第98話 覚えられない

 早くここから逃げよう……



「僕の父は旧体制側の貴族だったんだ。内戦時に捕らえられて今は監獄の中で家も没落さ。僕もそれまでは、たくさんの女の子に囲まれてて……ちょっといい気になってたから……罰が当たったのかな? 父が投獄されてから、それまで僕の周りに居た女の子たちが手のひらを返したように僕の悪口を言ったり、鼻で笑ったりしていて……。一時、父の古い知り合いの人の娘と、家の再興も絡んだ政略結婚があって、まだ僕も15だけど数ヶ月前に結婚式を開いて誓いの口付けをしようとしたら……その場に登場した、今、校庭に居る男に『こんな結婚間違ってる』と言われて花嫁を連れ出され、あの女の子も『私を攫って!』って、感極まってそのまま……」



……と、思っていたのに、気づけば俺はその場に座り込んでいた。


「って、ちょっと待て!!」


 最初から話を聞き入っていた俺は思わず声を荒げてしまった。


「なんだ、そのクソ女は!? 結婚式の途中で逃げ出した? どんなクソ迷惑な女だ!? つか、結婚式の費用はどっち持ちだ?」

「僕の家の残り少ない財産からさ……」

「いや、いやいやいやいや、どう考えても間違ってるのは結婚じゃなくて、その女だろうが! どんだけ人に迷惑をかけて……で、その女は今どこに!」

「ほら、校庭で……」


 校舎裏からモトリアージュが校庭を指差すと、一人の黒髪男に群がる女たちの中の……


「あの変態、どこ行ったの? 必ず捕まえてやるんだから!」

「罰が当たったんじゃないかな~? 昨日、私たちに黙って……デートしてたでしょ?」

「あっ、それ私も聞いたよー! ずるいずるい! 一人でイケてる男の独占は許さないぞー!」

「私たちの恋愛同盟忘れたのですか? それより、あなたも男の子を顔だけで判断など……確かに彼はスマートな容姿ですけど……」

「先輩、それは本当ですか?! 二人でデートって……ずるいです!」


 なんか、まあ、あの中の誰かなんだろうけど……なんだろう……俺、一度も会話したこと無いけど、全員死ねばいいのにと思ってしまった。



「モトリアージュくんなんか、まだいいんだな! 僕なんて……街で迷子になってる女の子を見つけて、親を一緒に探してあげようと思って声をかけたら、幼女の誘拐だと思われて捕まって、しかもその女の子がクラスの女子の妹だったらしくて、次の日にはクラスの女子全員から犯罪者扱い……う、ううう」


「そ、それは、かわいそうのレベルを超越してるな……そのクソ女は?」


「同じくあの中なんだな……」



 かなりドン引きする話をして、ブデオは泣きながら校庭を指差すと、まあ、うん……群がり女の一人だな。



「けっ、俺なんてよ~、転校生が転校して来た初日、ダチになってやろうかと思って声をかけたら、『黙れ!』とかって言われて机を『バンッ!』て叩かれてそのままぶっとばされて……なのに、クラスの女子どもは『つよーい』とかって賞賛して……何なんだよ! しかも、隣に座ってた女子は俺が野蛮で転校生は頭のいい優等生とか言って俺を侮蔑する目で見てくるし……」


「それはどう考えても転校生が悪いだろ?」


「僕は……とくに何も……あえて言うなら、ずっと隣に住んでた幼馴染の女の子が……あの中に……」


「…………………」



 なんだろう。誰もが物凄く悲しい学生生活を送っている。

 だけど、何故か他人とは思えない。

 とてもじゃないが、「まっ、俺には関係ねーや」で立ち去ってやる気にならない。


『……努力、才能、環境、様々な要因はあれど……居るものなのだな、こういう奴らも……』


 俺の隣で一緒に座っているトレイナも、なにやら微妙な表情をしていた。



「ま、まあ、でもいいじゃねえか。話を聞く限り、どいつもこいつもクソ女たちだろ? そんな奴らに嫌われたぐらい……つか、ここはここで、こんなに野郎たちが揃ってんだから、皆でパーッと遊んで盛り上がればいいじゃねーか」


