第73話 ワルへの誘い

「ったく、ブロは相変わらずだぜ」

「ま、しゃーねーか。つか、あのガキ……フツーに強かったんだな」

「ブロと正面からやりあうとは、流石に俺たちを倒しただけあるぜ」


 バケット頭たちがそんな話をしながら、俺の前を歩いている。

 おかしい。俺たちは血に塗れてぶつかり合った数分後に、どうしてもう肩組まれてるんだ?

 それに、まさかの人生初の酒場に連れて行かれてしまった。


「ちょ、ま……おい、待てよ! 酒場なんて、不良やおっさんの溜まり場だろうが! 俺は行かねーぞ!」


 そういや昔、サディスに「悪影響だから、行ってはいけない場所」の一つとして上げられていたしな。

 

「ほぅ……お前さん、ワルガキみたいな面構えで、酒場は初めてか」

「だから、普通は来ねーだろうが!」

「カッカ、まっ、これも社会科見学だと思って楽しんでみろ」


 そう言って、ブロは俺を街の酒場に連れて行く。

 それは、帝都にあったようなオシャレなものとは全然違う。

 ボロい看板。壊れかけの扉。所々、ヒビが入ったり、壁が剥がれたり、柱も折れかかったりと、今にも潰れそうな汚い酒場。

 それは、見かけだけでなく中身も同じ。


「う、うげ……」

 

 店に入った瞬間、俺は思わず口を押さえちまった。

 入った瞬間に、誰かが飲んだか分からねえ空き瓶が転がり、顔を真っ赤にした不良たちがテーブルや床で酔いつぶれて寝ていたり、両脇に女を座らせて笑っている男たちや、服を着崩した女たちが品の無い格好で騒いだりしている。

 更に匂いも、酒やタバコ、ゲロの匂いも混じってねえか?

 未だかつてこんな悪臭漂う汚ねぇ空間は見たことねえ。


「あれ? ブロ~、なーんだよ、その子は」

「へ~、生意気そうだけど、結構かわいーじゃん?」

「そーいや、黒い特攻三連星の喧嘩に行ってたんじゃねーのか~?」


 俺たちが店に入った瞬間、全員がブロの仲間なのか笑いながら皆が声を上げたりして近づいてきた。

 そして、当然その視線はブロに肩を組まれている俺にも向けられる。


 

「あぁ、こいつはデイトの被害にあったガキでな……その流れで三連星もぶっとばしちまって、まぁ、俺とも喧嘩したんだが……気に入っちまったんで連れてきた」


「そうだぜ、俺たちのジェットストリームアタックを破りやがった」


「いい喧嘩するぜ?」


「ほら、お前も緊張してないで、入りな」



 ザックリと俺の説明をするブロたち。だが、そのザックリ過ぎる説明もブロという男を知る連中からは珍しくないのか、皆が特にツッコむことなく笑顔で頷いた。


「へぇ、つまり期待の新人ってか? まだ、若いがいいのか?」

「おい、よろしくな。困ったことがあれば頼れよ? それが、俺らのルールだ」

「ふ~~ん、ドーテーっぽい~……あは、お姉さんがイイコト、教えちゃおっかな~」

「こらこら、食うんじゃねーぞ?」


 喧嘩したってのに、そこは気にせずアッサリと受け入れる。

 何だか、どいつもこいつも大雑把で、細かいことを気にしない奴らなのか?

 そして、同時に俺はあることに気づいた。


「そういや、街の通りは商人ばかりで……そもそもここは商人の街で……あんま若者はいねーと思ってたが……」


 そう、表で買い物している連中も露天商も、ほとんどがオッサンだったり、大人ばかりだった。

 だが、今この酒場には何十人もの十代から二十代そこらの若者が集っていた。


「ああ、昼間はな。俺ら若者は、昼間は家や店の中でダラダラしたり、酒飲んだりしてるんだ。夜にはまた、一風変わった街にガラリと変わる」

「夜に……なると?」

「ああ。この街を支配した大人たちが残した遺産を食い荒らす、俺ら不良たちの眠らない夜だ」

「……どんな街に?」

「カッカッカ、まっ、後でその目で確かめてみりゃいいさ」


 そう言って、なんだか含みのあることを言いながら、ブロは店内を突き進んで、酒場のマスターと向かい合うカウンター席に自然と座った。

 

