第96話 目指すべき目標
帝都と比べればまだまだ街並みなどの規模は比べものにならないが、それでも他国との交流もない鎖国国家でありながら十分な発達を感じさせる、カクレテール国。
街の中心街と思われる場所は市場のようになっていて、カンティーダンのように多くの露店が並び、朝から盛況だった。
「なんだ……随分と平和だな……内戦とかあったんだろ?」
「……ん」
誰も生活に困っているような様子を感じさせず、穏やかな顔した市民たちが笑い合って、活気溢れている。
「おっ! アマエちゃん、おはよ! そいつは誰だい? アマエちゃんのボーイフレンドかい?」
「兄ちゃん、アマエを泣かしたら許さねーぞ!」
「ほら、自慢のリンゴだ! 持ってきな!」
最初は走ってカルイを追いかけようとしたが、まるで追いつけそうにないことと、市場の人ごみで走り抜けることもできないので、周りに気をつけながら少しペースを落として走っていると、アマエをおぶっている俺は目立つようで、色々な奴に声をかけられた。
「あっ、ど、どうも……」
更には差し入れとばかりに、見知らぬオッサンにリンゴを二つ投げられ、俺はそれをキャッチして、一つをアマエに渡し、一つを俺がそのまま齧りながら走った。
「お前も人気者だな」
「ん」
「ここも、鎖国国家と聞いてたから、最初はどんだけ暗い奴らが居るかと思ったが、そうでもねーんだな」
「ん」
「……今は、完全に平和なのか?」
「?」
「って、お前には分からねーか……」
「ん」
「なあ、大神官、カルイ、そしてマチョウって奴以外にもスゲーのは居るのか?」
「ん~……」
初対面のときのような苦手意識はもうないようだが、このアマエってガキはまた感情に乏しいからイマイチ会話が成立しねーな。
それに、まだ幼い子供だからか、あんまり自分の国のことも周囲の連中の強さのこともハッキリ分かってねーんだろうな。
まあ、そりゃそーか……
「女神様」
「……は?」
「女神様……すごい」
「……女神様?」
そのとき、耳元でボソッとアマエがそう告げた。女神?
「女神って……大神官に続いて胡散臭いぜ……そんなの本当に居んのか?」
「ん」
あれ? でも……あの大神官……トレイナのことを神って……でも、あいつは魔族っぽくないし……でも、人間にも見えない。そういやそこら辺のこと全然聞いてなかったな。
そもそも、あの大神官って何者なんだ?
そして、何を企んでいるんだ?
『確かに、何を企んでいるのだろうな……ヤミディレは……それに、女神というのも少々気になるが……まさか……な……』
トレイナも俺の気がかりに同意するように頷いた。
つか、俺はずっとあんたの意見も聞きたかったのに、あんたがトレーニング設備を見てウキウキしまくってたからそれどころじゃ……ん?
「……ヤミディレ?」
「ん?」
なんか、トレイナったらすっごいこと口にしなかったか?
なんつーか、教科書やら新聞やらでよく見た名前というか……すげー、偶然が……
『うむ、あの大神官の本名は……ヤミディレ……かつて、『暗黒戦乙女』の異名とともに世界で暴れた、魔王軍が誇る『六覇大魔将』の一人だ……』
いやいや、いやいや、いやいやいやいやいや……何かの間違いじゃ……って、そんなわけねーか。
だって、元上司本人がそう言ってんだから……へぇ、そうか……連合軍が未だに血眼になって探しているとかいう……あっ、そうか! だから、トレイナの像が……
「って、そういうのは早く言えええええええええええ!!!!」
「っ!?」
思わず大声で叫んだ俺に、街の連中もアマエも驚いた顔を浮かべる。
でも、俺に騒ぐなという方が無理だ。
『えっ、て、てか、マジでマジ?』
『うむ、マヂだ』
『あ~、おい、それなら俺はまずいじゃねーか! だって俺、勇者の息子で……』
『ああ。だが……奴もそれは分かっているだろうな……分かった上で受け入れている様子だ』
『はぁ? 何でだよ! ひょっとして、俺を人質にとか……』
『いや、それも違うだろう……ただ……貴様を強くさせて、何かに利用しようとしているのは確かだが……』
『だから、ソレが怖いだろ! 何かって何だよ! つか、何であんたはそんなに落ち着いてるんだよ! 相手はあの六覇大魔将なんだぞ!?』
『いや……余は大魔王だし……』
『あ、ああ……そっか、はははは。そりゃ一本取られたな』
『そうかそうか、ふははははは』
『ははははは……ってなるかコラぁ!!』
まさかの伝説の六覇大魔将の一人。鎖国国家に潜んでやがったのか! しかも、大神官なんて名乗って。
『ただ、余とて落ち着いているわけではない。かつての家臣であり、仲間であり、余の六本あった腕の一つであるからな……色々と感慨深くもある』
『ほんとか~? 途中からベンチプレスとか見てウキウキしてたじゃねーか』
『ぬっ、う、ウキウキしとらんわ』
『いいや、してたね!』
昔の戦友を懐かしんで色々と思うところがある……というのは分からんでもないが、さっきまでのトレイナは誰が見ても……
『と、とにかくだ、余とて何も考えていないわけではない。ただ……考えても仕方ないと思っているだけだ』
『何でだよ! あんたの元部下だろ?』
『確かにな。そしてヤミディレは紛れも無く名将であった……だが一方で……戦争以外ではその思考回路が、全知全能の余でも分からん時がある。つまり、真剣に考えても損だということだ』
『な、に?』
元部下というか、もう側近中の側近。それなのに、その思考が分からないとか、そんなことがあるんだろうか?
