第65話 幕間(メイド)

――そ、その大会で俺が優勝したら……オッパイ触らせてくれ!


 あのときは、まさかこのようなことになるとは想像もしていませんでした。

 

――分かりました。いいでしょう。坊ちゃまが優勝できましたら、そのときは! 私のオッパイを一日好きにしていいこととしましょう!


 大会に臨むにあたって坊ちゃまからのお願い。

 私は、それで坊ちゃまがやる気を出されるならと、年上のお姉さんとして、ちょっとエッチなご褒美を余裕の笑みを浮かべて了承しました。

 でも、部屋に戻った私は……


――ふぉおおおおお、こ、これは、やばたんです! 私は何という了承を!? お、おっぱいを坊ちゃまに……こ、これは旦那さまや奥様に烈火のごとく叱られるのでは!?


 ベッドにダイブして足をバタバタさせながら枕に顔を埋めて悶えたものです。


――し、しかし、まさか坊ちゃまがこんな要求を……も、もし万が一そうなったら……私は理性を保つことが果たして……どうしましょう! なんか、私が逆に押し倒してしまってその先にいってしまう恐れが……いえいえ、坊ちゃまのそういう教育はせめてアカデミーを卒業してから……なのに、私は……


 了承してしまったことに慌てる私。

 しかし、悶え続けているところで、ふと窓の外、庭で頑張っている坊ちゃまが目に入りました。


――うおおお、ケンパ! ケンパ! ケンケンパ!


 ハシゴを使って変わった鍛錬をしている坊ちゃま。

 一見遊んでいるように見えましたが、汗の量やその表情から真剣さが伝わってきます。

 恐らくは、これまでと何かを変えようと、坊ちゃまが必死になって殻を破ろうとしているのが分かりました。

 それを見て、悶えていた私はだんだんと落ち着きを取り戻し……


――はぁ……えっちくて新しいブラでも買っておきましょう……


 そんな、人には言えないことがあったものでした。

 だから、当時は想像もつきませんでした。



――やめて! おとーさんが! おかーさんが! 大魔王に、おじさんが、おばさんが、おじーちゃんが、おばーちゃんが、みんなが! 大魔王に殺されるッ!!



 今でも耐えられない。

 私があんなことを坊ちゃまに言ってしまった。


 私が坊ちゃまの努力を全て台無しにしたのです。

 

 御前試合に向け、坊ちゃまが色々と工夫して訓練をし続けて向かえた晴れの舞台。

 私の一言が全てを台無しにしてしまったのです。

 いや、台無しどころではありません。

 奪ってしまったのです。

 坊ちゃまの今日までの日々や居場所を全て。

 

