第97話 身も毛もよだつ
「いこ」
「って、俺も入っていいのか?」
制服を届けに来たとはいえ、俺まで学校に入っていいのだろうか?
「……いこ」
「だから……」
「……ん」
「あ~、もう、分かったよ」
ちょっと、入るかどうか迷っていた俺の頭をポンポン叩いてくるアマエ。
まあ、もういいかと思って、校門から足を踏み入れた。
「さてと、カルイはどこだ~? 校庭に結構人が居るし、あんまり見られたくないんだ……が……ん?」
今は校庭に人がいっぱい居て……ん? つうか……
「……なんだろう……この学校……女子生徒しか居なくねーか? 女子校とやら……か?」
校舎中から漂う甘いような匂い。校庭には女子たちがいっぱい居て……いや……
『いや、童よ、男子生徒も居るぞ。……小娘たちに囲まれているが……』
「……みてーだな」
ああ。俺も気づいた。確かに男子生徒も居る。
そして、その男は女たちに囲まれていた。
「そうか、この学校ではそういう風に教えてるのか……ちなみに……ほら、こうやればもっと効率よく魔法が出せるよ」
「「「「「おお、なるほど。その発想はなかった……すごい!」」」」」
青空教室でもやっているのか、多くの女生徒たちに何かの理論を説明している男子生徒。
中肉中背の黒髪の男。
「ほら、転校生! ベチャクチャ喋ってないで、魔法テストを行う。では、……って、な、なんだこの魔法の威力は!?」
「あっ、普通にやれって言われたから普通にやったけど……こんなに驚かれるなんて……ちょっと力を抜きすぎたかな?」
「いや……いや、もう十分だっていう意味だ!」
「「「「すごい! なんて威力なの!?」」」」
ズラリと並んだ生徒たち。手から放った魔法を藁人形にぶつけることをやっているが、一人だけやけにドカンと威力を出した。
そして、あのセリフ。
「まるで、フーみたいなやつだな。どこにでもいるんだな、ああいうやつ」
と、俺は思わず呟いていた。
「まいったな……俺は目立ちたくないのに……」
「「「「そんなすごいのに何言ってるの!」」」」
「すごい? 俺は魔法の才能ないから、ビットファイヤしか使えないのに……」
「「「「あの威力でビットファイヤ!?」」」」
すごいことに、目に映る男子生徒の周りには女生徒が群がっている。
ただ、男子生徒が圧倒的に少なくないか?
男女バランスおかしい?
つか、教師を除くと、男子が一人?
とはいえ……
「だけど、まあ……すげーな。やるじゃん。途上国なんてとんでもねえ……居るもんだな……」
『……まあ……それなりだな』
とはいえ、あの男の魔法のレベルは結構高い。
神童と言われたフーを髣髴とさせ、十分帝都のアカデミーでもトップクラスに入れそうな奴だ。
こいつも、三ヵ月後の大会とやらに出るのかな?
あのマチョウって奴の数値や、カルイの走りを見たときほどの衝撃はねーものの、なかなか刺激的だな。
「おい、アマエ。あいつも有名なのか?」
「……?」
「知らねーか?」
「ん」
「ははは」
ちなみに、アマエはあまりよく知らない様子。首を傾げて、特に興味もなさそうだ。
「おい、転校生。確かに、魔法の威力はまあまあだったが、全部自己流過ぎる……もっと魔力の練り方や姿勢をだな……ほら、こういう基本を重視し……」
男の魔法を目の当たりにして、教師と思われる男が「もっとこうした方がいい」とアドバイスを送っている。
それだけであれば、別によくある光景だ。
だが……
「先生が仰っているやり方が正しいというのは誰が決めたんですか? そういう型に嵌った指導はそれぞれの個性を潰すことに繋がると俺は思います。もっと生徒の個性を伸ばす指導をしないと……」
「ぬっ、な、なに?」
「そのためには生徒の自主性を尊重して、やりたいことをやらせないと……生徒は教師の操り人形じゃないんですから。そうしないと、自分で考えることもしないし、一生成長できないですよ」
なんか、モメてるな……
「あ~あ、めんどくさそうなタイプ……教師も気の毒に……まっ、今のうちにとっとと行こ」
『めんどくさそうか……貴様がそれを言うか?』
いやいや、俺はとても素直でかわいいだろ? と、思いながら、校庭で何やらゴタゴタしている状況を無視して俺は、アマエと一緒に辺りをキョロキョロしながらカルイを探し……
「でも……いねーな、あいつ」
「ん……」
校庭には居そうになく、なら校舎内に居るんだろうな……
「っていうか、ここまで入らないで、最初から校門で誰かに声かけて呼んでもらえばよかったんじゃ……」
「……ぁ……」
「って、お前も今、気づいたか」
お互いウッカリしてたなと思い、ちょっと苦笑していたら……
「おい、貴様、そこで何をやっている!」
「ん?」
なんか見つかってしまった。
多分、年下と思われる女生徒が俺を見つけて声を荒げて叫んだ。
そして、物凄い睨んできて、女が腰に剣を携えて……
「見ない奴……貴様、余所者か! 怪しい奴め、斬る!」
「………」
ポカンとするとは正にこのこと。本身の剣を抜かれた。
いかん、今になって他国の学校に無断で入ったことの重大さに気づいてしまった。
でも、何で生徒が普通にガチの剣を授業中に持ってんだ?
