第108話 面倒
脹脛がパンパンだ。腿も疲れた。
初日で俺も気合入れすぎたな。
「ふ~……良い汗かいた」
シャツを脱いで上半身晒しながら汗を拭い、振り返ると正に死屍累々。
「はあ、ぜえ、ぜえ、ぜえ、こ、こんな……こんなに走ったの初めてだ……」
「オラァ、でもやりきったぞ、こらぁ!」
「…………死ぬ」
「ぬ~ん……」
全員が砂浜でうつ伏せになったり、仰向けになったりして倒れている。
モブナとブデオに関しては言葉も失っている様子。
とはいえ、何だかんだで走りきった。
「おい、急に止まって寝転がるなよ。ゆっくりクールダウンするんだ」
まあ、ダウンするための運動すらできないぐらいに疲弊しているけどな。
『ふん、おやおや……童が教師気取りかな?』
「…………」
当然、俺の知識なんてトレイナの受け売りだから、そのことを指摘されるとハズイ気持ちになるので無視。
「ん、水、もってきた」
すると、休憩中に俺の肩から降りていたアマエが、どこかで汲んできたと思われる水をバケツに入れて引きずってきた。
死んでいた四人もそれを見た瞬間、目を輝かせてバケツに飛んで、皆で回して飲んでいく。
「ぷはああーーーー、い、生き返る!」
「オラァ……はあ、はあ……すげー、水がこんなにうまいと思ったの初めてだ……」
「なんだろう……なんか、涙が出てきた……」
「ぶひいい、こふー、んごぐごく……うう、アマエちゃんは本当にお利口なんだな」
トレーニング終わりの水のうまさ。分かる。その気持ち。
「ねえ……ん……」
「……ん?」
そしてアマエは「どやあ」と俺に胸を張る。そしてちょっと背伸びしては頭部を俺に見せ付けてくる。
「ん!」
この場合の作法は一つしかない……
「あんがとな。えらいえらい」
「むふー!」
褒めて撫でてやる。それで正解だったようで、アマエはニンマリ笑った。
そして、俺も命の水を体中に染み渡らせて、生き返る気分を味わいながら、今後のことについて考えた。
「さて、お前ら……そのままでいいから、ちょっと聞かせてくれ」
水を飲んで息を整えて体を休めている四人。
何だかんだでついてきて、で、俺も何だかんだで受け入れて好きにさせた。
だが、今回についてはコレはコレとして、今後どうするかだ。
「お前らが、変わりたいから鍛えたいってのは分かった……でも、やっぱりさっきも言ったが、俺と同じトレーニングするぐらいなら、お前らも自分の個性を見極めてやった方がいいんじゃねーのか?」
誰かに影響を受けてそれを真似してやってみても、それが自分に合わない場合もある。
俺がそうだった。
親父に憧れ、追いかけて、魔法剣を手にした日々が無駄だったと……。
だけど、トレイナと出会い、自分に合ったものに導いてもらい、俺は自分が強くなったと実感した。
「お前らは何が得意なんだ?」
『おやおや……個性に合ったものを身に付けさせようとするか……まるでどこかの誰かと同じ指導方針だな……はてさて、誰であろうな?』
いや、別に俺が指導するわけではない。ただ、聞いてるだけだ。
そのうえで、どうするかを考えるのはこいつらだ。
だから聞く。お前らの個性は何だ?
だが、そう聞いてもこいつらは何とも言えない表情になり、考え、そして出てきた答えは、それぞれ自信なさげだった。
「僕は……攻撃魔法が得意だと……前まで思っていたけど、ヨーセイほどでは……」
「俺は……家の手伝いで木を切ったりしてるから……斧が……でも、ヨーセイの力の前じゃ……」
「僕は全て可もなく不可もなく……全て優秀な成績のヨーセイほどじゃ……」
「甘いものならいくらでも食べられるんだな……ヨーセイがいつも食べてるような学校の女の子の手作りは食べたことないけど……」
もう、こうなると俺のトレーニングと何も関係ねーじゃんと思わず言葉に出しそうになったが、堪えた。
いくら俺でも「じゃあ、今日の内容は全部お前らには無意味だな」と口に出して言うほど鬼じゃない。
「あ~あ……どうしたもんかな……」
つか、もう俺が手伝えることでもねえかもな?
