第100話 大魔王の重み
ヴイアール世界でのトレイナとのトレーニング。
久々であることと、新メニューでもあることから、ワクワクしながら魔法を発動させたんだが……
「では、これよりマジカル・ジャンピングロープを行う!」
「……おう」
その手にロープを持ち、俺もトレイナと同じものを具現化して手に。
これからトレイナがまずはデモンストレーションしてくれるんだが、その前に……
「ところで、トレイナ……その格好はなんだ?」
「気分だ」
トレイナが衣装チェンジしていた。なんか、フードのある服を着ていた。
しかも服もなんだか、ダルンとしているが……
「これは、マジカル・パーカー……マジカル・スウェットという服……縄跳びをするとき、この衣装を着るのがマナーなのだ」
「え? そ、そうなの? まあ、でも……なんか、カッケーな……」
「だろう? うむ。これは、トレーナーという服にフードを付けたものでな。動いたりするときも、自室でダラダラするのも心地よく、余が開発した」
「へ~、カッケーなー……トレーナーか……俺、こういうの好きだぜ?」
「うむ、貴様もなかなか見る目が……ん?……ん?」
「どした?」
「いや、うん……まあ……ん? なんと?」
「え? だから、俺はこのパーカーとか……トレーナーっての好きだぜって……」
「………お、おぉ………」
「な、なんだよ、そっぽ向いて顔隠して!」
「いや、なな、何でもないぞ……コホン……では、始めるぞ」
トレイナが何かを誤魔化すように咳き込んでから、改めて特訓スタート。
「では縄跳びなのだが……実践する前に、まずは縄跳びの効果について説明しよう」
「押忍」
「まず、縄跳びというものは、ロープと僅かな広さの空間さえあればどこでもできるトレーニング。さらに回数や時間、様々なバリエーションで全身の筋肉をバランスよく鍛えることができる。例えば、『リズムとステップ』、『手首や腕全体』、『スタミナ』などだ」
まずは、ラダーやこれまでと同じように効果の説明から。
俺は姿勢を正して、素直に頷きながら話を聞いた。
「リズムとステップ。これは、貴様のように常に足を小刻みに動かして素早いフットワークを使う者にとっては重要なもの」
それは、俺も十分理解している。相手の攻撃を回避するタイミングや、自分の攻撃を当てるために常に足を動かしてリズムを刻んでいる。
「もちろん、ステップやリズムはラダーなどでも身に着けることができるが、ラダーと違って縄跳びは正しいリズムやタイミングで跳ばなければ足がロープに引っかかる……このように……基本の『大魔・前跳び』!」
は、始まった! ついに始まった!
笑ってはいけない・大魔王!!
トレイナが真剣な顔して、その場でロープを回し、そして両足で軽快にピョンピョン一定のリズムで跳んでいた。
「ぶふぉ押忍!」
「そして、縄跳びも、こうしてただ回すだけだが、一定の高さで手首をキープしながら、同じリズムで何度も……時には技によって手首を動かしたり勢いをつけたりする……『大魔・後ろ跳び』」
これまでとは逆回転でロープを回して、それでも足を引っかけることなく変わらず、トレイナは跳び続けた。
「これを長時間やるとそれなりの負荷となり、手首や腕も鍛えられる……そして、同時にリズムよく腕を使うことで、腕もまたリズムを覚える……当然、跳んでいる足もだ……『大魔・片足跳び』……右二回、左二回、左右交互にこれを繰り返していく……」
きた! と、トレイナが……片足で、ケンケンしてる! ラダーの時以来久しぶりに見た!
だが、一度見たネタ……じゃなくて、技は俺には通用しない! これも耐える!
「さらに、慣れてきたら……『大魔・駆け足跳び』で走るようなイメージを、足がロープにかからないようにしたり……『大魔・あや跳び』……腕を交差させたり!」
「お、おお……ふ、普通にすごい! ちょ、ちょっとカッコいいかも……」
「更に、足を動かすバリエーション……『大魔・クロスフット』」
「両足を左右に開き、跳びながら足を交差させて……ぶふぉ!?」
「難易度を上げて、『大魔・ホップスコッチ』! 『大魔・スプリットホップ』!」
「お、こ、これはっ!?」
もう、ここから先は俺もよく分かんなくなってきた。両足で跳んで前後に足を延ばしたり、がに股になったり、つま先を上げた状態のままカカトで着地してまた跳んだり、いや……うん……す、すごいんだけど……見ようによっては普通にカッコいいんだけど……で、でも、なんか、こ、こみ上げてくる……
「更に、一回のジャンプの間にロープを二回転させる、大魔・二重跳び! 三重! 四重! 五重と重ね、更に不自然にならないようにこれも一定のリズムで、更に長時間やることでスタミナまで自然と付いてくる! そして長時間跳び続けるためには集中力も必要となり、自然とそれも鍛えられるということだ!」
トレイナがフードをかぶりながら黙々と跳び、勢いよく回転するロープが風切り音を立てる。あまりにも高速過ぎて、もうロープが見えねえ。
「そして、縄跳びは全身運動! こういうこともできる! ロープを回す以外で、上半身を鍛える跳び方……まず、地面に座る!」
そのとき、俺は衝撃を覚えた。
トレイナが両足をまっすぐ伸ばしてその場で座った。
「この座った状態のまま跳ぶ。足を使えないので、当然上半身の反動を利用して跳ばねばならぬ!」
あっ、い、嫌な予感がする!
