第39話 身勝手

「アース……お前は一体、何なんだ?」


 距離を空けて小刻みにステップしながら構える俺に、リヴァルは仕掛けて来ず、今の想いを口にしてきた。

 多分、それは静まり返っている今の会場中の連中もそう思って居るんだろう。


「魔法剣士だったお前が剣を捨て……それがこれほどの体術を使うなど……ヒイロさんやマアムさんに教わったのか?」


 俺の今の戦い方やこの力はどうやって身につけたのか?

 まず、最初に考えられる理由としては、やはり親父だろう。


「……本人たちは、陛下の隣で口開けて驚いてるぜ?」

「…………ッ」


 そう言って、俺は身を乗り出しながら驚いている親父たちの来賓席を指差す。

 それを聞いて、リヴァルは苦虫を潰したような顔を見せる。


「ただの体術ではない。帝国流とはまるで違う動き……それでいて、その型は独特なれど、流れるように美しく淀みない……そんなものをどうやって?」


 そして、きっと皆が気になっている、「どうやって」というものだ。

 親父たちも身を乗り出して俺の言葉を待っている様子。

 とはいえ、トレイナのことを言うわけにもいかない。

 ので、俺が言えることは……


「基礎能力アップのため、フットワークの練習、ひたすらスパー……模擬戦の繰り返しだ……そして、読書だ!」


 嘘ではない。実際それの繰り返しだったからだ。


「読しょ……って、ふざけるな! それだけで……それだけなはずがあるものか!」


 しかし、リヴァルはそれで納得していない様子。

 何故なら、「それしかしていない」という奴に自分がここまでやられるはずがないという自負があるからだ。


「ひたすら剣を振ってきた。留学中も、他国の戦士や強豪たちと剣を交えて経験を積み……さらには火竜すらもこの剣で葬った! 全ては最強の剣士になるために!」


 俺はその火竜どころか、竜王と喧嘩して倒した相手と2ヶ月間みっちりトレーニングしたんだが……まぁ、仮想だけどな……


「しかし……それが……いつどこでどうやって覚えたかも分からない体術に翻弄されているのだ……模擬戦だけ? しかも読書? ふざけるな! 俺は真面目に聞いているんだ!」


 だからこそ、俺が両親に教わったわけでもなく、隠れて身につけた体術で、しかも基礎トレと模擬戦と読書しかしていないという俺の言葉を「それだけなはずがあるか!」とリヴァルは怒鳴る。

 だが、正直……本当に、それしかしていないんだ。ディスティニーシリーズだって読破した。

 いや、それをやり続けて来たんだ。



「ほんとさ、リヴァル。俺はお前のように……立派な信念を持ってやっていたわけでも……お前以上の努力をしたり、実績を得たわけでもない。ただ、本当に……それしかやってなかったんだ」


「この期に及んでまだ……」


「だが、それだけしかやっていなかったが……少しだけ俺も気持ちのあり方については変わってきたような気もする。多分、それが大きいのかもしれねえ」



 リヴァルがあくまで「それ以外に何かあるはずだ」と言うのなら、あえて上げるとしたら、俺はソレなのかもしれないと感じていた。


「アカデミーに入ってずっと、俺は超えられない壁にイラついていた。親父と母さんの子供にしては物足りない……そんな世間の声、世間が納得するような力、その壁を超えられなかった」


 それは、俺がだんだんと自分に求められる世間の期待が重くなってきた頃。


「姫様のように総合力があるわけでもなく、フーのように魔法の才能があるわけでもない。お前のように血の滲むような努力で身につけた突出した剣技があるわけじゃねえ。親父を模倣した魔法剣を振り回しているだけだった」


