第99話 新たなる修練

「いんや~、ワザワザありがとごぜーますよ、あんちゃん。アマエもあっりがとさ~ん」

「ん」


 校舎裏で一触即発だったが何とか見逃してもらい、そしてカルイはすぐに見つかった。

 学校に着いたものの、自分が手ぶらで礼服のままだということに気づいて、校門でウロウロしていた。

 

「しっかし、アマエはまだしも、あんちゃんまで学校の敷地入っちゃうなんてね~。騒ぎにならんかったの~?」

「……まあな……」


 騒ぎ……なった。結局、穏便に済んだけどな。


「ただ、ウザイ女たちと……情けない男たちと……変な男には会ったな」

「うわお、あんちゃん、けっこー、どぎついこと言うね……ま~この学校、何だかね~って感じだしね」


 俺の微妙な表情から何があったのか察したのか、カルイは苦笑した。


「随分と己惚れているというか……なんなんだ? あの、ヨーセイって奴は」

「ああ、ヨーセイ先輩ね。そりゃ~、あんちゃんもいきなりスゲーのに会っちゃったね~……取り巻きの女の先輩たちもすごかったっしょ?」

「ウザかったな。ぜひとも全員まとめて不幸になってくれって思うぐらいにな」

「あははははは、ひど! ひどす!」


 そう、この学校。色んな奴がいるようだが、全てはヨーセイという黒髪男一人を中心に色んな奴らが学生生活を左右させられていた。それが、印象的だった。



「ヨーセイ先輩は、私が入学する前に転校してきたみたいなんだけど……噂だけはね。なんでも、これまで一人も魔法学校生を輩出していない田舎の村出身の人で、最初はみんなにすごい見下されてたんだけど、『まともな訓練したことないはずなのに』いきなりとんでもない力を見せつけて、一躍有名人に。その強さ、魔法、結構女の子に優しいところとかに先輩女子たちはみんなコロッとなったみたいすね。で、先輩男子たちは皆が行き場をなくしてドンドン校舎の隅に……ヨヨヨっすね」


「へ~……そうかい。でも、才能はあるんだな……」



 まぁ、自信があったのも頷けるだけの力はあったと思う。

 とはいえ……


「まっ、いいや。どっちにしろ……三ヶ月後……優勝すんのは、あのヨーセイってやつでも……マチョウって奴でもねえからな」

「おっ!?」


 相手が誰であろうと、俺のやることは変わらねえ。

 それに、この三ヶ月で俺自身もどれだけ強くなれるかが今は楽しみでしょうがねえ。

 相手の事情や素性、この国や魔法学校の奴らも今はそこまで俺が気にすることじゃねえ。


「へ~……かっくい~っすね。マチョウさんに勝つんすね?」

「まあ、まだそいつに会えてねーから、どんぐらいの強さかまだ分からねーけどな」

「にゃはははは、すぐ会えるって……でも、そっか……うん、楽しみっすね! 私、あんちゃんを、ぜってー応援するっす! 当然、アマエも応援するよねー?」


 俺の宣言にどこか嬉しそうに笑うカルイ。茶化すようにアマエにも振るが……


「んー……ムリッぽい」

「ちょ、あ、アマエ?」

「オジサンの方が、コレより強い」

「コラコラコラ! そこは、あんちゃんを応援しようよ! アマエも姉貴に幸せになって欲しいっしょ? それに、オジサンって、マチョウさんはまだ二十代だってば!」


 子供だから遠慮なく純粋な意見なのだろうが、コレ呼ばわりされた。


「こ、こいつ……言ってくれんじゃねーか」

「あはは……ごめんね~。いや~、両親が死んじゃった私やアマエにとっては、マチョウさんは年の離れた兄貴……父ちゃんみたいなもんでさ~……アマエはマチョウさんが世界一強いって思ってるからさ~」

