、更に上。

 だがそれでも、大会優勝が今の身近な目標である以上は、それに照準を合わせた。

 大会一週間前には疲れを抜いての調整に努め、心身ともに文句のつけようが無いベストコンディションにする。

 そして迎えた朝は、特に緊張で眠れないということもなく、快眠だった。

 

「ふぅ……ついに来たか」


 体に何の違和感も無い。

 体が武者震いを感じている。

 この感覚は、御前試合のときと同じだった。


「そういえば、御前試合は……あれって結局、俺が居なくなった後どうなったんだ? 中止かな? まぁ、どうであろうと今回は……最後までやってやる」


 御前試合では親父と母さんの乱入と俺の家出が重なって、最後まで戦うことが出来なかった。

 だが、今回は思う存分やってやる。


『自信満々といったところか?』

「だが、油断はしねえし、相手も侮らねえさ。そろそろ、俺も一つぐらいは、肩書きは欲しいからな」

『そうか』


 そう、ここは通過点。しかしそれでも、俺は今、優勝が欲しい。

 ガキの頃から色々やってきた。

 だが、俺はただの一度も「一番」を取ったことがない。

 剣も、魔法も、成績も、ピアノの発表会とか絵画コンクールとか。

 何かしらで、姫、リヴァル、フーに負けて、俺は優勝や一番などの栄冠を掴んだことがない。

 だから、欲しい。


「つーわけでだ……お~い、おませなお嬢さん、さっさと起きてくんねーか?」

「ん~……ん? ……はふっ!?」

「よ、おはよ」


 起き上がる……前に、俺はベッドの中で俺の胸にしがみついて寝ているおませさんを起す。

 そのお嬢さんは、真夜中にコッソリと俺のベッドに潜り込んで寝るという暴挙に出た。

 研ぎ澄まされた感覚を持った今の俺には、当然分かっていたのだが、広い心で許してやった。

 そして、お嬢さんは眠い目を擦りながら一度あくびをし、目をパチパチさせながら俺を見て……


「あぅ……う……あ」


 急に恥ずかしくなったのか、顔を赤くして両目をパッチリ開いた。


「いよ~、どうした~? ん~? ん~? ん~?」

「う、あ、うぅ……」

「どうして俺のベッドに潜り込んでんだ~? な~、アマエ。お~?」

 

