第76話 謎の白老

『……欲に塗れた下賤な空気が漂っているな……仮面ごときでは覆いきれぬ……運よく名家に生まれただけで努力をしない、肥えた豚たちのな……』


 通りを行き交うのは、高価な衣服を身に纏い、仮面を被った者たち。

 まるで、城の舞踏会へ向かうような恰好をした者たちが誰もが同じ方向を目指している。


「しっかし、随分と多いもんだぜ……しかも、服装を見る限り、帝都だけじゃねーかもな……どっかの豪族……ジャポーネのキモノ……ウラギイル王国のドレス……帝国の近隣の国々の奴らも来ているのかもな……」


 昼間は露店と商人で溢れていたカンティーダンの中央通りも、今では数百人以上の貴人と思われる連中がゾロゾロと。

 その周りを特攻グレン隊が眼を鋭くして警備……一体……何が?


『後を追ってみろ……』

「だな」


 そのために、俺も顔を隠す。

 幸い、通りには「仮面を忘れた人用」なのか、仮面やら眼鏡やら顔を隠せるものを売っている商人がいる。

 そういう商魂は流石だなと感心させられる。

 そこで、俺は色々と悪趣味なデザインのものが多い中、一番まともそうなものを見つけた。

 それは、炭鉱や採掘現場などで作業員が目の保護に使う眼鏡……『ゴーグル』と呼ばれているものだ。

 赤いフレームやバンドと、黄色いグラス。普通にカッコいいと思い、俺は1万と少々高かったが購入。

 これで俺の所持金は2万になっちまったが……まあ……ほんと、金のことは真剣に考えよう。


「とにかく、今はこの街の確認だな」


 とりあえず、今は気になることを先に確認。俺はゴーグルを装着して、貴人たちの流れに紛れ込むように進んだ。


「ねえ、あなた……良いの? こんなイベントに何度も参加して……しかも、あんな平民以下のチンピラたちの仕切るイベントに……」

「ぐふふ、心配いらないんだな。この街のイベントは全部、『シツツイ大臣』が裏で糸引いてるから、安心なんだな」

「でも……前までは、ちゃんと大人が警備もイベント運営も全部仕切っていたのに……大丈夫かしら?」

「いいんだな。むしろ、マフィアたちに関わられていた方が、後々になって弱みを握られて強請れたりとかの方が面倒だったから、いつでも切り捨てられるワルガキたちの方がどうとでもなるんだな」


 周囲の流れに続いて俺も紛れ込んだ中で、側に居た貴人夫婦がそんな話をしていた。

 イベント……オークションのことか?

 にしても……


「シツツイ大臣……あの人も絡んでんのか……」


 昔から帝都中央の政治に携わる人で、俺もガキの頃からパーティーで何度か挨拶されたことあるな。

 まぁ、表面上はニコニコしているが、どこか胡散臭いなと昔から思っていたが……


「私が心配しているのは、ほら……この街の事……あなた言ってたでしょ? ヒイロ様が良く思っていないって。あの組織を壊滅させたのだって……」

「ふん、でも今日は問題ないんだな。ほら、ヒイロは……家出したバカ息子を探して仕事をほっぽり出してそれどころじゃないんだな!」


 ……別に聞き耳立てていたわけじゃねーんだが、つい会話が耳に入った。

 そして、その二人の貴人夫婦の会話がその話題に触れたとき、周囲の貴人たちも反応した。


「おお、それはワシも聞きたかったところですぞ。確か、帝都のアカデミー生の模擬戦で問題が起こったとか」

「なんでも、勇者の顔に泥を塗ったバカ息子が大観衆の目の前で何かをやらかし、そのまま家出したと……」

「ふふん。大魔王を倒したとはいえ、所詮は我ら高貴な血筋とは違って、下賤な平民の血筋」

「マアムも元々そうでしょう? 両親共に元は平民なのだから、生れた子も平民ということ。それが出来損ないでも不思議ではない」

「そして、そんな落ちこぼれの息子が家出して、本人たちは国の仕事を放棄して私情を優先……これは、あの二人の権限も色々と剥奪かもですな」

「帝国騎士の分際で政治に口出しするような出しゃばりでしたしな……我らの息抜きのこの場を潰そうとしたときはどうしようかと思いましたが……」

「ええ。これからも安泰ですかな? ヒイロとマアムは権限を失って、シツツイ大臣が後はうまくやってくれるでしょう」


 そして……何だろうな……ああ……殴っていいかな?


