第36話 成果

「では、一回戦第一試合の二人を除いた生徒は中に戻ってください。早速第一試合を始めたいと思います!」


 司会の言葉と共に、俺とリヴァルだけを残してそれ以外の皆は戻っていく。


「……アース……♡」

「姫様ぁ……もう、早く戻りますよ~」


 何やらフラついている姫を、フーが呆れながら連れて行く様子を、リヴァルがどこか面白くなさそうに睨んでいる。

 なんだ? フーにヤキモチでも焼いてんのか?

 すると、そんな表情のままリヴァルは今度は俺を見て溜息を吐いた。


「アース……少し……お前は昔の頃のお前に戻ったようだな」

「あ? 何だよ、急に……」

「分かっていたことだ。フィアンセイ姫の気持ちには……だが、それでも今の自分ならばと思い……あんなことを言ったが……」


 急に切なそうな顔をしてどうした? なんだ? 急にガッカリしたような様子で。

 まさか、やり合う前に戦意喪失か?

 だが、それは……


「だが、それでもまだ俺は示すさ。俺の力を。俺の想いを。アース……今日だけは、お前は俺の踏み台になってもらうぞ!」


 いらない心配のようだ。すぐに元に、いやそれ以上の闘志をむき出しにしていやがる。


「へっ、あんまり気合入れ過ぎて、踏み外して落っこちなけりゃいいけどな」

「相変わらず、口だけは回る!」


 ならば、俺も遠慮なく殴ってやると身構える。

 闘技場内はリングアーナを真ん中に、俺とリヴァルの二人が向かい合う。


「さーて……見届けてやるぜ、アース。お前をな」

「相手がリヴァルだとキツイだろうけど……でも、何だか自信ありげね」

「確かに……僕は、今のアースの実力はアカデミーの成績でしか知らないけど……随分と強気なのが気になるね」


 親父や母さん、皇帝たちが……


「こりゃ見ものだな」

「あのリヴァルがどれだけ強くなってるか……」

「リヴァル様、頑張って……」


 大観衆が。そして……


「坊ちゃま……」


 見ていてくれ、サディス……俺は……


「坊ちゃま……って、坊ちゃま! 手ぶらではありませんか! ちゃんと出発前に剣を渡したでしょう!?」


 と、その時。試合開始直前で緊迫した空気が漂う中、サディスの声が響いた。

 そう、今の俺はバンテージを巻いただけで手ぶらだ。

 そのことにハッとなった観衆から声が出る。


「おいおい、勇者ヒイロの息子は緊張してんじゃねーか?」

「父親譲りの魔法剣を披露するんだろ? 剣を忘れてどーすんだよ!」

「はは、ダメだこりゃ。もう勝負あったかな?」


 そりゃ驚くだろう。勇者ヒイロの息子が剣を持っていないのだから。

 いや、この場合は皆が「俺が剣を持ってくるのを忘れた」と思って、呆れているようだ。


「まったく……早く剣を取りに行ってこい」


 当然、リヴァルも呆れたように溜息を吐く。

 しかし、これでいい。


「いや、いいんだ」

「……なに?」

「これが俺の拳(けん)だからよ」

「……ッ!?」


 左腕を少し下げ、半身で構えて右拳を少しだけ上げる。

 そして、ベタ足ではなく、つま先でリズムよく跳ねる。


『ほう、『大魔フリッカー』から入るのか? だが……ブレイクスルーはしないのか?』


 傍らで響くトレイナの言葉。だがここは……


『そうだな……だが、まずは試したい……左の感触や動きのキレ……何よりも……』

『何よりも?』

『マジカルラダーの成果を……マジカル速読の成果を……ファントムスパーやヴイアールスパーの成果を……』

『なるほどな』


 俺の言葉にトレイナは機嫌良さそうに納得した。

 そう、俺はまず試したい。

 ラダーで鍛えた反射神経や敏捷性。そしてフットワーク。

 速読で鍛えた動体視力や周辺視野。

 ブレイクスルーで身体能力を上げた状態だと、成果が分かりにくいからな。


「おい……どういうことだ、アース!」

「あん?」


 だが、俺の思惑を知らずに、剣を持たずに拳で戦おうとする俺に、リヴァルは激怒した。

 おお、かなり本気で怒っている。


「っておおおおおい、アースッ! おま、何やってんだー! 父ちゃんと同じ魔法剣はどうしたー!」

「アース、それは流石にふざけ過ぎよ!」


 そして、やはりこちらも何も知らない俺の実の両親すらこの様子。


「おい! アース、真面目にやれ! リヴァルは本気で戦おうとしているのに、その態度は看過できないぞ!」


 ましてや、三年間俺と何度も模擬戦をやった姫にとっても同じだった。

 だが、俺は……



「ここに居るのは、大勇者ヒイロでも……戦巫女マアムでもねえ! 勇者の息子でもねえ! ここに居るのは俺だ! アース・ラガンだ!」


「ッ!?」


「そして、ここから始まる俺の道だ!」



 俺は吼えた。そして、すぐにそれを証明してやる。


「あ、あ~、もう、いいんだな? よし、では一回戦第一試合、始めッ!」


 そして、少し戸惑いながらもリングアーナが手を上げて試合開始を告げる。

 俺の新しい始まりの合図だ。


「……ふぅ……少しは見直したかと思えばこれは流石に……許さん! もういい! アース、せめてこの一撃で!」


 来た! さっそく鞘から剣を抜き出す。

 バスタードソード。

 片手でも両手でも状況に応じて振り回せる。

