第三章

第64話 幕間(父)

――こんな苦しい思いをするぐらいなら……勇者の子供なんかに生まれたくなかったよ……『父さん』……


 実の息子をあそこまで追い詰めて、あんなことを言わせちまった最低の親でも、それでも追いかける。

 本当だ。嘘じゃない。お前のことは世界で誰よりも愛して―――


――ごめん……ちゃんとした理想の勇者の息子になれなくて


 ……世界一愛しているなんて、俺に言う資格なんてあるのか?

 俺は今日まであいつの何を見てきたんだ?

 なぜ、あいつが『大魔螺旋』を使えたのかも分かってない。

 そういえば、先生があいつは授業中に『六道眼』のことまで口にしたって聞いてたのに、俺はそのことをあいつに問うのを忘れちまってた。

 どうしてこんなことに……


「ヒイロ様。ご子息が掘られた地中の穴ですが、やはり途中から道が塞がれており、そこからどこかへ枝分かれしたかどうかも分かりません……」

「ああ。だが、あいつの魔力量からそう遠くには行ってないはず。なら、どこの穴から抜けたかよりは、地上へ出てどこへ向かうかだ」


 あいつの魔力量は健康診断の数値を聞いたことがある。正確な数値は忘れたが、フーや姫より少なかった。

 なら、それほど遠くには行ってないはず……ということで、いいんだろうか?

 そもそも、あいつがリヴァル以上の力を持っているなんて、ひどい話だが全く予想してなかった。

 大魔螺旋だけじゃねえ。

 あの、身のこなし、拳の力や、足捌き、どれをとっても目を見張るものだった。

 あいつが魔法剣ではなく、あんな戦い方をするようになってたことすら知らなかった俺の予想なんて……


「俺もほんとに情けねえ……魔力量から遠くには行ってない? 息子があんなに強かったことも知らなかったくせに……」


 リヴァルを翻弄していた拳や足の動き。あれは、今にして思えば何も小細工なんて無かった。

 綺麗なフォーム、研ぎ澄まされた動き、どれをとっても……


「何が、戦士の使う技じゃねえだ……大魔螺旋に至るまで振るっていた力はどれも……努力をして身につけた力じゃねーか……」


 俺は何故、もっと冷静に見てやれなかった?

 そうすれば、もっとちゃんと話し合えたはずだ。


「ヒイロ様……帝都周辺には大小含めて多くの街や村がありますが……その全てを我々だけでカバーするのは……」


 今、俺が独断で帝都から飛び出して、アース追跡にあたって、急だったこともあったが数名の戦士が無償で協力してくれることになった。

 だが、それでもこの人数で手分けして探すのは不可能。


「一応、帝都の連絡班から周辺の街や村、更には国境警備には至急連絡を入れるとのことになっておりますが……」

「ああ。だが、アースは着の身着のままで出てった……金もあんまり持ってないだろうし……ひょっとしたら野宿でもしてるかもしれねえ。腹を空かせてるかもしれねえ」


 とにかく、俺は俺でアースの向かう場所を考えねーと。


「地図を見せてくれ」

「あ、はい……」


 家出したアースがどこへ向かうか。帝国領土内の地図を広げてみる。

 金もあんまり持ってないアースがどこへ向かうか?



「この『ムカツタ大森林』と『ココニール・マウンテン』にもし向かわれていたら少々捜索が困難ですね。広いですし……一応、山を越えた麓に街がありますが……」


「そういえば、この時期はこの場所で戦碁の催しなどがあって、ジャポーネの連中など出入りが多く、賑わっているという話ですが……そう、ホンイーボですね」



 まず、一番目に付く山岳や大森林が広がる地域だ。だが、それは無いだろうと俺は感じた。


「あいつは俺と違って賢い奴だ。遭難したらそれこそ命の危険すらあるってのに、こんな所に向かうとは思えねえ。それに、あいつはサバイバル経験もねーはずだ。そんな危険を冒してまでこの方角や、ホンイーボへ行くとも思えねえ。あいつ、戦碁は弱かったし、そこまで行きたい場所でもないだろうしな」


 そうだ。だから考えろ。俺の息子のことを。

 あいつなら、こういう状況で次にどこへ行く?


「なぁ……このホンイーボと真逆に位置する……イナーイ都市……ここは確か今の時期……」

「あっ……確か、腕自慢たちが集った格闘大会があったような……そこそこ賞金も出る大会でしたね」

「それだ! あいつは、きっとここに向かってるはずだ! 森や山を抜けてまでホンイーボに向かう理由なんてねーし、ここだ! 俺はここに向かうぞ!」


 きっと、アースはここに向かっているはずだ。

 そう思った瞬間、俺は一秒でも早くと、駆け出していた。


「ヒイロ様、お待ちを!」

「あ~、もう。とりあえず、連絡班に報告だ。ヒイロ様のご子息は、イナーイ都市に向かっている可能性ありと」


 アース。見つけて、捕まえて、俺はあいつに何て言葉をかけてやれる?

 どうしようもねえ親父であることを、俺はどれだけ謝ればいいんだろうか?

 ちゃんとした親になれねえ俺が、あいつに何て言ってやれる?

 いや、それでも俺は行かなくちゃ―――


「ヒイロ様! ちょ、……魔水晶で通信です! 軍総司令からです!」

「ッ、な……こんなときに……減俸でもどうなってもいいから、後にしろって―――」

「緊急でお話があるとのことです!」

「きん……きゅう?」


 クソ、急いでいるときに! 



