第50話 資金調達
結構遅くまでアカさんと戦碁を打って、気づいたら寝て、一瞬で朝になっていた。
だが、寝不足ではない。
流石に、昨日は色々とありすぎたからな。
リヴァルとの戦い。親父たちや帝国との決別。
そして、出会ったアカさん。
「アースぐん……さっぎ言ったように、ここからまっすぐ行ったら川に出るでよ。んで、川沿いを山に向かってまっすぐ進むと街に着くだよ」
俺とは打って変わって、ものすごい眠そうなアカさん。
たぶん、夜更かしして遊んだのは初めてなんだろうな。
眠そうなオーガってのが面白くて、俺は笑っちまった。
だが、眠そうな目を擦りながら、どこか寂しそうに……
「アースぐんは……もう行っちまうだか?」
まぁ、行く。
別に宛てもなければ、まだ明確な目的地があるわけでもないがな。
だがとりあえずは、『帝国領土』からはとっとと出ておきたいという気持ちがあった。
昨日の今日とはいえ、余計なもんに追いかけられたくねーし。
とはいえ……
「なあ、アカさん。なんか、街で欲しいもんとかあるか?」
「えっ?」
「出発前に、何か買ってきてやるよ。アカさんには、ほんと世話になったしな」
いつまでもノンビリはできないが、これだけ世話になったアカさんに礼の一つもできないのは気が引けた。
そして、アカさんは人間の街に行きづらいみたいだし、ならそこで何か欲しいもんがあればと俺は聞いてみた。
すると、アカさん……何故、目が潤んでる?
「アースぐん、ほんといいやつだな~、おで嬉しいだよ」
俺はこのとき人生で初めて「リアル鬼の目に涙」を見た。
「ったく、大げさだな。なんでもいいぜ? 本とか、家具とか、なんでも……」
何でも買ってきてやる。そう言うと、アカさんは少し悩んでから……
「おで……ケーキ、食ってみたいだよ」
「…………」
冗談を知らないアカさんは、本当のことしか言わない。
だから、これはギャグじゃない。
本当なんだ。
「人間の作ったケーキ、おで、食ったことねーでよ。もし、おでもそれ作れるようになったら、人間もおでに興味もってくれるかもしれね。だから、まず食ってみてーよ」
笑えて、少し泣けるけど、顔に出しちゃだめ。
いーじゃん、アカさんは本当に純粋なんだもの。
「わーったよ。じゃあ、一度街に行って俺も色々旅の準備をして、んで、ケーキ買ってここにもう一度立ち寄る」
「んだ!」
俺の言葉に頷いて、アカさんはピースした。
いや、もうそれ気に入ったのか?
なんか、俺たちの間だけのサインみたいになってるようだが、まあいいか。
俺も笑ってアカさんにピースを返した。
そして、俺は重要なこと忘れてた。
俺、そもそも一銭も持ってなかったんだ。
「ハンター登録? 若いが、アカデミー卒業の戦士か?」
「えっ、いや……まだ卒業してないというか……やめたというか……」
「まだ、卒業してないんなら、フリーでの登録になるぞ? それでいいなら、身分証明書を出しな」
「み、身分証明……」
そして、街にたどり着いて無一文の俺は手っ取り早く日銭を稼ぐならハンターだろうと、街にある、酒場などと併設されたハンターたちのたまり場でもあるギルドへ向かった。
大きめの街ならどこにでもある、職業安定所ともいうべきギルドに行けば金を稼ぐ手段があるはず。
でも、俺はそこで、まだアカデミーを卒業していなければ、帝国戦士として国のサポートなどを受けられる正規ハンターにはなれず、そういったものなど何もない自分で全てを管理する日雇いのフリーなハンターにしかなれないことを気づいた。
とはいえ、それならそれで構わないとも思ったが、フリーのハンターになるのも「身分証明書」が必要であることが分かり、俺は項垂れた。
「あ、あの、どうにかならないっすか? 別に皿洗いとかでもいいんで、もう登録しないで何か紹介してもらえたら……」
「それはダメだ。国家所属の戦士もフリーも、登録されたハンターにギルドは仕事を紹介するからな」
「ぐっ……マジか……」
「ほい、身分証明書を見せなさい」
家出した今の俺にそんなもの無い。
