第77話 地下
「うおおおおい! ちゃんと、ルールは守って入れやぁ! 順番抜かしたり勝手に入る奴は許さんぜよ!」
「入り口で確認してから、中に入れや!」
騒がしく叫ぶ不良たちの声が聞こえ、貴人たちが続く列は、ついに街の奥にまでたどり着く。
「ふん、平民以下の不良がうるさそうに……」
「まっ、口の利き方の知らないサルどもですが、機嫌を損ねてトラブルになってもたまりませんから、気にせずね」
「そうそう、バカは機嫌を損ねると何をするか分かりませんしな」
街の最奥には一つのオンボロの建物があり、入り口には不良たちが貴人たちを軽くチェックしている。
「ようこそ……紹介状を確認しやした。問題ないっす、どうぞ中へ」
「ほっほっほ、ありがたやありがたや」
俺はというと、爺さんと一緒ということで、特に問題なく入れたようだ。
一瞬、不良たちが確認をしているようだが、よっぽど大物の紹介状を持っていたのか、特に追及されることはなかった。
「ありがとな、ジーさん……ほんとに、何者だ?」
「ほっほ、ワシはただの、ちりめん問屋じゃよ」
そう言って笑うジーさん。なかなか、底を見せなければ、正体も明かさない様子。
まぁ、正体を隠しているのはお互い様だけどな。
チェックが済んで中へと入ると、すぐに地下へと続く階段があった。
薄暗いその階段を下りていくと、どこからともなく歓声のようなものが聞こえてきた。
「にしても地下か……随分と深くて……しかも声が……」
「うむ、盛り上がっているようじゃのう」
「ふっ、入り口で入場者チェックして入れる地下の謎空間か……怪しさ満点だぜ……さて?」
この下に、どうやら欲望渦巻く何かがあるってことだろう。
果たして鬼が出るか、蛇が出るか。
その答えを見るべく、ようやくたどり着いた最下層の扉を開けた瞬間、一気に熱気と強烈な光が襲ってきた。
「うおっ、お……これは」
地下に広がる全くの別世界。
巨大な地下広場に大勢の人が集り、至る所で盛り上がっていた。
「イエ~~イ!」
「はっはー! 今日は大量じゃわい! よし、お姉ちゃん、チップだチップ!」
「はーい♡ チップは、どこに? お尻かな? お胸かな?」
「く~、ここだ! ここに入れてやる! 入れてやるぞー!」
「あ~ん、もう、お客様、そこはだめですってば~!」
「オッパイ! 俺は女を買いたいんだ! じゃなきゃ、戦争すっぞ!」
「だーめです」
広場の一角にはビュッフェバイキング形式であらゆる料理が並べられ、不良たちが酒を運んで貴人たちをもてなす。
食事をするそのテーブルには天井から吊るされたポールがあり、多くの色っぽい女たちが肌を露出して踊っている。
鼻の下を伸ばした男たちが金を握りしめて、女たちの下着や谷間に金を差し込んで、ドサクサに胸や尻を触って、女たちがニコニコ笑っている。
「オープン……」
「だー、くそ、負けたー!」
「私もだ! もう、カードはやめた! ルーレットにする」
「おい、倍にして返してやる! 金をいくらか貸してくれい!」
また、一角では不良たちがディーラーになって、カードゲームやルーレットを行っていたり……そして何よりも目に付くのが……
「よし、ワシは魔狼に賭けるぞい!」
「あなたァ! 私は虫に!」
「いけーー! 倒せ! 倒せ! 倒せ!」
「おい、何をボーっとしてんだ! お前には大金賭けてやってんだぞ!」
中央に位置する、巨大な鉄檻。そしてその中に閉じ込められて戦っている……魔物?
