第46話 生きるため

『こういった森の中でこそ、逃げる獣を追い詰めるには策を弄する。罠を張る。弓矢や槍で追い立てる。しかし、その他には……自力で追いかけて捕まえる……という手がある』


 獣の速さ、そして体が小さかったりする獣に関しては木々を機敏な動きで回避しながら、足元の障害などを苦にせずにスルスルと森の奥へと消える。

 森の中で獣に追いつくなんて不可能じゃねえか?


『そう。足場も安定せずに障害物がある。ならば、どうする? 光の道を探すのだ』


 光の道?


『目的地、目標までの最短ルート。これまでスパーリングや速読でしか活躍していなかった、動体視力や周辺視野を応用したもの。経験や予測、そして周囲の観察力や状況把握能力から、障害を回避しながら目標までの最短ルートを、『自分の身体能力、受け身、足場の状況や危険度』を測りながら、見抜く能力。熟練者は、走りながら一瞬で状況を見抜き、目標まで進むべき道の最短ルートが光の道となって現れる……シャイニングロード……という現象がある』


 最短ルート。俺の今の身体能力を考慮したうえで?

 どうだろうか? 

 街中で人込みをすり抜けるように歩くとか、そういうのは自然にやったことがある。

 だが、この深い森の中でそれをやるには……


『そう、最短ルートを見つけたとしても、自身の身体能力を考慮してとなると、そう簡単ではない。よってこの森で学ぶのはサバイバル知識の他に、走る・登る・飛ぶ、更には木々や身の回りの地形などを逆に利用して飛び移る、飛び回る、狭い道をすり抜ける、そういった走りの技術……『マジカル・パルクール』を身に付けるのだ』


 マジカル・パルクール。名前は相変わらずだが、その技術は確かに便利というか……カッコいい!

 障害を苦にせず、木々から木々へと軽々移ったり、現れた岩壁を蹴って、むしろその反動を利用して更に加速する。


『そう。これをマスターすれば、森の移動は楽。更には都市内でも建物の屋根を利用しての移動なども可能とする。かつて世界最高の隠密集団と呼ばれた、『忍者戦士』が扱っていた技術だ』


 忍者戦士。その名前までは知っていたが、その詳細までは俺も知らない。

 戦時中にはあらゆる面で影から戦争に貢献したと言われる謎の戦士たち。

 誰が何をどのように活躍したのかは分からないが、それでも噂が噂を呼び、忍者戦士たちは『影の英雄たち』なんて呼ばれていた。

 ガキの頃はそういうのを素直に『カッケェ』と思ってたが、結局その正体を誰も分からないままだったので、段々と記憶から忘れられていった。

 だからこそ、まさかこんなことで忍者戦士の使う技術を知ることになるとは思わなかった。

 忍者戦士の使うマジカル・パルクール。

 是非とも習得してやろうと、俺は森の中を駆けていた。


「ウサギいいいいいいいいい!!」


 追いつめるのは、素早く小さな体で逃げ回るウサギを捕まえるため。


「蛇やカエルは嫌だが、ウサギの肉は食ったことある! ウサギなら食える! 待てええええ!」

『おい、熱くなりすぎるな。パルクールは、冷静さが必要だ。熱くなり、自分の能力以上のことをしようとすると、下手を見るぞ?』


 茂みの中を突っ切って俺を撒こうとするが、逃がさねえ。

 ぶっちゃけ、キノコより肉が食いたい!

 ウサギ肉はレストランで食ったことがある。

 牛豚とは違ったような、少し野生の風味があり、十分うまいと思った。

 

「逃がさないぜ、ウサギちゃーん!」


 そして、ここだ! そう思って俺が枝から枝へ飛んで、そこか……ッ!?


「はぶっ!?」


 ……木の枝に……両足の向う脛を打っ……距離感見誤っ……ッ!?


「いどぅええええええええええええええええ!!!!!」


 し、死ぬ!? 向う脛両方強打!? し、死ぬうう! って、おおおい!


「へぶ、ごほっ、がはっ!?」


 そのまま落ちて、後頭部! 背中、尻!


「は、がはっ、お、おご……」

『……だから図に乗るなと……』


 多少、木の枝と枝の距離は長かったけど、俺ならば届くと思ったら……ギリギリ届かなかった。

 太い木の枝に両足の向う脛を強打して、そのまま枝から落ちて地面に落下。

 後頭部を打ち付けて、背中と尻を激しく打ち、茂みで体中を擦り剝いた。


『おい……死ぬでないぞ? これで死んだらマヌケだぞ?』

「わ、わーってるよ……くそ……」


 ダメだ。全身が痺れてすぐに起き上がれねえ。

 ウサギは……あ……


「あのウサギ……立ち止まって俺を振り返って……なんだ? 鼻で笑ってんのか!?」


 立ち上がらず、追いかけて来ない俺に対して、ウサギは振り返ってジッと俺を見ている。

 もう、ウサギも逃げる様子が無い。

 別に笑っているわけではないのに、なぜか馬鹿にされているような気がした。


「にゃ、ろう……」


 小ばかにされたような気がして、俺は意地でも立ち上がってやった。

 その瞬間、またウサギはビクッと体を震わせて、いつでも動き出せるように全身に力を入れ始めているのが分かる。

 そして、そのウサギの姿を見て同時に俺も理解する。


「ちっ……ダメだな……この距離……俺が飛び出しても、そのまま逃げられる……」


 これまで追いかけっこをしていたからこそ分かる。

 あいつの機動力。俊敏性。そして小回り。

 魔力温存でブレイクスルーを使わなかったのもまずかったな。

 痛みで魔力がうまく練れねえ。

 ったく、ダメだな、俺は。

 リヴァルはドラゴン倒したってのに、俺はウサギすら捕まえられねえ。

 だが……


「舐めんなよ……この戦いは……捕まえれば勝ち……ならば!」


 少しずつ痺れが取れて、何とか動ける。

 とはいえ、動けはするも、あいつは捕まえられない。

 なら……


「ダソソ!」

「ッ!?」


 ウサギが反応した。よし、もう一回!