『ヒイロ! お前は……勝手な行動をしおって……』


「……なんすか!? 今、急いでんすけど!?」


『おい、ヒイロ。周りに人目があるときにはちゃんと弁えろ……と言いたいが……まぁ、いい。それは後だ。悪い話と、もっと悪い話がある』



 総司令自ら連絡するってことは、よほどの緊急?

 しかも両方悪い話だと?



『まず、悪い話だが……姫様やリヴァルたちが書置きだけ残して帝都を出たようだ』


「……は?」


『目的はどう考えてもお前の息子の捜索だろう』


「いや、ちょ、え? 今、帝都は厳重警戒態勢で封鎖中じゃ……」



 なんてこった。いや、フィアンセイちゃん……つか、姫様……行動早すぎだろうが。

 それだけアースのことを想ってくれてんのは嬉しいが、もっと立場的なのを……なんて、俺が言う資格もねーが。



『姫様、リヴァル、フー……他にも『笛吹き一族』の娘の姿もないようだ。そやつの能力で警備を潜り抜けたのだろう』


「笛吹き……パイパ家か……あ~、あの子か……」


『流石に姫様に戦士の護衛も無く出歩かせるわけにはいかない。そこで、姫様の追跡と保護をマアムに頼んだ。精神的にそれどころではないと思ったが、あいつ自ら強く志願してくれてな』


「……え? マアムが?」


『ああ。正直奴には他に抱えている仕事が山ほどあったが、緊急事態なので、こっちを優先してもらった。サポートとして、お前の家のメイドも一緒だ』


「サディスまで!?」


『一応情報共有と思ってな。正直、お前も仕事が山ほどあるが……今は、息子を優先させてやる。だから、お前の方ももし姫様を見つけたら至急保護してくれ』



 マアムが? サディスも?

 家で待っててくれって言ったのに……アースじゃなく、姫様の捜索に自分から買って出た?

 どういうことだ? 

 だが、これでマアムは山ほどあった仕事を放り投げて、帝都の外に出れる。

 ん? ん? まさか……マアムと姫様は……


『で、次はもっと悪い話だ』

「あ、う、うす」


 マアムたちの「企み」を俺が疑い出したとき、ここからが本題だと総司令の口調が重くなった。



『御前試合の件……魔族側もチェックしていたようだ。まぁ、我々も催しということもあり、無理に規制しなかったこともあるんだが……早速、魔界側から、あの『ライファント総統』から問い合わせがあった』


「ライから?」


『お前の息子が使った技……大魔螺旋だけでなく、その直前に使っていた魔力のコントロール技術……あれは、『ブレイクスルー』と呼ばれる技だそうで、大魔王トレイナが開発した技だそうだ』


「ッ!!??」


『勇者ヒイロの息子があの技を使うのはどういうことかと、聞かれている』



 なんてこった。大魔螺旋だけじゃなく、あの緑色に発光した魔力の力も、トレイナが開発したもの?


「そうか……似ているとは思ったけど、トレイナは赤い光だったから……でも、やっぱり同じ技だったのか……」


 やはり偶然じゃねえ。

 アースは、トレイナに関連した力を身に付けている。だが、どうやってだ?

 いや、誰かがアースに教えたのか?

 しかし、それなら誰が?



「俺も戦ったことはあっても……技名までは知らなかったが……そのブレイクスルーを使えるやつって、どれぐらい居るんすか?」


『魔族でもあまり詳しく分からぬ技術だそうだ。大魔王独自の技術だったようで、誰か伝承されたわけでもないとのことだ』


「そうすか……」


『ただ……ライファント曰く、もし仮にあの技術を使えるものが居たとしたら……唯一可能性があるとすれば……』



 そのとき、総司令のトーンが更に低くなった。

 嫌な予感がする。

 そして、総司令の口から出された名は……



『この十数年行方不明になっている、『旧・六覇大魔将』の一人にして、大魔王の信奉者……『暗黒戦乙女・ヤミディレ』だけだそうだ』


「……か~……あ~……あ~……よりにもよって……」


『ああ、そうだ。あの六覇最強の『白き鬼皇・ハクキ』と並ぶ、魔王軍残党の最大危険人物の一人だ』



 急に頭が痛くなってきた。


「まさか……奴が、アースと接触してたなんてことは……そんなことあるはずが……」

『しかし、ライファントはそれを疑っている。ただし、そんなことをヤミディレがする理由も無ければ、意味も無い……とはいえ、どうしても気になるとのことだ』


 ヤミディレ。かつて、魔王軍の大将軍の一人にして、人類の強大な敵でもあった。

 大魔王に対する忠誠を超え、もはや崇拝していた奴だ。

 だからこそ、大魔王の戦死後の和平協定にも反対し、姿を消した。

 ずっと行方不明だったあいつが……まさか……?



『とにかく、事はお前の家族問題だけで済まなくなりつつある。肝に銘じておけ、ヒイロ』


「……承知しました」


『元・六覇の獣王ライファントが総統となって今は魔界をコントロールできているが、他の生き残りの六覇が野心を持って動き出せば、ライファントといえども抑えきるのが難しくなるだろう』



 そう、問題は俺たち家族だけの話にならないかもしれない。

 何かが始まろうとしている予感が拭えない。


 アース、お前に一体何があったんだ?


 でも、たとえ何があろうとも、必ずお前に追いついてみせる。


 そしてそのときは、どんなことでもいい。話してくれ。


 もう一度、俺にお前の親になるチャンスをくれ。

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