「ウオオオオオオオオオン!」
「グラアアガアアアアアア!」
二体の魔物が互いに血に塗れながらも、激しくぶつかって血しぶき飛ぶ。
「そこだ! 噛みつけ!」
「後ろだ! おい、その棍棒で叩き潰せ!」
「何をタラタラやっている! ほら、そこだ、いけ!」
それを、貴人たちは嬉々とした表情で興奮しながら声を上げている。
「これは……」
「なるほど……これが……賭博場の名物……『闘魔物・デュエルモンスター』じゃな」
俺が地下空間の雰囲気に圧倒されて呆然と立っていると、隣に居たジーさんが呟いた。
「デュエル?」
「うむ。魔物を戦わせる見世物をしながら、それで勝敗を賭ける……そんなところじゃよ」
「ッ!?」
禍々しい魔虫の攻撃を、素早い動きで狼が翻弄してぶつかり合う。
「かつての大戦後……地上に留まっていた魔族を捕らえて金儲けに利用する……ボクメイツ・ファミリーが考案したもの……」
「ッ!?」
「当時は、人の言葉を扱う知能の高い魔族……鬼や魔人やサイクロプスなどを戦わせていたようじゃが……今は魔物を使っておるわけか……」
魔族を捕えて……金儲け?
「で、でも、そんなこと許されんのか? 魔物を使って賭け事なんて……」
「人の言葉を扱う知能の高い魔族は……魔界との条約で禁止されるようになった。しかし、魔族の中でも人の言葉を喋らねば……魔物はヒトではなく動物と同じ扱い……人を襲うこともあるので防衛のために殺しもするし、捕獲もする。ゆえに魔物に対しては、法的に『まだ』禁じられてはいない」
「そういうもん……なのか……」
「ほっほっほ、人間とて牛や馬や犬を使って見世物にするであろう? 似たようなもの……ということになっておる」
これを取り仕切っていたマフィアは潰れた。しかし、ここは続いている。
「秘密の賭博場ではあるが……しかし、それでも法には触れていない……グレーなところでのう……だからこそ、仮に帝国騎士などの調査が入っても、特にお咎めはない」
ブロたちが引き継ぐような形で……それに、さっき聞いたがシツツイ大臣のように帝国の上層部も絡んでいる……親父は? 知ってんのか? 陛下は?
『……ふっ……まぁ、魔界でも魔闘犬や魔闘牛など、魔物を使った見世物があり、よく魔界魔物愛護団体が騒いできたものだがな……』
チラッとトレイナを見る。冷たく、しかしどこか切なそうな表情で、檻で戦う魔物を眺めている。
それを見ると、複雑な気持ちになってきた。
そして、「人の言葉を喋らない魔物は動物と同じ扱い」というジーさんの言葉に、俺は先日トレイナに言われた言葉が頭を過った。
「……そうか……つまり、ここは貴族たち富裕層が集まる……賭博場か……」
「うむ、マフィアは撲滅したものの……それを帝国の上層部の一部が秘密裏に不良たちに引き継がせた……不良に引き継がせた理由は……まぁ、色々とあるのじゃろうがな……」
「そうか……」
「とはいえ、オドシや暴力などでこれまで小遣いを稼いで街に蔓延って暴れていたチンピラ……不良という種がメシの種を見つけた……」
確かに、ちょっと驚いたが「まぁ、これぐらいのものはあるだろう」とある程度は想像できていたので、色々と不愉快な気持ちにはなったが、あまり取り乱すことはなかった。
だが、一つ気になることがあった。
「あれ? でも、それなら……『オークション』は?」
そう、元々は「オークション」がある、という話だった。
だから、俺はてっきり、あまり取り扱えない非合法な物を扱うオークションでもあると思っていた。
何より、ここは商人の街だから。
しかし、ただの賭博場なら……
「あるはずじゃ。オークションはな。何故ならば……それが最大のメインなはずだからのう。そして、商人たちにとってものう」
すると、ジーさんはいつの間にか優しい表情から、どこか強く厳しい眼で会場中を見渡していた。
「君は……競馬は知っておるか?」
「え? 競馬? それって、馬で競走する競馬だよな?」
「うむ、そうじゃ……なら、その競馬では通常、賭け事も行われていることは知っておるか?」
「そりゃもちろん……」
急になんだ? と思ったが、俺は頷いた。
それぐらいは常識だ。
軍用馬を競走馬にして最速を競わせたり、レースをやったりするのは、帝都でもあったからだ。
そして、1位の馬を賭けたりすることも当然あった。
まぁ、俺は年齢制限で賭けることもできなければ、サディスの教育で競馬場に行くことも許されてなかったが……でも、どうしてそんなことを聞く?
