第109話 改めて気付く
海からの帰り道。びしょ濡れになった半裸の男五人と幼女が街の中央を歩くのは、なかなか異質な光景だろう。
だが、俺はもうこういう「呆れ」、「嘲笑」とかそういう周りの視線には「慣れて」いる。
だから、街の連中が俺達を見ながらヒソヒソコソコソ何かを話していても、特に気にはならなかった。
「すぱーりんぐ……模擬戦か……緊張するな……」
「オラぁ、ビビんな、俺らもやってやろうぜ!」
「えっと……あんまり本気を出して欲しくないというか……」
「いきなり模擬戦とか怖いんだな! 人間だもの!」
そして、意外とこいつらも別に肩身の狭そうな、居心地が悪そうな様子は無かった。
多分こいつらも色々と「慣れて」いるのかもしれねーな……と思っていた……が、そういうわけでもなかった。
「さあ、やったろーじゃない! ヨーセイとのデートを賭けて、水着バトル! 私の、び、ビキニ見ろー!」
「随分と頭の悪そうな水着ですね、チヨ。やはりここは私のように品も兼ね備えたものが……」
「うわ、だっさ。時代はやっぱ、セクシーっしょ!」
「わ、私だって、負けないもん」
「く、こ、このような不埒な勝負……しかし、私は負けませぬ!」
そのとき、聞こえてきた女たちの声に、野郎どもの肩が大きく揺れた。
聞き覚えのある声で俺も振り返ってみると、あ~、なんか……あ~……うん、もう名前忘れた。
五人の女たちが衆人観衆の前で各々ポーズを取っていた。
「おっ、いいぞー、ねえちゃんたち!」
「この街でももう名物ね……魔法学校最強のヨーセイくん争奪戦」
「乙女たちの大バトルね」
「でも、肝心のヨーセイくんがね~……」
街の連中も騒ぎに集まりだし、注目し、人だかりができ始めたが、正直、引くわ~……さすがにアレはねーだろ。
そして、それをカフェの椅子に座りながら見せ付けられる、一人の男。死ねばいいのに。
「俺は誰が良くて、誰が悪いとは言えないけど……全員綺麗だと思うよ」
「「「「んもう……」」」」」
え、その発言で許されるの!? 何で全員満更でもないの?
まあ、ぶっちゃけ全員それほどでも……サディスのほうが数倍魅惑なボディだし、胸小さいがシノブの方が美人だし……目の上のタンコブではあるが、姫だって黙ってりゃ……少なくともあの頭のおかしい五人よりは……。
とはいえ……
「「「「……………」」」」
見て見ぬ振りをしながら唇をかみ締めてそそくさと人だかりの後ろを通り過ぎようとするモトリアージュたち。
色々と複雑な思いはあるようで……
「おっと……わっ、わっ!」
「「「「「あっ……」」」」」
そして、立ち上がろうとした、死ねばいいのにクンが、何故か急に何も無いところで足を躓いて、そのまま目の前に居る水着の女たちにダイブ。
ぼよん、ふよん、むぎゅっ。という音が聞こえるような衝突。
むごたらしく死ねクンの顔が、手が、女たちの胸やら尻やらに衝突する。
なぜそうなる?
とはいえ、こういう状況になったら、誰であろうと女たちは顔を真っ赤にして烈火のごとく――――
「ご、ごめん、俺、『また』……」
「「「「「んも~、えっちー」」」」」
寒気がするほど気持ち悪い。え? 慣れてるの? むしろ喜んでない?