『まぁ、それはすぐに分かる……『ああ、こいつはまともに会話が通じない』……ということがな』
『おい、元部下に随分とヒドイ言いようだな……』
『だが、それでも今は……というより、この三ヶ月、奴は貴様に何か危害を加えることはないだろう。奴は思考が分からずとも、意味の無いことはせん。ワザワザ貴様を攫って三ヶ月という期間を設けているのなら、それは守るだろう』
『そ、そうなのか?』
『うむ、だから考えても分からぬことよりも、今は自分を高めることに集中せよ』
『ぬ、むっ、まぁ……』
慌てて動揺する俺にトレイナからの強い言葉。
そう、ある意味、トレイナが考えても現時点では分からないことを、俺が悩んだところで答えが出るのか? ということだ。
そんなことよりもまずはやるべきことがあるだろう? と、そう伝わった。
『確かにな。まぁ、眼のテストで六覇に負けたのは……しゃーねーと思うが……パワーもスピードも、他の奴に圧倒的に負けたしな』
『そうだな……だが一方で……』
そう。六覇の一人がどうしてこの国に関わって、更に色々と教えているかは分からないが、少なくともその教えている連中の中には、それぞれの分野で俺より圧倒的にすごい奴らが居るんだ。
ゴチャゴチャ悩んでいる暇があるなら、まずは成長しろというのも分からなくはない。
『よーし! とにかく筋力トレーニングをメチャクチャやって……いつか、マチョウって奴を超えてやる!』
『ああ。だが、それは無理だがな』
『……え?』
それは、新たな決意を誓う俺の想いをいきなり潰す冷静なツッコミだった。
『筋力トレーニングは限界がある。遺伝、骨格、肉体の構造、種族、様々な要因はあるがその人物の限界値は最初から決まっている』
『いや、あの……えっと……それってつまり……』
『童、貴様にはまだ伸びしろがある……が……この先どれほど筋トレをしても、『純粋なパワー』であのアカや、そのマチョウとやらを上回るのは永久に不可能だ』
『んな……な……っ!?』
『ついでに言うならスピードも、先ほどのあのカルイのような、全身バネとなった走りには及ばない……つまり、『純粋なスピード』においても、貴様があのカルイに勝つのは不可能だ』
『ッッ!!??』
『更に言うなら、ヤミディレの眼もそう……あれは、三大魔眼の一つ……『紋章眼』と呼ばれるもの……様々な能力に加え、基本的な眼の性能は地上・魔界を問わずこの世に存在する全生物の中でも最上位……普通の眼しか持たない貴様では、最初から勝ち目がない』
その話を聞いて、俺はあのときを思い出した。
初めてトレイナの弟子となった日。
それまでは、魔法剣士だった俺に「その才能がない」とバッサリ断言したときに、今と同じようなことを言っていた。
俺は親父のような魔力や膂力がない。だから向いていないと。
『それじゃあ……あんたが褒めてくれた、俺のしなやかな筋肉とかバネとやらも……』
『人より遥かに優れている。ただ、世の中には自分の長所の分野でも上には上が居る……ということだ……前も言ったかもしれんが、努力では超えられない力……それが、才能……魔力容量や魔力放出量と同じ……生まれながらにして人よりも高い限界値を持つ者……それを天才と呼ぶ』
俺だって、「今の自分」が世界最強だなんて当然思ってはいない。
しかし、トレイナの指導を受け続けていれば「いつの日かの自分」ならば……という期待もあった。
だが、それでも超えられない壁というものは存在する。
『……じゃあ……俺が今後成長するには……何を鍛えていけば……』
努力ではどうにもならない世界。
まさか、幼女をおぶっているときにそんな衝撃的なことを言われるとは思わなかった。
「……ドシタ?」
不思議そうに俺の背で尋ねてくるアマエ。だが、今の俺はそれに受け答えが出来なかった。
だって、トレイナの言うことが本当なら、俺は今後どうすりゃ……
『ただし……これまでの戦いや先ほどのランキング表からも、貴様はアカやマチョウとやらにパワーでは勝てないが、スピードでは現時点で既に勝っている』
『は?』
『一方で、カルイという娘は確かにスピードは一級品だったが、パワーであれば貴様が圧倒的に勝っている……ヤミディレとて……純粋なパワーでは貴様には敵わんだろう』
『そりゃそうだが……』
『故郷でもそうであったろう? あの剣聖2世に剣の腕では敵わんが、貴様は圧倒した。直接戦わなかったが、あの大魔導士の息子にも戦闘能力では負けはしないだろう……それは、何故だと思う?』
トレイナが、俺に限界を突き付けた一方で、俺に問いかける。
俺のパワーもスピードも、剣も魔力も俺よりすごい奴は居て、その分野で俺はトップにはなれない。
だが、そいつに勝っているところもあるとも言う。
