第115話 お風呂

 子供の涙は無敵。誰が言ったかは分からないがよくある話。

 だが、俺はその説には懐疑的だった。

 子供が泣こうが喚こうが、親に届かないときだってあるはずだ。と、力強く言える。


 しかし、ここにきてその自論が揺らぎ始めた。


 たとえばだ……


『む~、どうしても一緒にお風呂入りませんか?』


 と、同じ歳の女に言われても、特にお付き合いをしているわけでもない相手であれば、流石の俺でもお断りする。おいしいとは思っていてもだ。おしいことをしたと思ってもだ。

 でも……


『……ん。はいろ』


 そこで、俺の服の裾を下から引っ張っておねだりする幼女が現れたらどうなる?


『はいろ……ん……いっしょ……はいる……』


 無垢な子供のおねだりだ。とはいえ、沢山他の姉が居るんだからそっちと入ればいいと断ったとする。

 すると……


『うぅ……ぐすん……いやなの?』


 子供に涙を流させてまで断るほどのことなのだろうか?

 いや、そんなことはない。

 だから、これは仕方ないのである。

 だって、子供が泣くんだから。

 聞けば、両親を幼い頃に亡くして甘えたい盛りの子供だ。

 俺が一緒に風呂に入ってやるだけでその心が僅かでも癒されるのであれば安いものである。

 これは、人としての心の問題なんだ。


『ちょ、アマエー! いやいやいや、私も居るんだけど!?』

『さ、さすがに、そ、そんなのダメかな!』

『うふふふふ、アース、みんなでお風呂ですね♪』

『むふー、おっふおろ! おっふろ!』

『貴様に任せる、アース・ラガン』


 で、結局……


「……広いな……」

「ざぶーん♪」

「こーら、アマエ。体を洗う前に湯船に入ったらいけないのですよ?」

「つか、この状況……まじですかい? 姉貴は逃げられたのに、私は入るんすか?」


 並び立つ、俺、アマエ、クロン、カルイ。

 ちなみに、ツクシの姉さんとヤミディレはパスが許された様子。

 教会にある共同の大浴場……とは違い、その大浴場並みの広さを持った、豪華な装飾が施された女神専用のお風呂。

 普段は、女神であるクロンと、その手伝いをするシスターだけしか入ることのできない聖域に、何故か俺は入ることができた。

 つか、無駄に豪華だけど、教会に金あるのか? この金をシスターたちの学費に回せば……とも思ったが、そういう野暮なことは聞かない。

 ただ、そういうことを考えなければ平静を保ってられないのも事実。


「あんちゃん……こっち見たら、ドスケベあんちゃんと今後から呼ぶからね」

「見ねーよ。つか、安心しろ。俺は年下に手を出すほど飢えてねーからよ」


 手ぬぐいで体を隠して、顔を真っ赤にして睨んでくるカルイ。

 流石に二つも下の女の子には手を出さないし、その裸を食い入るように見ようとは思わない。

 ただ、流石にその足は引き締まった良い足をしている。全体的にスリムでほっそりしているから身軽で走りやすいんだろう。

 胸もおかわいい。

 ちなみに、これは見たんじゃない。見えたんだ。


「ん。背中。きて。ふく。ふいてあげる」


 そして、「何も体を隠さず」堂々と、まるで揺らがず、無表情のまま俺を手招きするアマエ。

 その体は――――


『おい、貴様。もしあの幼女の体を脳内で分析・解析したら怒るぞ?』


 しねーよ! あやうくしそうになったけれども……


「あっ、それは良い考えですね、アマエ! お近づきのしるしです! 私もアースをふきふきします!」

「あんたは隠せええええええええええ!!!! なななな、なんで、すすすすっぽんぽーん!?」

「女神様それあかんやつっすうううううう!」


 正に、天真爛漫という言葉が似合う笑顔ではしゃぐクロン。

 白い肌、ほっそり、こぶり、手のひらサイズ、かわい、そしてアソ―――――


『……おい……』


 これは無理。だめ。つか、もうまずすぎる。

 そういう本とかこれまで読んだことはあっても、ガチで女の裸を……すっぽんぽんを見たのは何年ぶり?

 たぶん、サディスとまだ普通に風呂に一緒に入っていられた時期以来……


「キャノニコ―――――」

「はい?」

『うぉい、童ぇ! 貴様、何をしておる、このハレンチ小僧ぅ!!』


 そのとき、俺の意識は無かった。ほとんど無意識の行動だったのは間違いない。

 とはいえ、トレイナの怒号を聞いてハッとした。


『し、しまったあああ! お、俺としたことが! な、なんてことを、なんちゅーことを!』

『……愚か者め……』


 瞬間記憶魔法をこんなことに……いや……つか、この魔法を教えたときに、こういう使い方があることを教えたのは、あんたじゃなかったか?


