第111話 呼吸

 スパーで大体のことは分かった。


 クソ雌豚共に見下されたとはいえ、モトリアージュは普通に優等生だったようで、運動神経も魔法技術も優れていた。帝都のアカデミーのクラスメートたちとも遜色なさそうだったし……まぁ、リヴァルたちを除いてだが……これなら、体術の他はとことん魔法習得に励んだほうが伸びる……ような気がした。


 オラツキはいいハートを持っている。細かい魔法は苦手だから、シンプルな魔法をいくつかに絞って、それと複合させた体術や武器術などの接近戦を習得させたほうがいい……と思う。


 モブナはビビりだが、危機回避能力はあるようで避けるのはうまい。とはいえ、逃げ腰。まともな回避の仕方を教えながら、もっと恐怖を克服させねーと。


 ブデオは痩せさせるべきなのか、それともこの重量を武器と取るべきか悩む。ただ、意外にも両利きという長所があった。両手でいつもメシを食ってたら自然になったとか……ただ、これをどう活かすかは何もまだ思いつかん。


 と、そんな感じであいつらとの今日のトレーニングは終えた。

 明日もまたという約束をして。


 そして俺は今、就寝中にヴイアールの世界で、トレイナとスパーを行っていた。


「大魔フリッカー!」

「リズムが単調すぎる! 変化をつけよ!」


 マチョウさんとのスパーでこれまでの戦いの経験で自分のレベルも上がっていると思っていたが、それでも俺の左拳はトレイナに当たらずに空を切っていた。


「避けにくいというのが、フリッカーの利点。それを、こうも簡単にあしらわれていては、より強い者との戦いには使えんぞ」

「ちっ……なら、スピードで!」

「遅い! 次にどう動くかが丸見えだ。もっとフェイントを織り交ぜよ」

「くっ、は、はええ!」


 足を使って相手を翻弄する技術を存分に振るおうと思ったが、やはりまだまだだとトレイナとのスパーで軽くあしらわれた。


「んなろう! 大魔スマッシュ!」

「バカモノ! 考えも無しにモーションの大きい強打を打つな! ラッキーパンチなどレベルの高い相手には当たらぬ! 余計な隙を作るだけだ」

「っ、くそ、掠りもしねえ……」

「よいか! 強打は馬鹿正直に振り回して当てるのではない。当てられるよう、相手が避けられぬよう、相手をコントロールするのだ」


 当たらない。触れない。動きについていけない。


「はあ、はあ、ぜえ、ぜえ……」

「ふむ……総じてまずまずではある。しかし、貴様も分かっているだろうが、あのマチョウはまだ何かを隠している。あのヤミディレが太鼓判を推すほどの男、もっとキレを身につけよ」