それがいったい何を示すのか? それは……
『一つの分野では勝てずとも……総合点……すなわち、総合力であれば貴様は勝てるということだ』
『そ、総合……?』
『そうだ。帝都では総合に関しては姫には勝てなかったかもしれないが、それはあくまで学校の成績の話。今の貴様ならば戦闘力で十分あの娘を上回っている』
『そう、かもしれねーけど……』
『ゆえに、貴様がこれからやるべきは……何かを集中的に鍛えるのではなく、全ての分野をバランスよく鍛える。今回のマックス測定でもそれがハッキリ分かった。スピードは測らなかったがこれまでの生活で大体の数値は予測できる。貴様は数値で見る限り、短所がない』
誰にも負けない分野や特技を作るのではなく、全てを鍛える。
それがトレイナの指導方針だった。
だが、それは少し俺にとっては微妙だった。
『それって要するに……悪く言えば……器用貧乏ってことじゃねーのか?』
子供のころから言われてきた。人より要領が良い。だが、悪く言えば器用貧乏。
それが、俺にとってはガキの頃から言われ続けた呪いのような言葉だったからだ。
だが、そんな俺にトレイナは……
『なぜ、ワザワザ悪く言う必要がある?』
『え?』
『悪く言うのではなく、良く言うのならば万能ということであろう?』
器用貧乏ではなく万能……そんなことを言われたのは初めてだった。
『貴様は少し誤解している。器用貧乏は決して悪いことではない。……特出した才能は無い……が……悪いところがない。それはすなわち、弱点らしい弱点が存在しないということだ。そして、弱点がないことほど戦闘において最も厄介なことはない。なぜなら、一芸のみの奴に比べて『それさえどうにかすれば何とかなる』ということがなく、攻略法がないからだ』
弱点がなく攻略法がない。言われてみれば、俺は……誰にも負けないものはなかった……だが一方で……そこまで苦手なものもなかった……?
『それでも広く浅い器用貧乏という言葉が気になるのなら、こう思え。貴様が目指すのは……すべてを広く深く身に着ける……器用裕福というものだと!』
『……は……ははは……』
『そして……余は……特出した一芸を持つものは、『スペシャリスト』と呼び、全てに秀でた者を『ジェネラリスト』と呼ぶ』
マジ顔のトレイナから「器用裕福」やら「ジェネラリスト」という初めて聞いた言葉が出た。
それが可笑しくて……だが……なかなかすぐにピンと来なかった。
『器用裕福……ジェネラリスト……ねえ……すべてをできる万能……なかなか難しいぜ……』
『何故だ?』
『だって、想像つかねーからな……例がねえからな……目標とする者がいねー……』
万能と言われて、誰を頭に思い浮かべてモデルにしたり目標とすればいいのかピンと来なかったからだ。
姫? だが、もう今の俺ならトレイナの言う通り戦闘力では姫には負ける気がしねえ。
なら、サディス? 確かにサディスこそが一番万能かもしれねえ。だが、悲しいかな、俺はサディスの本気の戦闘力を知らねえ。
だから、目標に定めたとしても、どれぐらいなのかが分からねえ。
すると……
『フハハハハハハハハハハ!』
トレイナは俺の言葉に盛大に笑った。
そんなにウケることを俺は言ったか? と思うと、トレイナは……
『童よ。貴様、少しヒドイのではないか?』
『は?』
『忘れていないか? 貴様が目指すべき……世界最高の万能型……貴様のよく知る者を……』
『えっ!? ま、マジで? え? 誰の事?』
一瞬、本当に素で分からなかった。
だが、トレイナが微笑んで。
『誰の事だと? 誰も何も……いつも貴様と一緒に居るではないか』
あっ……そうだった……目の前に居たわ……
「はは、はははははははは! 自分で言うか?」
こんなことにも気づかなかったなんて、俺はもう声に出して笑ってしまっていた。
そうだった。目標にすべき奴から、俺は指導を受けてたのか。
「……ねえ、またドシタ?」
「ん? お、おお……」
「コワい」
「はは、すまねえな……」
急に笑い出した俺にちょっと怯えるアマエ。
まあ、こればかりは許してもらいたい。
そして……
「でも、ついた」
「ん?」
「ここ、学校」
そう言いながら、俺の頭をポンポン叩くアマエ。
だいぶ話し込んでいたため、気づいたら俺はもうこの国の魔法学校の前にたどり着いていた。
デカい校舎に、併設された運動場は整備された芝生が綺麗だった。
そして、色々と今後のことや、新たな決意に燃える俺はまだ気づいてなかった。
他国のアカデミー生や魔法学校の生徒と交流はしたことあったが、他国の学校に足を踏み入れるのは初めてだったことを。
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