第51話 圧倒

 世界を退屈そうに見下したような女。

 ま、俺には関係ないけど……


『童』

「ん?」

『あの小娘と打て』

「……は??」

『賞金が出るのなら、都合いい』

 

 立ち去ろうとした俺を止めて、トレイナからまさかの提案だった。


『おいおいおいおい、何言ってんだよ。いくら賞金出るって言っても、あいつ本場の国の奴だろ? 俺だってそこまで得意じゃねーし勝てねーよ』


 あの女がどれだけ強いかは分からないが、20連勝とか賞金賭けて打ってるなら、相当な腕前なんだと分かる。

 そんな相手に俺が勝てるわけ……


『童は言われたとおりに打てばそれでいい』

「はっ?」

『実際には、余が打とう』


 その案に俺は口開けて固まっちまった。

 いや、だってそうだろ?

 

『何を言ってんだ、トレイナ。あ、あんたがそんなこと……』

『問題ない。所詮は小娘。余の敵ではあるまい』

『い、いやいや……でも……』 


 まさかトレイナがここで自らが出るなんて、考えたこともなかった。

 どういう心境で?


『童。ただの小遣い稼ぎであれば、童の試練ということであまり介入しないが……まぁ、今回は特別だ。一応、あのオーガにも童を救った功績を大魔王なりに労ってやりたいのでな……ケーキとやらを買うためだと思って、余が力を貸してやろう』


 これは、俺のためというよりは、アカさんのため。

 かつて全魔族の王だったトレイナなりに、今を生きる魔族を労おうと……


『あと、…………あまった金で本を買って欲しい。この間、買ったもの全部家に置いてきたであろう?』


 ……そっちが目的じゃねーよな? だが、まあ……


「ったく。だが、なるほどな……それは面白そうだ」

 

 だって、そうだろ?

 俺しか見えない。俺しか会話もできない。俺しかここに居ることを知らない大魔王トレイナ。

 しかし、そのトレイナが俺を通じてこういった形で存在感を今から示そうとしている。

 ちょっと、ガキの頃のイタズラ心を思い出し、何だかワクワクしてきた。



「俺が打つぜ!」


「「「「「ッッッ!!!???」」」」」



 誰も挑戦に名乗りを上げずに、店じまいだと立ち上がろうとした女とおっさんに、俺は手を上げた。


「おっ、おお、これは男らしい挑戦者が現れたぞ! 君、いいのかい?」

「ああ。勝ったら、賞金くれるんだろ?」

「もちろんだ! 勝ったら、10万ツブラだ!」

「10万か……」


 勝ったら10万か……無一文を考えると、まあまあ貰えるな。

 俺の一ヶ月の小遣いより少ないけど……ん? おい、トレイナ。何でそこであんたは俺の心を読み取って「うわぁ」みたいな顔をしてる?


「おいおい、兄ちゃん勇気あるね~」

「はは、がんばれよ、兄ちゃん!」


 すると、集ってたギャラリーも俺を冷やかすような声援を送ってきた。

 そんな声に俺は苦笑しながら、女と対面で座る。

 

「君は私と同じ歳ぐらいかしら?」

「15」

「あら、そう。帝国の人?」

「まぁ、帝都で育った」

「へぇ……帝都の……」


 俺が目の前に座ると、女もまた俺を見て少し興味深そうに笑う……いや、これは鼻で笑っている感じか?

 にゃろう……目に物を見せてやるぜ! ……トレイナが。


「あ、おいおい君、お嬢に挑戦するなら1万ツブラ払ってよ」

「えっ!? えええ!? 金取るの!?」

「そりゃそうだよ~」


 そっか、向こうが賞金賭けるんだから、こっちも挑戦料取られるのは当然か。

 1万なんて今は持ってねーぞ?


