第75話 自己嫌悪
よく、「酔っ払っていて覚えていない」という大人の言葉を聞いたことがある。
俺はそれを「嘘だ」といつも思っている。
だいたい、酒に記憶消去の効能なんかがあるとも思えない。
そういうことを言うのは酒を「言い訳」にしているだけで、絶対に覚えていないはずがないと俺はガキながら思っていた。
そして、目が覚めた俺は思う。
自分が何をやらかしてしまったのかを、ちゃんと覚えている。かなり鮮明に。
だからこそ、目が覚めて、ちょっと痛む頭を抑えながら冷静になり、俺は途端に顔を青ざめさせた。
「お、俺、な、なんかすごい事をしていたような……う、うわあくぁあああ、俺はなんてことを! なんだよ、ヨカティンッて! バカじゃんバカじゃんバーカバーカ!」
目が覚めたら、俺は見知らぬ部屋に居た。
というか、かなり汚い部屋で簡素な部屋にベッドだけが置いてある。
その見知らぬベッドで俺は絶賛悶え中だ。
「って、しかも……俺、裸ぁ!?」
何だかスースーするなと思ってシーツを捲ると、俺はパンツすら穿いていない、完全な全裸だった。
『貴様の服はそこだ……』
「ッ、トレイナ!?」
『ここは酒場の二階だ。休憩室のようなもので、貴様は一頻り騒いだ後に倒れ、ここに運ばれて数時間寝かされていた』
急に声をかけられてビクッとして振り返ると、トレイナが呆れたように溜息を吐きながら、部屋の窓際で腕組していた。
そして、トレイナの言うとおり、俺の服は綺麗に畳まれていた。
「お、俺……服脱いで……」
『あの女に感謝するんだな……貴様の服を昼間の内に手洗いして外に干して乾かした』
「あの女……? ッ!?」
そして、俺は次の瞬間、一気に意識が覚醒した。
なんと、綺麗に畳まれていた俺の服の隣に、「交換日記」が置かれていたからだ。
「ま、まさか……」
『忍の女だ』
「なんで?! え? だって、シノブとは別れて……いや、山の中でライスボールもらったけれども!」
まさかのシノブ。
つか、俺が酔って脱ぎ散らかした服をシノブが洗濯したのか?!
『というより、貴様は酔って気づかなかったかもしれないが……あの女……酒場に潜入していたぞ?』
「はっ!?」
『名前を変え、服装を変え、エプロンを着けた給仕の衣装で、化粧や名前まで変えているが……まぁ、一目見れば分かる』
シノブが……この酒場に……ん? ってことは……
『当然、あの女は見たぞ? 貴様の……裸をな』
「ッ!?」
み、見られた。お、俺の、俺のアレを……お、同じ歳の女に……!
「は、ハズか死ぬ!!」
『まったく……貴様は今度から酒は禁止にしろ。余も見ていてハラハラした……』
「うぅ……み、見られた……ってことは……その、俺のアレがアレなことも……」
いかん……サディスならまだしも……同じ歳の女に裸を見られた……最近までは俺の裸を見た奴ってサディスとトレイナだけだったが……もう、過去まで遡ると……
「しかも同じ歳に……同じ歳に見られたなんて、すげえ、ちっちぇーころ……姫と風呂に入ったとき以来だな……」
『おい、いつまでも落ち込むな……というより、貴様、幼少期とはいえあの姫と……』
やばいな。精神的なダメージがデカイ。
こりゃ、しばらくシノブの顔をまともに見れないな。
そして、この交換日記も……
「返事書いたばかりなのに、もう返ってくるとは……つか、あいつは兄貴や仲間と帰ったんじゃなかったのか? まさか、これからもこうやって交換日記続ける気か?」
というより、まさか俺の後を追いかけてるわけじゃ……?
ちょっと背筋が寒くなりながら、俺が何気なく日記帳を捲ると、新しいページに……
―――サディスさんってだれ?