「ダソソ!」

「…………ッ……」


 トレイナに教わった技。獣をおびき寄せる踊り。

 最初は恥ずかしかったが、ここまで追いつめられ、更に腹も減り、このまま何も食わなければ俺も生きていけない。

 ならば、羞恥心なんて関係ない。


「ダソソ!」


 俺は心を開放して、力強いステップをしながらウサギを誘った。

 すると、どうしたのだろうか。

 ウサギが耳をピコピコ動かしながら、まるで酔っ払いのようにフラフラと俺に近づいて来る。


「き、利いた!? マジか!?」

『ほう。心を開放したことにより、ようやくできたか』


 そう、これを恥ずかしいと思わず、野ウサギに対して真剣に向き合って誘った。

 その俺の思いが獣を引き寄せた。

 これが……生きるための術……


「つ、かまえたああああ!」


 足元まで来たウサギを、俺は素早く首根っこを捕まえた。

 少し毛深く、そして重く、熱く、心臓の音すらも感じる。

 これが……命……


『ふん、ようやく一羽か。ずいぶん時間がかかったな』

「ああ……ようやく……」


 これを喰らって俺は生きる。何だか少し感慨深く……


『では、それをさっさと始末し、血抜きし、皮を剥いで内臓を……』

「え……?」

『なんだ?』


 ……えっと……ソレ……俺がするのか?


『おい』

「ッ、い、いや……えっと……その……」

『まさか、気持ち悪いから嫌だと言うのではないだろうな?』


 いや、だって、え? これをこのまま焼くんじゃないの? 

 解体すんの? え? 何で内臓とか取り出すの? 内臓……おえ……


『まったく……よいか? ウサギを捕まえてもウサギのままだ。これから貴様は、それを喰らうために、ウサギを肉にしなければならない……それを貴様がやるんだ』

「つっ……マジか……」

『これだから、既に下処理されている肉屋の肉しか食ったことのないやつは……』


 あっ、また「ボンボン」ってバカにしてる顔してやがる。

 仕方ねえだろうが、そもそも俺は肉になったものしか食ったことねーんだ。

 なんだったら、肉屋の肉どころか、レストランで料理された肉しか食ったことねえ。

 自分でコレにトドメを刺して、解体なんて……


「ん?」


 その時だった。

 茂みの奥からさらに二羽のウサギが顔を出した。

 どういうわけか、こっちをジッと見てくる。


「……おお、また……つか、何だよ?」


 俺が睨んでも二羽は逃げない。

 俺を……いや……俺が首根っこ捕まえているウサギをジッと見ているような……


「……まさか……親子じゃねーだろうな?」

『おい。くだらぬことを考えるな』

「わ、わーってるよ」


 いや、なんか、もうそうとしか思えないというか……やめろやめろ、そんな目で見るんじゃねえ。

 

「ワリーが、お前らの家族は俺が食わせてもらう。俺だって生きなきゃいけねーからな……だから……」


 だから、お前らがどんなに仲の良い家族だったとしても、俺はこいつを食う。

 そこに同情なんて必要ない。

 生きるか死ぬか、それが問題だ。

 これまで生まれてから何年間も動物の肉を食って生きて来たんだ。

 今さら、半端な同情でせっかく捕まえたウサギを……


「くぅ……」

「はうっ!?」


 そんなつぶらな目で見てもダメだ。お前たち家族は今日で終わりだ。

 さあ、今すぐ解体……


「ぐすっ……い、いけ……お前も行け! 星のキレイな夜に出会ったウサギ……お前をシューティングスターと名付けよう」

『おい、童!』


 気付いたら俺は何かがこみ上げてきて、捕まえたウサギを逃がしていた。

 ウサギは俺が地面に下ろした瞬間、ダッシュで二羽の下へと駆け寄り、そのまま俺に振り返らずに三羽は森の奥へ……



「強く……そして、家族仲良くな……シューティングスター一家……」


『逃がしてどうするううううう!!』



 その瞬間、俺に触れられないのに、トレイナが貫通する腕で俺の頭を殴る動作をした。



「だ、だって……」


『だってじゃない! なんだ、アレは! 優しさのつもりか!? 菜食主義者でもないくせに、中途半端な動物愛護を見せるやつほど究極の偽善だと分からぬのか?』


「……わ、分かってるよ……」


『分かっていない! よいか? 強き者に捕らえられて糧とされるのは、動物界では当たり前のこと。弱肉強食とはそういうものだろう?』


「……………」


『戦争も同じだろう? そうやって、人類は生存権を勝ち取ったのだ』



 いや、うん。分かってるんだ。

 だけど、どうしても……家族……それが引っかかって気付いたら……


『やれやれ……これでは先が思いやられる……結局獲れたのはキノコだけ……ん?』


 すると、その時だった。


「トレイナ?」


 俺に説教をしていたトレイナが、急に怖い顔をして森の奥をジッと見た。

 何事かと思い目を凝らすが、俺はまだ分からない。

 

『……おい……童』

「?」

『……少々予想外の……喰えそうもない危険なモノが……この森には居たようだ』

「ッ!?」


 そして次の瞬間、森の木々が揺れ、音を立てながら少しずつ近づいて来る『何か』の気配を感じた。

 同時に……何かを『三回』潰す音が聞こえた。

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