第114話 質問
「アースはおいくつなのですか?」
「15歳」
「まあ! 私と一緒なのですね!」
「え……そうなのか?」
魔族は長寿と言われているので、見た目と年齢にギャップがあるというのは聞いたことがある。
トレイナだって生前は何千歳、何万歳なのやらって感じだしな。
しかし、このクロンに関しては見た目と年齢の差が無かったことに少し驚いた。
「あなたもカルイのように学校というところに通っているのですか?」
「学校? いや、俺はそもそもこの国の人間じゃねーし」
「そうなのですか! どのような所から来られたのですか?」
俺に興味津々のようで色々と聞いてくるクロン。
並んで歩いているんだが、距離が近い。照れる。息が掛かる。かわ……とにかくちょっともう少し距離感を意識して欲しいものだ。
「その……帝国っていって、ここからちょっと遠いところ」
「外の世界……海の向こうの遠い世界? は~~~、素敵です!」
「は?」
「私はこの世界をここしか知りませんから、外の世界を知っている人はとっても憧れます!」
そして、色々とペースが狂う。
一方で……
「ふふふ、ふふふふふ」
並んで歩く俺らの後ろで、大事な大事な「クロン様」とやらに男という虫が傍にいるということで普通こういうのはお約束で「穢れた男がクロン様に近づくな!」みたいな怒りをぶつけられるはずが、ヤミディレにそんな様子は無い。むしろ機嫌よさそうに、温かい……いや、物凄い歪んだ目で俺たちを見守っている。
正直、不気味で仕方がない。
そして……
「では、その帝国という所に、アースの家族も居るのですか?」
「えっ……」
「……ぬ……」
その裏の無い純粋な問いかけに、俺は思わず言葉につまり、そしてヤミディレが後ろで反応していた。
家族。まぁ、居る。
親父。母さん。そしてサディス。俺の家族はそこに居た。
「?」
だが、俺はその家族から離れた。そんな俺を母さんたちは追いかけていたようだけど……あの後、どうなったんだろうか?
もう、俺にとっては過去のことにしたとはいえ、だからって「どうでもいい」とは言い切れないところがつらいところではある。
ヤミディレは、俺を追いかけてきていた母さんたちには、「何もしてない」と言っていたけど……
「……ふっ……」
そして、俺の後ろで反応しているヤミディレ。
そう、ヤミディレは「俺が誰の子であろうと関係ない」という様子なのか、これまで俺を「勇者の息子」として一度も接することはなかった。
だが、だからってヤミディレにとっても、親父と母さんが「どうでもいい」と思えるような存在ではないはずだ。
歪んではいるものの、トレイナのことを未だに「神」と崇めているような奴だ。
そんなトレイナを打倒した親父たちのことを、実際ヤミディレはどう……
「うおおおおおい、女神様~~! そこに居たんですかー!」
そのとき、巨大な砂塵が砂浜に舞い上がった。
「あら?」
「あ……」
「やれやれ……」
怒涛の勢いで地響き起しながら迫り来る何か。
その勢いとは似つかわしくない、能天気な声を響かせて……
「おっ、あんちゃんも、大神官様も居たんすかー!」
カルイだった。ぬ……女神? そうか……こいつが……
「うふふふ、カルイ、とってもおはようございます」
「どもー、……とっても? ん、とってもおはようございまっす! 大神官様も、あんちゃんも、おはよっす!」
「……おう」
「やれやれ、相変わらず無礼な……」
元気よく、そして姿勢をビシッと正して、しかしあまり礼儀を感じさせない挨拶をするカルイ。
クロンはニコニコしているが、ヤミディレは少し溜息。
つか、天下のヤミディレにこんな挨拶できる奴が、果たしてかつての大戦期に何人いたことか……って、俺も知らねーけど。
「んも~、朝起きて、女神様が部屋にいないとビックリするんでやめてくださいよ~」
「ごめんなさい、カルイ。でもね、今日はとっても素敵なことが起こったのです」
「はい?」
「ほら、ここに居るアース。私、久しぶりに男の子といっぱいお話をしました」
「うおっ、ま、マジですか!? うはー、あんちゃんと?! へ~、それはそれは、へ~」
ヤミディレ同様、どうやらクロンを探しに来たようだが、クロンが俺と居た事を聞いた途端、なんかカルイがものすごいウザイニヤニヤ顔を俺に向けた。
だが……
「それと、この前カルイに教えてもらった、男の子と女の子を見分ける方法、お股をパンパンってやりましたけど、アースは少し怒りました。どういうことなのです?」
「……え!?」
次の瞬間、カルイの顔が笑顔のまま停止した。
「ほう! それは私も聞いてなかった…………」
「ぎゃーーーっ、すんませんっす、大神官様! いや、私もそんなつもりじゃ……」
「ふふふふ、後で懺悔室で聞こうではないか」
「ひいいいいいっ!?」
「まぁ、しかし……相手が、アース・ラガンであれば、これはこれで……」
世間知らずのお嬢様に何てことを教えているのだと、とても口角のつり上がった笑みを見せるヤミディレ。
これには、カルイも恐怖してガクガク震えている。
まあ、最後に若干気になることをヤミディレは呟いていたが……
「とにかく、カルイ。お前はクロン様を連れて、さっさと湯浴みの手伝いをされよ」
「しょ、承知したであります! ささ、女神様、行きますですよ!」
「ええ、それいけカルイ、です!」
怯えるカルイは、ヤミディレに命じられるまま、クロンを連れて小走り。
クロンは楽しそうにカルイと一緒に浜辺を駆けている。
「慌しい奴」
「まあな」
「にしても……アマエから女神という存在は聞いていたが……あれが噂の女神様だったとはな」
「……ああ……」
その背を眺めながら取り残されたヤミディレと俺は……