 魔法がそれほど得意ではないリヴァルは、魔法剣のように破壊力重視の剣ではなく、純粋な剣技のみを追求した男。

 力強く大地を蹴り、そして一足飛びで俺の眼前に……


「速い……かな」


 開始早々に俺の目の前まで飛び込んで、頭上から俺の肩口を狙うような振り下ろし。

 俺は、半歩だけバックステップして回避。


「せいっ!」


 だが、俺の動きに即座に反応して振り切った剣の軌道をすぐに突きへと変える。

 急激に変わった太刀の軌道は俺の左わき腹を狙う……が……ここは、布切れ一枚の距離で横へ回避。


「ッ!?」


 横へ回避したまま俺はリヴァルのガラ空きの頭部に気づいた。

 あっ、これは左のフリッカーを三発ぐらい入れられるな……だが、とりあえずここはまだ回り込むだけにしよう。


「……随分と眼が良くなっているな……反応もいい」


 リヴァルも頭に上っていた血も少し収まったようだ。

 流石に二度も俺に剣を回避されるとは思っていなかったんだろう。

 驚きと同時に目が元のクールに戻っている。

 とりあえず、俺は少しだけ距離を取って、また待ち構える。


「おっ……アースの奴……避けたな」

「……無駄な動き無く……完璧に……」

「……へぇ……」


 まっ、この程度じゃ親父たちもまだ驚かないか。

 だが、それでいい。

 驚いてもらうのは、まだまだこれからだ。


「少しはできるか……しかし、それならば回避できぬほど高速の連撃でお前の思い上がりを叩いてやろう」


 リヴァルも今度はもう少し本気のようだな。

 さっきの二発のように、肩に力が入ってない。

 脱力し、そして滑らかな構えと共に、再び力強い踏み込みで俺に飛び込んでくる。



「帝国流剣術・剣華繚乱!!!!」



 閃光が走ったかのように剣が光る。

 頭上へ、肩口へ、横から、下から、あらゆる角度からの連撃。


「おお、リヴァルの奴、アレをあの歳で使いこなせんのかよ!」

「ちょ、アース逃げなさい! それくらったら、ヤバいわよ!」

「恐ろしい天賦の才だ……リヴァル……一つの技として完成されている」


 観衆がどよめき、親父たちや皇帝たちも驚いている様子が見える。

 俺も驚いている。

 とてもじゃないが、親父の魔法剣を模倣していた頃の俺では繰り出せない技。

 帝国流の剣術の中でも難易度の高い連撃技。

 それを俺は……


「上、下、中、右、左、右……」

「逃さないぞ、アース!」


 驚いた。俺は回避するが、大げさに逃げる必要はないと感じた。

 つまり、もうこの技も見切れているってことだ。


「うおおおお、スゲーぞ、リヴァルの奴!」

「ああ、中級戦士でも使いこなせねえ、剣華繚乱を!」

「あれじゃあ、アースは一たまりも……」

「うおお、惜しい惜しい、もう少しで当たっちまう!」


 半歩下がり、少し屈み、右左の繰り返し……これはスウェーなんかの上体そらしで回避。


「……ぼっ……ちゃま……? えっ?」


 全ての太刀筋、次に繰り出す軌道やリヴァルの動き、筋肉や目線の動きで全て予測もできる。

 見てから反応するより前に、分かる。

 まるで予言のように、次にリヴァルが何をしてこようとするのかが、一瞬早く分かる。

 そして、分かった瞬間、脳から筋肉への命令が瞬時に行われ、脳からの命令通りに俺の体が動く。

 全てが思い描いたイメージの通りに。

 

「すげー、これじゃあ大勇者の息子は手も足も出ねーな」

「ああ。時間の問題だな」

「いつ当たってもおかしくない……」

「……ああ……当たっても……ん?」


 そして、これまでずっと盛り上がっていた観衆だが、少しずつ違和感を覚え出したようだ。


「……あ……当たらねえ……だと……?」

「うそ……ま、まさか……全部、見切ってるの? あの、リヴァルの剣を?」

「……これは……」


 親父たちも、そろそろ気付き始めたのかもな。


「ど……どうなっている?」

「う、そ……こ、これは……」


 姫もフーも戸惑っている。

 っというか、真剣勝負の最中に俺は周りの反応すらも分かってしまう?

 集中力散漫になってねえか?

 いや、違う。

 感覚が研ぎ澄まされて、今、周囲の全てのことが手に取るように分かるんだ。

 リヴァルのことは勿論、風の流れ、観衆の声や反応、そして親父たちの様子も。


『ふはははは、当り前だ』


 そして、愉快そうに笑うトレイナのこともだ。


『この二カ月ほぼ毎日、誰とスパーリングをやっていたと思っている? かつての剣聖の動きを余がトレースしてスパーをやり、時には余が魔界最強剣術・魔天御剣流まで振るったのだ。余の動きに僅かながらも慣れてきた童には……天才児の児戯など、止まって見えよう』


 その通りだった。

 この太刀筋に手を伸ばして掴んで止めることもできそうだ。


『さあ、そろそろ貴様の攻撃も見せてやれ。左の力を。そして証明しろ! 左を制するものは、天地魔界を制する!』


 今の俺は、何だってできる!


「な……なに? ど、どういうことだ? アース……お前は……」


 そして、目の前で一番この状況に戸惑っているリヴァルに、教えてやる。


「それを今から教えてやるよ、リヴァル! お前たちすら知らない、俺自身をな!」


 さあ、ゴングだ!

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