第78話 不良の居場所

 不良といわれて俺が想像するもの。それは、常識やルールを破る無法者な奴らのこと。

 優等生だった俺とは真逆に存在する者というイメージだった。

 そういう意味では、アカデミーには不良という生徒は居なかった。

 だが、この街で見た不良たちはそのイメージとは少し違うかもしれない。

 少なくとも無法者ではない。

 こいつらはこいつらなりに、自分たちのルールを決めてそれを順守している。

 そう、自分だけの法律? っていうものがあるのか、それを犯さないようにしている。

 そして、地元に対する思い入れがあるのか、それを汚す存在は許さない。

 なんだか、そんな風に感じた。


「……なぁ……トレイナ。不良って何だろうな? 魔界にも居たのか?」


 何だかよくわからない存在。思わずその疑問をトレイナに尋ねてみた。


『そう深く考えるものではない……ただのゴミと思えばな』

「お、おお……はっきりだな」

『どれほど美化しようと、不良など所詮は自分の考えにそぐわぬとすぐに苛立ち、暴力という衝動でしか感情を示せない存在……百害あって一利なし……そんな下等生物だ』


 厳しい言葉で断言する。そういえば、ブロ本人もそう言っていたな。

 クズでゴミのどうしようもない存在。それが不良と。


『しかも……そんな生き方はいつまでもできるものではない。人も魔族も食っていかねばならん。そのためには金が必要になり、金を得るには真っ当に働くしかない。それができなければ、マフィアになるか、盗賊や海賊などの犯罪に手を染めるか……いずれにせよ、不良は不良のままでいつまでもいることはできん。しかし……』


 そう言って、トレイナは少し考えるように辺りを見渡す。

 この賭博場で働く不良たち。誰もがどこかやりがいと使命感を持って働いているようにイキイキとしている。


『この街は、不良たちが不良たちのまま働き、不良のままで生きることができている……少なくとも……今はな。とはいえ、それも……いつまでも続くとは思わんが』


 トレイナの言う通り、不良は不良のままでいつまでもいられるはずがない。

 もしアカデミーなどでも、そういう奴らが居ても、卒業して戦士になることができなければ、ただの落ちこぼれ。

 喧嘩の腕や、非行をし続けた実績なんて、将来は何の役にも立たないはず。

 だが、ここでは?

 あのジーさんの話では……違法なことはしてねえって……なら、何も問題なく、こいつらは働きながら不良やってるってことに……


「……おや? お前さん……どうやって入ったんだ? 入り口で入場制限しているんだが……」


 そして、そんな俺とトレイナの背後から掛けられた声。

 その声に少し驚いたが、誰の声かは一瞬で分かった。


「優しいジーさんに入れてもらえてな……ルール違反だと言って、俺を摘まみ出すか?」

「カッカッカ……まっ、いいさ。お前さんは、希望するんだったら入れてやるつもりでいたしな……」


 憎まれ口を叩きながら振り返ると、ニッと笑みを浮かべたブロが立っていた。

 

「おお、ブロ君! そこに居たのかい? 今日は儲からせてもらってるよ!」

「なあ、ブロ。あの娘は? 今日はガヴァナちゃんは来ていないのかい?」

「いやー、さっきのデュエルモンスターは興奮したねえ。次も頼むよ!」

「ブロくん、おっぱいは? 仮病使って議会サボってまで来たんだから、女買いたい」


 街でも人気者だったブロは、このフロアに集まった貴人たちにもそれなりに人気があるのか、通り過ぎる奴ら全員が声を掛け、ブロも愛想よく笑いながら手を振って応える。


「随分と人気者だな」

「カッカッカ、まぁ、男前だからな」

 

 なんだか、本当にカジノのマスターって感じがして、あまり不良の空気が漂っていないように見える。


「なぁ、ブロ……」

「ん?」

「ここは何なんだ? 帝国上層部が秘密裏に管理している賭博場みてーだが、なんであんたらが仕切ってんだ?」


 不良がどうしてこんなところで働いている?

 そもそも、どうしてブロたちはこんなところでちゃんと働いているのか?


「一言で言うなら……俺たちが不良のままで居ることができる居場所さ」

「な……に?」


 俺の問いにブロは迷うことなく答えた。

 それは、不良なんていつまでも不良のまま生きられるわけがないと思った、俺とトレイナとは真逆の答え。


「戦後……一昔前までこの街は……ほとんど無法で無秩序の街で、マフィアの支配する街だった。商人の街といえば聞こえはいいが、違法な商いが日常茶飯事で、武器の売買、弱者からの土地の売買、詐欺や美人局、娼婦、そして魔族だろうと子供だろうと容赦なく奴隷として扱われていた人身売買、蔓延る暴力と恐喝……そして、金持ちたちが欲望をぶちまける闇賭博場……まさに、悪所と言っても過言ではない街だった。絢爛豪華で平和の象徴とされた帝都とは違い、時代に取り残されたゴミの蠢く地だった」


 それは、「商人の街」という名でしか知らない俺には想像もできない世界だった。



「だが、そんな街で生まれて育ったガキの中でも、何にも縛られることなく……大人たちの作った環境に隷属せず、支配されず、何かに反発するように自由に生きたいと思う奴らが『不良』となり、怖いもの知らずに体を張って、信用できない帝国戦士たちに代わって、自警団みたいになって街を守る役目として……大人たちと戦う俺たちの存在には意義があった」


「大人たちと……? それって……」


「ああ。この街を支配していた、ボクメイツ・ファミリー……その支配に抗うべく、俺たち不良は立ち上がり、終わりの見えない抗争が始まったんだ」



 それは、俺も知らないし、トレイナを見ても首を横に振った。

 この街を支配して、魔界でも名の通っていたボスが率いたマフィア。

 その組織と街の不良たちが争っていた?