『やめておけ、童』

「ッ……だけど……」

『それでもだ』


 俺のことを何も知らない奴らが、俺の傍で言いたい放題だ。

 今すぐにでもこの豚や爺たちをどうにかしてやりたくなる。

 だが、トレイナが俺を制した。


『貴様は不良ではない……戦いや喧嘩ですらないのに、ただムカついたから殴る……そんな安っぽい拳を振るわせるために、余は貴様に教えているわけではない』

「ッ……でも……」

『貴様の値打ちが下がる……今はまだこの評価をあえて受け入れて噛み締めろ……』


 帝都を逃げ出して、親の顔に泥を塗った落ちこぼれバカ息子……それが今のアース・ラガン。

 トレイナとのあれほどの特訓の末に与えられた価値は、その程度のもの。

 ふざけやがって……


「ほっほっほっほっ……君は随分と若い参加者じゃのう? 前から参加しておるのか?」

「ッ!?」


 そのとき、俺はビクっとして振り返った。

 まさか、声を掛けられるとは思わず、驚いて振り返ると、そこには蝶々の仮面をつけてはいるが、白い口髭を生やした爺さんが立っていた。

 ジャポーネ風の着物を纏い、杖を携えて、口元に優しい笑みを浮かべている。


「え、あの、いや、俺は……」

「おお、すまんのう。ワシは今日初めて参加させてもらう……『ミツエーモン』というものじゃ」


 下手に話をしたりすると、面倒なことになるので、二~三だけ言葉を交わしてさっさとどこかへ行こう……と思ったが……


「あっ、えと……ども……あの、その、俺……」

「ほっほっ、いや~、すまぬ。こういう社交の場は初めてで、しかし他の貴族の方々には声を掛けづらく、つい君に話をしてしまった」


 そう言って、また優しく笑うジーさんは、この行列の参加者だというのに、他の奴らとはまるで空気が違うように見えた。

 仮面の奥に見える目も、なんか、欲に塗れているようなやつらと違う気がする。


『ん……?』


 そして、その時、トレイナがジーさんを見て反応。


『この白老……どこかで……?』


 トレイナが心当たりある人物? このジーさん、只者じゃないのか?

 でも確かに、身に纏う雰囲気も、何というか……小さなジーさんなのに、なんか温かいようで、大きいようで……うまく言えないが……何かを感じる。


「ジーさん……あんた、何者だ?」

「これ、こういう場では互いの素性を確認するのは御法度じゃろ? と言いたいところじゃが……怪しい者ではない。ただの、ジャポーネ出身のちりめん問屋じゃよ」


 ちりめん……? ってなんだっけ?


「しかし、君は……この場はひょっとして初めてかのう? 慣れてなさそうじゃし……そのゴーグルの奥で光る瞳は……いいものを感じる」


 そう言って、ジーさんが俺の顔をジッと見てきた。


「ほっほ、すまんのう、変なジジイに言われても困るじゃろう? どうもこの歳になると……なかなか、今を輝く新時代の子たちと話せる機会がなくて……ついつい構ってしまうんじゃ」

「ジーさん……」

「この街に居る若者たち……腐ってはおらんのじゃが……どこか、諦観している目をしていて少し悲しかったのじゃが……君はそうではないのう。まだ、純粋さがあり、そして道に迷っておる。迷っているということは、道を模索中……これから何にでもなれるのう」


 初対面の人に、まさか今日だけでブロに続いて、他の奴にまで目まで褒められるとは思わず、つい照れちまった。

 俺は「何にでもなれる」、という言葉もそうだった。


「しかし、そんな若者が……どうしてこの集いに? 興味があるようには見えぬが……」


 だからこそ、何でだろうな?