「……あ~、すまん! 怪しい奴じゃねーから、すぐ立ちさる! 俺はこの学校の生徒の忘れ物を、ほら、こんなちっちゃい娘も――――」
『ん? おい、童……空から……』
「ん?」
空。トレイナに言われて見上げた。
「遅刻遅刻ー、って、きゃあ!?」
空から女の声。見上げると、……夕日?
わお! 空から女の子が何で降ってくるか分からないけど……とりあえず、危ないので避けておこう。
「いったーい」
「……ん?」
「あー、私のパンが!?」
なんか、パンを咥えたまま箒で空を飛んでそのまま落下してきた女が現れた。
遅刻? 今、登校してきたのか?
こいつ、パンなんて咥えて学校来て、いつ歯磨きとかするんだ? 下品な奴だな。
「……きゃあ、スカートが!? ……ちょ、見た? んの!」
で、何故か怒られた。落下して、足が大股開きで御開帳で……夕日が沈むようなオレンジの太陽を……違うか、今は朝だし。
つーか、今のは明らかに事故パンだろ?
それに、キャノニコン使わなかったし!
「貴様……破廉恥め! 斬る!」
「この変態!」
え? 今の……俺、果たして悪いのだろうか?
全知全能の師匠よ教えてくれ。
「ん? おい、何の騒ぎ……おい、何やってるんだ? その男は誰だ?」
と、そしてその騒ぎは一瞬で校庭に広まり、人が集まりだして、そして黒髪の男が前へ出た。
教師は……あ、駄目だ、なんか色々とショックを受けているのか、項垂れている。
そして、いきなり抜刀した女と、オレンジパンツの女はその黒髪男を見た瞬間、一瞬で駆け寄った。
「せ、先輩! この男、不法侵入の破廉恥男です」
「聞いてよ、こ、この人、私のパンツ見たの! あなただけにしか……み、見せたこと……ないのに……私、よ、汚されて……」
まるで、「自分の定位置」と言ってるかのように黒髪男の両脇に移動する二人の女。
ああ、なるほど……そういうことね……こいつらも、こいつの取り巻きの一人か……
にしても……
「なるほど……これがカルチャーショックというやつか。身の毛もよだつほどウザイ女たちだ……」
『……あまり言ってやるな……』
悪いのは俺なのだろう……まぁ、それは仕方ねえとして……なんか、イラっとする。
「なんだと? お前……どこの誰だか知らないが……この学校に入って……俺の友達に何をした!」
そして、取り巻きの女のパンツを見られたことに怒った様子。
黒髪男は、さっきまで女子生徒には優しくしてたのに、俺には殺気の籠った目。
いかんいかん。ちゃんと事情を説明……
「あ、ああ。それは事故で……俺は元々、この学校の生徒の忘れ物を――――」
「うるさい、黙れ!」
「え、えええええ?」
バンッ、と怒り任せに黒髪の男は地面を踏みつけた。
なんか……事情も聴いてくれなかった……
「と、友達……はぁ……友達か~……この、鈍感」
「相変わらず先輩も鈍感ですね。しかし、私は諦めません。先輩に一対一で負けた時から、先輩の子種を頂――――」
で、お前らも何を蕩け顔!? あ、心底ウザイ。
「二人とも下がって。ここは、俺が……え? なんだって? 聞こえなかったけど、何か言った?」
「もう、鈍感!」
「それと、お前も何回も言わせるな。簡単に剣を抜くんじゃない。剣を振るということは、人を斬り、人を殺し、自分も斬られ、自分も殺されるその覚悟の重みを————」
「あ……先輩……♡」
ヤバいな……ここまでカルチャーショックを受けるとは……
「なんだろう……男も女も含めて殴りたくなったのは生まれて初めてかもしれねえ……」
顔も名前も正直、どうでもいい。とにかくウザ過ぎて一秒でも会話したくなくて……
「俺の友達に手を出す奴はこの世の誰が相手でも許さない! もう、謝っても許さないぞ! て……っ、お、おい、待て、どこに!」
反撃したくてぶっとばしたくて……でも、耐えよう。