仮にあったとしても、俺が登録された時点でその情報は帝都にだって届く。
流石に「アース・ラガン」が登録されたら、もうそれは俺の所在がバレバレになるだけ。
つまり、それが嫌なら、俺はハンターにすらなれないのだと分かった。
「くっ、こうなったら……ギルドを仲介しないで誰か困ってる人が居ないか探して直接……」
「やめておけ」
「ッ!?」
ギルドの受付でゴネている俺の背後に誰かが立って声をかけてきた。
振り返ると、そこには長い黒髪を頭の後ろで結わいている、二十代くらいの整った顔立ちの男が立っていた。
「自由の代名詞と言われたハンターにもルールがある。そのルールを破るような輩……たとえば、『闇営業』をやるような者は、忌み嫌われる」
立っていたのは一人だけじゃない。
「そうだな。金に困ったからって闇営業はやめな」
「闇営業はダメだ」
「中には反国家的な雇い主もいるからな。闇営業はダメだ」
十人ほどの男たちで、誰もが身に纏う雰囲気のようなものが、普通の奴らと少し違った。
「さ、登録する気ないなら、どいてもらおうか。拙者らも仕事を探しに来た」
確かにここでゴネて後ろに迷惑をかけるのも気が引けて、俺はサッと後ろに下がった。
「フリーのハンターチーム。拙者はリーダーのフウマだ。今、紹介されているクエストのリストを見せてもらいたい」
「はいよ」
結局、ギルドの受付も話を俺から、後ろから来たおっさんに移した。
このまま粘っても多分ダメだろうなと思い、俺は諦めてそこから離れることにした。
「やべーな……モンスターや悪党退治で金を稼ぐ。正に冒険って感じだが、俺はそれすらできないんだ……」
『旅に出るにあたって、資金調達の定番であるハンターにすらなれんとはな……余も予想外であった』
「身分証明か~……まいったな……」
『難儀だな。このままでは……本も買えぬのではないのか?』
ギルドから踵を返して、俺は街の表通りを歩きながら項垂れた。
ここは、山の麓の街、『ホンイーボ』。
豊富な自然に囲まれ、山の向こう側と帝都を繋ぐ中継地のような街。
そのため、他国の文化や人が入り混じり、帝都ほどの巨大さは無いが活気に溢れて栄えている。
どうやら、まだ俺のことは知られてないみたいだ。
それに、アカさんが言ってたように、今は街全体でちょっとした催しもやっている。
それは……
「はい、勝負ありました。136手目で、中押しによりインセイくんの勝ちです!」
「「「「わあああああああ!!!!」」」」
街の中央に位置する広場には、数百人ほどの人が集い、多くの机と椅子が並んでいた。
そこには数多くの子供たちが真剣な表情で向かい合い、昨晩俺とアカさんが何度も対決した戦碁を打っていた。
『ん? おい、童……アレは……』
「ああ。アカさんが言ってたな。戦碁の大会だな」
広場には旗が立っており、そこには「第十五回・姉妹都市交流子供戦碁大会」と書かれていた。
俺よりも年下のまだ十歳にもなってなさそうな子供も沢山居て、しかし誰もが真剣な表情で、そして子供たちの周りには親たちがとてもハラハラした様子で観戦しながら子供たちを見守っていた。
『ほぅ……戦前のときはそうでもなかったが、ここでは戦碁が盛んなのだな』
「ん? ああ。ここは帝都と他の地との中継地みてーなとこで、他国の連中も入ってきてる。人種も文化も違うけど、人類共通のボードゲームである戦碁を通じて仲良くなったとか、なんかそういうのあるらしいぜ?」
『ふむ……』
「それに、この街はたしか、戦碁が生まれた国である、『ジャポーネ王国』の『オウノミッチ都市』と姉妹都市だって聞いたことあるし、そういう関係もあるんだろうぜ」
『ああ……なるほどな……。詳しいな』
「まっ、歴史のテストにも出たし……ガキの頃、その国の奴らが来て帝都でパーティーとかあって、何人かと会ったこともあったしな」
つっても、俺は戦碁そのものにそこまで興味あるわけでもないけどな。
サディスと遊びで打ったことあるぐらいで、そこまで真剣になるほど好きでもなければ、強くもない。