「「「「「……………」」」」」



 なんか、もう違う。どんな励ましの言葉も虚しくなるようなこの雰囲気。

 そういうことじゃねーんだな……


「……ったく……なんか、変なもんに関わっちまったぜ……」


 どうしたものかと頭を悩ませて、思わず俺も項垂れてしまった。

 すると……


「居たな、不審者め!」

「見つけたわよ!」


 ああ、来ちゃったこいつら……


「ねえ? 何の騒ぎ? って、そっちは……」

「待って、そっちは危ないわよ!」

「そうだよ~、そっちは、怖い男の子たちがいっぱいいるから……」

「大丈夫よ、もし男たちが何かしようもんなら、逆にぶっとばしちゃうんだから!」


 校庭に居たクソ女たちが黒髪男も引っ張って、校舎裏までゾロゾロと姿を現した。

 しかも敵意をむき出しで。



「ああ……こんな所に……なんだ、こいつらと一緒に居たのか?」


「「「「うっ……」」」」


 

 肝心の校舎裏の男たちはというと、完全に心が折れているのか、黒髪男と女たちに少し怯えた様子で全員が後ずさりしていた。

 そして……


「さて、もう逃げられないぞ? 俺もコソコソ逃げる奴に興味はないし、弱い者いじめはする気ないけど、女の子を悲しませて逃げる奴を俺は許さない」


 追いついた黒髪男がギラリとした目で俺を睨んで強気なことを……


「…………は? 女を……は?」


 女を悲しませて……逃げる奴は……?


「……おま……え……」


 なんだ? 頭に過る……サディスが俺の名を呼ぶ声。母さん。姫……は、どうでもいいや。

 黒髪男は別に「そういう気」で言ったわけではないんだろうけど……随分と……ピンポイントでその傷に触れてくれるじゃねーか……

  

『……童……』

「……?」

『……あまり……ガッカリさせるような……安っぽいことはするな? 別にこやつらは……貴様の敵ではないのだからな』


 流石にイライラしてきて、俺もどうしたもんかと思ったとき、丁度いいタイミングでトレイナがそう言った。


『……どういうことだ?』

『言葉の通りだ。余は別に、世間知らずな途上国の未熟者たちをイジメるために、貴様に指導しているわけではないということ……』

『それは……そうだが……』

『カンティーダンでも言っただろう? 雑魚を圧倒して調子に乗っても、逆に小物に見える……とな』

『……はぁ……』


 出かかった拳……しかし……それは握っただけで、耐えた。


「そう……だな」


 分かっているよ。俺も振り上げそうになった拳を納め、そして……



「……すまなかった……」


「「「「「ッッッ!!!???」」」」」


「実は、俺はこの背中のアマエってガキと一緒に、カルイって子の忘れ物を届けに来ただけなんだ……」


「ん!」


「……あっ! その子……教会の……それにカルイって確か、新入生にそんな子いたよね?」



 最初からこうすりゃ面倒は無かった。素直に謝れば……


「だから――――この通りだ、か……勘弁してくれ。許してくれ……」

『ふふ……』


 まるで、俺を試すかのように傍でニヤニヤ見ているトレイナ。

 これで、いいんだよな?


「ね、ねえ……もう、その人……そんなに謝ってるんだから、許してあげなよ」

「むっ……モブナお兄ち……コホン……先輩……ふん……相変わらずオドオドビクビクしてるだけではなく、本当に甘い……あなたは……そういうところが、私は気に食わないです」


