第72話 足
まあまあ……かなり……いや、そんなもんじゃねえ。
喧嘩が始まるときになって、やっぱり只者じゃないという雰囲気が漂っている。
三下のレベルと比べる相手じゃない。
まずは、実際に拳で様子見をしながら図ってやる。
「大魔フリッカー!」
鞭のようにスナップを利かせた俺の左。
初見ならまず見極めるのは不可能だ。
「あて、て、いてて……お、ぉお?」
案の定、俺の左が二~三発、ブロの頬を叩いた。
普通に当たった。
「は、え? ちょ、何だ、今のパンチは!?」
「は、速すぎて何発殴ったのか……」
「ブロも避けれてねえ!?」
周囲から湧き上がるどよめき。どうやら、俺の左は連中にとっても予想外ということだろう。
だが、目の前のブロは?
「お~、すげーな」
被弾しているくせに、余裕の表情。
なら、もうちょい当ててやる。
「なんなら、もっとくれてやる! そーーーれええ!」
「おっ!? あて、お、おととと……」
大魔フリッカーの連射。
懐に入らずに、左の距離でブロの顔面を何度も嬲る。
「なっ、ぶ、ブロが!?」
「おい、ブロ! 何やってんだ、本気出してくれ!」
何度も左でブロの顔面を弾いて、拳に感触が伝わって……
「ったく……地味なことしやがって……せいや!」
「ッ!?」
次の瞬間、俺の左足の腿に衝撃が走った。
まるで、鈍器で殴られ稲妻が走ったかのような痛み。
それは、散々殴られまくっていたブロが右足の蹴りが俺の腿を叩いた痛み。
『ぬ……ローキック……』
ろ、ろー、きっく? いや、にしても、何だこの痛みは? 痺れ、ステップが……
「左のパンチで距離を取りながら、右の大砲で相手を狙う……オーソドックスな戦いだが、型にはまりすぎだぜ、お前さん」
「な、に? ……え?」
そのとき、俺の頭上に何かが影を落とした。
「喧嘩は派手にやってこそだろう?」
それは、俺の左腿を蹴ったブロの右足が、そのままその足を大また開きで頭上まで上げていた。
相当な体の柔らかさじゃねーとできねえその体勢は、まるで大口空けた獣の顎。
『ッ、……カカト落としだと!? 下がれ、童!』
「いや、あ、脚が……のおお!」
トレイナが声を上げた瞬間、頭上に上げたブロの足のカカトが俺の脳天目掛けて振り下ろされた。
すぐに後ろに下がろうとしたが、左足に鈍い痛みが走って一瞬反応が遅れ、結果、ブロのカカトが俺の鼻先を掠め……
「にゃろ……ぶぼっ!? お、あ……」
勢いよく俺の鼻から血が噴出した。
「つ……鼻血……こいつ……やりやがっ―――」
鼻血。しかも両方の穴から勢いよく地面にドバドバと垂れ……
『ボケっとするな、童!』
「へっ? っ!?」
俺が鼻血に気を取られて舌打ちした瞬間、トレイナの声。
ハッとして顔を上げた瞬間、目の前にはブロの姿はなく……え? どこに?
『上だ!』
上? 見上げた瞬間、ブロは真上に高くジャンプし、空中で回転しながらその勢いに乗せて……
「喧嘩の最中にボーっとするな!」
「ぐぬっ!」
『ちっ、遅い! その場で尻もちついて転べ、童!』
トレイナのその指示が無ければ、間違いなく俺の脳天か顔面にブロのカカトが振り下ろされていた。
尻もちついて、ブロの蹴りを回避というかやり過ごした俺の頭上では、まるで勢いよく剣が振られたかのような風切り音が聞こえた。
「おぉ……避けた。やるな、お前さん」
「にゃ、ろ、う!」
『……胴回し回転蹴り……この男……』
妙な足技を使いやがって。だが、いつまでも調子に乗らせるか!
左足の痛みはまだ残っているが、こんなもん、アカさんのパンチに比べりゃ屁でもねえ!
「っそが! グシャグシャになれや!」
「カッカ……沸点が低いな……だが、嫌いじゃない」
「大魔オーバーハンド!」
左でチマチマなんてやめた。
右のフルスイングをぶん回して……
「魔極真ローリングソバット!」
「ッ!?」
その瞬間、ブロは片足で飛び、回転させながら俺のオーバーハンドにぶつけるように強烈な蹴りを叩き込んできやがった。
『……飛び後ろ回し蹴り……いや……これは……ソバット?』
右拳が、変な音を立てて……いや、ま、けられねえ!
