第31話 予測

 速読をきっかけに、物の見方が変わるようになった。

 今まで以上に、「眼で見る」ことを意識するようになり、その成果が如実になっていた。


「なるほどな……」


 ヴイアールの世界に現れた、巨体で豪腕を振り回すオーク。

 これを生身で食らったら確かに体がヤバイことになるだろう。

 だが……


「止まって見えるぜ」

 

 トレイナとひたすらやったスパーリング。

 身についたアジリティ。

 さらには、身体能力を格段に上げる、魔法技術……


「そうだ。雑魚を無双し、蹴散らし、己を誇示しろ!」


 オークの巨体の懐に飛び込んで、握り締めた拳を肝臓に叩き込む。

 悶絶したような反応を見せたオークはそのままダウン。

 次はスケルトン、その次は大蛇。さらには、グレムリン。

 夢とはいえ、モンスターとの戦闘は俺も初めてだったが、既に大魔王と何度もスパーリングしてきた俺からすれば何も怖いものはねえ。


「まあ、余が作り出しているのは全て人間でいう下級戦士レベルだ。余が指導する前から中級の力があった貴様なら、もはや苦戦する相手ではないから当然だ」


 確かに、苦戦はねえ。

 あと、トレイナが言っていた、格上とのスパーだけでは、「相手を倒すイメージ」が身につかないということも実感できた。

 こうして、苦戦もしないで相手をぶちのめすことによって、戦闘中に余裕ができて、一瞬一瞬での選択肢が増え、これまで試してなかった戦い方にも挑戦することができる。

 

「ほう。足をワザと止めて、ノーガードから……上体反らしの大魔スウェーバック……相手の拳を叩いて落とす大魔パーリング……ディフェンス力も上がっているではないか」


 相変わらず名前はダセエが、もうそれで構わない。

 今、俺は多分色々なことを吸収できるぐらい調子が上がっている。


「っしゃ、次は、相手のパンチをギリギリまで引き付けての……ここだ!」


 相手の直線的な攻撃に飛び込んで、交差させるように拳を叩き込む。


「……大魔クロスカウンター……なかなかキレが出てきたではないか」


 これは夢。だが、拳に残る感触、自分の殻がドンドン破られていく感覚は本物。

 単純に、自分が強くなっていっている実感があった。


「よし、まだまだ荒削りだが、大魔拳闘術も少しずつ形になっているな」

「そっか。……ふぅ……だが、眼が疲れたぜ……」


 トレイナからのお褒めの言葉。

 こいつは、お世辞を言ったりテキトーなことを言ったりはしない。

 語るのは真実。

 だからこそ、こいつが褒めたということは、「そういうこと」と俺も感じ取れ、素直に嬉しかった。

 とはいえ、夢の中でも眼が疲れるという感覚は不思議なものだ。



「だが、成果は現れている。速読とキャノニコンの併用により、眼の働きを司る6つの筋肉……上直筋、下直筋、外直筋、内直筋、上斜筋、下斜筋を意識し、鍛え、……動体視力、周辺視野、脳内処理を向上させたうえでの、このスパーリングだ」


「ああ……『マジカルシャッター・アイ』……こんなに疲れるとはな」



 そう、速読で眼を鍛え、更にはスパーリングでも眼を意識したトレーニングを行った。

 それが、キャノニコンを連続使用しながらのスパーリングだ。



「そうだ。キャノニコンは、一度見たものを絵のようにして形を脳に記憶する。だが、そのために一瞬目の前の風景が停止した状態で見えてしまう。それ故、戦いのような動作中の場合にキャノニコンを使用すると、仮に一瞬目の前の風景が停止して見えても、実際には動いているわけなのだから、次の瞬間には0コンマ数秒後の世界をいきなり見せられてしまう」


「最初、その説明がよく分からなかったが、ようするに……戦いの最中、相手のパンチが放たれようとした瞬間に、まばたきなんかで眼を閉じて視覚情報を遮断し、次の瞬間に眼を開けたら目の前に既に相手の拳があるような感覚……動きを捉えにくくする……」



 スパーリング相手はトレイナではなく、レベルの劣るモンスター。

 それを相手に、何度もまばたきして視覚情報をカットしたような状態で戦うんだ。


「そうシャッター明けの直後でも素早く反応できる動体視力や反応速度。さらには、シャッターを切った瞬間の絵から、相手の動作や視線、位置、体全体の様子を周辺視野で納めて、次の0コンマ数秒後の世界を予測して動く……読みの力……単純な反射神経だけでなく、動体視力、周辺視野、予測の力……それが重要なのだ」


 戦闘において、一瞬でも相手から眼を離したり、油断したりするのは敗北に繋がる。

 だからこそ、このキャノニコンを連続使用した状態のスパーリング、『マジカルシャッター・アイ』は、それを鍛えようってことだ。

 その結果、こうしてレベルの劣るモンスター相手とはいえ、倒すのに相当疲れちまうが、こうして無傷に余裕で倒せるのは、自信につながる。まぁ、これはあくまで夢での話だが。



「よし、就寝中の鍛錬はこれまで。今日のアカデミー後の放課後は、ヴイアールだけでなく、余とも『マジカルシャッター・アイ・ファントムスパーリング』を行う」


「押忍!」


「ヴイアールでのスパーは今のようなモンスターたちに加え……そうだな、状況を見て……うむ、余が剣でも具現化して、かつての七勇者の剣聖の剣術でも模倣してスパーをしてやるか」