まぁ、アカさんが弱すぎて、昨日は気を使ったが……
「トレイナ。あんたも戦碁は知ってんのか?」
『知ってるもなにも、魔族でも戦碁はポピュラーなものだ』
「えっ、そうなの?」
『無論だ。そもそも戦碁は千年以上の歴史あるゲーム。余もかつては、『魔王の一手』とまで呼ばれたものだ』
「いや……そりゃ、魔王が打てば、何でも魔王の一手だろうが」
『……いや、まあ……そうだが……』
トレイナが戦碁を打てるとはな。フツーに強いかもな。
って、今はそれどころじゃねえ。
金だよ、金。
このままじゃ、旅の資金も、ましてやケーキも買えねえ。
あんなに楽しみにしているアカさんをガッカリさせたくねえし、どうにか金を集める方法を……
『ところで、童。貴様はジャポーネ王国をよく知ってるか?』
「え? 何だよ、急に……まぁ、さっきも言ったように歴史のテストで出てたし、ある程度はな」
『なら、ジャポーネ王国の『戦士』のことも知っているか?』
俺が金のことを考えているときに、唐突にトレイナが尋ねてきた。
ジャポーネ王国の戦士? その質問の意図は分からないが、知っているかと言われたら……
「たしか、『侍』とかっていう、剣士だろ? 帝国に帝国騎士があるなら、向こうは『王国武士』って話だったが、それぐらいなら俺も知ってるぜ?」
『うむ……では、それ以外は知ってるか?』
「え……? 帝国と同じハンターとか……魔導士的なのか?」
『うむ。その他は?』
「その他ぁ?」
え? それ以外? それ以外に何かあるのか?
何かあっ―――――
「すげえ、これで20連勝だ!」
「あの女の子、スゲーぞ!!」
そのとき、広場とは少し離れた場所で騒がしい声が聞こえた。
何事かと思って振り返ると、おっさんたちが何十人も集って、何かを囲んでいた。
そして、その中を覗き込んでみると、そこには壁越しに座る一人の女の子。その傍らに居る一人のおっさん。
そして女の子の前には机と戦碁盤が置いてあった。
「さあ、他に挑戦者は居ませんか? このジャポーネ出身の十五歳の打ち手、『シノブ・ストーク』に勝てば、賞金を差し上げますよー! さあ、挑戦者はもう居ないか?」
女の子の傍らに居るおっさんが大声でそう叫んでいた。
そして、当の女の子本人。
真っすぐな長い黒髪。
かなり整った顔はしているが、その表情は人形みたいに無表情だ。
俺と同じ十五歳のようだが、随分と珍しい服装だ。
黒を基調とした薄着の格好で肩を露出し、脇に切れ目の入ったスカートで左足の腿などを露出し、膝上まで伸びるソックスを穿いている。何か『動き』やすそうだ。
にしても肌、白! なんか、不健康じゃねーのかってぐらい雪みたいに白いな。
胸も何だか結構でかいな。俺と同じ15歳で? まあ、姫の方がもう少しデカイか?
……ってか、スカートに切れ目っ! あれ、下手したら見えると思うが……
「ねえ、『コウガ』。もう十分よ」
そのとき、表情は無表情のままだが、どこかつまらなそうに女は、自分よりも年上のおっさんを呼び捨てした。
「帝国の戦碁レベルは把握したわ。暇つぶしとお小遣い稼ぎにはなったけれど、パトスは迸らないわ」
「お嬢……」
「むしろ、私、ほら、胸が大きいでしょ? 私の装束で色気も増しているからか、やらしい視線に吐き気がして耐えられないわ。さぁ、さっさと兄さんと合流しましょう。兄さんが、退屈な日々に輝きを放つようなクエストを見つけてくれたらいいのだけれど」
まるで、群がるおっさんたち、いや帝国を見下しているかのような発言。
てか、胸は別にそこまで……デカい方ではあるが、姫よりは……なんだったらサディスと比べたら……
とはいえ、確かに少しカチンと来る。
ただ、よっぽどあの女は強いのか、それだけ言われても集っているおっさんたちは誰も挑戦しようとしない。
するとそのとき……
『ほう……賞金が出るのか……』
俺の傍らの大魔王の目が怪しく光った。
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