 どうして、坊ちゃまがあの技を使ったのかは分かりません。

 しかし、私があんな風に取り乱さなければ……そう思えば思うほど、自分が許せません。


 私の人生の恩人であるヒイロ様とマアム様。その二人の宝でもあり、私の命よりも大切な坊ちゃまが……命より? 軽い。なんて私は軽すぎる。

 自分の命より坊ちゃまの方が大事だと、どの口がそんなことを言えるのでしょうか。

 坊ちゃまへの想いよりも自分のトラウマで我を忘れてしまうなど、この身を切り刻みたくなるほどの罪。


 本当は、今すぐ打ち首にでもして欲しい。


 しかし、それはまだ。


 たとえ、坊ちゃまが望まれなくても、坊ちゃまともう一度会うまでは……



「旅の準備も旅行以外では久しぶりですね……」



 私のすべきことをするために。

 巨大なリュックにあらゆるものを詰め込みます。衣服、日用品、調理器具、食料、医療用具セット、そして武器。

 いつも整理整頓がクセになっている私の部屋も、今は色んなものが散乱している状態ですが、片付けている暇などありません。

 すぐにでも坊ちゃまを追いかけるためにも、部屋はこのままにしていきます。


「……あ……」


 必要なものをリュックに詰め込んでいる途中で、私は戸棚に保管していた箱が目に入りました。

 それは、私の宝箱。

 しかし、今はその宝箱を見るだけで切なくなります。


「サディス! 準備できた?」

「あ……」

「ちょっと何を……ん? それは……」


 そのとき、簡単な準備だけを済ませた奥様が部屋に来られ、そして私の手元を見て首を傾げられました。

 奥様にも内緒にしていた私の宝物。

 私は切ない気持ちになりながら、その宝箱の蓋を開けました。

 そこには、多くの小物や玩具の指輪やアクセサリーなどがを保管しているのです。



「これ……坊ちゃまが私の誕生日やアカデミーの入学祝いなどでプレゼントしてくださったものです……」


「そう……」



 今よりもずっと小さい頃から、少し恥ずかしそうにしながら私にプレゼントを渡してくださった坊ちゃま。

 その度に、私は坊ちゃまを力強く抱きしめてキスしてしまいそうになる衝動を必死に抑えていました。


「あいつは、あんたのこと……大好きだったもんね……」


 坊ちゃまが私を想ってくださる。歪んだ私はその想いにいつも蕩けてしまいそうになっていました。


「なのに、私もヒイロもその気持ちすら軽んじて、あいつと姫様が結ばれたらなんて……ひどい話よね……」


 ええ。私もそうでした。

 別にメイドとして坊ちゃまの傍に居られるのなら、私はそれでもいいと思っていました。

 むしろ、坊ちゃまと姫様が結ばれることで、多くの人が満足すると。

 だから、私は思春期に入っても坊ちゃまに応えるどころか、思わせぶりな態度で振り回しているだけでした。



「ねえ、サディス……恩とか周りがどうとかは別にして……実際のところ、もし、アースがあんたにってなったら……あんたはどうしてた?」


「攫っていたかもしれません」


「あっ……そ、そう」


「もう、その資格は私にはありませんが」


 

 私がそう答えると、奥様も複雑な笑みを浮かべながら頭を抑えられました。


「……ほんと……何やってんのよ、私は……何も見てなかった……自分の子供のことを何も……何一つ……」


 自惚れではなく、坊ちゃまの初恋は私だったはず。

 そんな坊ちゃまが「そういう年齢」になっても私を想ってくださるのであれば、私はこれまで押さえ込んでいた理性全てを捨てていたかもしれません。

 本棚にある背表紙を加工して置いている本。『年下男子をリードする100の方法』、『処女でも迷惑かけない初体験の準備』、もう、それらも今の私には……それに……その下の棚には……坊ちゃまのコレクション……



――坊ちゃま……ベッドの下。机の引き出しの二重底、天井裏、そして意表を突いて最近家に帰って来られない旦那様の書斎……うふふふ、隠しきれると思いましたか? 坊ちゃま。甘々ですね~


――ぐっ……なんでバレて……


――坊ちゃま。私は常日頃、強盗対策も含めて部屋に誰か侵入した痕跡や、部屋の物が前日と比べて僅かでも移動していたら瞬時に分かるように仕掛けをしているのです……にしても、埋蔵金の山ですねぇこれは。お小遣いを何に使っているのですかねぇ? っていうか、坊ちゃまの年齢では法律違反ですよ~?


――ちが、いや、これは……その……


――こういう本に出てくる年上巨乳メイドとのイチャイチャ……嗜虐的な女を雌豚にする……坊ちゃまもこういうことがしたいのですかね~? 将来が心配です、ヨヨヨ


――そ、それは、べ、別に、本の中だけの幻想として……


――あら、そうですか? それは残念です。私もだんだんとこういうのに興味が出て、もし坊ちゃまが望まれるなら……


――え!? ほんと!? え、ま、マジで?


――ウ・ソ♪


――え……うぇぇ?


――はぁ~……やはり、坊ちゃまには少々お説教が必要ですねぇ~



 思春期に入った坊ちゃまがことあるごとに諦めずに所持しようとする艶本の数々。

 年上モノだったり、メイドモノだったり、嗜虐的な女たちに関連した、えっちいものです。

 ネチネチ私は坊ちゃまにお説教をし、真っ赤になった坊ちゃまは正座をし、そして私はその本を全て燃やし……たフリをして、坊ちゃまが「年齢」をクリアすればお返しできるように保管。

 そして、当たり障りのないタイトルのものは、姫様に……


「私も……坊ちゃまに嫌われるようなことしかしていないのですがね……」

「そう?」


 そう、昔からそうでした。

 私は坊ちゃまを振り回し、からかい、惑わし、そして今日……あんなことを……


「ほんとダメね……私は……」

「ええ、私たちは……」


 互いに切ない笑みを浮かべながら、私はその想いのままリュックを背負います。


「でも……あの日常が私の幸せでもありました……坊ちゃまをからかって……それが可愛くて……でも、坊ちゃまにとってはウザったいだけだったかもしれませんし……もう、坊ちゃまが望んでいなかったとしても……せめて……もう一度、会って話だけでも……こんな形でお別れは……それだけは!」


 そう、今は落ち込むよりも行動です。


「行きましょう、奥様」

「そうね。姫様も待ってるだろうし……にしても……姫様がこんな大胆な作戦を思いつくとはね……」


 そう、全ては姫様の計画。

 居なくなった坊ちゃまを求めてこの屋敷に飛び込んできた姫様の案。

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