「押忍! って……なんか、サラリと言ってるけど、それってリヴァルの親父さんのことだろ!? んなことできんのか?!」


「可能だ。一度見た相手の技や動きをコピーすることも、余の六道眼の力の一つだったからな。ま、当時の剣聖や余の力に慣れておけば、幼馴染の剣聖2世なんぞ、相手にもなるまい」


「ほ、ほんとに、あんた……何でもアリなんだな。頼もしい限りだぜ……」


「無論だ。だが、やるのは放課後からだ。今はもう現実に戻り、軽くストレッチとシャドーをしてからアカデミーに行くがよい」



 ひとしきり、自分より格下モンスターとのスパーリングを終え、なかなか満足のいく結果だった。

 ここまで来ると、もっとやりたい。もっと戦いたい。もっと強くなりたいという想いも芽生えてくる。

 だが、物事には限度がある。

 そういう意味もあるのだろう。トレイナは、意味のあることはして、無意味なことはやらない。

 俺にまだ余裕があるが、今はここまででいいということなんだろう。


「ふぅ……にしても、なんか調子出てきたぜ」

「ようやく、体の使い方が分かり、さらには自分の頭の中で思い描いたことに体がついていくようになったからだ」

「ああ。拳の打ち方も分かってきた。あんたの想像で具現化された相手とはいえ、ハンデありの状態でオークとかを拳だけで倒せたのは自信になるぜ」


 あとは、目を覚まして朝起きて、軽くストレッチやシャドーをしてアカデミーに。

 そう思って俺は伸びをしていたところ、ちょっとあることが気になった。


「そういや、トレイナ」

「なんだ?」

「あんた、俺をぶちのめす相手にオークとか色々出してきたが……大魔王的に、人間がそういうのぶちのめすの、気分悪くねーのか?」


 それは、たった今、トレイナの想像によって具現化されたモンスターたちと戦ったが、それは言ってしまえば魔族であり、かつてトレイナが従えていた者たちと言ってもいい。

 散々殴りまくった後に聞くのもどうかと思ったが、少し気になったので聞いてみると……


「ふむ……そうでもないな」


 アッサリとトレイナはそう答えた。


「人間とて、人間同士の殺し合いや対決を見世物にするだろう? 御前試合とやらも似たようなものだろう」

「確かに……」

「ましてや、嫌いな人間が打ちのめされるのは気分爽快だろう? それと同じ。魔族と一括りにしたところで、蓋を開ければ細かく細分化されている。その全ての種族に魔族という括りで同族として見よというのも難しいもの」


 元とはいえ、仮にも王だったやつが随分と割り切っているというか、ドライというか…


「だが……」

「ん?」

「まぁ、余も……身近な者が傷つけられたり、殺されたりするのは、黙っていないと思うがな」


 だが、やはりそれだけじゃない。

 こうして、義理堅く俺の鍛錬を付きっきりでしてくれるぐらいな奴だ。

 割り切れないところだってあるんだろうな。


「そっか……」

「そういう意味では、余が死んだ後の魔界……おそらくは無法地帯になっているだろうが、若干は気になることもあるな」


 少し遠くを見るような目をするトレイナの今の切ない気持ちが伝わってきた気がした。

 それを感じ取り、俺は自然と……



「いつか……行ってみっか?」


「なに?」


「別に。なんかさ、俺ばっか教わってばかりだし……なんか、あんたも見てみたいものとかあんだろうし……魔界も含め……色々な世界をよ」


 

 少しぐらい、俺もしてやれることはしてやりたいという気持ちが芽生え、そう言葉にしていた。

 トレイナも一瞬目を丸くしたが、すぐに笑った。


「ふはははは。余としては、生前に読めなかった本のページを捲ってもらうだけでも中々ありがたみを感じているが、随分と義理堅いではないか」

「あんたが言うか?」

「しかし、帝国騎士になったら、そういう自由もあまりないのではないか?」


 トレイナの言うとおり、確かに帝国騎士になったら中央での執務やら、幹部候補生としての多くの任務を与えられるだろう。

 普段、家に帰ってこれない親父を見ていればそんなことは分かる。

 だから、それでも俺が色々な世界を見るということは……そういうことだ。


「もう……いいんだ。俺は……帝国騎士は。姫たちや、親父や、そしてあんたと話をしていて、もうそういう気持ちになった」

 

 それが、今の俺の気持ち。



「俺は、帝国騎士になりたいんじゃない。今の俺は……どこにでも行けるような男になりたい」


「ほう」


「そこで何をやるかはまだ決まってねえけど……親がどうとか、帝国がどうとか、戦士がどうとか……もう、そんなものに振り回されない力を持って、俺はどこへでも行きたい」



 決められたルートをこれまで進んできた俺だが、ずっとモヤモヤがあった。

 しかし今、口に出して自分で言ったことで、何だかスッキリした。


「ほう。お坊ちゃんが、それなりに……男の顔になったではないか」

「そっかな?」

「そして、余としてもありがたい。今の余の楽しみは、今の世を見ることだからな」

「利害は一致か?」

「うむ。そして、そのためには貴様にはもっと強くなってもらわんとならんな。外に出て早々殺されてはたまらんからな」

「だな。よろしく頼むぜ、お師匠様よ」


 そう言って、俺たちは笑い合った。

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