「へえ……まっ、それじゃあ三か月後は悲しんでもらうことになるけどな……でも……そっか……」


 なんか、サラリとアマエとカルイのちょっと悲しい過去を聞いてしまった。

 まあ、それなら仕方ねえなとアマエの言葉にはもう俺もそれ以上は何も言わなかった。


「じゃっ、俺はもう行くぜ! おう、アマエ」

「ん」


 と、用が済んだからさっさと帰ろうとアマエにも合図を送ると、アマエは頷いて俺の背中に飛び乗った。

 そんなアマエの様子に、カルイもニタニタと笑みを浮かべた。



「おっ! アマエ~、結構、あんちゃんに気を許したかな~? こいつめ~、心を許してなかったのにすぐに男になついちゃうのは、この学校の先輩女子たちのようなビッチと一緒だぞ~!」


「ん?」


「おい、こら、お前もサラッととんでもねーことを……つか、お前はそのヨーセイに興味ねーのか?」


「にゃははははは、言い過ぎた? まぁ、私もヨーセイ先輩……まあ、スゲー人なんだろうけど、大神官様とかの方がはるかにスゲーし、今のところ恋愛に興味ねーっすし、……つか、ヨーセイ先輩をあんまカッコいいと思ってないす」



 あの黒髪男の良さがよく分からん……なんだろう……やはり、こいつこそがこの国において最もまともなやつなのかもしれない。

 

「いいことだ。まっ、この学校にはまともな男も居なそうだし、恋愛に興味ねーなら、良かったな。じゃあ、今度こそ俺は戻るぜ」

「ん。ハイヨー!」

「おうす。じゃ、あんちゃんもまた教会で」


 トレイナ曰く、大神官ことヤミディレもかなりヤバイ女のようだから、この国にカルイのようなまともな女が居て安心した。

 足こそ超人レベルではあるものの、こいつは普通の女だ。

 普通であることがこれほど尊いとは思わなかった。

 魔法学校に足を踏み入れてからイライラしっぱなしだった俺だが、少し気分が楽になった。


「さて、しっかり捕まってろよ、アマエ!」

「おー」

「へへ、振り落とされんなよ? さっさと、トレーニングしてーから、ちょっと帰りは走るぞ?」

「だいじょうぶ。カルイの方がはやい」

「おっ、言ったな!」

「んふー♪」


 アマエを背負ったまま、ここまでたどり着いた道を引き返して走る。

 道さえ覚えれば迷わず走れる。

 行きの頃よりもスピード出す俺の背で、アマエは鼻歌交じりでご満悦だった。


『……で……トレイナ。帰ったら、何からやるんだ?』

『ん?』

『トレーニングメニューだよ。俺は今日はやる気に満ちてんだ。なんでもやるぜ?』


 道場にあったあれだけの器具をどうやって使うか?

 そして、トレイナ曰く、俺は器用裕福を目指すべきらしいから、バランスよく鍛えるには様々なメニューを課せられるはずだ。

 何だか、御前試合に備えて訓練していたころを思い出し、ちょっとワクワクしてきた。


『ああ。なら、もうウォーミングアップでもしておくか?』

『ん?』

『マジカル・パルクールでもやればよかろう。幼女も喜ぶだろうしな』

『ああ、なるほどな』


 トレイナの提案に俺は頷いた。

 このまま教会までアマエを背負ったまま、普通に走ってもつまらない。

 なら、ウォーミングアップを兼ねてってのは、確かにいいかもな。


「よーし、アマエ。覚悟しろ?」

「ん?」

「今の俺はカルイよりも圧倒的に遅いかもしれねーが……俺はこういうこともできるんだぜ!」


 ちょっと楽しませてやるかと俺も笑みを浮かべ……さぁ、トレイナ、来い!


