第38話 幕間(大魔王)

 なかなか貴重な経験だな。

 これまで、数多くの者たちを率いてきた余だったが、誰かを育てたことはなかった。

 教え子が成果を存分に発揮し、成長を感じ取れるということは、悪くない気持ちだ。


「アースの拳がリヴァルを捉えた!」

「いやああ、リヴァル様がー!?」

「リヴァルが倒れた……今、思いっきり顔面に入ったぞ!」

「つ、ツエー……アースのやつ、メチャクチャ強いぞ!」

「どうなってんだよ……天才リヴァルが手も足も出ないのか!?」


 これまで、童のことを「知った気」になっていた節穴のボンクラ共たちが驚愕する反応には余も思わず笑みが零れる。

 そして何より……


「し、信じられねえ……アースのやつ、どこであんな体術を? あんな身のこなしをいつ……?」

「ヒイロとも……私とも……ましてや、サディスとも違う……あいつ、一体どうやって……?」


 貴様らが驚きを隠せていないことが、何よりも余にとって優越を感じるというものだ。

 なあ? ヒイロ。マアム。

 分からんのだろう?

 貴様らの息子に何が起こり、どうしてこれほどの力を手にしたのかを。

 全ては余だ。

 完全に貴様らが滅ぼした気になっていた余は、このような形でまだその存在を証明しているのだ。


『にしても……皮肉なものだな』


 思わず余がそう口にした瞬間、余は少し昔を思い出した。

 かつて、あやつが今の童と近い歳の頃、余と戦っていた頃だ。


――信じ合える仲間たちとの絆が―――


 思い出すだけでもムズ痒いような言葉だった。

 甘ったれた子供の夢想にイラついた。

 だが、それでも認めねばならぬのは、どんな形にせよ、余が負けたということだ。

 負けた以上、奴の言葉を今さらどれだけ否定しようとも負け惜しみ。


――俺たち人間は負けねえ! そして、魔族との種族の壁だって越えてみせる!


 ああ、そういえばそんなことも言っていたな。

 で、あれから十年以上の月日が経ったが、どうなったのだ?

 余を滅してまで手にした世界で、貴様らはかつての甘ったれた戯言を実現できたのか?

 その答えを今の余では知る術はない。

 それこそ、童を通じなければな。

 そう、貴様の息子だ……ヒイロ……


『ふっ……にしても、こういうこともあるものなのだな……幾度となく対峙してきた余と貴様らだが……今はこうして、互いに戦うのではなく、ただ同じものを……同じ男を見守っている。そして、本来なら息子のことを誰よりも知らねばならぬ貴様が何も知らず、今では余の方が貴様の息子のことを知り尽くしている……』


 思わず口にしながら、余は来賓席に居るあの男を見上げた。

 奴には余の姿も見えなければ、声すら聞こえぬ。

 故に、余がどれだけ独り言を呟こうとも、童が聞いていなければ、それは本当に意味の無いもの。

 だが、それでも余は思わず口にしてしまっていた。

 自らの気まぐれで導いた、かつての宿敵の息子のことを。


『戦後の世……現在、この世界がどうなっているか分からんが……少なくとも、貴様の家庭はあまりうまくいっていないようだな。反抗期……という言葉で片づけるには少し難しい、貴様の息子を見ていれば分かる』


 宿敵の血筋なれど、それでもあの閉ざされた封印の間で永久的に繋がっているぐらいならばと取り憑いた。

 今では奇妙な関係を築き、師弟ゴッコのような間柄になってしまったが、十数年ぶりの暇つぶしには十分すぎるものだった。

 その手始めに、余は童にヒイロを思わせる戦闘スタイルをやめさせた。

 それは、別に余が気に食わなかったわけではなく、純粋に童には合わないと判断したからだ。

 しかし、口に出して童に直接伝えたとき、余は驚いてしまったぞ。

 15の小僧に、「父親と同じ才能が無い」と伝えたとき、童が余に言った言葉にだ。


――いーや……なんか、ザマアって感じでむしろ気持ちよさそうだぜ! 俺は親父の息子じゃなくて……正に、俺は俺だろうがって感じでな! なんか、少しだけウザったいと思っていた呪縛みてーなのが、一つ取れて気持ちが楽になった気がしたぜ


 奴は、余に向かって強がりではなく本心でそう言った。


――頼むぜ、トレイナ。俺に合った道に導いてくれ


 童も気付いていなかっただろう。あのとき、その言葉を聞いた瞬間、余は驚いて思わず顔に出そうになったことを。


『分かるか? ヒイロ。人は、自分がこれまで積み重ねてきたものや、目指してきたものを簡単に捨てられはしない。努力して突き進み、そのために時間を費やしたのなら費やしたほど、それまでの自分は間違っていなかったと信じたいものだ。それを人に言われただけで捨ててしまうのは、ある意味これまでの自己の否定になる』


