第62話 幕間(鬼)

「アースぐん……ごめんな」



 アースぐん。怪我大丈夫だか? それがスゲー気になるだ。


 おで、あんときは自分のことも分かんなくなってたのに、今はハッキリ覚えでる。

 昨日、おでがどんだけアースぐんを殴ったか。

 そして、アースぐんが、おでなんかのためにスゲー頑張ってくれたことも覚えてる。


 おで、人間と戦ったことはあっても、喧嘩したことは初めてだ。

 そして、憎しみでも、殺意でもなく、おでのために体を張ってくれる人は、魔族にも居なかったでよ。


 一緒に遊んでくれて、メシも食ってくれて、そして一緒に旅に出ようって誘ってぐれて、おではスゲー嬉しかったでよ。


 おでは、魔王軍でも信頼できる仲間居なくて、一人だった。


 おでは子供の頃は、オーガの里ではなく、魔界のダークエルフの里に住んでたでよ。

 魔界のオーガはその力を見込まれて、兵隊になったり、用心棒になって働くことがあって、おでの父ちゃんと母ちゃんはダークエルフと友達で、里の用心棒として住み込みで働いてだ。

 みんな優しぐて、平和で、いつまでもそんな幸せが続くと思ってだ。


 でも、人間との戦争で全部壊れた。

 ダークエルフもオーガも問わず徴兵された。


 おでも父ちゃんと母ちゃんと一緒に魔王軍の『ハクキ大将軍』が率いる部隊に入り、そこで初めておで以外のオーガと出会ったでよ。


 すげー、怖がっただ。


 降伏した人間たちを容赦なく傷つけ、メチャクチャにして、最後は笑いながら殺したり生き埋めにしたりして、村を、街を、国を滅ぼして、最後は火を付けてただ。

 だがら、昨日おでを襲った人間たちが言ってることは、間違ってね。

 オーガは「そういう種族」って言われたら、悲しいけど否定できね。

 父ちゃんと母ちゃんも、変わっちまった。二人とも他のオーガと同じ顔して暴れてただ。


 アースぐんは、きっとおでのことを「そんなことねえ」って言ってくれかもしれね。

 でも、そんなごとねえ、

 おでは、そういうの、見て見ぬふりしてだ。

 仲間や両親を止める勇気も無ければ、人間を助けることもできなかっただ。


 目の前でいっぺー人間死んだ。おでは、その場に居た。


 そして、そんなある日だった。

 おでは見ちまった。


 他の部隊との共同作戦の日。

 故郷で優しかったダークエルフの皆が、地上で悪魔みてーな顔して、人間たちを殺しまぐってる所を。

 オーガと同じで、楽しそうに笑いながらやってだ。


 それを見て、俺は分かっちまっただ。オーガが元々そういう種族だったわけじゃね。


 みんな、「戦争」ってもんで変わっちまったんだって。


 おでは悲しくて、苦しくて、泣きそうになっちまった。

 いつか、おでもそうなっちまうんじゃねえかって思っただけで恐くなっただ。

 そして、おでは気付いたら魔王軍を無断で抜けて、戦争から逃げちまっただ。


 裏切り者になったおでは、もう魔界にも帰れなかっただ。

 風の噂で父ちゃんと母ちゃんも死んだって聞いで、戦争でダークエルフも滅んで、故郷も無くなっちまった。

 戦争はもうとっぐに終わったけど、魔王軍の残党はまだ魔界に居て、今でも裏切り者の俺を許さね。

 だから、おでは地上世界にずっと隠れてただ。


 でも、十年以上も一人は寂しかっただ。

 一緒に居てぐれる友達が欲しかっただ。


 おでは単純だった。

 魔界に帰れないなら、人間と友達になればいいだけだと思っただ。


 でも、すぐに自分が甘かったことに気づいただ。

 人間と友達になる方がずっと難しがった。

 当然だ。戦争終わってるからっで、おでのことを受け入れてくれるわけがなかっただ。


 うまぐいかなぐて、怖がられて、逃げられたり、段々おでも人間に声を掛けるのも怖くなっちまった。

 ほんとは、アースぐんと初めて会った時、声をかけたのスゲー緊張して怖かっただ。

 だから、アースぐんと友達になれて本当に嬉しかっただ。

 コンビを組もうって言ってくれたのは、一人になってから今日まで生きてきで一番嬉しかっただ。


 

 でも、だからこそ、おではアースぐんと一緒に旅には行けね。


 おでは、やっぱりオーガだから。


 

 おでが一緒だと、宿にも入れねえ。メシ屋にも行けねえ。街にも入れねえ。色んな人に変な目で見られると思うだ。

 何より、おでとこのまま一緒に居ると、アースぐんも悪い人だと思われるかもしれね。

 そして、おでがまた昨日みたいなことになっで、アースぐんを傷つけたりするかもしれねえ。

 おでの、世界でただ一人の友達だから、アースぐんに迷惑をかけたぐねえ。



「……アースぐん……ごめんな」



 この山に、森に、十年以上住んでいたけど、こんな形でおでが出ていぐなんて思わなかっただ。

 人間に追い出されたりしない限りはと思ってだ。

 だから、人間の友達のために出ていぐなんて思わなかっただ。

 寂しいし、ほんどはアースぐんともっと遊びてえ。

 でも、これでいいんだ。



「アカさ―――――――――――――ん!!!! どこだーーーーー! アカさーーーーーーん!!!!」



 アースぐんが大声で叫んでる声が響いだ。

 おでの手紙を読んだんだろうな。

 ほんど、ごめんな、アースぐん。



「なんで……なんでだよぉ! 一緒に、冒険しようって言ったじゃねえか! なんでだよぉ!!」



 あんなに必死におでのことを探してぐれる。

 アースぐんにはほんと申し訳ね。

 だげど、こんなおでを人間のアースぐんがそうやってぐれることが嬉しくてたまんね。

 だがら、おではアースぐんと一緒に行けね。

 

「あっ……」


 おでの目から……昨日もそうだった……そっが……


「知らなかっだ……涙って……こういうときも出るんだな……」


 心細かったり、寂しかったり、怖かったり、悲しかったりして、泣くことはある。

 でも、この涙は違え。

 寂しいし悲しいけど、でもそれだけじゃね。

 嬉しぐて泣いてるんだ。


「おで……頑張るだよ……怒りで自分を分かんなぐならねーようにして……もっと強くなる……おでも、アースぐんみたいに強くなるだ……」


 おで、アースぐんのこと、一生忘れねえ。

 ありがと。元気でな。 


 涙を拭く代わりに、最後におでは山に向かってピースした。

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