「ところで、アース・ラガン」
「んだよ?」
「一つ聞きたいことがある」
二人が少し離れた途端、俺にだけ聞こえる声でヤミディレが俺に問いかけてきた。
一体何のことかと俺が顔を向けると……
「いつ私が……『ヤミディレ』だと知った?」
「ッ!?」
その問いを聞いた瞬間、俺は思わず背筋が伸びて、自分の迂闊さにハッとした。
「貴様にはまだ私の名を教えていない。なのに、クロン様が私の名前を呼ばれたとき、貴様は何も反応しなかったな」
「そ、それは……」
「ヒイロとマアムの息子が……ましてや帝都のアカデミー生が『ヤミディレ』の名を知らぬはずはないだろう?」
そうだった。俺はまだヤミディレの名を知らないことになってるんだ。
トレイナにヤミディレの名と正体を教えてもらっていたが、そんなことをこいつは知らない。
実際、最初にトレイナにヤミディレの名を聞いたとき、どれほど俺は動揺したか……
「貴様が何故、大魔螺旋を使えるかは……大魔の後継者が居たという事実の前にはどうでもよいことであったし、下手に警戒されて逃げられるほうが困るので特に追及しなかったが……なぁ?」
そう言って、静かにゆっくりと俺の肩に手を置くヤミディレ。
その手から、俺はありえないほどの寒気を感じた。
「貴様は一体何なのだろうな? そして、何故私をヤミディレと知りながら、落ち着いてノンキにトレーニングなどしていられる?」
こいつは俺に「そういうことはしない」はずなのに、「そういうことをする」と感じ取ることができるほどの恐怖。
俺の肩に触れているこの手を少し動かすだけで、俺の頭部を簡単に胴体から切り離すことができると、本能で感じ取ってしまえるほどの圧。
『童、落ち着け』
『ッ、トレイナ……』
俺がヤミディレの問いに言葉を詰まらせていると、傍らに居たトレイナから……
『全てブロから聞いた……そう答えよ』
『ブロ……? あっ……』
そう言われて、俺はブロとの別れ際の会話を思い出した。
――ひょっとしたら、お前さんなら……師範を歪んだ野心と思想から……あいつのことも……な
――師範? あいつ? 何のことだ?
――な~に、お前さんがいつか、俺の初恋でもあった師と……『妹分』に会うことがあったら――――
そういえば。ブロの師がこいつだから……確かにそれなら辻褄が……ん? まてよ。そうだとしたら、ブロの初恋って……え? それに、妹分って……カルイやアマエのことか? それとも……まさか……『あいつ』のこととか……?
「どうした? 答えられぬか?」
「ッ、ぶ、ブロから聞いてたんだよ……あんたのことは……」
「……ほう……」
とにかく、それで誤魔化されてくれたか? まさか、俺にはあんたが神と崇めているトレイナの幽霊が見えるなんて言おうもんなら、どうなっちまうか分からないからな。
「そうか……そういえば、貴様を探すためにブロに協力させようとしたのだが、その前に貴様が見つかったので結局奴には会わなかったが……奴は元気か?」
「ん? ま、まあ……でも、そろそろ真面目になろうって考えてるみたいだが」
「ふふふふ、奴が? 真面目? それができぬから、不良などという落伍者に身を落としたというのに……バカな奴だ……」
ブロのことを口にした瞬間、その目が一瞬だけ遠くを見るような、過去を懐かしむような表情を見せたヤミディレ。
「で……ブロからクロン様のことは聞いていたのか?」
「いや、それについては……何も……」
「そうか……まあいい」
すると、ヤミディレは俺の肩から手を離し、次の瞬間には俺の体を襲っていた寒気は収まった。
「ブロから私のことを聞いていたとはいえ、それで貴様がブレイクスルーや大魔螺旋などを使える理由にはならないが……今は怖がらせるような追及はこれぐらいにしておいてやろう。どのみち、ブロより少し強いぐらいの今の貴様のレベルでは私を倒すことも、この国から出ることもできんしな」
そう言って俺から離れ前を歩き出すヤミディレ。
「今はただ、思う存分鍛えて三ヵ月後にマチョウを倒すがいい。さすれば褒美として、世界最高の宝と伝説にすら残る栄誉を与えてやる」
「なん、だよ、それは……」
「それは楽しみにしておけ。それと、何なら、三ヶ月間この私が貴様を鍛えてやってもよいが……」
「けっ、冗談言うな。俺は、勝手にやらせてもらう」
「そうか。なら、そうしろ」
ヤミディレは、俺への疑念は解決したわけではないが、特に今はそのことを深く求めてはいないようだ。
それは単純に、俺のことなんて、「その気になれば力ずくでどうにでもできる」と思っているからかもしれない。
間近で触れられて、身が竦むほどの恐怖を抱いた。
『……ヤミディレめ……まさかこやつ、クロンとやらを…………童と……』
そのとき、トレイナがヤミディレの背を強く鋭い目で睨みながら何か気づいたかのように呟くが……
「アースー! もしよろしければ、私とカルイと一緒に、お風呂に入りませんかー?」
「って、入るかーっ!!」
「ちょっ、ちゅか、だめですっしょ、女神様!? いやいやいや、それはダメっす! 大神官様も言ってやってくださいっす!」
「まぁ……責任取るなら……なぁ? アース・ラガン」
向こうからノンキに叫ぶクロンの声にかき消され、そして緊迫した空気も壊れたような気がして、俺はドッと疲れて溜息を吐いた。
「む~、どうしてです? 私、もっとアースとお話したいです!」
大体、風呂なんて……一緒に風呂なんて……あれ? おいしかったかも? いやいや、相手の非常識につけ込んで、そんなこと……俺がするわけ……するはず……す……る……はず……
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