もう、女たちの反応が異常過ぎておぞましいわ。
「ったく、ほーんと仕方ないんだから、あんたは!」
「破廉恥です……ふふふふ」
「責任取ってよね~」
「はう~、触られちゃった……」
「まったく、先輩はいつもいつも……」
多分、ブデオが同じことをしたら、もうそれは犯罪行為になるんだろうな。
「せ、先輩、お、お望みであれば、ここ、このまま私をだだだだ、抱いてください!」
「えっ、ごめん聞こえなかった。なんだって?」
「~~っ、もう、先輩はー!」
なんだろう。俺の敵ではないのに、苦しんで死ねクンを段々本気でぶっ飛ばしたくなってきた。
そして……
「ん? ちょ、あいつら!」
ふと目が合って、えっと、誰だか忘れたチョロいくそ女が声を上げた。
すると、他のクソ女どもや街の連中も振り返る。
「何をして……ッ、ちょ、何で彼らは裸なの? 破廉恥だわ!」
「うわっ、キーモ! ブデオが裸とか、マジ目が腐るし!」
「裸で街中を歩くとか、頭おかしいよ……」
「おのれ、変態共……斬るッ!」
そして、一斉に不快感を……いや、破廉恥とか変態とか、いやいや、お前ら水着じゃん。
「お前は学校に居た……それに、お前たちまで……裸で……しかも幼い子供を連れて何をやっている!」
そして、ボコボコになって死ねクンが、さっきまでとは打って変わってギラッとした目で俺たちに近づいてくる。
「いやいや、別に悪いことしてねーよ。この子は……」
「黙れ!」
バンッと、怒り任せに地面を踏み砕く……あ、ダメだ……今はまだ……こいつを殴るのは三ヵ月後で……
「待ってくれ、ヨーセイ! ほら、この子は……アマエちゃんは学校にも来てたじゃないか……」
「ん? ああ……そういえば……」
「彼らは僕たちと一緒に……鍛錬に付き合ってくれて、その帰りなんだ。だから……」
慌てて仲裁に入ろうとするモトリアージュ。
そして、俺たちがこうしている理由を話したとき、後ろに居たクソ女たちは反応した。
「「「「「鍛錬?」」」」」
「そ、そうだよ……」
「あ? なんか、文句あんのかよ、オラ!」
「オラツキくん、落ち着いて……」
「もう、いいんだな。早く行こっ、なんだな」
鍛錬という言葉に反応するクソ女共。一瞬呆けて、しかし互いを見合ってすぐに……
「鍛錬って……あんたら、まさか……ぷっ、ちょ、はあ? そんな汚くなってまで、ヨーセイに勝とうって考えているとか?」
「ふふふ……何というか……見苦しいですよね……」
「それで汗まみれに? つか、キモ。くっさいし」
「モトリアージュくんも? 今更頑張ってどうしようっていうの?」
「大人しく負けを受け入れられない……男としての潔さが感じられませんね」
呆れて、笑って……コソコソ遠目から見ていた街の連中とは違って直接的に口にするクソ女たち。
悔しそうに俯くモトリアージュたち。
俺はそんな光景の真ん中に居て思わず……
「くくくくく、くはははははははははは!!」
思わず笑っちまった。
「な、なにこいつ?」
「頭がおかしくなったのですか?」
突然笑った俺に皆が驚いた顔を見せる。だが、これは我慢できなかった。
だって……
「いや~、モトリアージュ……良かったな、お前ら」
「え?」
こんな連中に嫌われても、人生においてなんらマイナスにならねーからよ……むしろ、良かったじゃねーか……と、思わず口に出してしまいそうになった。
最初はこの国の女たちがおかしいのかと思ったが、カルイやツクシの姉さんみたいなのも居る。
だから、なんてことない。
こいつらが単にクソ女たちだっただけのことと、俺は笑った。
「ほら、天才くんと乙女たちが不快になられているようだから、さっさと行こうぜ」
そう言って、俺は連中に背を向けて道場に帰ろうとする。
「ちょ、あ、あんた! 何なの、その態度! なんか私たちを馬鹿に――――」
「お前……チヨたちを……俺の大切な仲間を鼻で笑ったな!!」
ドンッ、と再び地面を踏みつける……水平線の彼方までぶっ飛ばしたいクン。
「はぁ……またかよ……」
今の俺の発言に我慢が出来なかったと俺の前に回り込み、またもや威圧してくるかのように地面を足で踏み砕いた。
憤怒した女たちの怒りすらもかき消すような、男の叫びに女たちも少し気圧される。
そして、モトリアージュたちも力の差を理解しているのか、僅かに後ずさりしていた。
なんか、この程度でキレるとは、随分と短気な奴だな……
『……会話の途中で耳が遠くなる……何もない所で足を躓く……短気に突然キレる……そうか……やはりこやつはもう……『手遅れ』だな……』
すると、思わず俺も呆れそうになった、もうこのまま消滅してくれクンに対して、どこか真剣な顔をして呟くトレイナ。
なんだ? 手遅れ? もう、こいつが手の施しようがないぐらいの自分中心だと思ってる野郎だってことか?