 俺の「人を見る目」っていうのは昼間の女の件で大したことはないと自覚してるんだが……


「ジーさん……俺はこの街の人間じゃねえ……ただ……ここで何が行われているかを知りたくて……俺……ここで何をやってるのか全然知らなくて……一応、オークションってのは聞いてんだけど……」

「ほっ?」

「だから、知らないから……飛び込むしかねーって……どうにか潜り込めないかと思って」 


 何でだろう。このジーさんを信用とかそういうことではなく……何となく嘘をつけなかった……だから、素直に話をしていた……


「これは不思議な……この街の子でもなければ……何をやっているかも知らぬ者が、どうして興味を?」


 どうして? そうだ。そもそも、俺にはこの街で何が行われていても何の関係もない。

 この街には旅の途中で立ち寄り、買い物とか、金をどうにかすることを考えるのが目的だ。

 だから、むしろ深入りしない方が面倒なことにならないのでは?

 じゃあ、何で?

 トレイナに言われたから?

 いや、それだけでなく、俺自身も今はこの集まりに興味を持っている。

 どう考えても堅気とは思えない何かの催し。

 まぁ、堅気ではないオークションと言われたら大体の想像はつくが、それを俺がイチイチ干渉する理由もない。

 でも、俺は今、ここに居る。

 それは……


「友達が関わってるんだ……だから、知りてーんだ」


 それは、何だか自然と出た言葉だった。

 友達? 誰が? ブロが? ちょっと喧嘩して、酒飲んで、踊って、はしゃいで、笑って……それだけで友達って……


「ほっほ……そうか……しかし、残念じゃがこのまま列に紛れても、入り口で調べられて門前払いじゃぞ?」

「うっ、あ、……そうなの?」

「ふふん、じゃが……よかろう。ワシの御付きとして、一緒に入るか?」

「えっ、えええ!?」


 なんと、俺の言葉に俺自身が戸惑っているというのに、初対面のジーさんは納得して機嫌が良くなったのか、笑ってそう言った。

 いや、それで入れるならありがたいが……


「御隠居ー! こちらにいらっしゃいましたか!」


 そのとき、人ごみを掻き分けて、顔に仮面をした男が二人こっちに向かって流れを逆流してやってきた。

 このジーさんのことか?

 が……ん?


「御隠居……フラッとはぐれるのはやめていただきたい」

「心配しましたぞ?」


 この二人……現れた男二人。ジャポーネ特有のキモノを着ているが……たたずまいや身に纏う空気が……つええな……この二人。


「ほっほ、すまんのう」

「まったくです。……っと、それよりもご報告が」

「ん?」

「先ほど、チラッと目撃したのですが……例の……ごにょごにょ、ストーク家の……娘、シノブが、ごにょごにょ」

「なんと!? なんで、この街におるんじゃ? ……まさか、他の……兄の方も?」

「分かりません。しかし、万が一に備えて、ご隠居は我々の傍から離れないでください」


 そして、一人の男がジーさんに耳打ちでゴニョゴニョと何かを話して、ジーさんが少し驚いた顔をしている。

 何かあったのか?

 そして……


「ところで、ご隠居。この若者は?」


 もう一人の男が俺を見てジーさんに尋ねる。

 すると、ジーさんは……


「ほっほっほ、おお、そうじゃ。『アシストさん』、『ケースさん』。ワシらが入場する際は、この子もワシの同行者として一緒に入ってもらう」

「「……ええ??」」


 また、どこか機嫌よさそうに笑ってそう告げた。

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