第63話 何か
いくら探してもアカさんは見つからなかった。
残された手紙には、アカさんの気持ちや過去のことが書かれていた。
魔界でダークエルフの里に住んでいたこと。戦争で魔王軍に入り、歴史に名を残している大将軍の率いる部隊に居たこと。
戦争の悲惨さや変わってしまった人たちの姿を見ていられなくなって逃げ出したこと。
そして、俺と一緒に旅をできないということ。
その手紙を握り締めながら、俺はどうしても八つ当たりせずにはいられなかった。
「どうして起してくれなかったんだよ……」
アカさんが最後に残した鍋と朝食用のスープを前にしながら、俺は目の前に座るトレイナに愚痴を言った。
『奴の覚悟を尊重したまでだ。仮にも余が率いた戦争で人生を狂わせた者でもあるしな』
「だから、何でだよ! 別に俺は、アカさんを迷惑だなんて思わねーよ! 一緒に、こ、れから……色んなことって……いっ、しょにって……っぐ……」
同時に俺の瞳に何かがこみ上げてきた。
それでも構わず、俺は言い続けた。
しかし、そんな俺にトレイナは言う。
『今はな。しかし、これから先はどうなるか分からん。この地上世界を渡るのに、オーガと人間の旅はあまりにも目立ち、そして視線がきつかろう』
「周りの目なんて関係ねーよ!」
アカさんが居なくなるとき、トレイナは分かっていたはずだ。
もし、そのとき俺を起してくれていれば、アカさんを止められたかもしれない。
『世間の目を誰よりも気にした貴様が、それを言うか?』
「ッ……それは……」
そして、また突き刺さるブーメラン。
『確かにあやつと二人で旅し、面倒なことになっても貴様はそれを迷惑に思わないかもしれない。貴様は、情に脆い……』
「だ、だったら!」
『しかし、それがあやつには、つらいのだろう。きついことを言うかもしれないが、貴様が考えているほど、異形に対する世間の目は甘くない。それを誰よりも理解しているからこそ、あやつは貴様の元を去ったのだ』
俺は何も言い返せなかった。
俺がただ「アカさんと一緒に旅したら面白そう」としか考えてなかったことに対して、アカさんもトレイナも俺なんかよりずっと考えていた。
『周りの目など関係ないだと? 笑わせるな。世界や人や魔族のことを欠片も知らぬ貴様がどれだけ強気な発言をしたところで、何の根拠にもならん。信頼もできぬ』
所詮、俺は口だけ。
そう言っているようだった。
そして、きっと俺はその通りなんだろう。
何も知らなくて、力も弱い俺が何を言っても信頼できるものじゃない。
そういうことなんだ。
「でも……それだったら……何のために……このままじゃ、アカさんは……あんまりにもつらいじゃねーかよ……」
トレイナの言ってることは分かったけど、それではあまりにもアカさんが救われなさ過ぎる。
何も悪いことしてないのに、元々住んでいたところから追い出されただけじゃねーか。
『……いや……そんなことはない』
「えっ?」
俺は結局何も出来なかった。そう思った俺の心を読み取ったトレイナが、強く否定した。
『童、これは慰めではない。あのオーガは貴様と出会って本当に救われたはずだ。貴様は間違いなく、あやつの友になることが出来た。だからこそ、奴は貴様の前から姿を消したのだ』
「……でも……」
『貴様は世界を知らん。人と魔族の底を知らん。力も弱い。だがな……それでも、貴様は人間でありながらオーガと友情を結んだ。余は、そんな者たちを初めて見た。本当に、貴様はよくやった』
トレイナの言葉が身に染みて、だからこそ余計に悔しかった。
俺がもっと強ければ。
世界が俺とアカさんが堂々と歩いていても文句を言われない……そんな世界であれば……
『思えば……貴様の父たちも似たような夢を語った』
「え?」
『単純に憎しみで魔族と戦争をし合うのではなく、魔族と種族の壁を超えて争いの無い世界をウンタラカンタラ……とな』
それは、初めて聞いたことだった。
親父がそんなことを?
