第110話 ハングリー精神

 教会の食堂は広く、何十人ものシスターたちが……こんなに居たんだな。


「ほら、アース君、どんどん食べて欲しいかな! いっぱい食べて、力を付けて、何が何でも大会で優……頑張って欲しいかな!」


 テーブルに次々と運ばれる料理の数々。

 魚やら麺類やら肉類やらと、多少の味付けは帝国と違えど、全然問題なく食える。

 というか、むしろ旨いじゃねーか。


「ほら、アース君だけじゃなく、君たちも遠慮せずに食べて欲しいかな?」


 自慢の腕前というだけあって、シスター服にエプロン付けて張り切ってるツクシの姉さんが振舞う料理に、『俺たち』はガッついていた。


「ありがとうございます。すごく美味しいです……それに温かくて……なんだろう、家庭の味ってこういうのなのかなって……」

「オラァ、この肉は俺のー!」

「わ、また新しいの……わ、こっちにも」

「もう、涙が止まらないんだな! あっちもこっちもおいしいんだな!」


 本来はシスターたちだけが踏み込んでいい、教会の食堂で俺とモトリアージュたちは他のシスターたちと一緒に夕飯をご馳走になっていた。

 最初は慣れない女の園に遠慮しようとしたモトリアージュたちも空腹には勝てず、並んで食っていた。

 そして、他のシスターたちも普段はあまり若い男たちと接していないのか、特に俺らと同じ歳ぐらいのシスターたちは少し遠目でチラチラと様子を窺っていた。

 とはいえ、互いに話しかけるわけでもなく、だからと言ってシスターたちは魔法学校のクソ女どものように軽蔑の眼差しを向けるわけでもなく、ゆえに平和だった。

 そして俺は……


「うはー! マジすかー! いんや~、見たかったな~、あんちゃんとマチョウさんのスパーリング!」

「ん。すごかった」


 目の前には、昼間のマチョウさんとの件を聞いたカルイが興奮気味に騒ぎ……


「ん。くえ。あーん」


 子供用の小さなフォークに肉を刺して、俺に向かって差し出してくる……膝の上に乗っているアマエ。


「こーら、アマエ。『くえ』、じゃないかな! ちゃんと、『食べて、アースお兄ちゃん』って言うかな?」

「うっ……」


 食堂で飯を食おうと椅子に座った瞬間、トコトコ走ってきて無言で俺の膝によじ登って「むふー」と占領したアマエ。

 最初は行儀が悪いと言われてたが決してどこうとせず、また騒がれたり泣かれたりするのも面倒なので俺ももう諦めて許した。

 とはいえ、口の利き方などは今後にも影響があるので、タメ口なアマエにツクシの姉さんが注意する。

 すると、その軽い説教に何故か過剰に反応してビクッとなるアマエ。


「……う~……」

「ん? どうしたかな?」


 何故か急に俯いてモゴモゴとするアマエ。その様子に俺もツクシの姉さんもカルイも首を傾げる。


「……ぉ……ちゃん……」


 はっ? おっちゃん?


「……ぉ……に……ちゃ……」


 ……ッ!?

 今、俺の全身に落雷が落ちたかのような感覚が……今なんて?

 俺の膝の上で顔を真っ赤にしてモジモジしてるアマエに俺は伺おうとする。

 だが、俺が問う前に、アマエは耐え切れなくなったのか、俺の膝から飛び降りる。

 そしてそのまま振り返らず、食堂から走って出て行こうとするのだが……


「アマエ、今……なんて? おい、俺は難聴じゃねーが、それだけじゃ分からんぞ!」

「……しらない!!」


 いや、言いたいことは分かった! 分かったけどあえて言って欲しいと思ってしまい、俺も思わず聞くようなマネをしたが、アマエは振り返らず、去り際にそう叫んで食堂から出てった。