「まさに戦争……大人たちの圧倒的な暴力と力に押し潰されそうになることはあるも、俺たちはどんな逆境でも抗い続け、そんな俺たちを世間も応援するようになり……俺たちは自分の存在や生きざまに誇りを感じるようになっていた……何かの使命感に燃え、常にギラギラして……それが、俺たちが最も輝いていた時期かもしれねぇ……だが……それも続かなかった」


 そう言って、どこか複雑そうな表情を浮かべながら、ブロは俺をジッと見て告げる。


「この街の歪みに気づいた勇者ヒイロとソルジャ皇帝が率先し、……この街を浄化しようと乗り出して……マフィアと繋がっていた帝国上層部を取り押さえ、俺たちにとって圧倒的だった大人たちの力を、更なる圧倒的な強さで瞬く間に潰し……マフィアが撲滅され……俺たちの戦いは幕を下ろし……俺たちは使命も何もかもを失った、目的も何もなくダラダラするだけのガキになった」


 まるで生きがいを失ったかのように寂しそうな雰囲気を漂わせながら、親父たちの行ったことをブロは語った。



「違法な行いもせず、商人たちが安心して商いをして潤う街に変えようと、帝国の手が入った。だが、そんな街を目指して戦った俺たちにとって、そんな街はあまり居心地のいいもんじゃなかった……中には、生活のために真っ当な職に就こうとする奴らも居たが、どいつもこいつも長続きしなかったな」


「なんで……」


「綺麗な水で育ったお前さんには分からねーかもだが……世の中には陽の光が当たらない深海や、薄汚れた汚い水でしか生きることができない魚も居るんだ……ゴミ溜めのような街で育った俺たちにとって、勇者たちによって一気に綺麗にされた水の中は、俺たちにとっては生きづらい環境だった……喧嘩しか能のねぇ俺らが、そう簡単に真っ当に生きて、真っ当な職に就くこともできねーしな」



 その話を聞いていて、俺は不意にアカデミーに居た時に聞いた話を思い出した。

 それは、「昔は戦争だったから帝国騎士になるのは難しくなかったが、戦争が終わった今の時代は軍備も縮小されて、帝国騎士になるのは難関になっている」というものだ。

 戦争という時代には誰もが憧れて活躍の場もあった帝国騎士という存在も、戦争が終わって、騎士になる人間も活躍の場も少なくなっていっている。

 それは、ひょっとしたらシノブたち忍者戦士もそうなのかもしれねえ。


「俺自身、何度も『今度こそ真っ当に』、『クズではなく、人に』と思っても元に戻っちまい、先のことよりも今さえ楽しけりゃいいやと刹那的になっちまう……」


 ただ、こいつらの場合は……あんま一緒に出来るようなものでもないと思うがな。


「そんな時さ。帝国のシツツイ大臣から提案された。多くの富裕層から要望のあった、賭博場の再開。それを帝国がケツモチになって行い……その従業員に、街で力を持て余して、それなりに影響力のあった不良たちをあてがってはどうか……若者たちの新しい就職の場として国に貢献できる場を与える……ある種の実験の意味も込めてこの場を俺たちに与えられた。昔のように腐った富裕層や悪い大人が暴走して再び街を汚さないよう目を光らせ、街を守り続ける……『不良戦士』……なんて言われてな」


 気恥ずかしそうにしながら、不良から不良戦士なんていう滅茶苦茶な言葉を口にしたブロ。

 だが、満更でもない様子だ。


「食っていくためだけの仕事じゃねえ……その使命に自ら燃えて率先するような仕事は……俺たちをいつまでも俺たちのままで居させてくれる……まぁ、シツツイ大臣の『本音』はそんなところにないだろうが……でも、これが今の俺たちの生きる場所なんだよ」


 いや、満更でもないどころか、どこか誇らしげ。

 一生、縛られること無く己の思うがままに生きる。自分たちが納得するルールを貫いて生きる。

 それが不良だと言っているように聞こえた。

 だが、一方で……


「でも、お前さんは……俺たちみてーにはなるな」

「な、なに?」

「世の中では無価値な存在を……陽の光の当たらない世界を自分で美化して正当化しちまうような俺らのようにならず……お前さんは、日の当たる世界のビッグな男になるんだな」


 ブロ自身は誇らしくする生き方……いや、正当化している生き方ではあるものの「俺にはそうなるな」と、まるで大人が子供に説教するように言い聞かせてきた。

 別に俺は不良になる気も、憧れたりもしてねえ。

 でも、ブロたちに関心を持ったのは事実でもあり、それを見透かしたかのようなブロの言葉が、どうも胸に残った。

 すると……


「ブロー! おい、ブロー!」


 どこか慌しく、バケット頭がブロを呼びながら駆け寄ってきた。


「おぅ、どうした?」

「ああ。今、シツツイのオッサンが到着して……なんか、オークションについて大事な話があるからブロを呼べって……」

「……ほぅ……」


 シツツイ大臣。あのオッサンが? ……マジーな。あのオッサンは俺のことよく知ってるし、顔を合せとかないほうが……


「大事な話ねぇ……さて……どんな大人の思惑が出てくることやら……」


 すると、ブロはどこか気が進まないのか、苦笑しながら溜息を吐いた。

 その様子が気になって、本来ならシツツイ大臣からは離れておきたい俺だったが、気づいたらブロの後を追っていた。

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