「構わないわ、コウガ。せっかく私も同年代の男の子と打てるのだから、それぐらいサービスしてあげましょう」

「え……いや、お嬢がそう言うのなら……でも、いいんですかい? 負けたらお嬢の小遣いがふっとんじまいますよ?」

「ふっ……心配してくれるのね。ありがとう」


 あっ、何が「ふっ」だ。負けるわけがない。そんな様子だ。


「では、君の先手よ。さあ、どうぞ……」

「ああ」


 サービスしてくれたのはありがたいが、なんかイラっと来たから、ぶっとばせ、トレイナ。


『ふっ……よかろう! では……右上隅・星』

「押忍」


 そして、トレイナの一手目が俺を通じて放たれた。


「…………」


 すかさずシノブも二手目を打つ。


『小目』


 戦碁。盤上で繰り広げる陣地取のゲーム。

 自身の持つ駒で相手の守りを撃破して領土を広げ、同時に攻め込んでくる敵を防いだり、迎撃したりするゲーム。


「……戦が少し古いわね……」

「えっ?」


 数手ほど互いに打ち合っていると、少し考えた表情でシノブがそう呟いた。


『余の戦法は15年前のもの。そういう意味で古いとこの娘は言っているのだろう』

『え? そうなのか?』


 シノブの呟きの真意をトレイナは理解した様子。だが、それってまずいんじゃないのか?

 トレイナの実力は不明だが、トレイナの戦碁の知識は十五年前で止まってるんだ。

 文明と同じで戦碁の戦法だって十五年もあれば変わっていく。

 なら……


『第一陣前進だな』


 だが、そのときだった。


「……!?」


 互いに十手ほど打ち終えたところで、シノブが目を見開いて、手を止めた。


「……ッ……これは……」


 そして、手を止めただけじゃない。

 身を乗り出して、盤上全体を食い入るように見だした。

 え? なんで? こんな序盤で?


『ふふふ……ここは、いかにも飛び出した余の部隊を叩いておきたいところだが、それをした場合、貴様があと数手かけて完成させようとした防御の陣形を崩すことになる。さらに、その部隊を潰そうと貴様が兵を出せば、今度はその兵が邪魔になって、次のうまい陣形攻撃ができまい』


 え? いや、なんで? こんな数手で何でそんなこと言えるんだ? いや、でも本当なのか? 

 この女、ものっすごい目を見開いているんだけど。


「……っ……」

『だろうな。この状況なら、余でもそう打つ。多少の陣形を崩してでも、今その部隊を叩いておかねば、のちのち食い込まれることになると、ちゃんと読んでいるようだな』


 少し舌打ちしながらシノブがようやく次の手を打つと、トレイナもまるで指導しているかのように「正解だ」と少し優しい顔で頷いた。


『ケイマ』

「ッ!?」


 なんか……こうやって俺以外を見守るトレイナって初めて見たな……ん? なんだろう……一瞬モヤモヤしたような……


『おい、童……貴様も漫然と打つな』

『え?』

『戦碁は深い思考の中に入って先読みをする必要がある。集中力や思考力、分析力や先読み力を伸ばせる。言ってみれば、相手の百手先を読んで、自分の思い通りに誘導するなど……それは戦闘においても必ず役に立つ』