 そして、同時に姫様たちと違って突出したものがないゆえの劣等感。

 必死に自分も「親父のように」と努力をするも、自分や周りが望むような成長も覚醒も無かった。


「お前だって知っているはずだ。俺だけが違う……俺だけが物足りない……俺だけがハズレ……そんな中途半端な存在だと」

「アー……ス……いや……そんなことは……」

「気を使わなくていいぜ。誰もが思っていたさ。お前らも……この国の奴らも……きっと……実の両親すらもそう思っていただろうよ……そして、俺自身ですらな」


 そうやって、俺自身も自分で自分をそう思い込むようになり、だんだんと自分に自信が無くなり、ふてくされ、腐りかけていた。

 だが……



「だが、そんなある日、あるお節介が俺にハッキリと教えてくれたんだ。俺には親父と同じ才能はない。親父のモノマネをしても、一生追いつくことはできないと」


「……なに?」


「物足りないとか、まだ未熟とか、いつか覚醒するとか、そういうことじゃない。『俺には無理だ』とそいつはハッキリと言った」



 驚くリヴァルに、ざわつき出す観衆。

 チラッと来賓席を見ると、親父や母さんも驚きながらも、ショックを受けたような顔をしていた。

 だが……


「でもな、代わりにそいつはこうも言ってくれた。俺は親父の物真似では親父には追いつかない……自分に合った個性を生かすことを考えろ……ってな」


 そう、親父ではなく俺自身に合ったものを身に着けろ。

 その言葉は正に目から鱗で、俺はそこから変わることができた。


「まぁ、この体術が俺に合っているかどうかはまだ分からねーし、俺もまだ道の途中だ。ただ、俺はなんか、スッキリしたんだ。俺は親父でもなければ、母さんでもない。俺は俺に合ったもので、俺の道を行く……そのことに気づいた」


 トレイナの指導そのものは確かに重要で俺の身になり、短時間で俺をここまで引き上げてくれた。

 だが、それ以外にも俺がこうして成長できた要因を挙げるとしたら……


「重たいものが無くなって、軽くなった気がしたんだ」


 思いのほか、自然とそう言う事ができた。

 だが、それは俺ら「2世」にとっては……


「ふざ……けるな、……ふざけるな、アース! お前は、自分が何を言っているのか分かっているのか!? 世界を救い、大魔王を打倒した大勇者ヒイロの魔法剣を……戦巫女のマアムの武を……その力を受け継がずに自分の道を行く? お前が……俺たちが、偉大な先人たちの力を受け継ぎ、後世へ伝えていかなくてどうするというのだ!」


 リヴァルは俺の言葉に激しく声を荒げた。


「そんな……そんなことをお前が言うとは思わなかった! こんな……こんな悲しいことがあるか!」

「なんだよ……いつもクールぶってるお前が、随分と熱いじゃねえか」

「はぐらかすな! そんなこと許せるものか……お前は……お前こそが……昔から俺たちを……引っ張って……そんなお前だからこそ……なのに……そんなこと、あっていいはずがない!」


 リヴァルだけじゃない、姫も、フーもそうだ。

 偉大な七勇者の技。それは世界を、人類を救った力。

 その血縁である俺たちがそれを受け継がず、自分で途絶えさせようという考えを許せないんだ。

 だから……


「分からせてやろう……アース! 俺たちは一人で戦っているわけではない! 多くの者に支えられ、想いを受け継ぎ、背負い、この場に立っている! 自分一人の身勝手な理由で全てを蔑ろにしようとするお前に……全力で俺が分からせてやる!」


 普段はクールなリヴァルが熱く猛る。

 俺に「勝つ」ためではなく、「倒す」ための力を振るうつもりだ。

 俺はその想いに……


「たとえ身勝手だとしても、それでもこの御前試合における俺のスタンスは変わらねえ。俺は俺を証明し、俺が勝つなんて思ってねえ奴らに、俺の力を見せつけて勝つ! お前に、お前らに、親父に、母さんに、サディスに、この国に居る連中にな!」


 そして、今はもう一つ……


「そして、俺が俺を証明できるまでに俺を導いてくれたお節介な奴に報いるためにも……結果で示す! 拳で魅せる!」


 今も俺を見守っているあいつに報いるためだ。

 そういう意味では、自分一人だけの身勝手な理由じゃねえかもな。

 それが、俺なりのあいつに対する「礼」みたいなもんだ。

 多分あいつなら、好きな本百冊読ませてやるとか、礼儀正しくお礼を言うとかより、そっちの方が……


『そうだな』


 ほらな。



「だから……いつまでも口でゴチャゴチャ言ってねーで、体で行くぞオラァ!!」


「ああ。お前に見せてやろう! 帝都の温い環境でヌクヌクとしていたお前に……俺の本気を!!」



 次から本当の本番ってやつだな。

 だが、受けて立ってやる。

 今の俺なら、リヴァルの自信にも経験にも正面からぶつかれる。


『無論だ。さっさと、証明して来い』


 ただ一言、そう断言するあいつの言葉に、俺は更なる自信が漲り、同時に胸が熱くなり、背中を強く押し出された。

 

「押忍!」


 もう、負ける気がしなかった。

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