「ったく、謝っても許してもらえないなら、付き合ってられるか」
「おー」
これがこの国の文化なのだと頭に入れて……俺はアマエをおぶったまま、とりあえず逃走した。
「まさか、あんな対応されるとはな……まあ、無断で入った俺がワリーんだけど」
「ん?」
「つーか、お前も最初に言ってくれよ、無断で入ったらまずいって」
「ん~……」
「ったく、ま、お前に言っても仕方ねえか……さて、どうしたもんか……校門は、なんか人が立って見張りだしたし……」
とりあえず、逃げようと思ったが、出入り口は俺を逃がさないためか人が待ち構えている。
めんどくせえ。
「とりあえず……裏から壁を上って逃げるか?」
「ん?」
だから、ここは正面ではなく、校舎裏へと回りこみ……そこで……
「……ぬおっ!!??」
「「「「「……ん?」」」」」
と、そこで、俺は遭遇してしまった。
「あ…………えと」
「「「「「…………?」」」」」
どんよりとしたとてつもなく暗い雰囲気を出して、校舎裏の隅で縮こまって座っている男子生徒たちがそこに居た。
最初はこの学校は「女子校か?」と勘違いするほどだったが、男子生徒はちゃんとこんなに居たのか。
「あ、い、いや、すまん……お、俺、怪しい奴じゃなくて……」
ちょっと予想外だったので俺も慌てて弁解しようとした。だが、どういうわけか、その場に居た男子生徒は全員、ものすごく死んだようなというか、世の中を呪っているかのような目を全員がしていた。
俺と目が合って、俺がこの学校の人間じゃないと分かったはずなのに、誰も俺に興味が無さそうだった。
「…………」
「「「「……………」」」」
だが、流石に気まずい沈黙が続き、耐えられなくなったのか……
「だあああ、気になる! お前、どこの誰だ? あん?」
髪もボサボサ、制服も着崩し、ガラの悪そうな男子生徒が絡んできた。
だが、すぐに……
「おいおい、やめなよ、『オラツキ』くん。そうやってすぐに絡むのは……」
「うるせえ、『モトリアージュ』、お前だって気になるだろうが! いつまで、優等生ぶってんだ、貧乏貴族!」
整った顔立ちと質のよさそうな金髪。どう見ても、裕福な貴族の息子……の顔つきだが、制服がやけにツギハギだらけな男が俺に絡んできた男を宥めようとした。
「けんか、よ、よくないんだな! 転校生かも、し、しれないんだな!」
「うん。仲良く普通にしようよ」
「ったく、『ブデオ』! 『モブナ』! お前らまで……あ~、もう、わーったよ!」
そして、続いて他の男たちも立ち上がった。
なんか、物凄い太った男と、……まあ、普通で特徴のない男。
それに諭されて、絡んできた男も舌打ちしながらその場に座った。
「やあ、ごめんね。君は転校生かな? ひょっとして、学校全体の雰囲気に耐え切れずに君もここへ?」
「……あ、いや、えっと……」
「初めまして。僕はモトリアージュ。『モトリアージュ・リバイブ』だ。よろしくね」
そう言って爽やかに微笑んで俺に握手を求めてくる男。
そして、他のやつらも……
「ぼ、ぼくは、ブデオ……『ブデオ・ハムサン』、な、なんだな!」
「ぼくは、モブナ。『モブナ・ヴィクタ』……よろしくお願いします。ね、ねえ、オラツキくんも……」
「チッ……『オラツキ・フレンド』だ」
次々と自己紹介してくる男たち……まるで「新しい仲間」を歓迎するかのように。
そうやって、何十人もの男たちが俺に自己紹介してきた。
正直俺は、なんかこいつらとは物凄く関わりたくない気分で、早くその場から離れようとした。
だが、俺は分かっていなかった。
この出会いが、この国が内戦を終えてから初となる、不遇な扱いをされていた男子生徒たちの革命の始まりだということを。
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