「うおおおおおおおおお!」
『無駄だ……蹴りは拳の3倍の威力はある……それを破るには……出し惜しみするな! 使え!』
そうだ、負けられるか。
あの、アカさんと正面から殴り合ったんだ。
それなのに、ここでアッサリ翻弄されちまったら、アカさんに申し訳ねえ。
弱い俺を守るために俺の前から居なくなったアカさんのためにも……
「こんな所で負けてられるか!」
「ッ!? あ、この光……この技は……」
「ぶっとべえええええ! ブレイクスルーッ!!」
様子見だけで危うく翻弄されてそのまま押し切られる所だった。
俺の見極めなんかアテにならなかった。
こんな所でイキがってるチンピラだと思いきや、こいつ……ブロは強い。
先日戦った忍者戦士より……ひょっとしたら、帝国の上級戦士より……
そして、まだ力の底が見えねえ。
だからこそ、この選択は間違いじゃねえ。
このままブレイクスルーで押し切る。
この状態なら、多少の足の痺れもかまわねえ!
「大魔グースステップ!」
減速から急加速のステップで相手のタイミングを外して一瞬で懐に飛び込んでからの……
「大魔スマッシュ!」
左のスマッシュ。相手の首から上をふっとばすぐらいの勢いで振り切る。が……
「カッカ……ゾクっとした……すごいな、お前さん」
「ちっ……」
見切られた? 大振りすぎた? 僅かに上体を後ろに逸らして俺の拳を回避したブロ。
俺の拳は代わりにブロが咥えていたタバコを粉々に粉砕していた。
だが、これで終わらせねえ。
「大魔オーバーハンド!」
追撃のフルスイングをもう一度顔面に……
「魔極真ジンガステップ!」
「……はっ?」
と思った瞬間、ブロが腰を落とし、顔面を防御しながら独特な左右に揺れるようなステップで俺のフルスイングを回避した?
いや、違う。
「避けられたんじゃねえ……俺が捉えられなかった?」
『……ジンガ!? こやつ……何故そのステップを? まさか……』
「こいつ、マジで何者だ!? こんな奴が、帝国にも名が知られずに……なんで?」
それは、これまでラダートレーニングで色々なステップを学んできた俺も初めて見るものだった。
思わずハッとしちまい、その隙に、ブロは俺の拳の間合いの外まで出ちまった。
だが、動き事態は速くねえ。少し戸惑っちまったが、俺のスピード、動体視力、周辺視野を意識して惑わされねえようにすれば……
「だがっ、逃がすかア! 大魔コークスクリューブロー!」
一瞬で、ブロの正面に飛び込み、そしてその顔面に今度こそ渾身の右を……
「魔極真キックロスカウンター」
「ッ!?」
その瞬間、俺の真っ直ぐ突き進む拳を交差させるようにブロの足の裏が俺の顔面を……あ、足でクロスカウンターッ!?
いや、これはヤバイ! つか、ダメだ! 急に止まれねえ! 避けられ……
『飛び込め!』
その瞬間、脳裏を駆け巡るトレイナの言葉。
そして、同時に蘇るアカさんとの……ッ!
