第37話 拳の嵐

 紙一枚。

 布一枚。

 皮一枚。

 全てが当たるかどうかギリギリの距離。

 だが、それでも掠りもしない。

 触れもしない。

 全てを見切るだけでなく、どの程度ギリギリで回避するかも、俺はもう調整できる。


「ッ、あ、アース……お前……」


 剣を振りながら、リヴァルも戸惑い始めているな。

 リヴァルの剣は確かに速いかもしれない。

 だが、剣を長い腕に見立てた場合、剣に関節があるわけでもないから、途中で予想外の軌道になることもない。

 肩口と腕の角度さえ見れば、ましてや両手で振り回せば、軌道なんて見る前に予測できる。

 

「うわああ、い、今、掠ったんじゃないか!?」

「リヴァルも更に速くなってきた!」

「このままじゃ、いつか全部食らうぞ!?」

「アースが防戦一方で何もできねーぞ!」


 掠ったんじゃない。掠らせてんだ。

 皮一枚すらも見極められることを確認するために。

 

「ッ、て……帝国流剣術!」


 だが、リヴァルもこのままじゃない。

 更に攻撃の手を加速させて俺を力づくでねじ伏せようとしてくる。

 足腰、踏み込み、どれもが今よりも力強くなり、リヴァルもアゲて来ているってことか。

 

「天輪光華乱舞ッ!!」

「くははっ!」


 正に、光の速度を彷彿とさせる幾重にも弾ける閃光の斬撃。


「な、リヴァルのやつ、あんな剣まで!?」

「あんなの、上級剣士でも使い手は数えるほどしか……」

「やられるぞ!?」


 当然観衆も「これで終わり」と思うだろう。

 今の俺は魔力を纏っていない。

 一撃でも避けそこなえば、それで終わり。

 避けそこなう……気がしねえがな!


「捕まえられねーか?」

「ッ!?」


 全撃・最短距離・最小限・最速回避。

 軽やかに動く足は、ラダーで鍛えた成果を発揮し、俺のイメージ通りに寸分の狂いもなく動く。

 脳で感じた指令が肉体に光速で行き渡り、実行する。

 超高速のフットワーク。


「……お、おい……リヴァルのやつ、どんだけ剣を……」

「つか……お、おい、さっきから……」

「……ちょっと待てよ?」

「うん、ねえ? リヴァル様の剣が……さっきから」

「な、なあ、あれ……ひょっとして……」

 

 おっ、観衆もさっきまでキャーキャースゲースゲー騒いでいたのに、段々とおかしなことになっているのに気づいたようだ。


「な、なぜ……坊ちゃまがこれほどの……動きを……?」


 ああ、もっと驚いてくれ、サディス!


「天輪の……剣まで全部……ッ、リヴァルの剣はおかしくねえ。つまり、見切ってやがる……アースが全部!」

「うそでしょ? アースの、あの反射神経は……それに、あの……翼が生えたような……足さばきはどうやって!?」

「……ヒイロ、き、君が教えたんじゃないのか!?」


 見ているか? 親父、母さん、皇帝陛下!


「うそでしょ……なんで?! リヴァルの剣が……火竜すらも倒した、リヴァルの剣が、あ……当らない!? リヴァルがまだ『あの力』を使っていないとはいえ、これはどういうこと!?」


 ああ。それも、当らなければ意味がねーんだよ、フー!


「ばかな……わ、我も知らん……こんなアースは知らん! 何なんだ!? あそこで、何が起こっているのだ!?」


 姫、俺の実力を一番知っているあんたにそう驚いてもらえることが何よりも気持ちが上がってくる!


「ッ、アース! お、前は一体!?」


 そして、光速の剣を振るいながらも、抑えきれない戸惑いを吐き出すようにリヴァルがそう尋ねた瞬間、もうここまでだと俺も感じた。

 あとは……


『くくく、さあ……ボンクラ共に……そして、平和ボケしている貴様の父や、全ての勇者たちに見せつけてやれ』

「押忍ッ!」


 俺の証明だ。

 

「ぶはっ!?」


 俺もそこでようやく初めて手を出す。


「「「「アースの攻撃がリヴァルに入った!?」」」」


 斜め下からリヴァルの顔面を打ち抜くような左。それを連打だ。


「ぶはっ、ぐっ、なっ、ぐっ!?」


 大魔フリッカージャブ! 