「ほら、お前さんも座りな。今日は俺の奢りだ」


 そう言って、ブロが俺をカウンター席へ誘う。

 俺は正直戸惑いながらも、とりあえずは言われたように座った。



「……酒は飲めないんでね、オレンジジュース下さい」


「「「だめーーーー!」」」


「カッカッカ、しゃーねぇ。マスター、俺のボトルがあるだろ? それくれ」


「あいよ」



 そして、こいつら本当に俺に飲ませる気か!? 

 いや、でも法律違反じゃ……だが、ブロもそんなことお構いなしに笑いながらタバコを取り出して新たに火を点けた。


「……フゥー」

「って、隣でタバコ吸うんじゃねえ!」

「ん? おぉ、ワリ。お前さん、タバコは? 吸うか?」

「タバコも酒もできるか! 俺ぁまだ15だぞ!」


 酒どころか、タバコまで俺に差し出してきやがった。

 流石に俺も「いけないこと」だと声を荒げた。


「ほぅ、意外といい子だな。お前さん……さては、坊ちゃんか?」

「ぬっ!?」

「何不自由なく育てられて、でも、なんか反抗期になって親にでも反発して家を飛び出した? そんな所か?」

「ぬっ、う……ぬぅ……」


 大体当たっていて、思わず言葉に詰まっちまった。


「か、関係ねーだろうが……あんたには」

「ああ。関係ないな。どうでもいいし、人がグレる理由なんざそれぞれさ。ここに居る皆を含めてな」

「っせーな……んな単純じゃねえよ……」

「ふっ……そうかい。まっ、そこまで聞く気はないがな」


 俺がイラっとして壁を作ろうとしたが、ブロはそのことにあまり追求もしなければ聞いてこようとしなかった。


「親への反発とか、家が貧乏だから荒れたとか、教師への反抗とか、学校についていけなくなって楽な道に走った。他人の影響。色々さ。そのどれもが、簡単に不良になりうるキッカケになるし……いちいち気にしてても仕方ねえことさ」


 そう言われて、俺はハッとした。

 不良というこいつらからして、家から飛び出した俺なんて珍しくないんだと。

 だから、こうして楽しそうに笑っているこいつらも、そしてブロも……?


「そして、不良になるのは、ちょっとした好奇心っていう理由もよくある。ガキはダメだと言われている酒とかタバコとか、女遊びとかな」


 そう言って、ブロは火を点けたばかりのタバコを俺に差し出してきた。

 とはいえ、そんなもん吸えるかと俺は拒否した。


「だから、タバコなんて体にワリーだろうが。酒もだ」


 確かタバコは18からだっけ? つか、アレは吸うと体力も落ちるとか、肺が汚れるとか聞いたことあるし、まったくいいことがねーだろうしな。


「ほう。吸ったこともないのに、体に悪いって決め付けるのかい?」

「……え?」

「15も18も大して変わらないだろ? それとも15で吸うと決定的に体が悪くなると論文で発表でもされたか?」

「ん、なことは……」

「そもそも、喫煙や飲酒の年齢制限は、もはや十代とは何の関係もないオヤジたちが勝手に決めた基準さ。自分の体に悪いかどうかなんて、結局自分で試してみるしかないんじゃないのか?」


 まあ、言われて見れば……って、そうじゃねえだろうが!


