第49話 過去は気にしない

「げっぷ……ごちそーさまでした!!」


 やっべ、次から次へと出てきた料理を全部食っちまった。

 遠慮の欠片もなく、俺は夢中でガッついた。

 もう、皿に残ってた汁すら舐めちまった。


「んだんだ。アースぐん、いっぺーうまそうに食ってぐれて、おで嬉しかっただよ。ほい、お茶飲んでくつろぐでよ」


 そう言って、アカさんは満腹で落ち着く俺に温かいお茶まで……もう、俺、オーガを怖がるのやめよ。

 いーじゃん、角が生えてたって。

 いーじゃん、顔は怖いけどこんなに優しいんだから。

 いーじゃん、もう戦争も終わってるんだし。


「ありがと……ほんとに……助かったよ、アカさん」

「んだ。おでの方こそ、ありがとだべ」


 いや、その理屈はおかしい! とツッコミを百回ぐらい入れてやりたいが、アカさんがほんとに嬉しそうだから、俺ももうツッコミの代わりに笑って頷いた。


「しっかし、アカさん、料理メチャクチャウメーな」

「そだか? おで、十年以上も料理してっから、自信あるでよ。でも、人に食わせたの初めてだから、ちょっぴし不安だった」


 茶を飲んで一息つきながら、アカさんの言葉に俺はちょっと聞いてみた。


「十年以上? アカさん……ずっとここに住んでるのか?」

「ああ」

「なんで?」


 話の流れと単純な興味だった。

 

「……それは……」


 あっ、でもこれは「相手の答えたくない領域」なのかもしれない。

 俺の問いに少し悲しそうに、そしてどこか狼狽したようなアカさんを見て、俺は何となくだがそう思った。

 

『……恐らく元軍人……ひょっとしたら、どこかの部隊に所属していたかもしれんな。余は知らぬが』

『ッ、トレイナ?!』

『オーガは基本的に強靭だが……身に纏う雰囲気などが、常人のオーガよりは上だ』


 いや、トレイナ……あんた、そういうの分かってたならもっと早く……


『まっ、関係ないだろう? 貴様風に言うなら……いーじゃん、もう戦争も終わってるんだし……』

『ぬっ……』

『それとも、貴様が生まれる前に終わった戦争が今は気になるか?』


 ちょっと意地の悪いニヤニヤした笑みを俺に向けてくるトレイナ。


『トレイナ……アレか? あんた、人の発言をブーメラン指摘するのが好きなのか?』

『ふふん、さあ、どうかな?』


 俺が思ったり、口にしたことなどをあえてこういう場面で指摘する。

 なかなかいい性格だぜ、大魔王様は。

 なら……


「アカさん、ちなみに俺は……家出~」

「ッ!?」


 俺はかなりワザとらしく、しかし明るく大きな声でアカさんに言った。


「い、家出? なんでだ? 家族心配してるでねーだか? どうしてだ、アースぐん!」


 案の定、優しいアカさんは俺を心配してそう尋ねてくる。

 だから、俺は……


「内緒~」

「……え……」

「だからさ、ま、人の過去なんて、別にどーでもいいよな?」


 俺も内緒にするから、アカさんも自分のことを喋りたくないなら無理に喋らなくていい。

 すると、俺の真意をアカさんも読み取ってくれたのか……


「ん!」


 と言って、俺にピースサイン……ん?


「いやいや、アカさん、そこでピースサインはおかしい!」

「え? ダメだか? おで、これ、結構好きだど!」

「ったく、アカさんは……」


 優しい。でも、どっか少しズレてんのかもしれねーな。この人は。人? 人か? ま、いいか、人で。


「アースぐん、すげえな」

「は? 俺が? 何が?」

「だって、おで……人間と友達になりだいけど、怖い。人間もおでを怖がる。でも、アースぐん、おでを怖がらね。それ、すげえ」


 怖がらない? いや、初対面のときはビビりまくってたさ。

 でも、まあ、この短い時間で色々とあったし、メシまで食わせてもらったり、それに……


「まっ、確かにビビッたが、今さらオーガの一人ぐらいどーってことねーさ」

「そ、そだか?」

「ああ。なんてったって……」


 そう、俺は……勇者の息子だから? 違う。


「こう見えて、俺は大魔王トレイナの弟子だから♪」

「え?」


 つか、すぐ傍に魔族史上最強の大魔王が居るんだから、そりゃそれに比べれば……な?