「うおおおっ!?」
ノートの左右のページに、ただ一言だけ大きな字でそう書かれていた。
怖かったのですぐに閉じた。
「つか、何でサディスのことを……?」
『貴様が酔って、あのメイドのことを口にしたのを聞いていたのだろう』
「ま、マジか……はは、こわ……」
いや、別に後ろめたいことは何も無い。でも怖かった。
『とりあえず、体を起してこれからのことを考えねばな』
「……これから? まさか……シノブとのことか?」
『違う、そっちではない。せっかく、街に着いたというのに、ほぼ一日を宴会で潰したのだからな』
「あ……そ、そういや、数時間、俺は寝てたって……」
『もう、夜だ』
「ッ!?」
なんてこった。昼間の内に買い物とか、そしてこれから金を得るためのことを色々と考えたかったってのに、いらんことで時間潰しちまったな……
「あ~、じゃあ、他の……ブロたちは?」
『貴様をここに運んだ後に店を後にした。どうやら、奴らは夜に仕事をするそうだ』
「夜に……」
そう言われて思い出した。
そういや、若者は昼間はダラダラゴロゴロして、夜に街に出るって。
なんか、この商人の街も夜になったら姿を変えるとか……
『そして……この、夜の街は貴様も気をつけたほうがいいかもしれんな』
「え? なんで……?」
『余も、窓から外を眺めていたが……昼間とは違う賑やかさだぞ?』
窓際に立つトレイナが笑い、気になって俺は外を見てみる。
そして、驚いた。
「お、おお? お? え?」
夜だが決して暗くはない。火を灯された街灯が通りに並び、その通りを着飾った貴族風の連中が「変な仮面」で顔を隠して行き交っていた。
蝶々とか、三日月の形をした面とか、色々……まるで、仮面舞踏会? いや、お忍びの遊び?
しかも、それ以外にも素顔を晒した若者たち……ブロたちと同じ特攻グレン隊とかいう連中の服を着た奴らが、まるで警備をしているかのように街を歩いては辺りを見渡したりしている。
「これは……一体……?」
『昼間の酒場で、チラッと会話が聞こえた……オークション……という言葉がな』
「オークション?」
カンティーダンでオークション? まぁ、別にそんなのあっても不思議じゃないが……にしても……
『ただのオークションではないのかもしれんな。まぁ、富裕層だと思われる連中が顔を隠しているあたり……だいたい想像はつくが……』
「なんだよ、それ……一体、どういうオークションだってんだ?」
『……まだ、予想の範疇。実際には街に出なければ分からぬだろうな』
と、トレイナは大体の事情を分かっているのか思わせぶりなことを口にするが、それ以上は「その目で確かめろ」と言っているように聞こえた。
『昼間の様子だと、マフィアは壊滅して、この街は現在昼間の不良たちが取り仕切っているようだが……奴らとて霞を食べて生きているわけではない。収入はあるのだろう……それが、この夜の街。恐らくは、マフィア共のシノギをそのまま手にしたのかもしれんが……まぁ、それも……』
「実際に見て、見極めろってことか?」
『ふっ、そうなるな』
起きたばかりで、頭もちょっと痛いが、それでもこのまま朝まで部屋で一休みしているわけにはいかねえ。
つか、だいぶ寝たから全然眠くねーし……
「しゃーねえな。ちらっと、街を探索してみるか。昼と夜で何が違うのかをな……」
トレイナの言うとおり、外に出てこの目で確かめよう。
俺は畳まれていた服を着て出かける準備をする。
と、そのとき……
『ただ、出歩く場合だが……少し気をつけたほうがいいかもしれんな……素顔を晒して歩くのを』
「へ?」
『恐らく外に居るのは地方の貴族だけでなく、帝都の連中も居るだろう。貴様の顔を知るものも居るかもしれん』
「あっ……そっか……」
『そうなると面倒だろう? 出るなら、貴様も顔ぐらいは隠したほうがよいだろう』
そういやそうだったな。確かに、面倒だ。
何かいいものは……そう思いながら、俺がパンツに手を伸ばした時……ん?
「あれ? これ……俺が穿いてたパンツじゃねーな……新品だ」
服は俺のだが、パンツだけが新品の物に変わってた。なんで?
『くたびれていたとのことで、忍の女が新しいのを買って、古いのは処分しておくとのことだ……』
「あっ、そう……ふ~ん……なんか、ワリーな。ライスボールだけじゃなく新しいパンツまで……世話になってばっかだし、俺も何かあいつにあげた方が……」
『いや、良いと思うぞ……もう十分『報酬』は貰って満足していると思うが……まぁ、気にする必要はなかろう』
「は?」
トレイナの意味深な言葉に首を傾げながら、俺は洗ってもらった衣服を纏って、外へと出かけた。
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