「さぁ、アース。こちらへどうぞ」

「ん。くる。ん! ん!」


 浴場に置いてある椅子。なんか、黄金色でド派手で非常に悪趣味だ。

 たぶん、普段これにはクロンだけが座って……ん? クロンが座って? 風呂で? とうぜん、裸で座って……いかん……ちょっと本当に色々といけないことをしている気がしてきた……


「はい、いらっしゃいです!」

「ん、ごしごし」


 俺の戸惑いを無視して、クロンとアマエは俺を椅子に座らせて、そのまま泡で俺の背中をゴシゴシしていく。

 だが、二人とも力が無い。非力だ。くすぐったくて、こそばゆくてたまらん。


「かゆくない?」

「ちょっと……かゆいな」

「ん? もっとする……ごしごしごしごし……」

「おお、うまいな、アマエ」

「むふー♪ ごしごしごーし♪」


 それでも一生懸命してくれるわけで、しかしアマエはいいとして、何も体を隠していないクロンにそういうことをされるのは、本当に気になって仕方ないわけで……


「ふふふふふ、楽しいです」

「……え?」

「私、男の子と一緒にお風呂に入ったの、初めてです」


 俺の気持ちなんてまるで分からずにノンキに嬉しそうに話すクロン。


「ふ、ふーん……ま、まぁ、異性と風呂に入るってよっぽどのことがねーとな……」

「そうなのですか? では、アースにとっても今はよっぽどのことなのですね!」

「それはもう……すっごく!」

「では、今日は私とアースの、よっぽどの日、ですね!」


 何だか、俺だけ緊張しているのがアホらしくなるが……ここで振り返ろうもんなら、カルイとそして俺の師匠が怒鳴るだろうから、前だけ向いて振り向かねえ。


「教会に来る男の人たちと、少し話をしたりしたことはありますが……こうやっていっぱいお話ししたり、お風呂に入れるなんて……アースはとってもヤミディレに信頼されているのですね」


 そこで、俺は思わず振り返りそうになるが振り返らずに、クロンの衝撃の言葉に耳を疑った。

 俺が、ヤミディレから信頼?



「ヤミディレは私が男の人と会うのはとても心配されます。ですから、教会に来られた方とお会いするときは、必ずヤミディレが傍に居ますし、それ以外でお話できる人も、ヤミディレが許可をされた、マチョウとブロぐらいでした」


「そ、そうなのか?」


「はい。ですから、こうしてヤミディレも居ないところで、しかも一緒にお風呂でお話もできるなんて、アースはとってもヤミディレに信頼されています」


 

 それは信頼なのだろうか? っていうか、言われて疑問に思った。

 相手は女神なんて呼ばれるほど崇められた存在。

 そんな存在に男が寄るなんてことを、信奉するヤミディレが簡単に許すはずが無い。

 だからこそ、自分が認めた相手になら許可するということも分からなくはない。

 だが、何で俺はここまで許されるのかは、本当に謎だ。

 やっぱ、俺がブレイクスルーや大魔螺旋を使えることと、このクロンは何か関係が……


「ん、背中終わり。つぎ。まえ」


 そのとき、俺の背に居たアマエが俺の前に回りこんだ。ん?


「あっ……ぷらぷらだ」

「……へっ? ……ッ!?」


 クロンの言葉に気を取られて、アマエのことを忘れてた。


「ぷぷぷ、ぷらぷらあああ!? ちょ、あ、アマエええ!?」


 大浴場の隅で恥ずかしそうに縮こまって一人で体を洗っていたカルイも、そのアマエの呟きに思い切り噴出した。

 アマエが呟いた「ぷらぷら」って、それって……


「ぷらぷら? まぁ! これが男の子だけについているものですね? ぷらぷらさんというんですか?」

「ん。ぷらぷら」


 そして、その一瞬の隙にクロンまで回りこんで俺の……をぉオオぉ!!??


「ちょ、女神さまあ!? あ、あんちゃん、あんた、ななな、なにしよっと!?」

「ま、待てこらぁああ! お、おい、アマエ、クロン! お、お前ら、何を見てんだよ! つか、見るなあああ!」


 この展開だけは予想しなかった。

 普通、男と女が風呂に入ったら、男が女の体に興味津々なんじゃねーの!?

 なんで、女の方が俺の体に興味津々なんだよ!

 とにかく、俺は急いで隠し――――


「ぷらぷら、ちっちゃい」


 ―――――――ッッ!!??


「このまえ、オジサンと一緒におふろはいった。ぷらぷら、どどーんって、おおきいよ」


 よく、「子供の言うことなんだからあまり気にするな」という言葉を聞く。

 俺は今日、それはむしろ逆なんじゃないかと思う。


 子供だからこそ、何の気も使わずにありのままの事実のみを伝える。


 ゆえに、それは真実である。つまり、俺のぷらぷらさんは小さいということに……


「あんちゃん……」

「か……るい?」


 そのとき、さっきまで隅に居たカルイが、瞬足で俺まで寄って、物凄い哀れむような表情で優しく俺の肩を叩いてきた。

 さっきまで顔を真っ赤にして俺から隠れるようにしていたのに、今はその体を手ぬぐいで隠すだけで、恥ずかしさなどはもう消えているのか、とても慈愛に満ちていた。


「あんちゃん……その気持ちはね、女の子にとっては……胸小さいって言われるのと同じだよ?」

「そ、そうなのか?」

「私も経験あるよ。アマエに……おっぱいちっちゃい……姉貴に比べて……って……でもね、それでもね……私らは強く生きようよ」


 そうか。今度シノブに再会したら優しくしてやろう。小さい胸も褒めてやろう。

 そんなことを考えた。


『……ぷっ……くくくくく……ぷ、ぷらぷら……ちっちゃい……くくくく……』

「ッ!?」

 

 そして、顔を背けるも肩を震わせて、まさかのトレイナのツボにはまった様子。

 いつもトレイナのことを笑っている俺だが、今度は逆に笑われた。

 くっ、は、恥ずかしい……


『まったく……くくく、貴様という奴は……クロンとやらとヤミディレについて少しマジメな話しをしたかったのだがな……くくくく』

 

 本当は風呂上がったら俺と話をすることあったようだが、何だかそういう気分ではなくなった様子のトレイナ。

 色々な意味で振り回された朝だった。

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