 左右の人差し指でツンツンモジモジしながら唇を尖らせて俯くアマエ。

 どーせ、理由は寂しかったとか、そういうことなんだろうけど、面白いのでもう少しイジろう。


「お前の部屋はここじゃないだろ? な~、アマエ」

「う~……ま、間違えて……」

「間違えないだろ~? お前の部屋はこことは全然違う所だろ~?」

「うー……う~……だって……」


 目を逸らしたりしながら、「これ以上イジメないで」オーラを出すアマエ。

 まぁ、仕方ない。これで勘弁してやるか。

 にしても、この三カ月で随分と懐かれたものだ。

 最初は目も合わせてくれなかったってのにな。


「ほーら。ちゃっちゃと顔洗って食堂行くぞ? 今日はロードワークなしで、そのまま会場に行くんだからよ」

「む~」

「だから、お前もいつまでもモジモジしてねーで、今日はせーいっぱい応援してくれよな? そしたらご褒美に、明日はいっぱい遊んでやっからよ」

「ッ!?」


 俺がアマエを脇に抱えて起き上がり、頭をポンポンしながらそう言ってやった。

 すると、アマエも急にハッとしたような顔をし、次の瞬間にはニッと笑った。


「ん! 応援する! がんば、がんば、っていっぱいする!」

「ああ、ガンバしてくるぜ」


 いい感じで落ち着けている。

 俺もリラックスして笑っていた。


「あら、おはようかな! アースくん!」

「ういーっす、あんちゃん! ……って、アマエ~? お前どこにいたんだ~?」

「……し、しらないもん……」


 食堂に行くと、シスターたちが朝食の準備をしている。

 今日は俺もロードワークに行かなかったので、朝食はしっかりと取れる。


「ついに、だね。アース君。どう? 調子は」

「問題ないぜ」

「そう……うん……そっか……」


 俺のコンディションを確認して笑顔を見せてくれるツクシの姉さん……かと思いきや、その表情はどこか複雑そうだった。

 まぁ、そりゃそうだよな。

 ツクシの姉さんはマチョウさんが好き。

 だが、今大会、ツクシの姉さんはマチョウさんに優勝して欲しくない。

 だから俺を応援しているわけだ。

 しかし、こういう大会で好きな人を心の底から純粋に応援できないというのは、結構つらいものなんだろうな。

 とはいえ、マチョウさんが優勝してしまえばクロンと……という板ばさみにあっている状況。

 これは、是が非でも勝ってやらねーと。

 と言っても、優勝者がクロンと子作りというのは、あくまでトレイナの想像ではあるんだけどな。


「アース君、今日は私たちも応援に行くわ。モトリアージュくんたちと一緒に皆で応援するから!」

「きょ、今日はオラツキ君も来ると……うん、一緒に応援するね」

「モブナが大声出すの恥ずかしがってたら、私に任せて! あいつの背中ぶっ叩いて声出させるから」

「お弁当いっぱい作っていきます。ブデオ君がいっぱい食べちゃうだろうから、すっごい多めに!」


 今日は他のシスターたちも応援に来てくれるようで、俺に……ん? あれ? なんだろう……あいつらとこのお姉さま方……ん? ん? ん~?



「あっ……」


「……あっ……」


 

 と、俺の頭の中を一瞬疑問が過ぎったが、それはもう今はいい。

 キッチンからスープを運んできたサディスと、俺はバッタリ鉢合わせた。



「……おはようございます」


「おう」


「……その、今日ですが……お加減は?」


「何も心配いらねえ」


「……そうですか……」


「おう……」



 険悪ではないものの、昔のように冗談を言い合ったり、笑ったり、そういうことができない距離がやはりあると感じる。

 この三ヶ月の間ずっと。

 それを少し切なく思うと同時に、俺は以前のことを思い出した。


「あの日も……朝……」

「え?」

「……いや……なんでもねぇ。今日、お前も来るんだろ?」

「はい……そのつもりです」

「そっか」


 御前試合の朝も、こうやってサディスと話をして、あのときはご褒美のこととかでサディスを初めてからかったりしたな。

 そして、自信を持って堂々と……。


「見せ付けてやるよ。だから、よく見ておくんだな」

「……ッ……」


 俺はあの時同様、今日こそサディスに見せ付ける。

 記憶があろうと無かろうと、それが必要なんだ。

 自分自身にも言い聞かせるように、俺はサディスにそう告げた。


「わ~、ごきげんよ~!」


 と、そんな俺たちの独特な雰囲気の中でノンキな声が食堂に響いた。

 その来訪にシスターたちも慌てて立ち上がり、頭を下げて挨拶する。


「クロン……」

「うふふふ、ついにこの日が来ましたね、アース」

「まーな」

「ふ~む、そうですか」


 クロンだ。ニッコリと微笑みながらも、真っ直ぐ俺の目を見て、そして今の俺を見定めようとし、頷いた。


「うん! どうやら元気いっぱいで、今日のアースはとってもいいと思います」

「そっか」

「立場上、今日は私とヤミディレは特別来賓席で見させていただくので、公平のためにアースだけを応援は出来ませんが、しっかりとアースを見ています! だから、見せてくださいね?」


 なんだか、クロンのその言葉がすんなりと俺の中に染み込んで来た。

 クロンは俺に「頑張れ」とは言わずに「見ている」と言った。


「ああ。お前もしっかりと見ておけよ」

「はい!」


 それで俺は十分だと思い、クロンに頷き返した。

 

「…………ん~……」

「ん? どうしたのです? アース」

「えっ、あ、いや……」

「?」


 危ない危ない。ちょっとクロンを見すぎたな。

 もしトレイナの予想が当たっていて、俺がもし受け入れちまえば、俺はクロンと……こいつと……ってなことをちょっと考えちまったじゃねえか。


『おい……それはどうするつもりだ?』


 どうするつもり?

 とりあえず、黙って言われるままに自分の道を決められるのだけは嫌だからな。

 それが嫌で今の俺になったわけだ。

 当然、そうなったらヤミディレも黙っていないだろうが、俺だって黙っているつもりはない。


「むー、アマエも見るのー! ガンバガンバするのー!」

「おー、はいはい、心強い心強い」

「うふふふふ、お願いしますね、アマエ。私の分も応援よろしくお願いします。あと、サディスも」

「……え? あ、い、その、わ、私は……あの……」


 ただ、今はまず優勝をするのが先。

 俺は気合を入れて朝飯を食らった。


 あの時と同じような朝でも、同じにはしない。

 今度こそ、何の悔いも無く出し切ってやるぜ!

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