第71話 不良

『ふっ、真贋か……貴様が言うか?』


 俺の言葉にツッコミを入れるトレイナだが、少し機嫌が良さそうだ。


『だが、あまり雑魚を圧倒して調子に乗らんほうがいいぞ? やり過ぎると逆に小物に見えるからな』

「了解」


 こいつらは俺の敵にならねえ。そんな俺にトレイナが掛ける言葉は、油断するなではなく、調子に乗りすぎるな。

 トレイナらしいと思いながら、俺は腰を抜かした野郎三人を見下ろすように軽快にその場で飛び跳ねてステップする。


「で、もういいか?」

「「「ッッ!!??」」」


 俺がそう尋ねると三人の野郎たちは一斉に立ち上がった。


「つっ、油断したぜ……へへ、お前、素人じゃねえな。どっかで何かを習ってたな?」

「だが、寸止めするとは随分と甘ちゃんだぜ」

「ひょっとして、帝都の甘ちゃんか?」


 腰を抜かしたが、戦意は折れていないのか、三人は笑みを浮かべて構えた。


「言っとくが、グレン隊の喧嘩はこんなもんじゃねえ!」

「おうよ、これでグレン隊の力を計ったと思ったら大間違い!」

「俺らに寸止めなんて生意気なシャバ僧には俺らの必殺スペシャルフルコースをご馳走してやるぜ!」


 寸止めはどうやら逆にこいつらに火を点けたのかもしれねーな。

 まぁ、なんだったら殴ってもいいんだけどな。


「何が必殺スペシャルフルコースだよ。最近の年上はどいつもこいつもネーミングセンスがダセエ」

『貴様が言うか?』

「商品もフルコースも、意地でも返品させてもらうぜ! 三人まとめてかかって来いよ!」

『いや、だから調子に乗るなと……まぁ、構わぬが……』

「ただし、そんときゃ今度は本当に殴るけどな」

 

 調子には乗るなと言われても、イラついていたこともあって気分がノッてしまっている。

 俺は三人に向かってまとめてかかって来るようにと更に挑発すると、野郎三人は「ブチッ」と音を立てて声を荒げる。


「テメエ! 俺らを舐めてんじゃねーぞ!」

「おうよ! 俺らはな~、裏世界最強の武道術・『魔極真流』を3日でマスターしたんだよ!」

「俺らにイキったこと、後悔させてやる!」


 そう言って、野郎三人は互いに頷きあって一列に並び、そのまま走って俺に向かってきた。

 黒いコートを纏った野郎三人の突撃は……



「「「見せてやる、グレン隊が誇る黒い特攻三連星による魔極神ジェッt――――」」」


『ん?』



 一瞬だけ、トレイナが何か首を傾げたような気がしたが、俺は構わず……



「大魔ボディブロー!」


「「「へぶ、ぶご、ドムウ!?」」」


「まずそうなフルコースは、受けつけねえな」


 

 先頭の野郎のボディに一発叩き込み、その勢いに巻き込むように後ろの奴等も纏めて殴り飛ばしてやった。


「な、なんだって!?」

「おい、あのガキ、何なんだ!?」

「あいつ、メチャクチャツエーぞ! あの三人が一瞬で!」

「おい、ちょ、誰か『ブロ総長』を呼んで来いよ!」


 流石に今度は倒れてすぐに立ち上がれず這い蹲る野郎三人の姿に、周りの商人たちも驚愕の声を上げる。

 そして、気づいたらあの女が居なくなってる……


「くそ……いらんことしてる間に逃げられたか……どうすっかな……」

『…………』

「ん? トレイナ、どうした? んな、神妙な顔をして」

『いや……ちょっとな……』


 そのとき、傍らのトレイナが何か気になったのか、倒れた野郎三人をジッと見ている。

 何か気になることでも……


「ガハッ、て、テメエ……や、やりやがったな……」


 と、そのとき、野郎たちが体を起した。と言っても、今度は簡単に立ち上がれなさそうだが。


「だが……な、俺らを倒したぐらいで調子に乗るなよな? 俺たちには、ツエー味方が居るんだからな……」

「おい、なんか物語に出てきそうな情けない捨て台詞に聞こえるぜ?」

「な、ん、だとオ!?」


 とはいえ、これ以上の面倒ごとを起すのはそれこそメンドクサイ。

 まずは逃げた女を……それとも5万を諦めて、残り3万でどうにかする方法でも考えるか……

 