「はは……あ~、照れちゃって……。でもあの子、どうやら相当アースくんがお気に入りみたいかな?」

「遊んであげたんすね。アマエが男の人にこんなに懐いたの、マチョウさん以来っすね」


 苦笑するツクシとカルイ、そして他のシスターたち。

 俺はそんな生温かい視線と空気の中、俺はちょっとクラッとしてしまい、同時に何だか胸がポカポカした。


「なんか……今すぐ大会が始まっても俺は優勝できる気がしてきた」

「「単純ッ!!??」」

『こらこら、童……』


 すごく力が沸いたというか、ちょっと嬉しかったというか……だから、もうちょい恥ずかしがらずに頑張って欲しかった。

 

「いんや~、しかし、アマエは楽しそうだし、お姉さま方は緊張気味? まっ、いつもは静かで黙々と食事するだけの食堂だから、今日はちょいとドキドキだね~」

「そうなのか?」


 今の食堂の雰囲気をそう評して、カルイはケラケラと笑った。


「ほら、普段私ら女ばかりだし、学校行ってる私や、道場で修業してる姉貴以外は、あんま男の子と関わんないからね」

「うん……でも、仕方ないかな。そもそも私たちは神様にこの身も心も捧げてるし……」

「そうだよね~。だから、姉貴もマチョウさんへの想いも胸にしまっ――――」

「ででで、でも、神様はきっととても心が広いから許してくれると思うかな! かな! だから、うん、大丈夫かな!」


 シスターは神に身を捧げている。それは鎖国国家でも同じなんだろうな。

 ただし、祀っている神が違うがな。


「大丈夫だぜ、ツクシの姉さん」

「ふぇ? あ、アースくん?」

「神様ってのは、物凄いお人よしで、面倒見がよくて、努力する奴が好きな良い奴だから、きっとツクシの姉さんを応援してくれるぜ」

「はうっ!? も、も~、アースくん、お姉さんをからかうのはよくないかな!」


 からかいではない。

 なぜなら、俺は彼女らが祀っている神と直接話しをすることができる。


『だろ? 広い心で許してやるだろ? 応援しちゃうだろ? か~みさ~ま?』

『……うるさい……ばかもの……』


 勝手に神扱いされて迷惑そうなトレイナに苦笑しながら、俺は顔を真っ赤にして焦っているツクシの姉さんを後押しした。


「っと、それはそうと……この教会、何だか結構若い人も多いというか、俺らと年齢変わらなそうなシスターたちは他にも居るのに、なんで魔法学校に行ってんのは、カルイだけなんだ?」

「えっ、あ……あ~、それは……」


 メシを食いながら何気なく質問してみた。

 だが、それは結構ワケありだったのか、カルイが少し申し訳なさそうに苦笑した。

 すると、ツクシの姉さんが……


「まぁ、その……私たちはほとんど戦災孤児みたいなものでね……生活も教会の献金とかで成り立っているけど、そこまで贅沢をできるわけじゃなくて……当然、全員が学費は払えなくてね……だからせめて、二番目に年下のカルイと一番年下のアマエの今後の分だけでもって……そんなところかな」


 そう言って微笑みながら優しくカルイの頭を撫でるツクシの姉さん。

 カルイは撫でられながら体をツクシの姉さんに預けて少し甘えた様子を見せる。

 そうか、魔法学校って学費が結構高いんだな。

 じゃあ、帝国のアカデミーもそうなんだろうか?

 いや……高いだろうな。高いに決まってる。そもそも貴族や、姫だって通ってるんだし。

 俺はアカデミーを何の疑問もありがたみも感じずに通っていたけど……実際は親に学費を払ってもらって……で、勝手に家出して辞めてきて……。

 何だか少し複雑な気持ちだった。



「あっ、んじゃーさ! 今日はお姉さま方のためにもさ、このままバラバラでお互いチラチラ見合って食事するんじゃなくてさ、親睦会でもやっちゃいます? モトリアージュ先輩たちと一緒にさ!」