「すげ、アースぐん、おもしれえ! 冗談も言える! かっけーだ!」

「……いや、そ、そっかな? はははは、俺もそんなこと言われたの初めてだ」


 相変わらず褒めるラインが少しよく分からないが、まあいい。俺もありがたく受け取って笑った。


「アースぐん……おで、人間とこんなに話したの初めてだ」

「ま、俺もオーガとこんなに話すことができるとは思わなかったぜ」


 そう言って俺たちはまた笑い合った。

 そして、一頻り笑い合ったあと、アカさんは少し真剣な顔をして……


「なあ、アースぐん。おでにもっと、人間教えてくれねか?」

「……は?」

「おで、人間と友達になりたいけど、友達の作り方しらねーど」


 ここに来て、また少し予想外な質問をしてきた。


「アカさん……人間と友達になりたいのか?」

「んだ。おで……いっぺーの人間と……友達になって……遊んだり、ゲームしだり、おでのメシを食ってもらったり……おで、そういうのがしてえ」


 そう言うアカさんの目も言葉も純粋そのものであり、誰が見ても本心であることが手に取るように分かった。

 そして、そこは聞いてもいいところなのだろうか?

 アカさんが何でそこまで人間と友達になりたいのか?

 でも、そのためには、まず俺から友達の作り方を教えてやらねーとな。

 まっ、そんぐらい何でもねーし、もったいぶることでもねーからな。


「友達の作り方? そんなもん考えるまでもねーさ。友達ってのは……」


 友達ってのはどうやって作る? 

 教えるなら、自分の例だ。

 俺はかつて友達をどうやって……


――アースは、われは姫だ。おまえ、我の家来だ。われのモノだ! ずっとおまえ、われのものだ!


 姫……アレは友達とは言わねーな。

 じゃあ、リヴァルは? フーは?

 なんか気づいたらというか……まあ、物心つくかどうかの時にはもう一緒に遊んでたから、ぶっちゃけ友達というよりは、幼馴染?

 それは、参考にならねーな。

 なら、他には……


――おい、お前がアースか? 俺はゲリッピー! 勇者の息子だか知らねーが、俺様の勇者ブリッを――


 アレも違うな。別に。てか、友達じゃねーや。

 他には? ほら、他の優等生組だと……



――席替えで俺の次の席は……ここか。よろしくな。


――あ、アースくん!? そん、な、わ、私が、アースくんの隣!? ふぇええ、あわわわわわ……きゅ~かくん


――きゃああああ、コマちゃんが顔を真っ赤にして気絶しちゃったー!?


――おお、コマン、倒れるとは情けない。だが、気絶するぐらいアースの隣が嫌なのだとしたら、ここは我が代わろうではないか! うんうん! それが、姫たる我の役目!



 隣の席になっただけで気絶されるぐらい嫌がられたこととかあるし! 

 てか、それで「ハズレ席の身代わり」みたいな感じで姫が手を上げて隣になって、そこからずっと小言を言われて……あれ? おかしいな? 何で目から水が零れるんだろ?

 あれ? もし、幼馴染を友達ではなく、幼馴染として分類するなら、俺に友達って居たこと……??

 あ、やっぱ俺って……本当に、「勇者の息子」って肩書き以外……ほんとに何も……誰も……


「人間とゲームしたりか……お、アカさん。そういや、その棚に置いてあるの……『戦碁(せんご)』か?」

「え……んだんだ!」


 棚に置いてあるボードと、色々なマークの彫られた石を見つけた。

 それは、誰がどう見ても最もポピュラーなボードゲームの一つ。

 将軍、隊長、兵士、とか様々な階級の石で、相手を撃破したりしながら自分の領土を確保するゲームだ。

 俺もたまにサディスとやって、いつも捻られていた経験があるが……


「よし、とりあえず話は後だ。勝負だ、アカさん!」

「ほ、ほんとだか!? おでと遊ぶだか!?」

「ああ。その代わり、手加減しねーけどな!」

「んだ! さっそく、やるっぺ!」

「へへん。アカさん、戦碁できんのか?」

「ルールは知ってるっぺ。麓の街、『ホンイーボ』は戦碁で有名な街で、おで、いつか街の人たちとも戦碁したかったでよ」

「へぇ、……え? ホンイーボ? 数時間で俺も結構遠くまで来てたんだな……」

「ああ。ちょうどこの時期、街では戦碁の大会あったり、ちょっとお祭りだでよ」


 ちょっと色々とあった悲しいことを振り払うかのように、俺は明るい空気を出しながらアカさんと遊ぶことにした。

 そしてそのとき……



『ほう……戦碁か……懐かしいな…………ウズウズ……』



 トレイナが何かウズウズしていたようだが、俺はこのときは特に気にしなかった。

 

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