どうしたもんかと頭を掻きながら、俺は目の前に広がる大海原を見る。
よくよく考えれば、海に来たのは久しぶりだな。
トレーニング中はそれだけに夢中だったが、こうして一休みして眺めていると……なんだろう……既に体は汗まみれ、砂まみれ……なら、何も気にすることなく……
「……ん~……よし! うおっりゃあああああ!」
「「「「あっ……」」」」
そのまま海へダイブした。
しょっぱい水、目に染みる、でも冷たくて、何だか細かいことがどうでもよくなって、とりあえず今はスッキリしたかった。
「たははは……ちべた……」
すると、突然の俺の行動に少し驚いたモトリアージュたちだったが……
「……ははは……」
「オラァ!」
「僕も!」
「入るんだな!」
四人とも汗だくになった上を脱ぎ捨ててそのまま海に飛び込む。
「はは! 気持ちいいな……知らなかったな……水はあんなに美味しくて……海はこんなに気持ちいいなんて……」
「オラ! だははははは!」
「う~……いつでも来れるのに……なんか久しぶりに海に入った気がする……」
「ぷはっ、ぼ、僕、そういえば子供のころ泳げなくてそれ以来海には……あっ……浮いたんだな……」
冷たい水しぶきが上がり、気づけば何だか悩みはどっかいって……サッパリして……楽しかった。
だからこそ、俺もちょっと色々と考えて答えを急がないことにした。
「まっ、……さっきは……俺の質問も悪かったな……意外と……わかんねーもんなんだよな……自分のことも」
「「「「?」」」」
「自分が出来ると思っていたものには本当は才能が無かったり……かと思えば自分が考えたことも無い分野で本当は才能があったり……自分の事でも分かんねーことってあるもんだ」
疲れ切った顔から表情が綻んだ野郎どもを見て、俺はちょっと照れ臭くなりながらもさっきの話を戻した。
そう、俺はさっきこいつらの得意なことは何かを聞いたが、そもそもこいつらが得意だと思っているものが、本当にこいつらにとっての才能なり個性なのかは分からない。
「お前ら……道場に帰ったら、ちょっとスパーリングするぞ。俺なりに、お前らのことを見てやるよ」
俺だって、魔法剣が得意だと思っていたのに、トレイナにボロクソに言われて……
「まあ、それで本当にあの鈍感難聴野郎を超せるまでになるかは知らねーが……まあ、頑張るっつーなら、出来る範囲でなら見てやるよ……」
「「「「ああ! それで頼む!」」」」
だから、本当のところは直接見てみないと分からない。
それでもいいか? と聞く前に、四人は嬉しそうに頷いたので、まあ、仕方ねーからもう少し付き合ってやることにした。
『おやおや、メンドくさいとか、自分のことで手一杯と言ってなかったか?』
『しゃーねーだろ。成り行きだよ……それに……ま~……こいつらの、何かに縋ってでも変わりたいって気持ち……分からねーでもねえからな……』
トレイナの言葉に俺は自然とそう返していた。
そう、何となくこいつらの気持ちが俺には分かった。
こいつらが、ヨーセイっていう壁に悩んで腐っていた姿が、かつて俺が姫やリヴァルやフーに対して抱いていた複雑な気持ちと重なった気がしたんだ。
『がんばるつってるのに……ほっとけねーよ……』
『ほう……、そうか』
そんな俺を「甘い」と思っているのか、トレイナは少し呆れたように笑っていた。
そして……
「ん! んしょ、んしょ!」
そして、俺たちが海に居るのを見てうらやましくなったのか、アマエもワンピース型のシスター服を……
「「「「それはやめなさい!」」」」
「んほー! アマエちゃんが、脱ぐんだなー!」
「んー?」
服を脱ぐ前に俺たちは一斉に……一人を除いてアマエを止めた。
つか、その一人はもう女子の評価は当ってたんじゃ……
「ったく、レディが脱ぐんじゃねえ」
「……? ……アマエだけ……仲間ハズレ?」
「……いや、そんなつもりは……」
「……む~……」
男たちだけで上を脱いで海に飛び込んで気持ちよさそうにハシャぐ。
それを見せられて子供が黙っていられるか? 否だ。
それが飛び込むどころか脱ぐことも許されなかった。
不貞腐れるのも無理はないかもしれねーが……
「ほら、また今度な。今度は水着持ってきてな」
「……こんど? いつなの? あしたなの? あさってなの?」
「……まあ、近いうちにな。つか、海がこんだけ近いんだしさ」
「……やくそく? ぜったい? うそっこじゃない?」
「ああ、はいはい、やくそくやくそく」
「みんなもいっしょいい? おねーちゃんも、オジサンも、カルイも、だいしんかんさまも、女神さまも」
「あ~もう、わかったわかった、やくそくな……って、さり気にヤミ……大神官もか? ん? 女神って……?」
泣かれないように細心の注意を払い、正直めんどくさいと思ったが、俺は気軽な気持ちで約束した。
そしたら何とか耐えたのか、ちょっと頬を膨らませて「むー」となっているが、泣かれずには済んだ。
『ふふふふ』
『……んだよ……』
すると、これまでの流れをあまり口出さずに眺めていたトレイナがクスクスと笑い出した。
『この娘といい、男たちのこといい……童は口では何だかんだ言っても、面倒見が良いようだな。まぁ、だからオーガや不良などと心を通わせられるのだろうが……』
『ぬっ、……んだよ……褒めてんのかよ……』
『まぁ、悪口は言ってないな。それに、余の指導計画でも誰かと一緒にトレーニングさせるだけでなく、いずれ童にも他者を指導する経験を積ませようとも思っていたしな……指導する側で学べることを学ばせるために』
『え? そうなのか?』
『まあな。だから、せっかくだしやってみるがよい』
『いや、でも俺はこいつらを俺なりに見ようと思っただけで、指導なんて……導くまでは……それに、もし俺のやり方が間違ったりしたら……』
『心配いらぬ。都度、余も助言してやる。いきなり童に最初から最後まで全部やらせようとまでは思っておらんので、安心せよ』
俺に「面倒見がいい」と冷やかす様に笑うトレイナだが、俺は全力で心の中でツッコむ。
『一番面倒見がいいのは、あんただろうが!』
と。
だから、もし、本当に俺が面倒見いいとしたら、師匠に似たんだろう。
『…………………』
あっ、無言でソッポ向いて照れてる。
『照れとらんわ!』
照れてた。
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