 そう、だから余は自分で提案しておきながら、童に「父親と同じ才能が無い」と言いながらも、童は反発して揉めるだろうと思った。

 しかし、そうはならなかった。


『貴様の息子は捨てたぞ? たとえ口では何と言おうとも、それまで目指し、根底では憧れていたはずの貴様という目標やスタイルを。それをむしろ、重荷が無くなったと思うほど……それがどういうことか、分かるか? ヒイロ』


 童と一緒に居れば、どれだけ貴様ら親子の接する時間が希薄であったかが分かる。

 そして、貴様らの童に対する態度を見ると、恐らくは「親子は心と心で繋がっている」という甘えにも似た願望があったのだろう。

 それを言えたのは、まだ童の戦闘スタイルが「父親と同じ魔法剣」ということがあったからとも言える。

 しかし、童はソレを捨てた。

 挙句の果てに、貴様のように帝国騎士を目指すこともない。貴様の進んだ道や用意した将来を進む気も無い。

 なら、ヒイロよ。マアムよ。貴様らはこれまで実の息子に一体何を残したのだ?


『こうして、たかが二カ月の修行で「何が起こったか分からない」という顔で驚いているだけでは、貴様らは本当に失うぞ?』


 余を倒し、世界の平和を手にし、人類の生存権を勝ち取り、未来を手にし、そして貴様らは唯一無二の英雄という称号も得た。

 だが、このままでは人として手にした普通の「ありふれた幸せ」とやらを手放すことになるぞ?

 

『ふっ……くだらぬ……余にとってはそもそも、どうでもいいことか……貴様ら家族がどうなろうとも……貴様ら夫婦が親失格であったとしても……余には関係な……い……』 


 嗚呼、そうか……どうして、余がこれほど下らぬことを思ってしまったのか……

 これまで、十年以上もの封印の日々の中で、別にそこまで気にもしなかったことだが……童と過ごした日々で……どうしても思い出してしまったのか……


『……同族嫌悪というやつか……』


 まあ、それも今はどうしようもないことだがな。


『余が童を鍛えてやるのは、気まぐれであり、そういう話の流れになったからだ。余は……貴様ら親子を取り持つことは絶対にせんぞ?』


 それに、お節介はもう既に一度だけはしているしな。


――貴様がまずすべきは……勇者としてのヒイロの力を知るよりも、勇者としてのヒイロを超えるよりも……まずは、ヒイロが勇者になるまで歩んだこれまでの道のりを知ることだな


 アレもあくまで童の成長の材料になると思っただけであり、余から貴様のことを教えることはない。

 貴様が息子と向き合って教えることも無ければ、童がそれでも知ろうともしないのであれば、別に構わん。

 余は、そこに口出しはしない。

 余がするのは、一つだけだ。



「ぐっ、くっ……アース……」


「おっ、流石にタフだな。俺の必殺パンチを食らっても意識を断たれねえなんてな」



 立ち上がった剣聖2世。

 かなりのダメージを負ったはずだろうが、寸前で首を捻って威力を僅かながら軽減したのだろう。

 その身のこなしを流石と言うべきか、仕留めきれない童を未熟者と言うべきか。

 恐らく、あの剣聖2世は「まだ力を隠している」という様子だ。

 仕留められるときに仕留めておかないと、後で悔いることもあるかもしれんぞ?

 だが、それはそれとして、今のところは童が圧倒的優位であることに変わりない。

 当然、それは観客のボンクラ共も同じ認識なのだろうが……


「立った! リヴァルが立ったぞ!」

「で、でも大丈夫か? あんなに殴られて……」

「それにしても、アースがあんなに強いなんて……」

「これまで、ヒイロ様とマアム様の息子はハズレだなんて誰が言ってたんだよ!」

「俺は知ってたぜ? アース坊ちゃんはやるときゃやる男だって!」

「ああ、とんでもねえぜ!」

「だな。見直したぜ!」

「うん、流石は―――」


 嗚呼、これだけやっても……まだこれか……



「「「「「流石は、勇者の息子!!!!」」」」」



 ヒイロ……マアム……今のも気付かぬか? 

 ボンクラ共が称賛のつもりで送っている言葉で、童の心がどれだけ穏やかではないかを。

 対戦相手に向かって不敵な笑みを浮かべながらも、今のボンクラ共の発言で眉を僅かに顰め、口元が引きつった童の反応を。


 そうだな……童……まだ、足りぬようだ。


 これでもまだ、貴様自身を世間は認めぬようだ。


 なら、もっと見せてやれ。余の弟子ならば、ボンクラ共の目を覚まさせてやれ。


 そして、貴様が最も欲しい言葉。「流石は、アース・ラガン」と認めさせてやれ。


 その瞬間を、余は見届けてやる。


 それが、今の余がしてやれる一つのこと。


 仮にも、師匠だからな。

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