『いくぞ……スラント!』

「おう!」

「お?」


 まっすぐ走って斜めの角度に切り込む。



『ジグアウト!』

「今度はこっちだ!」

「おー!」


『クイックアウト!』

「おらああ!」

「んふー!」


『スライスイン! フック! ヒッチ! ロングポスト! スクエアイン!』

「よっ、っと! ったく、おらああ、全部やってやる!」

「ん~♪ んふーふ♪」


 

 以前、森の中でやったマジカルパルクール。

 体も休めて体力万全だと、スピードではカルイには劣っても、キレのある走りができているという実感があった。

 

『そうだ、童。パワーとスピード、更には眼の力と同様に、貴様はこれまでの実戦で体の使い方も格段に向上している。今なら、マジカル・パルクールだけでなく、マジカル・ラダーでも貴様は目を見張る動きをするだろう』


 俺の己惚れではなく、師匠のお墨付き。

 背中でさっきからハシャいでるアマエと同様、俺自身の気持ちも高揚していた。

 


『だが、ステップやフットワークも、同じ練習ばかりをしていては、『練習に慣れ』てしまう。練習に慣れてしまうと、本番で咄嗟に練習とは違う場面と遭遇した場合の応用が利かなくなる……だから……これまでウォーミングアップでマジカル・ラダーをやっていたが、今後は違うのも取り入れる』


『おっ、さっそくか? 新しいステップの練習。おもしれえ……何をするんだ?』



 自分でも今の時点で既に調子がいいと思っているこのキレを更に向上させる、新しいトレーニング。

 それは……





『縄跳びだ』




「………………え?」




『正式名称……マジカル・ジャンピングロープだ!』




 

 ロープ?

 縄跳び……そういや、道場でも……ロープでピョンピョン飛んでるやつがいたけど……


『ま、マジか……確かに、ピョンピョン飛んでるやつを見たときは、何をやってんのかなって思ったけど……』

『ふふふ、驚いたか? まあ、驚くのは無理もない。地上世界では縄跳びはあまりやらないのだろうな。まあ、やっても子供の遊び道具ぐらいにしか使われんのだろうが……ふふふふ……縄跳びを甘くみるな?』


 縄を回して、足が引っ掛からないように飛んでるだけ……だったけど……え? あんなので、ステップの練習になるのか?



『道場ではオーソドックスにしか飛ばれていなかったからな……だが、縄跳びは奥が深い……飛び方、リズム……更には縄の動かし方で様々な技を繰り広げることもできる』


『え、わ、技? 技まであんのか?』


『いかにもだ。だから、道場に着いたら息を整えて……まずは、イメージトレーニング……久々に『幻想魔法・ヴイアール』を使え』



 ヴイアール。自分の想像する夢の世界。俺にとってはそここそがトレイナと直接体もぶつけ合える空間。

 そういや、御前試合を抜け出してから、あの魔法は一回も使ってなかったな。



『あの世界なら、余も縄跳びを具現化できるので、そこで余が直接デモンストレーションをしてやる』


『……え!? あ、あんたが……あのロープで……ピョンピョン飛ぶのか?』


『ふん、驚くことだな。かつて、魔界にて……三十重飛び魔界記録を持ち……さらに、究極パフォーマーとまで呼ばれた、余の魔王技をな!』



 とてつもなくドヤ顔をしながら「楽しみにしておけ」と告げるトレイナ。

 でも俺は、初めてトレイナのラダーステップを見せられた時を思い出し、そしてトレイナがあのロープでピョンピョン飛んでいる光景を想像しただけで、思わず吹き出しそうになった。

 なるほど……さっきは、イラつく奴らを殴るのを我慢したが、今度は笑うのを我慢しないといけないんだな。


『……おい』

『あっ、ワリ……』


 俺の心の中の決意は当然筒抜け。トレイナは若干ムクれ顔になるが、すぐにまた元の笑みに戻った。


『まあ、いい。笑えるものなら笑うがいい……縄跳びも、極限まで極めた技術であれば、誰もが度肝を抜くこと間違いなしだ』


 そんなどこまでも自信満々なトレイナと共に、また修行の日々が始まる。

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