 そのとき、頭を下げる俺の前に、モブナって奴が仲裁に入った。

 そんな姿に、剣ばっか振り回していた頭のおかしな女が舌打ちした。

 あ~、こいつが言ってた隣に住んでた幼馴染はこいつで……


「おい、何だか分かんねーけど、大の男が重い頭下げて謝ってんだろうが……ちったー……汲んでやれよ」

「オラツキくん……あなたは相変わらずですね……男がどうとか、女がどうとか、そもそも謝罪で一番大事なのは心でしょ?」


 ちょっとキッチリした感じの眼鏡の女。優等生というか、委員長と呼びたくなるような……


「お、落ち着くんだな! こ、ここは平和的に、なんだな!」

「げっ!? ブデオ!? ちょ、気持ち悪っ、何でこの変態犯罪者と……うっわ、最悪……」


 なんかもう、下品。化粧とか着崩した制服とかが、いかにも「私ってかわいいよね?」みたいなアピールをしているようでムカつく。


「そ、そんなヒドイこと言わなくても……ブデオくんだって……そんな悪い奴じゃ……」

「……サイテー……彼、誘拐犯だって聞いたよ? ……やっぱり、悪い人は悪い人をかばうんだね……モトリアージュくん……」


 一番大人しそうで、一見一番無害そうに見える、小動物みたいなくせに、一番エグイことを口にするのが例のクソ女か。

 あ~……なるほど……俺を庇ってくれる男たちと、それに反応する特定の女子……あ~、こういう組み合わせで……


「は~、分かったわよ、もういいわよ。なんか、こっちがイジメてるみたいだし……でも、いきなりビビって謝るとか、ほんと腰抜けな奴ね。他の男子もそうよ。少しは、『ヨーセイ』を見習えっての」


 そして、大体の相関図が分かったところで、オレンジパンツがエラそうに言ってきた。

 で、今、黒髪男の名前っぽいのが聞こえた。

 

「やれやれ、俺もこんな所で戦って目立ちたくないし……『チヨ』……いいのか?」

「うん。でも、もうあのパンツは履きたくないから……ボソ……えへへ、ヨーセイに新しいの選んで貰っちゃおっかな~」

「えっ? なんだって?」

「……んもう!」


 ……死ねばいいのに……あっ、じゃなくて、とりあえず解決ってことでいいんだよな?



「あ~、その、とりあず、ほんと悪かったな。それじゃあ、俺は行くぜ? おう、お前らもありがとな、庇ってくれてよ。じゃ、いこーぜ、アマエ」


「ん」


 

 これで問題は解決……だから……俺は黙ってそこを通り過ぎて……



「ん~……あ~……その、お節介かもだけど……そこの男子生徒諸君」


「「「「えっ……???」」」」


 

 もう、俺には関係ない。と、分かってはいるんだけど、何となくそのまま立ち去ることができず、俺は振り返って……



「余計なお世話かもだけどよ……そんな所でダラダラしてねーでよ、ちったー何かしてみろよ。三ヶ月後とか、魔極真流の大会あんだろ? そこで、ちったー、男を上げるとか―――――」


「「「「「ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」」」」」



 だが、俺が全てを言い終わる前に、女子たちの不愉快な笑いが響いた。


「あ~、驚いちゃった……魔極真流の大会って……そんなの、革命の英雄マチョウと、ヨーセイの二人の戦いでしょ? まっ、優勝はヨーセイだけどね!」

「笑っちゃだめですよ、チヨ。ふふふ、でも……その大会に、ふふふふ、ヨーセイくん以外の男子が? 考えたこともなかったです」

「こんな、ブ男連中が、そんな大会出れるわけないでしょー!」

「出ても、ヨーセイくんには勝てないしね……」

「そう。英雄マチョウの力は私たちもあまり知りませんが、どちらにせよ、ヨーセイさんの優勝に揺るぎはないでしょう」

 

 と、その反応を見て、俺も思い出した。

 そういや、大神官……ってか、ヤミディレもそんなこと言ってたな。

 魔極真流関係者のみだとマチョウって奴の優勝でほぼ決まっているから、ワザワザ出場者を増やすために魔法学校の生徒らも出れるようにしたって。


「やれやれ、あんまり俺を持ち上げるな。俺は革命軍の連中とも魔法使いたちとも何も関係ない、ただの元村人だ」

「またー! ただの村人だ、っとか言って転校して数日で色々やらかしたくせに!」


 ただ、ヤミディレはそれでもマチョウって奴の優勝は揺るぎないって言ってたのに、こいつらは違うんだな。


『まぁ、そのマチョウとやらのことはまだ知らんが……ベンチの数値や、あのヤミディレが断言するほどだしな。それに……このヨーセイという小僧……まぁ、そこそこできるが…………と、言うよりこの小僧ひょっとして……ふむ……ただの村人……魔法使いの家系ではないのなら……『アレ』を使っているのかもしれんな……』