「テメエ、後悔すんなよな! お前はこの帝国で最も敵に回しちゃならねえ男を敵に回したんだぞ!」

「あ~はいはい……じゃあ、怖いから俺はもう行くぜ」


 いつまでもチンピラに付き合ってられるか。

 まずは簡単な日用品と食料……そして、やっぱ金だ。金だよな。

 

「って、おい! ほんと、行くなって! もうすぐ、ここに俺らの総長、ブロが来るからよ! ブロがくりゃ、オメーみたいなガキ……」


 最初はこの街でお宝を安く購入して売るとか考えてたけど、そもそも簡単に宝が紛れ込んでいるように見えねえ。

 そういや、さっきトレイナが俺に「何か商売」的なことを言ってたが、俺に何の商売が……


「だ、おい! だから、無視すんなって! 戻って来い! くそー、誰か早くブロを呼んでくれ! ブロー! ブロー! ブロー!」


 って、さっきからいい加減に……


「ったく……聞こえてるってーの。街中で人の名前を連呼すんじゃねえよ、ハズイだろーよ」


 と、その時だった。


「どむうっ!?」

「……へっ?」


 あまりにも五月蝿いから一喝しようとした瞬間、颯爽と現れた一人の男が、バケット頭を軽く拳骨した。



「で……お前さんら……俺の地元で何をしている?」



 だが、その男が現れた瞬間、バケット頭も商人たちも、まるで「英雄」が現れたかのように目を輝かせて笑顔を浮かべた。


「ぶ、ブロッ!?」

「よー、お前さん、騒ぎすぎだ」

「ブロ、聞いてくれ! 言いにくいんだが……俺ら負けちまって」

「んなもん見なくても分かる。ま~、お前さんらが負けてもな~んにも驚かねーが」

「んな、ひ、ひでえ!?」

「カッカッカ」


 ど派手な刺繍や文様が施された白のロングコートに白ズボン。

 頭には白色の大きな帽子を耳まで隠れるほど深く被り、口元には火の点いたタバコを咥えている。


「だが、ま~、気にすんな。敗北は別に恥じゃねえ」

「ブロッ……」

「だ・が、その後に俺の名を呼んだことは気に入らねーがな」


 スラッとした長身で細身に見える……が……分かる。


「……へぇ」

『……む……ぬ? こやつ……』


 細身に見えるが、服の上からでも分かる。かなり……やるな……まあまあ。



「つかな、お前さんらも喧嘩に負けて人に頼るぐらいなら最初からすんなよな? テメエで喧嘩してその結果、身を滅ぼすことになってもいいやつだけ喧嘩しろ。んな根性もねーから、『魔極真流』を3日で逃げ出すんだよ」


「ブロ~……そ、それはそうだけどよぉ……だが、あのガキは俺らの街のルールを破って暴力に出ようとした! ルールを破る奴を黙ってられるか! 常識だろうが!」


「んなもん、お前さんらがオッサン等と勝手に決めたもんだろー。いつそんなもんが帝国議会で承認されて法律になった? 街の外から来た奴に関係ねーだろうが」


「うぐっ、そ、それは……」


「そんな自分勝手なルールを作って、それを押し通すために喧嘩して、結果返り討ちにあったときになって都合よく人に頼ったり常識を口にしたりするのは、ちょいとムシがよ過ぎるんじゃねーのか?」



