第52話 供え物
ケーキ。
正直、種類が多すぎる。
一口サイズ。チョコレートタイプ。果物のやつとか、ホールで売ってるのとか。
「どれがいいかな……」
アカさんの好みを聞いてなかったな。
街のケーキ屋で並んでいる甘い菓子を前にして、俺はしばらくにらめっこしていた。
「なあ、トレイナ。オーガの好みって知ってるか?」
『そこまでは知らぬ。しかし、ケーキというなら定番はイチゴのショートケーキだろうな。しかし、奴は自分で作りたいとも言っていた。なら、パウンドケーキやカップケーキなども捨てがたいと思うが……』
ケーキの種類はよく分からん。
サディスの作ってくれたもんは何でも「ウメーウメー」って言いながら食ってたが、種類までは……ってか……
「なあ、トレイナ。あんた……まさか菓子とか料理とか……食にまで詳しいとか……」
いや、「まさか」なんて使わなくても、トレイナなら……
『ふっ、こう見えてかつての余は……魔界美食倶楽部を経営し、至高の料理を追求したものだ。美食界の権威と言われ、特に余の魔王の舌……デビルタンは―――』
「ああ、はいはい」
なんか、そんなこったろーと思ったよ。ほんとにこいつは何でもありだな。
大魔王じゃねえ。超人だ。
「つか、10万あるんだし、テキトーにいっぱい買っておけばいいか。そもそも、アカさんはあんなにデカイんだから、いっぱい食えるだろうしな」
『たしかに、その通りだな。それと、本屋に行って、ケーキの作り方などの本も買ってやったらどうだ?』
「だな。よし、すんませーん! この棚に並んでるの、とりあえず全部下さい!」
『……おい、本のときも思ったが、貴様は金銭感覚も少し学んだほうが良いと思うぞ? まぁ、今回は人のために使うのでいいかもしれぬが……』
金銭感覚って……失礼な。俺だってちゃんとそういうのは持っているってのに。
「えっ、あの、全部ですか?」
「うす。金ならあるんで」
「そ、そうですか。分かりました、では梱包して準備いたしますので、少しお待ちを」
「あ、それなら、待ってる間に小さいケーキ一つとミルクでももらっていいすか?」
「ええ、かまいません。外に椅子とテーブルがありますので、どうぞ」
今回使う金はあくまでアカさんのためであり、別に俺は金を一気に使って破産するようなことはしない。
だから、俺自身が食うケーキもちゃんと量も価格もリーズナブルにしている。
だが、それでもこの10万という金が俺の全財産であることに変わりなく、使おうと思えば一瞬で無くなってしまうだろう。
「しっかし、俺も贅沢をする気はねーが……今後、金の件は色々と考えねーとな。ハンターにすらなれないとは思わなかったぜ」
『確かにな。まぁ、もっと大きな街なり、他国へ行けば、そういった身分証明書など必要なくできる裏の仕事、真剣師、賭博、拳闘、用心棒、水商売、いくらでもある』
「裏の仕事ねぇ……なんか、どんどん堕ちてきてるって気がするぜ」
とはいえ、これからの生活……もう、昔に戻れないのなら、生きていくために、そして食っていくために色々と考えなくてはならない。
そのためには、あまり素性などを問われないような、堅気ではない仕事もしなくてはならないかもしれない。
それがちょっと気分を微妙にさせた。
だが……
『ふふん、恵まれた環境以外が嫌だというのなら、最初から両親や世間に妥協し、謝り、帝国に帰った方がよほどいい』
トレイナは落ち込む俺に活を入れるように、そう告げた。
『これも逆に良い経験と思え。世の中の表や綺麗なものしか見ていない者など、所詮は平和ボケした薄っぺらな存在にしかなれん。表と裏。世の中や人の汚さを知り、その上で成長することによって、いつの日か貴様が出した答えにも重みが出るというものだ』
そして、今のこの状況もまた、自分を高めるためのモノと思えと言う。
『貴様は言ったな。どこにでも行けるような男になりたいと。ならば行くがよい。そして、普通に生きているだけでは見ることのできないもの、経験することができないことを今こそ学べ。たとえ、世間一般的には堕ちた世界であろうとも……強さを持った男は、そういう世界でも輝くことができるはずだ』
表も裏も知る。それこそが、世界を渡るということ。世界を知るということ。
「ああ。俺も……なんか……分かる気がする。少なくとも、あのままの俺だったら、アカさんみたいに……話してみりゃ、ダチになれる奴だって居るってことを知らないままだった」
『ああ……そうだな……』
今こういう状況に陥ったことは、むしろ色々なことを経験できるチャンスだと思え。