 スナップを利かせて下から振り出すように入れる。

 それだけじゃない。

 リヴァルが前へ出ようとした瞬間、一歩踏み出すことによって僅かに姿勢が低くなる瞬間、更に俺が低く腰を落として下からカウンターのように打ち出す。

 その結果、まだブレイクスルーで強化もしていない拳で、リヴァルの鼻と顎を打ち抜き、鮮血を飛び散らせる。


「いやあああああ、リヴァル様のお顔がああああ!?」

「は、速ぇ!? なんだ、あのパンチは!」

「なんで、アースがあんな攻撃を使えるんだ!?」

「剣を持っているリヴァルに、何であんな簡単にパンチを入れられるんだ!?」


 普通、武器を持っている相手に素手で戦うようなことはしない。

 万が一する場合は、相手の間合いを殺すように超接近戦を仕掛ける。

 だが、今の俺ならこの左の距離で十分に……いたぶれる!


「ぐっ……速い……がっ、ぐっ……反応できなっ!? ぐっ……ぐっ……!」


 とはいえ、一撃で仕留める技じゃねえ。

 リヴァルも俺の拳に面食らうも、回避できないなら、もう耐えきってあえて受けながら無理やり攻撃を繰り出そうとしてくる。


「帝国流剣術……ぶっ、がはっ、ぐっ!」


 だが、技を放とうとした瞬間に間髪入れずに連打を入れまくる。

 リヴァルの顎、鼻だけでなく、耳を叩き、怯んだ瞬間にまた顎。

 

『くく、ふはははははははは、近づくこと……技を発動させることすらできんか……剣聖2世の初動動作が今の童には見え過ぎているな』


 そう、相手の技すら発動させない。

 すなわち、初動動作を潰すこと。

 今の俺の眼力なら、リヴァルの初動動作が全て手に取るように分かる。

 一方で、俺は肩や足を小刻みに揺らし、左を振り子のように揺らすことで、初動動作を悟られないようにし、動きの中で左を放つ。

 パンチの威力を上げるためではなく、パンチを当てるための技術。


『そう、格闘において、もっとも大きな武器となるのは……左半身を前に構えたときに繰り出される、左ジャブ。相手と最も近い位置にあり、最短最速で相手の頭部を打ちぬける武器。更に、左を下げ、鞭のようにしならせて下から斜めに払うように飛ばすフリッカーの軌道は奴には見えぬ』


 帝国流にも体術がある。しかし、その型をトレイナとのスパーで全部捨てさせられた。


『無駄な蹴りや、大振りなパンチを覚えたところで、それを当てるまでのプロセスがなければ意味を成さない。その点、左ジャブというのは攻撃の組み立て、基本、あらゆる面で効果的なものなのだ。そして……左の連打を当て続ければ、それはそれで……十分殺傷能力のある武器となる』


