第40話 縁

「アースが……捨てた……? 確かに……帝国騎士を目指すことに迷っていたが……俺とマアムを目指すのもやめたって……」

「あの子が……そんなに思い詰めていたなんて……私……サディスに任せっぱなしで、今まで何を……」


 俺の言葉を聞いた親父と母さんが俯きながら呟き……


「坊ちゃま……私は……今まで……何を……」


 これまでずっと俺を誰よりも見てきたはずのサディスも、ショックを受けて応援の手が止まっていた。

 だが、そんな顔をするなよな。

 俺は三人にそんな顔をしてもらいたくて、こんなことをしているんじゃねぇ。

 最後に「よくやった」って言わせてやるから、ちゃんと見てろ!


「いくぞ……アース……今度は俺の動きに……ついてこれるかな?」


 そのためには、目の前のこいつを倒さなきゃならねえ。

 そしてその瞬間、これまで取り乱して動揺していたリヴァルが、途端に静まり返った。

 同時に、明らかに空気が変わった。

 静かになったというよりは、深い思考の海に飛び込んだかのような……


『ほう……あの剣聖2世……『入ったな』……』


 そのとき、高みの見物をしていたトレイナが、今のリヴァルを見てどこか感心したように呟いた。



『……入った?』


『前にも言っただろう? 人は普段は本来の能力の3割ほどの力しか出せん。しかし、極限の危機に瀕したときなど、火事場の馬鹿力として能力を最大限に引き出すことができる。しかし、世の中には意図的にその状態に入れる者もいる。度重なる危機的状況や修羅場を経験することで、その時の感覚を肉体や精神が覚え、その状況に入ることができるのだ』



 ああ、そう言えばそんなことを聞いたことがある。

 そして、そういう隠された力を自らの意志で引き出すことで、普段の数倍以上の力を引き出すことができる。



『余はそれを、『ゾーン』に入ると呼ぶ』



 ゾーン。つまりそれが、リヴァルが留学期間の間に身につけた……いや、たどり着いた境地。


『なるほどな。余の見立てより、1.3割ほど強いではないか』


 トレイナも少し計算違いがあったことを認めたようだ。

 となると、俺が勝てるという計算にも少し影響が……?


「帝国流剣術……疾風牙!」


 速いっ! と、思った瞬間に、俺の肩口に衝撃が走った。


「いっ、つっ!?」

「ようやく捉えたぞ、アース」


 飛び出した瞬間しか分からなかった。

 体が避けようと反応した瞬間には、もう剣が俺の肩を打ち抜いていた。

 こいつ! 俺の動体視力や予測を超えた!?


「っなろぉ!」


 危ねえ。距離を取らねえと。

 しかし、こんなアッサリくらっちまうなんて。

 トレイナとの訓練で、見てから反応するんじゃなくて、相手の肩、筋肉、視線、足、あらゆる所作から動きを先読みすることを鍛えたのに、リヴァルが動き出すまで分からなかった。



『童の先読みですら反応が少し遅れるほど……無駄な力や癖を一切排除した突き……血の滲むような訓練と、多くの実戦を経てたどり着いたものだろう』


『ッ、だが、訓練なら俺だって……』


『たかが二ヶ月……そして何より致命的なのは、童は本当の意味での『実戦』を経験していない。どれだけスパーを続けても、やはり実戦は違う。本当の意味での命のやり取りを経験していない童では……ゾーンに入った相手は少し荷が重いか……』



 俺には荷が重い。そう呟くトレイナの言葉が重くのしかかり、しかしそんな俺の状況を一切知らずにリヴァルは追撃してくる。

 バックステップで距離を取ろうとした俺に、すかさず間合いを詰めてくる。


「帝国流剣術・閃光流星剣!!」


 連撃。一振りで同時に幾重もの剣を繰り出されていると錯覚するほどの高速斬撃。

 これもさっきの技よりも明らかに速い! 

 周辺視野で、手元、柄の角度、腕の動きで何とか回避を……回避……できねえ!