「金を持っている人間は、やがて……競馬で賭け事はしなくなる。自分が馬主になって、自分の馬を走らせてレースに勝たせようとする……そういうものじゃ」
「……ん? あ~……確かに」
それは、ジーさんの言う通りだった。
実際、知り合いの貴族の家でも馬を買ってレースに出したりしている奴は居る。
そして、馬は何かと金がかかるから、生活に余裕がある奴が趣味や娯楽で買うものだ。
「つまり、オークションとはそういうことじゃ……」
そのとき、そう告げたジーさんの言葉で、俺はハッとした。
そうか……オークションって……
「へえ……そりゃまた……」
まぁ、ジーさんの話の通り、それこそ競走馬をセリで購入したりそういうのは普通にあるもの。
だから、これも珍しくないっちゃ珍しくないのかもしれない。
今の俺には微妙だが……
「不良共が、そんなことやって金を稼いでいるのか……」
思わず苦笑しちまう。すると、その時だった。
「がっ、ちょ、な、なにをするんだな!?」
テーブル席で揉めて、不良に胸倉掴まれている貴人の豚が居た。
急に争いかと周りがざわつき始める中、特攻グレン隊の服を着た不良が貴人に食って掛かった。
「おい、お客さんよぉ……ちょっとしたおさわりは女のサービスかもしれねーが、体を買ったり無理やり襲ったり、女の嫌がる行為はルール違反だって初めに言っただろ?」
ポールで踊っていた女が、乱れた衣服を抑えながら不良たちに守られていた。
どうやら、女の色気に我慢できなくなった客が女を無理やり乱暴しようとしたところを抑えられたようだ。
「な、それが何だっていうんだな! 前はそんなの普通に認められたんだな! こっちは大金払ってる客なんだな! お前たちクズが調子に、うぐ、ひ、な、こ、の手を離すんだな!」
開き直って文句を言おうとする貴人。だが、不良は怒りに満ちた顔を見せながら凄んだ。
「金でこの世界何でも通ると思うなよな! 前のクソマフィア共には許されても、俺たちが目を光らせている間は許さねえ。ルールを守って俺たちの街で楽しんでくれる奴らが客だ! 金を見せびらかして、ルールを破って俺らの街を汚す奴らは全員敵! それが俺たち不良! 特攻大グレン隊だ!」
自信満々にそんなことを口にする不良。
その姿を見ながら、ジーさんは呟く。
「ルール違反か……本当に無ければよいが……大人たちに利用されているだけで気づいていないだけかもわからんが……どちらにせよ、見極めねばならんのう」
どこか意味深なことを漂わせながら……
「……アシストさん……ケースさん……今のうちに……名簿を……ジャポーネなどの商人……大名などが関わっているか、情報収集を……本当に法に触れていないか、調べるのじゃ」
「「御意」」
「たとえ、表では若者たちが仕切っていても、後ろに立っているのは必ず大人たち……だからこそ、実際のところを見極めねばならぬ」
小声でジーさんがそう呟くと、後ろに居た二人の男たちが一瞬で姿を消した。
「ジーさん……あんた……ひょっとして……」
「ほっほっほ……さあ、のう? でも、何か分かっても内緒じゃぞ?」
ジーさんの様子から「ただの商人じゃない」とは思っていたが……と、俺が何かを聞く前にジーさんはまた笑って誤魔化した。
そして、俺の背をポンっと叩く。
「さて、なかなかキツイものを見たのう……せっかくじゃ、何か食いながら座ろうか?」
俺を気遣ってか、ジーさんがそう提案してきた。
だが、俺は……
「もうちょい……見て回ってみるよ……」
「お? そうか?」
そう、俺はもう少し見ていこうと思った。
「少し複雑だが……まぁ、マフィア共と違って、やってることは違法じゃねーなら……別にブロたちにどうこう言うこともねーし、俺にそんな筋合いもねーが……もうちょい……」
ここに居る連中を。働いている連中を。戦っている魔物を。
そして……
「……大丈夫か?」
『ふっ、童。いっちょ前に誰を気遣っている?』
この状況を一番複雑なのはトレイナだろう。顔には出さず、俺には笑みを見せて問題ないように見せているが……
「別にいいぜ? ……俺にぐらい……本音言っても」
『千年早い』
「ったく、意地っ張りが……」
俺にぐらい、つか、俺しかもうお前の言葉は分からないんだから本音を少しぐらい言って欲しいと思ったが、トレイナは鼻で笑った。
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