「って、そんな悪い誘いに引っかかるかぁ!」

「おっ」

「こちとら、もうこの街であの女に痛い目に合わされてるんだからな! だから、タバコも吸わなけりゃ、酒も飲まん!」


 口車に乗って悪い遊びの誘いを「やらない」と断る。

 女にアッサリと騙されたことを、俺はちゃんと教訓にした。


『うむ、そうだ。それでよい、童。タバコも酒も簡単にできるが、それにハマってしまえば、簡単に断つことができなくなる。体にも悪い』


 と、傍らで両腕組んでトレイナが「ウンウン」と頷いていた。


『にしても、ブロとか言ったか……馴れ馴れしく余のわらb……こほん、余の弟子の成長を阻害するようなものを勧めおって……おい、童も染まるではないぞ?』

 

 つか、トレイナが何だか「ぷんすか」してるんだが……


「カッカッカ、つれないもんだ。ここは人生の先輩……悪い遊びの師匠の話を聞いてもいいんじゃないのか?」

『誰が師匠か! 師匠は余ぞ! 今日会ったばかりの半端者が何を言うか!』


 いや、あのトレイナ? なんか、俺を飛び越えて怒るのやめろ。つか、ブロには聞こえないし。あと、なんか照れる……


「だが、まあ、不良になる気がねーなら、まだお前さんは全然手遅れじゃねえってことだ。いいことだ」


 と、そのとき、差し出したタバコを咥え直しながら、ブロが俺の頭をポンポン撫でてきた。


「人は、簡単に不良になることができる。ちょっと踏み出す……いや、踏み外すだけだ。でもな、その先に道は何もねえ。下に落ちるだけだ。だから……不良から普通の人に戻るのは苦労するのさ……」


 すると、ブロは俺を諭すように……



「お前さんがどうしてそこまでギラついた闘争心があるのかは知らねーが……俺たちのような他人から見たら無価値なクズじゃねえ。まだ、何にでもなれるんだ。帰れる場所があるんなら、帰ればいいんじゃないのか?」


「ぬっ……な、に?」


「じゃないと……いつか、帰りたいと思っても、もう帰れなくなる……取り返しのつかない後悔をしちまうかもしれねえ……そうなってから、元の普通に戻りたいと思っても、手遅れだぞ?」



 まるで、家出した子供に大人が説得するようなことを言ってきやがった……いや、「まるで」というか、まんまそうなんだが……


「けっ、大きなお世話だ。何にでもなれる? 分かってるよ。だからこそ、何かになるために、俺は家を出たんだ」

「ほほぅ……」

「不良なんかにお節介される筋合いはねえよ」


 それでも不良なんかと一緒にするなと、俺は跳ね除けた。



「俺は家を出て、帝国を出て、そしてビッグな男になるんだよ!!」


「カッカッカッカ、眩しいじゃないか……ま……もうちょい考えるんだな。とりあえず、今は未来のビッグな男に乾杯かな?」


「けっ、バカにしやがって」



 そう言われて、舌打ちしながら俺は、差し出されたグラスに入った水を勢いよく飲……え?


「ご……くっ!?」

「あ……」

『ちょ、童!? な、こ、コラ、貴様は何をしている!』


 しま、つい飲んで……あ、なんか頭に駆け巡って鼻の奥に変な香りが、いや、熱い! なんか、体が熱い! つか、この部屋も暑い?


「っぺ、まっず……なんだこりゃ?」

「あ、ワリ、そういや酒は断ったんだったな……今、水を……」

「くそお、マジィ! のどがァ、くしょう、あ、水だ、これ飲も」

「あっ、待て待て。それ、水じゃない!」


 あ~、水がまずくて、氷がちべたい。暑い。そっか、暑いもんな。服とかじゃまだもん。



「あ、おいおい、一杯で……あ~あ、おいおい服脱ぐなって、あ~」


「……じゅるり……脱いだ服は……私が没しゅ……片付けるわ」


「ん? お前さんは? お姉ちゃん……見たことないな」


「ええ、つい先ほどこの店のウェイトレスになった、シノ……ん、んん……カゲロウよ」


「へぇ、そうなのかい?」


「さて、この服は洗濯でも……くんかくんか……はう~♡」


「お、おい、姉ちゃんどうした? なんかものすごい幸せそうな顔をしているが……」



 ん? な~んか聞いたことあるような女の声が聞こえるけど、だめだ、頭くらくらで喉渇いたから……


『おい、童! 正気に戻れ! その持っているグラスを置いて、飲んだものを吐き出せ! それと、忍の女が潜入しているぞ! おい、童!』


 な? なにい? トレイナが三人に分身してるぞ? すごい、さすが俺の師匠だ、すげえ!

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