「つ、お……大魔ヘッドバット!」
「ッ!?」
足と拳が交差して、ブロの蹴りを俺の額で受ける。
そして、同時に何かが砕け、何かが割れ、鈍い音も響いた。
「か、が……ぐっ……」
割れた。頭が。間違いなく血が噴出して……だが、こんなもん……アカさんのパンチに比べりゃ……
「なんってこたーねえ! オラァ!」
耐えきった。飛びそうな意識を無理やり引き戻し、俺は自分を鼓舞するように吼えた。
それが……
「な……なん……」
「なんだよ……この二人……わ、僅か数秒でどんだけ……」
「おれ、息を止めて見て……呼吸も忘れてた……」
「な、なにがおこったのか、ぜ、ぜんぜん分からなかった……」
周囲を置き去りに、俺とブロがぶつかった僅か数秒の出来事だった。
「はあ、はあ……ちっ……にしても、剣や魔法を振るう相手よりやりにくいぜ……」
すぐに追撃に動けそうにねえ。僅かなインターバル。俺はブレイクスルーを無駄にしないよう、一旦解除してブロを睨む。
するとブロは、ちょっと苦笑しながら片足で立ってた。
「……驚いた……今ので……膝がイッちまった……まさか俺のカウンターに、むしろ飛び込むとは……」
どうやら、今のはブロも無傷じゃ済まなかったようだ。笑ってるが、少し汗をかいているのが分かる。
足技を使う奴の膝を痛めさせてやった。
「そっちこそ、妙な技を使いやがって。だいたい、不良だの喧嘩だのと言いながら、足をぶん回しやがって。フツーは拳で殴り合うんじゃねーのかよ?」
自分の息を整えながら、俺は皮肉を言ってやった。
すると、ブロは両肩を竦めながら答えた。
「フツーはな。だがな、お前さんは思わないかい? 俺たちは幼い頃から両の足で立ってこれまでの人生歩んできた。つらいときも、苦しいときも、どん底に落ちたときも、そして地に這い蹲ったときも……この足でいつだって立ち上がって、前へ進んだ」
「……だから?」
「つまり、足こそがテメエをこれまで誰よりも支え、耐え、共に進んできたんだ。それゆえに、人はその足にこそ人生が詰まってんだよ。足を相手にぶつけることは、自分の人生や想いを叩きつけているようだと思わねーかい?」
また、なんともメチャクチャな理論と理屈を捏ねて、それを自信満々に言いやがった。
「ふん……俺は『フツーは』って言っただけで、別に拳で殴り合うのが喧嘩で一番必要とまでは言わねーよ……だから、足とも言わねえ」
「ほう……」
そう、拳でもない。足でもない。
喧嘩で一番必要なもの。
それはもう、とっくに身に染みて習っている。
そうだろ? トレイナ。
『無論だ』
そう、俺が身をもって知った……
「結局……喧嘩で一番必要なのは……ハートだろうが!」
だから、俺もそれを自信を持ってぶちまけた。
「さぁ、続きだ! 恐れず自身を投げ出す俺のハートをぶつけてやらァ!!」
力強く胸を叩いて、両拳を上げて、仕切り直しのファイティングポーズ。
すると……
「ぷっ、くく……カッカ……カッカッカッカ!!」
ブロは、その場で尻から地面に座り込んで、ツボにはまったかのように盛大に笑った。
それは、馬鹿にして笑っているわけではなく……どこか嬉しそうだった……
「こりゃ、一本取られたな。そうだ……俺としたことが、喧嘩の原点がスッカリ抜けていた……いいな、お前さん。サイコーだ」
「ぬっ……」
「鼻血を噴出して、額も割って、真っ赤に染まった顔面で、しかしその変わらねえギラギラした目は……何だか、俺がもうちょい青臭かった頃を思い出させてくれるな」
そして、ブロは笑いながらも、目を細めてどこか昔を懐かしむかのような、そしてどこか温かい眼差しで俺を見てきた。
「ふっ、なんだかスッカリ、そんな気分じゃなくなっちまったな……なァ、お前さん。新たに二つの選択肢があるんだが」
「なに?」
「一応俺もまだまだ喧嘩できるから、このまま続きをとことんやるか……もしくは、お前さんがデイトに取られた金の分……返してやれねーが、取られた分だけ俺が奢ってやる」
「……え、あ? ええ?」
気づけば、場の空気もスッカリと喧嘩をする雰囲気じゃなくなった中で、ブロが俺にそう提案してきた。
その提案には俺だけでなく、ブロの仲間や商人たちも驚いてザワつき出した。
「いや、え……なんで!?」
「クソ生意気で反抗的なガキ……嫌いじゃねーのさ。俺も……俺たちみんなそうだった……だから、なんか懐かしくて気に入っちまった」
そして、ブロは俺に選択肢といいながら、なんか本人は既に戦う気がないとばかりに、立ち上がってケンケンしながら俺に寄ってきて、慣れ慣れしく俺の肩を組んできた。
「ええい、は、離れろよ! つか、だから俺は……」
「なぁ、来いよ。まず、酒でも一杯奢ってやる」
「いや、それはいいから! 俺、まだ酒を飲める年齢じゃねーし!」
「そっか、じゃあ一足早く階段上れるかもしれねーな」
そして、ブロは片足でケンケンしながら俺を引っ張っていく。
突然のことに俺は抵抗しようとするが、何故か振り払うことが出来ず、そのまま連れて行かれてしまった。
それが俺と、この街に燻っていた世界が知らない無名の不良・ブロとの……いや……アニキとの出会いだった。
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