『あっ……』

『打ちながら、余の意図などもちゃんと考えるのだな。今度から、一緒に遊ぼ……こ、これで貴様の集中力や読みや思考力も鍛えられるので今度からいっぱい打つぞ』


 なるほど。これもトレイナにとっては鍛えるためのものなわけだ。

 先読みを鍛えるか……やれやれ、仕方ねーな~、トレイナがそう言うなら俺もちゃんと覚えるか。

 だって、俺が弟子なんだしな。俺が。


「あっ……」


 そして、シノブがまた声を出した。

 今度は、かなり驚いているような声だ。


「ぐっ……う……」


 シノブが冷たく鋭い表情を顰めている。

 同時に、周囲も急にざわつき出した。


「なっ、お、お嬢の右上陣地が完全に潰れた!?」

「おいおい、この兄ちゃん、何者だ?」

「あのメチャクチャ強いお嬢ちゃんが圧倒されてるぞ?」


 そして、この盤面を見れば「俺でも」戦況が分かる。


『なぁ、トレイナ。この女は強いのか?』

『ああ、強いぞ。攻守バランスよく堅実な打ち方だ。この若さでこれほどの打ち手……大したものだ』

『そんなにか?』

『ああ。現実の戦士に置き換えるなら……帝国騎士……しかも、上級戦士級の力がある』

『マジか!?』


 じゃあ、そんな女の攻めをことごとく叩き潰し、更には殲滅していくトレイナって……こんなの、俺が打っていたらすぐに降参するぞ?


「ちょっ!? お、おいおい、嘘だろ!? 守りを固めようとしたお嬢の横陣を……真っ二つに切断した!?」


 普通、戦碁は何十分、下手したら数時間かけて戦う時だってある。

 それなのに、僅か数分、数十手で……


「ま……ぐっ……ま……まけました……」


 そして、次の手を打つことなく、目の前の女……シノブは降参した。

 それはまさに、「瞬殺」だった。


「あ、ありがとうございました」


 つ、……強すぎだろ……トレイナ。

 普通、こういう「強すぎて誰も勝てない相手を、負かした」という展開は、歓声の一つぐらい上がっていいものだ。

 なのに、集ってるギャラリーも含めて、静まり返ってやがる。


「お、お嬢が負けた……バカな……戦碁に関しては、ジャポーネの神童とまで言われた、お嬢が……な、……なんなんだ、この男は……」


 コウガとかいう、シノブの傍にいるおっさんも呆然としている。

 それは、もはや言葉を失うほどの圧勝劇だったからだ。


『おい、トレイナ……もうちょい、手加減しても良かったんじゃ?』

『ふっ……まあ……手を抜いても良かったが、久々の対局で、しかもそれなりに強い相手だったので、力が入った』


 トレイナ……ものっそいドヤ顔過ぎだろ……。

 まあ、俺も戦碁じゃないのであれば、スパーで容赦なくぶっ殺されまくったからな。

 今のこの女の心境を察すると……


「き……君……一体何者?」

「えっ?」

「ひょっとして……『真剣師』じゃないでしょうね?」


 しんけんし? なんだっけそれ? 


「とりあえず……約束よ。お金は払うわ」


 シノブはすぐに顔を上げる。凛とした目で俺をまっすぐ見つめながら、ポケットから財布を取り出して机の上に叩き付けた。


「お、おお……ども。んじゃ、俺はこれで」


 とにかく、金は金だ。ここは騒ぎになったり絡まれたりしないうちに、さっさとここから離れて、ケーキ買おう。


「ね、ねえ、君の戦碁歴はどれぐらいになるのかしら?」


 色々と聞きたいことがあるであろうシノブ。

 とりあえず俺はフザケ半分、しかしワリと事実なことをイタズラ気分で……



「神話から」


「………………ッ……」



 そう答え、俺は机の上の金に手を伸ばそうとすると……


「もう一回……私と……打(ヤ)ってもらえないかしら?」

「えっ?」


 突如、シノブが俺の手首を掴み、しかも強く握ってきやがった。


「負けは負け。でも、君を侮って初手の対応を間違えたのが悔やまれるわ」

「あ、あの、いや、俺……」

「でもね、たとえそれが無くても君が私より圧倒的に強いのは分かったわ。だけれど、どうせならもっと全力で戦って君との差を把握したいの」


 面倒に巻き込まれる前にさっさと行こうとした俺を見透かすかのように、逃がさず離さないと、無表情な顔で、しかし女のクセに痛いくらいに強く握り締めてくる。

 