「で、出たー、高等技・流星剣! ついにリヴァルの本領発揮だ! てか、み、見えねえ!」

「速い! あれで本当にまだアカデミー生か?」

「アースも、何とか回避してる……いや、掠ってる! つか、どんどん……血が……」

「おい、どうした、アース! 逃げ回ってないで男らしく戦え!」

「リヴァル様ーッ!」

「すごい、リヴァルくん、かっこいい……」


 いって! 頬が切れ……腕も足も掠って、ッ、だめだ、避けきれねえ!

 このままじゃ……


『勝てんな……今の童では……』


 今の俺では勝てない。

 トレイナがついにそう断言した瞬間、リヴァルの斬撃全てが俺の全身を打ちつけた。


「う、お、お、おおおおおおっ!?」


 もし、これを模擬戦用に刃を潰した剣ではなく、真剣でやられたら全身をバラバラに切り刻まれていただろう。

 これが、リヴァルの本気。

 努力する天才の力。

 俺では勝てない……



『『勝てない……そう、今のままではな!!』』



 その瞬間、俺の心の中の声がトレイナと一致した。


「ん? なにを……何を笑っている、アース! 勝負を捨てたか?」


 笑っている? この状況で俺が?

 そうなのかもしれねーな。

 つか、多分だけど俺だけじゃねえ。

 きっと、トレイナだって今、笑っているのかもしれねえ。

 やけに、機嫌良さそうだったからな、さっきの声は。



『童よ。今一度問おう。以前までの貴様は何者……『だった』?』



 全身に痛みが刻まれていく中で、どこか機嫌よさそうにトレイナが尋ねた。



「以前の俺は……勇者ヒイロの……『ただの息子』……」


「アース?」



 俺の突然の独り言に何かを感じた様子のリヴァル。だが、俺『たち』は続ける。



『では、今の貴様は誰だ?』


「あんたの弟子だ……」


『そうだ、貴様は一体誰の弟子だと思っている? 大魔王トレイナの最初で最後の弟子……』


「分かってるさ……」


『そして、今から貴様は何になる?』


「決まってる!」



 俺は勇者の息子。間違っていない。


「さっきから、何をブツブツ言っている! 真剣に戦う気があるのか、アース!」


 俺は魔王の弟子。それも間違ってない。

 だが、これからはその全てをひっくるめて、新しい俺になる。



「新しい、そして本当の俺だ!」


『そうだ! 全ての者に見せつけよ! 行け、アース!!』



 それは、出会ってから初めてトレイナが俺の名を叫んだ瞬間だった。

 そこに深い意味があったかどうかは分からない。

 ただ、名前を呼んだだけだ。

 でも、これまで俺のことを「童」と呼び、「勇者ヒイロの息子」としか見ていなかったような気もしていたトレイナが、初めて俺の名前を呼んだ。

 それが、俺はたまらなく嬉しかった。


「ああ!」


 なんだ? この湧き上がる高揚感は。

 ただ、名前を呼ばれただけでこの熱くなってくる衝動は。

 負ける気がしねえ!

 たとえ、今はまだ未完成だとしても……


「いくぜ、これが俺だ、リヴァル!」


 激痛と引き換えに、意図的にこじ開けた俺の全身の魔穴。

 体内の魔力タンクから、大量の魔力を引き出し、そして全身に留める。

 ブレイクスルーモード。


「ッ!? この魔力の波動……え? どういうこと!?」

「ん? どうしたのだ、フー?」

「アースの体内から……うそ? こ、これほどの魔力量が放出……されようとしている!? なんで? できるはずが……」


 どうやら、フーは流石に気づいたようだ。

 たとえ、魔力があったとしても、それに見合う魔穴が無ければ放出できない。

 そして、俺の開放されていた魔穴の「本来」の数はフーより下。

 だから、出来るはずがない。だけど、俺はできる。

 なぜなら、魔穴の数を無理やり増やしたからだ。


「この……力は! な、なんでアースが……!? なんだ、アレは! あいつ、どうやって!?」

「あの光……大魔王とは……『色が違う』……でも、似てる!」

「ああ……大魔王トレイナは……『赤い色』の光だった……でも……確かに似ている」


 溢れ出る……魔力そのもの……魔力のオーラ……輝く『緑色』のオーラだ!