 技の発動を抑え、リヴァルの体幹が揺らいだ。

 あまりにも美味しい隙に、俺はもう我慢せずに飛び込む。


『そして、左で相手を崩し、溜め込んだ大砲を叩き込め!』


 素早いステップインでリヴァルに右拳を……いや……待て。


「ん?」


 リヴァルが吼えようとしているぞ? 内に秘めたものを開放しようとしている。

 そのことが「事前」に俺は分かった。



「くっ、がっ……ッッ、は……離れろおおおおおおおおお!!」


「……おっ」



 流石に左一本で仕留められねーよな。

 そう簡単にはこいつもやられねーってことか。

 まだ、右はお預けだな。


「うおっ、リヴァルが吠えた!?」

「すげえ、周囲を吹っ飛ばすような……闘気!?」

「間合いに入り込んだアースを無理やりふっとばし……いや……」


 俺はふっとばされる前に、自分から素早いバックステップで距離を取った。

 結果、俺はノーダメージだ。



「はあ、はあ……アース……お前……」


「よう。だいぶ、いい面構えになったじゃねえか」



 そして、開始から繰り出された攻防は一旦の間が空き、そこには無傷の俺と、激しく息を切らせ、顔を血と痣で腫らしたリヴァルがいた。

 ここまで来ると、もう歓声も驚愕の声も上がらないもんだ。

 誰もが、得体の知れない何かを見ているかのように言葉を失って静まり返っている。


『ふふ……さてさて……どうだ? ヒイロ。徐々に余に染まっていく貴様の息子は。まぁ、貴様とはこういった殴り合いをしていなかったから、余の影に気づいていないようだが……しかし、貴様とマアムの才の片鱗すら感じさせぬこの童を、どう思う? ふはははは!』


 そして、これまでの俺の動きに上機嫌になったのか、トレイナは親父たちを見上げながら笑っていた。

 そう、誰がどう見ても『一旦の間』。インターバルみたいな空気になっている。

 だがな、こうして相手が未だに動揺してくれている状況で、止まってどうする?

 

「で……もう、休憩か? リヴァル!」

「ぐっ、アース!」


 地面を力強く蹴って、今度は俺の方から一足飛びでリヴァルの間合いの中へと飛び込もうとする。

 あえて、相手を惑わすようなステップはせず、直線に俺は飛んだ。

 

「正面から……嘗めるな、アース! 確かにお前の左パンチも足さばきも捉えにくいが……」


 当然、リヴァルは反応する。


「ここだ! もらった!」


 正面から飛んできた俺をカウンターで迎撃しようと、正面から俺の頭部めがけて剣を振り下ろそうとする。

 その瞬間、俺は内心ほくそ笑んで、急激なストップをした。

 ラダーで鍛えたステップの一つ。


「あっ……」

「へへ」


 避けられねえ攻撃を仕掛けられそうになったら、リヴァルのような奴は「逃げる」という選択をしねぇ。

 剣で正面から叩き潰そうとする。

 そこで、俺は撒き餌をする。

 リヴァルが反応して、思わず攻撃を仕掛けてしまうように頭をがら空きにして、剣を誘う。

 リヴァルはそれにまんまと食いついた。


「しまっ!? 俺が剣を……振らされた!?」


 そう、俺のタイミングで剣を振らせた。

 相手が剣を振るタイミングと振る箇所が事前に分かれば?

 剣を振り抜いて空振りした態勢で、隙だらけのリヴァルの顔面に……まぁ、この戦法はトレイナに教わったんだけどな……そして、この拳も……


「果てまで貫け!」

「ッ!?」


 待望の右。肩、肘、手首を駆使してドリルのように突き進むパンチ。

 大魔コークスクリューブロー。

 こればかりは俺も気合が入る。

 まっ、あいつのネーミングセンスだけは受け入れがたいので、これに関しての技名は俺専用に改めて叫ばせてもらうけどな。

 そう、これが俺の必殺……


「必殺・天覇光牙流星閃光螺しぇん………えっと、えっと……うっらああああああ!」

「ぐはっッ!?」


 くそ! 俺としたことが、技名を噛んだああああああああ!

 ちくしょおおおおおおおお!

 せっかく、俺の天覇光牙流星閃光螺旋快進撃のお披露目がぁ!


『……おい……貴様は貴様でどうかと思うぞ? そのどこか痛々しいネーミングセンスは……一年後か二年後に頭を抱えて後悔して悶えるようなネーミングだと思うぞ? 大体、何故に『光』を2回くっつける? 大事なことだからか?』


 そんな俺に、先ほどとは打って変わって冷めた様子で呟くトレイナ。

 いや、どう考えても俺の方がネーミングセンスいいだろ?


 あっ、とりあえず、リヴァルは俺にテンプル打ち抜かれて地面を転がってら。


 まっ、これでノックダウンとまではいかねーだろうし、リヴァルもここからが本領発揮……だけど今はそんなことより、必殺を噛んじまったことの方が恥ずかしい!

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