『まぁ、ヒイロがどうしてそういう考えに至ったかは別にして……余が死んで十数年……これが現状だ……』
「ッ、じゃ……じゃあ!」
そのとき、単純な俺があることを思いつくも――――
『そもそも、うまくいっていないことは分かっていた。むしろ、不可能だからだ。絶対にな』
「ッ……あ、お……え?」
『貴様とアカのように、個人間での友情はまだしも、それが種族単位や世界規模で実現させるのは、不可能だ』
俺がそのとき、「親父がそれをできないなら俺がやったら……」的なことを言う前に、トレイナは否定した。
『そもそも貴様ら人間同士とて、国や民族や文化、更には歴史認識の違いなどで争う。それを姿形の違う種族と? 住んでいる世界も違うのにどうやって? それができぬから、戦争は起こった』
「それは……」
『そして、何より難しいのは……友好を結ぶための種族の線引きができぬことだ』
線引き。そう言ってトレイナはどこか複雑そうな表情を浮かべて、俺に告げる。
『たとえば、貴様は肉を食うだろう? 別に食わなくても人は死なぬ。だが、それでも食うだろう? では、動物は友好の対象外か?』
「……そんなこと……」
『先日貴様が食ったウサ…………動物の肉も……。どこから食用だ? 動物は? 魔獣は? では、どこから魔族だ?』
どこから線引きするか……あんまり考えたことなかった。
ただ、大雑把になら……
「人間と……会話ができるとか……」
『しかし、余も含めて、獣人などは動物や魔獣と会話ができるぞ? 中には相棒、親友、家族のような絆で結ばれている奴らも居る。そんな奴らに言うか? 人間は動物や魔獣と会話できないから、それを食ったり狩るのは許してくれと』
「そ、そんなこと言われても……俺は……」
『そうだ。分かるはずがない。人は住む環境によって常識や文化や考え方が違う。それを魔族と人間ですり合わせようなどというのは無理だ。仮に無理やりすり合わせようとも、必ずどこかで綻びが生まれる。そういうものだ』
俺の言葉や考えに対して全てを論破する材料も知識もあり、そして俺の浅く甘ったれた考えをダメ出しするように、トレイナは言う。
『だから、童よ。安易に、「魔族と人間が仲良くできる世界を目指す」など薄ら寒いことは言ってくれるなよな?』
難しいとか、そういう話じゃない。
不可能だ。
それがトレイナの結論であり、それを覆すことなんて今の俺にはできなかった。
「俺は……弱くて小さくて無知なガキだから……だから世界も変えられないって言いたいのかよ……」
情けなくなって俺はそのままゴロンと仰向けになった。
だが、そんな俺にトレイナは言う。
『そうだ。だからこそ、貴様が何を為すにしても……強く、大きく、そして多くのことを知って大人にならねばならぬ。アカとのことを決して無駄にしないためにもな』
だからこそ、俺にもっと成長しろと……
『童。もっと強くなれ。そして奴のことを考えながら、世界を渡れ。ただのらりくらりと世界を旅するだけでなく、そこで貴様が何を感じ、どうしたいと思うのかを意識しろ。ひょっとしたらそこに……何かヒントがあるのかもしれない』
「ヒント?」
『今の貴様が言っても薄ら寒いことも……強く、大きく、そして多くのことを知って大人になった貴様が、それでもなお同じことを言うのであれば……その言葉は熱を帯びて、きっと『何か』に繋がるはずだ』
「何かって……何だよ?」
『ヒイロや余でもたどり着けなかった、『何か』にだ』
今の俺が何を言ってもそれは根拠のない口だけの言葉になる。
でもこれから成長して、それでも俺がなお同じことを言えば、何かに繋がるかもしれない。
トレイナにしては曖昧な言葉で、先行きも不透明なもので、明確な答えやゴールがあるわけでもない。
だが、それでも分かっていることは……
「俺は……堂々とアカさんと遊んでも、旅をしても、周りから何も言われないようにしてぇ。あんたはバカにするかもしれねーけど……今の俺の気持ちは間違いなくそれだ」
『そうか……』
今の俺の気持ちは間違いなくそれであり、そしてそれをどうにかするかは……
「もっと強くなって、世界見て回って、色んなことを知ってみせるよ」
『ああ、そうだな』
今後の俺次第であり、そのためにもどちらにせよ俺は前に進まなくちゃいけねえ。
「だ~~~、もう! 食う! 食うぞ!」
『ああ』
そう決めた俺は、アカさんが残してくれた朝食の鍋を空ける。
よく煮込まれたスープが入っており、俺は食って少しでもデカくなってやると、勢いよく全部それを食らうことにした。
ちょっと目から汁が出たりしてしょっぱくなったりしたが、全部俺は食って、前へ進むことを決めた。
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