 トレイナの言う通り、こんな女たちの意見と、六覇大魔将だった奴の意見、どっちの方が確度が高いって言ったら、考えるまでもねえ。

 それに、俺の見立てでも、このヨーセイってやつ……まぁ……体つき、感じる魔力量とか……弱くはないけど……って感じだしな。


「なあ、ひょっとしてお前もその大会に出るのか?」


 と、黒髪男が俺に尋ねてきた。だから、俺も……


「ああ。強制的にだがな」

「そうか。なら、そのときに、お前がチヨに今日したことは返してやる」


 しつけーな~……だから事故パン……まぁ、俺もかつては俺以外の男にサディスのスカートの下だけは絶対に見せたくねーと思ってた時期もあったし、分からなくもないが……


「わーったよ、あんたの恋人を泣かせたことは、そんときにな」

「コイビト? 誰が?」

 

 ……三ヶ月待たずに、今ぶちのめしたい。こいつ、頭は悪いな? 今の会話の流れでなぜ分からん? 人として大切な思考回路が欠けてるんじゃ……


『貴様がそれを言うか……』


 で、トレイナどうした? なぜ、そこで俺を哀れんだ目で見る?


「そ、そう? 恋人? へ、へ~、私たち、そう見えるんだ! 変態野郎のくせに、見る目あるじゃん! そう、そして、ゆくゆくは……へへ、私はチヨ! 『チヨ・ローイン』よ! いずれ、この国最強の男の妻になるから、覚えておきなさいよ!」


 とはいえ、俺の発言にむしろ機嫌よくしたのか急に笑みを浮かべてハシャぐ女。

 だが、自己紹介されても覚える気は……


「あっ、違うからね! こいつ妄想入ってるし! むしろ、この国で一番カッコいい男の妻になるのが私! メンクよ! 『メンク・イシリガル』、それを覚えておけ!」


 で、なんかムッとした様子で下品な女まで聞いてもいないのに自己紹介してきて……


「え? こ、これ、名乗る流れですか? ふ、ふん。私は、この国一番の正義の心を持った男の、こ、子を宿して、つ、妻にぃ……我が名は、ソウド! 『ソウド・クラナマ』! 覚えておくがいい、破廉恥男! 次に貴様がまた何かしたら、この正義の剣で貴様を斬る!」


 そして、対抗するように剣を振り回す頭のおかしな女まで名乗り……



「はぁ……私も……乗り遅れては……ですね……この国一番の優等生と夫婦になれたらと、お、思っています……グラス……『グラス・ワーレル』です」


「あ、も~、みんな、ずるいかな? 私だって! うん! わ、私だもん……この国一番誠実な人のお嫁さんになるの……ソーク……『ソーク・ナオン』だよ」


 

 別に聞いていない眼鏡と、最低女まで名乗った……だが……覚えられるか!


「へぇ、みんな結婚したい相手の理想像が既にあるんだ……知らなかったな」

「「「「「も~、またこれなんだから~」」」」」


 よし……この茶番にはもう慣れた。

 つか、別に女たちの名前はどうでもいい。

 ただ、この男に関してはとりあえず覚えておくか。


「で? あんたは……ヨーセイって名前か?」

「ああ。ヨーセイ……『ヨーセイ・ドラグ』……だ」

「ふーん。じゃ……俺はこれで」


 そして相手の名前だけを聞いて、もう用はないとその場を後にする。

 さっきは、男子生徒たちにお節介で大会のことを口にして「頑張ろうぜ」と言おうとしたが、そういう空気でもなさそうだし、戦意がないなら俺が口出しする筋合いもやはりないと思って、俺はもう何も言わなかった。


 そんなことより、さっさとトレーニングだ!

 そう思って、もう行くことにした。


 だから、その場に残っていた男子生徒たちが皆、拳を強く握りしめて唇を噛み締めて居たことは気づいてなかった。

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