「はあ、はあ……押忍……」


 自分が強くなればなるほど、トレイナがいかにバケモノかが身に染みて分かるってもんだった。


「ったく、もうちょっといけると思ったんだがな……」

「千年早い。とはいえ、確実に進歩しているのは認めてやる」

「ちぇ……」


 一発ぐらい当てる。掠らせる。少しぐらい顔つきを変えてやる。

 どんどん目標を低く設定してスパーに挑んではいるものの、どこまで下げても達成できない。

 それなりに強くなったと思ったけど、やはりトレイナとは、差が大きすぎてまだ力差が分からない。

 天井知らずというのを身に染みて思い知らされた。


「さて……最近師匠に対する敬意を無くしかけていた童の鼻っ柱もへし折ったことだし……」

「いや、別に敬意を無くしては……すげーと思ってるし、感謝もしてるし、尊敬してるしよ」

「ふぁっ……あ、お、お、うむ、そうかそうか……コホン、ではそろそろ……貴様にも基本性能を上げるトレーニング以外にも、一つ新たな魔法技術を教えておこう」


 少し照れながらも、そう告げるトレイナに、俺は驚いて思わず立ち上がった。


「魔法技術……?」


 これまで、ブレイクスルーと大魔螺旋ぐらいしか学んでいなかったんだ。

 その提案に俺は思わず身を乗り出していた。


「ど、どんなものだ?」

「ふふふふふふ……それはな……ブレイクスルーのみならず、他の魔法にも大きく応用できて役立たせることができるものだ」


 どこか自信満々に笑うトレイナを見て、俺は興奮が抑えきれなかった。

 トレイナがそこまで言う魔法技術とは……


「それは……『魔呼吸』というものだ」

「まこきゅー?」


 初めて聞く単語で、俺は聞き返していた。


「うむ、童よ。人は必要な酸素をどうやって空気中から体内に取り入れる?」

「そんなの……呼吸だろうが」

「そうだ。では……人は消費した魔力をどうやって回復させる?」

「え? ……それは……」


 何かと思えば魔法講義。しかもガキでも知ってる初歩を……



「そんなの、『魔穴』を開けまくったときに話しただろ? 魔法は、空気中に漂う魔力を、肉体の魔力の出入り口『魔穴』を通じて『体内の魔力貯蔵タンク』に取り入れ、留め、必要に応じて魔穴を通じて魔力を放出する。……って。だから、消費した魔力は空気中に漂う魔力を魔穴を通じて取り入れる」


「うむ、まあそうだな」



 同じような質問を以前にもされて、以前もこう答えた。

 そしてそれは間違っていないとトレイナも頷く。

 ただし……


「では、呼吸に戻るが……空気中に漂う酸素を『たくさん』取り入れるときはどうする?」

「え? それは……んなの……大きく息を吸い込んだり……何度も息を吸ったり……」

「そうだ。なら……空気中に漂う魔力を『たくさん』取り入れるにはどうする?」

「…………え?」


 思わぬ質問に、俺は思わず言葉を詰まらせた。

 確かに、魔力は普段は体内の魔力貯蔵タンクに留まり、それが消費したら、空気中に漂う魔力を魔穴を通じて取り入れて回復させる。だが、それはあくまで理論としてであり、俺の中では魔力の回復は「自然治癒」みたいなイメージだった。

 だから、「魔力を空気中からたくさん取り入れる」ということは考えたことが無かったので、その質問にはどう答えていいか分からなかった。


「……できんのか? そんなこと……」

「ふっふっふ。回復魔法などは言ってみれば『早く怪我を治癒』するもの。なら、『早く魔力を回復』する方法があると何故思わぬ?」


 そして、トレイナが示す答えであり、俺が習得する新しい魔法技術。それが……


「それが、『魔呼吸』……魔力回復を自然や時間に任せるのではなく、自身の意思で空気中の魔力を取り入れて、無理やり回復させる」

 

 それは、これまで一度も聞いたことも無いものであり……


「じ……自分の意思で?」

「これができるようになれば、体力が続く限り、魔力切れで魔法が使えなくなるということがなくなる……つまり……ブレイクスルー中にも使えば、ブレイクスルーが途切れることもなくなり、大魔螺旋も体力が続く限り打つことが……」


 そして、その説明を俺は聞き……


「反則だああアアアアアアアアアアアア!!」


 あまりにも反則過ぎる技術に思わず叫んじまった。


「ちょ、待て! 魔力をすぐ回復できちゃうって……ある意味、無限の魔力じゃねーかよ! つか、そんなの最初から教えてくれよ!」


 魔力切れが起こらない。すなわち、長時間のブレイクスルーと、大魔螺旋の連発も可能。

 そんなの反則過ぎだった。



「いや、当然リスクもある。無限の魔力ではなく……自分の魔力貯蔵量を超える魔法を使うことまではできんし、何よりも長時間のブレイクスルーや大魔螺旋の連発は肉体への負荷も尋常ではない」


「とはいえだよ。それなら、ブレイクスルーの温存とかあんま考えなくて良かっただろうし……」


「いや、長時間は確かに可能だが、現時点では制限時間を設けたほうがいい。肉体への負担を考えるとな。それこそ、使用後は過度な負担に耐え切れず、筋肉痛でまともに動けぬかもしれんし、体そのものを壊す可能性もあるし、下手すれば使用後に死ぬぞ?」