なんだ? トレイナが急にロープを頭上で、まるで投げ縄のように回して……ッ!?
「このように、これまで縦回転をさせていたロープを横回転させ……それをこのように上から下へもっていき……地面に座った状態のまま跳ぶ……その名も……」
だめだ! それはやっちゃダメだ、トレイナ!
かつて世界を震撼させた、歴史にも神話にも名を残す世界最後の大魔王。
数多の種族の頂点に立ち、何万もの軍勢を率い、何万もの戦で命を刈り取ってきた恐怖の大魔王。
その双肩には、数えきれないほどの名声や悪名と共に、敵味方問わずに何千万もの命と魂を宿していたはず。
そうだ、トレイナ。俺にだって分かる! たとえ、戦争に行ったことのない、まだガキの俺にだって分かる。
大魔王の存在は、ただ本人だけのものではない。大魔王という肩書には、数えきれないほどの多くの人々の想いが宿っている。
それだけ、大魔王というものは、その存在にも名前にも「重み」があるんだ。
だから、その大魔王が、それだけはやっちゃ駄目だ!
「大魔・お尻跳び!!」
「ぶわーーーはっはっはっはっはっは、どわあーーーーっはっはっはっはっは!! ぎゃーーっはっはっはっはっは!!」
真剣に俺に指導をしてくれるトレイナの想いに報いるためにも……何よりも、トレイナが教えてくれるトレーニング方法はどれもが抜群の効果を発揮するものばかり……だから、全て正しいものなんだ……だから、笑っちゃダメなんだ……笑うのは失礼だから……でも……
「だーはっはっはっはっはっは! とと、トレイナが、地面に尻つけたまま跳んで……お、お尻跳びいい? ぎゃーっはっはっはっは!」
「………………」
でも……こんなの無理だろ?
多分、もし笑ったら世界が消滅するとか言われても、絶対に笑っちゃうわ。
高速回転させたロープを尻でジャンプして跳んでいく。あまりに高速なため、ドンドンドンドンとトレイナの尻が地面を叩く音が聞こえる。
俺はもうその場で笑い転げて、ついには涙まで流してしまった。
「……超大魔螺旋……」
「ひ~、は~、くはははは………へ?」
突如、ボソっとトレイナの声と共に、寝転がる俺を包む巨大な影。
見上げるとそこには……山のようにデカい螺旋が……
「あ、あの、し、師匠……?」
「ヴイアールの世界は便利だな……痛みを感じさせながら……どれだけやっても死なんのだからな……」
とても笑顔なのに、微塵も優しさを感じさせない、怖いだけの笑顔。
「い、いや、待て、トレイナ! お、俺、頑張ったんだぞ! けっこう、耐えたじゃん!? それに、お尻跳び反則じゃん! ノーカンで! ノーカンノーカンノーカン!」
「……もう、その時点でアウトだ……バカ弟子めが……」
自分なりに笑うのは相当頑張って耐えた。でも、大魔王のお尻跳びって、笑わない奴がこの世に存在するのか? だから、尻跳びだけは許してくれよ。
でも、トレイナは一回俺を肉片残らず消滅させなければ気が済まない様子……
「し、師匠カッコよかったよ! ほんとだ! 超すげー! カッコいい! 大好きだぜ、マジ最高!」
「ぬっ……そ、そうか……?」
「ああ、もう、ほんと尊敬だ! 俺、師匠に出会えてよかった! ほんと、師匠の弟子で俺は幸せだぜ!」
「う、うむ……そ、そうか……や、やれやれ、仕方のない弟子め……そ、それなら……って、なるか馬鹿者めええ!!」
そして、俺はトレーニングを始める前に、久々に塵となった。
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