 流石に、親父も母さんも、そして陛下も身を乗り出してやがる。


『そう……余とは魔力の色が違う……貴様は最初に言ったように、『土属性』に長けていた。大地の、生命溢れる緑の光……。ヒイロたちも、余と戦いはしたが、そのモードの名前や原理までは知らんから……『似ている』……に留まる。それなら、心配要らんだろう?』


 唯一の懸念は、親父たちが「俺が大魔王の力を使える」なんて思わないかどうかだったが、要らない心配だった。

 それに、トレイナ自身の『本当の戦闘スタイル』は今の俺とは全く違うから、俺とトレイナの繋がりを疑われることもないだろうというのが、トレイナの言葉。


「この力は……坊ちゃま……」

「アース……なんて温かく美しい……光……」


 あとは、見せてやるだけだ。サディスにも姫にも……そして……


「お前にもだ、リヴァル!」

「ッ!?」


 体がさっきよりも更に軽く、力が溢れ、熱く滾り、そして思考までも加速しているような感覚。


『忘れるな? 90秒だぞ?』

「10秒だ!!」


 そして、もう止まれそうにねえ!

 

「そらあああああああ!」


 左! 左左左左左左!


「う、お、おおおッ!?」


 さっきまでの相手を翻弄するようなフリッカーとは違う。

 相手の芯にまで響かせる。当てて、更にそこからもう一伸びさせるように打つことで、衝撃を分散させない殴り方。


「な、なんだあ!? 今度は、アースがまた殴り始めた!」

「た、ただの左パンチを、リヴァルが避けられねえ!」

「な、なんなんだ?! 変な光がアースを包んだと思ったら……」

「さっきよりもずっと速い……ってか、攻撃が、速すぎて見えねえ!」


 パンチを当てるための左じゃない。

 

「ぐっ、避けられ……バカな! ……ゴッド・コンセントレーションに入った……俺が!?」


 なんなら、この左一本で叩きのめす!

 徹底的にな。


「こ、これがアースだと? アースがこんな力を……」

「速いわ……それに、左の拳に貫通力がある! あれでは、リヴァルはガードしてもダメージを防げないわ」

「まるで、槍の鋭さを持ったハンマーだ……これが……アースの本当の力だと?」


 そうだ、もっと見てくれ、親父、母さん!


「知らぬ……我が今まで戦ったアースとまるで……どうなっている? 一体、何が起こっているのだ?」

「強すぎる……僕たちは強くなって帰ってきたと思ったのに……アースがこんなに強くなっていたなんて……」


 姫も、フーも……


「ぼっ……ちゃま……」

 

 サディスももっと見てくれ!


「おるああああああああ!」

「ぐっ、うっ、ぐうううっ!?」


 拳に残る感触。砕いたと分かる骨の響き。

 何も反応できない幼馴染の顔を殴り続けることに、僅かながら心が少しだけ揺らぎもするが……でも、リヴァルも……


「く、ぐ、う……ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」


 そう、リヴァルもまだ目が死んじゃいねえ。

 気迫。気合。剣気。闘気。あらゆる気を込めてリヴァルは吼える。

 それは見せ掛けじゃねえ。

 俺を吹き飛ばそうとするほど空気が弾け、闘技場の壁にも亀裂が走る。


「ちっ、まだ元気じゃねーか!」

「はあ、はあ……強い……まさか……これほどまでにお前が強くなっているとはな……だが、俺は負けない! 負けてたまるものか! この一回戦で……全ての力を出し切ろうとも、お前には負けない!」


 リヴァルもまた、全てを出し切ろうとしている。

 

『……おい、童……広範囲に広がる剣の一撃だ。刃を回避しても、発生する衝撃波で吹き飛ばされるぞ? セオリーなら……ある程度の距離を保って回避するところだろうが……』


 トレイナの呟きだが、俺は言われなくても分かっていた。


「お前にこれが受けられるか? アース! 火竜を倒し、ドラゴンスレイヤーの称号を得た、俺の最強の剣を!」


 リヴァルは自分の全力を込めて俺を否定する。そのための力だ。

 なら……


「関係ねえよ。俺だって、負けるためにここに来てるわけじゃねーんだ。どんな形にせよ、誰に何と言われようと……これが、今の俺! なら、俺も応えてやるさっ!」


 正面からブチ破る。

 そのためには、このブレイクスルーモードでも、天覇光牙流星閃光螺旋快進撃では少し微妙かもしれねえ。


 となると……アレしかねえ!

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