「う、お……お、おお……」



 その瞬間、トレイナが真剣な顔つきで俺に「死のリスク」を強調してきた。

 その迫力に俺は思わず息を呑んだ。


「ま、まあ、そうか……スゲー技にはリスクが付きものか……」

「そうだ。人はそう簡単にパワーアップできん。それ相応のリスクは付きまとう……必ず……そう……必ずだ」


 リスクを口にした瞬間、トレイナの目が更に鋭くなった。

 何だかかなり想いが込められているというか……



「だが、貴様ならば目の前のことよりも、将来を見据えたリスク管理をすることができるだろう」


「え……?」


「貴様はトウロウとも、ブレイクスルーを使わないという余の与えた課題もちゃんと守って、そして勝った。目の前の勝負に楽して勝ったり、相手に自分の力を無駄に誇示していい気になったり、身に付けた力を無闇やたらに使おうとせん。今日の魔法学校の小物共とのやり取りがその証拠。貴様は自分がより高みを目指すことを念頭においている。だからこそ、教えるのだ」



 それは、パンチとかフットワークのような技術ではなく、人としての心構えのようなものを褒められたような気がした。

 

「そっ、そう……かな?」


 それは珍しいことでもあり、だから思わず俺もちょっと照れ……と思ったら、目の前のトレイナがニヤリと笑っている。


「ふはははは、照れたか?」

「ぬっ!? 照れてねーよ!」

「いいや、貴様は照れていた! ふはははは、愉快だな。いつも余を照らさせている仕返しだ」

「ちっ、あんたも意外と根に持っ……ん? いつも……やっぱ、照れてたのか?」

「え? ……て、照れとらん!」

「いいや、今ハッキリと言ったね! 俺は聞いたぞ!」

「ええい、黙れ! トレーニングに集中しろ! とにかく、魔呼吸の習得に入る!」


 何だか少し互いに話が脱線しそうになるが、最終的にはトレイナが無理やり話を元に戻す。

 まあ、今のは引き分けということで。

 俺も口でなら大魔王を少しは追い詰められるようになったのかもしれんな……


「さて、魔呼吸を覚えるには、『呼吸』、『瞑想』が重要になる。しかもただの呼吸と瞑想ではない。まずは、どんな体勢でも呼吸と瞑想を集中して正しく行うためのトレーニングだ。そのためにはうってつけのトレーニング方法がある」


 テレイナ……じゃなかった、トレイナが軽く咳ばらいをして早速真面目な話を始め、俺も仕切り直して真面目に話を聞いた。



「ふふふ、ヤミディレも道場の門下生たちに魔呼吸を覚えさせようとしていたみたいだがな……道場の中でそれっぽいことをしているのが、チラホラ居た」


「え!? じゃ、じゃあ……ヤミディレも魔呼吸を?」


「いや、使えぬ。そして、道場でやられているものは不完全なトレーニングであった。あれでは、どれだけやっても魔呼吸は覚えられん。ようするにヤミディレは、余がかつて考案したものを不完全に伝え、『誰か習得できてくれ』的な願望を交えて教えているのだ」


「そ、そうなの……か?」


「うむ。そして貴様は運がいい。余ならば正しく指導することができる。そう、余はヤミディレとは違うのだよ」



 自信満々にドヤ顔をして胸を張るトレイナ。

 この間、ヤミディレの「闇」を見て怯えた俺だが、こいつの方がヤミディレよりずっと強いんだと思うと、何だか複雑な気がした。


「さて……魔呼吸を覚えるための最適なトレーニング……それは、『マジカル・ヨーガ』という修行法だ」


 よ……が? 初めて聞くものだった。


「そのトレーニングにあたって、色々な動きやポーズの習得が不可欠。貴様も余の動きを覚え、後で道場の鏡の前でやってみるがよい」


 そう言って、俺の目の前で見本を見せていくトレイナ。


「こっ!? こ、これは……ッ!?」


 そして俺は……再び笑撃……じゃなくて、衝撃を受けることになった。

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