「私、故郷では同年代に負けたことないの。戦碁も、成績も、美人度も。ほら、私は胸も大きいし」

「そ、そうか……」

「それがここまで完膚なきまで……帝都の男の子を甘く見ていたわ。でも、熱いパトスが迸ったわ」


 すまん。お前と打ったのは、同年代の俺じゃなくて、何千年も生きている魔王だ。

 てか、確かに俺らの代では胸もデカイ方だが、姫の方がまだ大き……と、それはどうでもよくて……


「い、いや、でも俺も色々と予定があるんで……」

「君は帝都の人だったわね。なら、私たちも次は帝都に行くから、それならどうかしら?」

「ッ!? あ、いや……お、俺、用事があって帝都じゃなくて、次に行く場所が……」

「そう。どこの宿に泊まるのかしら? では、その部屋で打ちましょう」


 え、いや、なになに? ちょっ、この女、無表情のクセにものすごい圧力を感じるというか、ってか、なんだか怖い怖い!

 この、「逃がさない」みたいな勢いはなんだ?


「ちょ、お嬢……」

「コウガは黙っててもらえないかしら?」

「で、ですが……」

「これほどの屈辱を一期一会で済ませる気はないの」


 そう言って、シノブは止めに入ろうとするコウガというおっさんの声も撥ね退けようとする。

 ヤバイ、この女……関わったらダメなタイプかもしれねえ。


「あ、でもお嬢……そろそろ、『リーダー』との待ち合わせですよ?」

「じゃあ、兄さんに、私は後で行くと言っておいてくれるかしら?」

「いやいやいやいや、時間厳守ってキツク言われたじゃないですか! 今日はクエスト無かったとしても、フォーメーション見直す演習を必ずやるって」

「~~~、あ~、もう、分かったわ」


 お、どうやら考えを改めてくれたようだな。

 よかっ――――


「ねえ、君。私は今から行かなくてはいけないのだけれど……今晩、どこに行けば君に会えるのかしら?」


 あっ、ダメだこいつ。


「……オレハ今晩コノ街の宿ニ泊マッテマス」

「そう。なら、もったいぶらなくていいじゃない。むしろ君にとってはご褒美ではないかしら? こんな美人で巨乳な私と―――」


―――ツルン、ボトン


「ッ!!??」

「……え?」


 と、地面に何かが落ちた。

 それはまるでスライムのような……なに?

 あれ!?


「……小さくなった?」


 それなりにあったはずのシノブの胸が無くなっていた。

 そのことに皆が気づいた瞬間、シノブはサッと地面に落ちたものを拾って隠した。

 あれは確か……


「か、勘違いしないでもらえるかしら? こ、この『スーブラ』は、あくまでインナー的要素を重視して装着していただけであって、旅の道中は何かと物騒なこともあると予期していた私は相手の攻撃を弾く為には、このスライムを素材にしたブラジャー、通称・スーブラが防御力に非常に適していると総合的に判断したのであって、べ、別に自分の胸を大きく見せようとか、小さいのを気にしているとか、そういう浅ましい一般的な女子のような価値観は私にはないわけであって、そもそも私ぐらいの歳はまだ成長期であり、これから大きくなるのであって――――」


 とりあえず、なぜか俺も、そしてギャラリーのおっさんたちも全員がシノブを哀れみ、そしてコウガというおっさんは何か悲しそうに、シノブの肩に手を置いた。



「お嬢……そうだ……まだ未来がある……」


「~~~ッ、と、とにかく、今晩約束よ? もう君の事は覚えたわ。ロックオンよ。いいわね!」



 そう言って、無表情だった顔を初めて真っ赤にしたシノブとおっさんは小走りでその場を去っていった。

 

「なんか、変な女だったな……」

『今晩だそうだ。まあ、打ってやる分には余は構わんが……』

「やだよ。なんか関わりたくねーし。さっさと、この街からおさらばだ」


 と、思わず口にした俺だが、あんなのにこれ以上関わりたくないから、さっさとケーキ買っとこうと思い、ケーキ屋へ向かった。



 しかし残念ながら、俺はもう関わらないでおこうと思っていたシノブとは、この後にとても早い再会をすることになる。



 ただしそれは盤上ではなく、戦場での再会となったが。

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