「「「「「ッッ!!??」」」」」


「ちょ、カルイ! あなた何を言ってるのかな!?」


「いーじゃん、姉貴にはマチョウさんが居るけどさ~、他の姉さんたちにはこんな機会あんまりないんだしさ~」


「で、でも……」



 突然のカルイの提案に、明らかにビクッと肩を揺らす野郎共と……そしてドキドキ顔のシスターたち。

 なんか互いに様子を窺っているだけとはいえ、興味津々の様子。

 たとえ、モトリアージュたちが魔法学校では隅に追いやられている存在でも、ここでは関係なかった。

 だが、俺はカルイの提案を少し考え、そして……


「ん~……いや、もう! 食事終わり!」

「アースくん?」

「うおおおおい、モトリアージュ! お前らさっさと食って、食後の運動だ! スパーリングだってまだやってねーんだぞ!」


 俺は目の前にあった自分の分のメシを一気に平らげて、野郎共へ声を上げた。


「アースくん……」

「お、おい、まだ飯の途中で……それに、その……」

「いきなり……? あの、親睦とかは……」

「どうしたんだな? シスターのお姉さまたちとお話できるんじゃないんだな?」


 案の定、俺のいきなりの発言に少し戸惑っている様子。

 シスターたちもビクッとしてる。

 だが、俺はあえて言う。



「ああん? お前ら、そんなノンキでどーする! あいつらを見返してやるんだろうが! それとも、お前らがやりたかったのはこういうことか? 女と親睦深めることか? それで満足か? 自分を変えるってのはそういうことか? ちげーだろ! 俺らを嘲笑った奴らを見返すんだろうが! そのためには、お楽しみ会は後にしねーと、お前らにせっかく芽生えたハングリー精神が萎えちまうぞ!」


「「「「ッッ!!??」」」」



 魔法学校に行きたくてもいけない連中だったり、自分勝手にやめたりする奴らも居る中で、こいつらは今でも魔法学校に通っている。

 しかし、通ってただけで特に何もせずに腐っていた。そんな連中が自分を変えたいと、今日俺に宣言してきたんだ。

 だったら、やらねーと。

 すると、意外にも……


「そう……だね……うん……僕はもっともっと頑張らないとと思っていたところだ!」

「オラぁ、やってやんぞ!」

「うん……自信……うん、持てるようになりたい」

「でも、いきなり動くのは無理かもなんだな、人間だもの」


 一人を除いて、目をギラつかせて立ち上がった。

 どうやら、まだ萎えちゃいないようだと、俺は少し感心した。


「つーわけだ、カルイ。親睦会は……こいつらがもうちょい自分に自信を持てるようになってからで頼むわ。強くなったときの御褒美として」

「うは~、熱いね~、あんちゃん! まっ、それはそれで楽しみかもだけど♪ どうせなら、強くてカッコよくなってる方がいいしね~」


 だから、お楽しみ会はもう少し先延ばし。


「うん、その意気かな! 頑張れ! 男の子たち!」

「「「はいっ!!」」」

「は~、やれやれなんだな……」


 そんなモトリアージュたちを応援するツクシ姉さん。

 他のシスターたちも、昼間のクソ女たちのように誰一人嘲笑することはない。

 むしろ、優しい眼差しで微笑んでいた。

 その声援に、モトリアージュたちはより一層気合の籠った顔つきになった。


『ほう、童にしては良い判断だ。流石は御前試合で女の乳房を褒美に頑張っただけはある』

『う、うるせえ……』


 ちょっとバカにされた気もするが、まあ、トレイナが良い判断って言ってるんだし、これで良かったんだろう。

 それに、俺も食後と就寝前の運動ぐらいはしとかねーとな……だって……今日はきっと、就寝中にヴイアールでのトレーニングもあるだろうし……


『無論』


 だよな。


「っと……そういや、さっきから気になってたんだが……ヤ……大神官は一緒に飯は食わねーのか?」


 軽くストレッチをしながら、そういえば食事中にヤミディレが居なかったことを疑問に思って尋ねてみると、ツクシの姉さんが……


「ああ、大神官様は多分……『女神様』の所かな?」 


 そして、そういや何度か気になってたけど、『女神様』。

 トレイナはヤミディレのことを「考えても無駄」と言っていたが、やはり気になるな。

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