ただのポジティブ思考ではなく、全ては将来への肥しとなるもの。
トレイナの言葉に俺は納得していた。
「ショートケーキとミルクです。どうぞ」
「あ、ども」
そんな俺たちが話しているところで、ケーキ屋のお姉さんがケーキとミルクを持ってきてくれた。
「さて、とりあえず俺も糖分でも取って、頭をスッキリさせるか」
『うむ、疲れた体には糖分が一番だ』
ちょっと小腹も空いて来たしと、俺はフォークを手に取ってケーキを突こうとする。
そのとき、俺はあることが気になった。
「なあ、トレイナ……そういえば……今まで気にしてなかったんだが……」
『ん?』
「あんた死んでるけど……腹減ったり、喉乾いたり、なんかコレ食いたいみたいなのってあるのか?」
既に死んでいるのだから、餓死したりすることはない。
だが、本を読んだり、退屈を感じたりしているのなら、こういう空腹とかってどうなんだと素朴な疑問を感じて俺は聞いてみた。
するとトレイナも少し考えた様子を見せるも、すぐに首を横に振った。
『ふむ……確かにそういった欲求は無いな。たとえば、未知の食があれば味を知りたいという願望は後々出るかもしれんが……』
「そっか……」
『ああ。だから、貴様もつまらぬことを気にする必要はない』
気にすることはないと、トレイナは言う。
実際、俺もこれまで屋敷でメシを食ってたときはサディスと一緒だったり、修行で頭がいっぱいだったりでそれどころじゃなかった。
だが、今は外の世界に出て、俺はもうこいつと二人になっちまった。
そして、昨日の夜は例外にしても、今度からは外でメシを食うのも、俺だけ食うという感じだ。
何かそれもちょっと寂しいというか……
「……すんませーん……」
「はい、ただいま」
気付けば、俺は店員の人を呼んで……
「ケーキとミルク……もう一つずつ持ってきてもらえないっすか?」
「え……おかわり……ですか?」
「あ~、まあ、そんな感じで」
もう1セット、ケーキとミルクを頼んでいた。
おかわりというよりは、「もう一人分」という感じで。
『童?』
「……いや……あんたは食えねーし、意味ねーって分かってるし、金ももったいねーけど、まぁ……後で俺が食うから……気分だ気分」
お供え物というか……まあ……気分だけでも味わおう。
ちょっと、変な気分だが、俺は『トレイナの分』も注文した。
するとトレイナは鼻で笑って……
『ふん。そんなことをしなくても……ヴイアールを使った夢の世界であれば、余も感覚を取り戻し、貴様が食ったものをイメージで具現化してくれたならば、食すことも可能なのだがな』
「えっ、そうなの!?」
『そうだ。気になる食材と出会ったときは、それをやってもらおうと思っていた』
「……じゃあ……これは……」
『単純に金の無駄遣いだ。別にそこまで食いたいケーキでも、そそられるミルクでもないし、どうせならコーヒーがいい。そんな金を使うぐらいなら、本を買え』
「く~、あー、そうかよ、悪かったな! ったく、ほんと無駄な金を使っちまった……」
意味なんてない。俺のお節介をそう言って笑うトレイナに、俺は恥ずかしくなってソッポ向いた。
だが、そんな俺にトレイナは……
『まぁ……意味は無いがそれでも……雰囲気と……気持ちだけは、ありがたく味わわせてもらおう……』
気を使われたのか、ちょっと余計に恥ずかしくなり、俺はそれを誤魔化すかのようにケーキを一口で口の中に入れようとした。
だが、その時だった。
「……ん?」
『むっ?』
そのとき、店のテラスに居た俺たちの視界に、突如あるものが映った。
それは、街の外の山の中腹から煙が上がった。
「なんだありゃ? ……火事か?」
『いや……アレは……狼煙か?』
煙の正体が何かは分からない。だが、いずれにせよ、少し嫌な予感がした。
何故なら、あの方角は……
「おいおい、なんだ~あの煙。お前、知ってっか?」
「多分、例の連中じゃねーか? ほら、昨日からこの街に来てた、ジャポーネ出身の……」
「ああ! そういや、今朝、ギルドに行ってたな!」
そのとき、店のテラスに居た俺たちの前を通りかかった街の住民と思われる奴らが雑談しながら……
「そこでチラッと聞いたんだがよ、いいクエストがねーから、チームの連携を鍛えるためにあの山で訓練するってさ」
「じゃあ、アレもそいつらの仕業か? 確かジャポーネ出身のハンターチーム……『ヌケニンズ』だったか?」
その話を聞き、俺とトレイナは顔を見合わせて、猛烈に嫌な予感がした。
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