まあ、それはどうでもいいとして……
「学校では許したが、二度も同じことをする奴は許さないぞ」
トレイナ? 流石にいい? こいつぶっ飛ばしちゃって。
『……………』
トレイナ? なんか、黙って……どうした?
何だかやけに真剣な顔をして……
「ふっ……それまでだ。広い心で許してやれ」
と、この状況を止める女の声が響いた。
その凛とした声に、一瞬時が止まったかのように俺たちは言葉を失った。
「お前の手におえる相手ではない。こんなことで弱い者いじめをするな」
そこに居たのは、言葉だけでその場を支配するかのような存在感をあふれ出す怪物。
「「「「「大神官様!!??」」」」」
「……大神官さん……」
それは街中が驚く存在であり、クソ女共も、早くぶっとばしたくクンも驚いた顔を浮かべていた。
そして、大神官ことヤミディレは俺を通り過ぎ……
「ヨーセイ。それまでだ」
「大神官さん……」
ちょっと驚いた。この二人……知り合いか……?
「何があったかは分からないが……実力が違い過ぎる相手と戦っても仕方ないだろう?」
「それは……そうですが……」
「もし、何か譲れぬものがあるのなら、三か月後の大会にこやつも出る。その時に、思い残すことがないよう発散しろ」
一瞬……ほんの一瞬だが、ヤミディレが俺をチラッと見た。
その瞬間に込められた目に、俺は俺だけに向けられたヤミディレの想いを感じ取った。
傍目から見れば、今のヤミディレの言葉が「ヨーセイみたいに強い奴が、弱い者いじめをするな」と注意しているように聞こえるかもしれないが、ヤミディレの一瞬の視線で俺は全く逆のことを感じた。
『……そうか……そういうことか……ヤミディレめ……』
そして、トレイナがどこかムッとした表情でヤミディレを睨んだ。
それは、かつての仲間に向ける目にしては、どこか軽蔑の眼差しを感じる。
その意味がまるで分からなかった。一体、今の流れでトレイナは何が気に食わなかったんだ?
「分かりました……大神官さん……あなたがそう言うなら……」
一方で、ヤミディレの仲裁に、……うん、何とかクンは素直に応じた。
「みんな、帰ろう」
「ヨーセイ!?」
「……俺が……今日の皆の怒りを……三か月後にぶつけるから……あいつが、俺と戦えるまで残れるかは分からないけど」
この場で俺に怒りをぶつけることを堪え、女たちと一緒に一度俺を睨んで捨て台詞を吐きながら背を向ける何とかクン。
その背を見ながら俺はヤミディレに……
「あいつ……道場の人間だったのか?」
「ん? いいや、違うが……あいつには以前……ちょっとした、じっけ……コホン……関わったことがあってな。そんな知り合いだ」
知り合いであることはアッサリ認めたが、俺は驚いた。
ヤミディレの言う「ちょっと」という言葉が、あまりにも淡白で……
「そうだったのか……でも、それならどうして道場に入れない? あいつ、天才なんだろ?」
「それには理由があってな。アレは他の門下生たちには、あまりいい影響ではないだろうし……」
……あまりにも冷めていて……
「それに……」
思わずゾクッとした。
あの、何とかクン……ヨーセイという男に対して俺が感じたイラつきが消し飛ぶほどの、僅か一瞬だけ浮かべた冷酷な顔。
ほんの僅かに動かした口。それは、言葉にして聞き取れなかった。
この場に居る誰もが、大神官がその時に何を言ったか分からなかっただろう。
でも、俺は動かされたわずかな口から、こう読み取った。
ア
レ
ハ
モ
ウ
イ
ラ
ナ
イ
そう言っているように感じた。
その言葉の意味は分からなかった。
だが、教会のアマエ、カルイ、ツクシの姉さんやら、道場の連中やら、マチョウさんやら、そしてモトリアージュらたちと接して、この鎖国国家もそれほど悪くはねえと感じ、ついさっきまで「頑張って強くなろう」と爽やかに思っていた俺は、改めて気付かされた。
俺は今、かつて人類を滅ぼそうとした、六覇大魔将軍の掌の中に居るのだと。
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