 年齢はかなり若そうだ。普通に10代なんじゃ……にしても……鋭い眼光しているが、ガラの悪い荒れた奴らの頭にしちゃ、随分と落ち着いた物腰だな。

 何というか……貫禄? なんか、うまく説明できない何かが全身から溢れている気がする。


「覚えておけ。『不良』が世間の常識を持ち出しちまったら、何もかも終わりなんだよ」

「う、うう……」


 そして、なんか軽い説教みたいなものまでしてる。

 なんか、チンピラたちの頭にしちゃ、ちょっと予想外だな。

 そして……


「で、お前さんがイザコザに巻き込まれたり、起したりした奴かい? 若いな……ガキか?」

「ん? お、おお……変な女に5万の二束三文の壷を……」

「か~、あ~……デイトか……カッカ……あいつも仕方ねーやつだな……そりゃ、不運だったな」


 俺に振り向いた男。落ち着いた口調で話しかけたかと思えば、苦笑しながら頭を抱えたりと、よく喋るやつだ。


「でだ、そんな不運だったお前さんには、二つの選択肢がある」

「あ?」


 だが、そんな様子を見せながらも男は……


「土下座してワビを入れるか、俺のタイマンを受けるかの二つだ」

「……へ? はっ? えええ?」


 変わらぬ口調のままで俺に予想外の提案をしてきやがった。



「は、じょ、冗談じゃねえ! つか、何で俺がワビを入れるんだよ! そもそもあんたは関係ねーだろ!」


「いや~、まあ、そーなんだけど、ほら、お前さん、こんな馬鹿で他力本願とはいえ俺の仲間をやったじゃないの。そのケジメはやっぱつけとかんとな」


「自分で仲間に「人に頼るな」とか言っておきながら、実際はやるんかい! どういう理屈だ! メチャクチャだぞ!」


「当たり前だ。お前さんは俺が話の分かるまともな奴に見えるのかい?」



 一瞬でも、少しは話の分かる奴かもしれねーと思ったのに、まさかの選択肢に俺は思わず声を荒げた。

 だが、男はまるで一切悪びれることなく、まっすぐな目で俺に言う。


「世間の常識や当たり前のことをできない、クズでゴミのどーしようもねえ開き直った連中。それが俺たち、『不良』っていう種族なんでな」


 メチャクチャな理屈。それは自覚してるけど、「だからどうした?」と開き直ったように笑う男は、自分の種族を「不良」と名乗った。


「な、なんつー迷惑な……」

「カッカッカ。まっ、そうやって不良たちの身勝手な世界と時代は続いてきた。それゆえに、マフィアよりもタチが悪い」


 そして、自分のことをクズと認めながら、それをどこか誇らしげに笑っている。

 何だか、今まで出会ったことの無いタイプだな、こいつ。


「けっ、だが俺はワビを入れる気はねーぞ?」

「なら、仲間がやられたケジメは、俺が体を張って取らにゃならねーってことだな」


 その瞬間、笑いながらもどこか表情を引き締めて……空気が……変わった?


「……こいつ……」


 何だろう。不思議な感じがする。

 姫やリヴァルのように研ぎ澄まされた空気じゃない。

 キレたアカさんみたいに圧倒的な押しつぶすような空気でもない。


「この街に何をしに来たか知らねえが……地元で跳ね回る奴は、ガキだろうと盛大にもてなすのが……」

「へっ……この街のルールってか?」

「いいや、俺の流儀だ」


 静かなのに、どこか包み込むような、その包み込んだ空気が少しずつ俺の中で熱くなっていくような……なんだ? 

 強さがよく分からねぇ。


『見極められぬなら……踏み出して確かめてみるしかなかろう』

「ッ!?」


 そのとき、黙っていたトレイナが俺の耳元で呟いた。


『確かに……戦士や軍人……魔導士やハンター、殺し屋やマフィアとは、また違う存在だ……まぁ、ただの頭のおかしな開き直ったバカとも言えるが……こやつはこやつなりの信念に基づいて生きている……そのように感じる』


 トレイナもどこかこの男……ブロという人物を計りかねている様子だ。

 珍しいことだ。

 だが、なんか言われた言葉に納得もした。



「じゃあ、体を張って俺の頭を地面に擦りつけさせてみろよ!」


「ほう。かっこいいじゃないの、お前さん。ギラギラしてる。ガキだが……男じゃねーか」



 だから、俺もトレイナの言うとおり、飛び込んでみることにした。

 軽くステップ踏みながら、大魔フリッカーの構え。


「ははは、馬鹿かあのガキ! ブロとやろうってのか!?」

「ブロはな~、『魔極真流』の道場を卒業してんだぞ!」


 そんな俺の様子に俺にやられた野郎たちや商人たちからは呆れた声が上がる。

 つか、何だよ、その何とか道場は?

 

『……トレイナ……聞いたことある?』

『ないな。まるで……だが……少々気になりはするが……』


 案の定、トレイナすら知らないってことは相当認知度の低い道場か?

 とはいえ、未知である以上は警戒しないとならねえ。

 すると、俺が気を引き締めて腰を少し落としたとき、ブロは少し恥ずかしそうに頭を掻きながら……


「だ~、もうやめろ、お前さんらは。ハズい。つか、一般の奴らはほとんど知らねーって。それに、喧嘩に男がこれまで歩んだ道も努力も関係なけりゃ、口で語るもんでもねえ。ぶつかって語り合って、ツエーもんが勝つのが、唯一無二のルールだっての」


 そんな、どこか爽やかに、しかしまるで自分が負けるわけねーって自信を漲らせるブロに……


「お前さんも、そう思わねーかい?」

「同感!」


 俺は向かっていった。

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