第30話 幕間(メイド)
私の人生最悪の日であり、同時に新しい人生の始まりの日は十数年前に遡ります。
『この子は……施設に預けない。私が引き取るから!!』
戦巫女と呼ばれた女勇者は、私を力強く抱きしめてそう言いました。
まだ、物心付いたばかりの幼かった私は、魔王軍に故郷の村を滅ぼされ、両親が目の前で殺され、私もすぐに死んでしまうのだと恐怖を抱きました。
しかし、私が正に殺されるというその時、間一髪のところで私を救ってくれた方が居ました。
七勇者の一人。戦巫女マアム。
私を救ったあの方は、私を抱きしめながら、「ごめんね、間に合わなくてごめんね」と涙を流しながら抱きしめてくれました。
あの方は何も悪くない。命の恩人。むしろお礼を言わねばならない。
ですが、私は大好きだった両親の死を受け止められず、ただ泣き続けていました。
私は助かった。でも、私の家族はもう居ない。それを知った瞬間、私はこの世で一人ぼっちになってしまったと感じ、より孤独に震えました。
そんなときあの方は、本来戦災孤児は帝国やどこかの孤児院にでも預けられるところ、私を引き渡さず「一緒に居よう」と言ってくださった。
『私がサディスの家族になる。だから、一緒に居よう』
そのとき、私はまた涙を流してあの方の胸の中に飛び込みました。まだ、私は一人じゃない。
血は繋がっていないけれど、姉のような母のような存在が、私を救ってくれた。
戦争が終わってもあの方は私を引き離すようなことはしなかった。ずっと一緒に住むのが当たり前のように、私と一緒に暮らしてくださいました。
そして……
『サディスが一人前になるまで結婚しない。それまで待てないんなら、私はヒイロと結婚できない。他の子と結婚して』
誰もが望んだ、戦巫女マアムと大勇者ヒイロとの結婚。
まだ十代と若い二人でしたが、二人の結婚を誰一人反対することなく、誰もがソレを望んでいたというのに、あの方はまだ幼かった私を優先してくださいました。
それが嬉しくて、でも申し訳なくて、あの方には幸せになってもらいたい。これ以上、私のことで自分の幸せを後回しにして欲しくない。
そう思って、私がヒイロ様に相談をし、結果としては私は結婚した二人の養子としてその後も一緒に暮らすということになりました。
新婚の二人と血の繋がらない私が一緒に住むのは私としては気が引けましたが、あの方が……
『はぁ? ざけんじゃないわよ! あんた、私たちの家族なんでしょうが! あんたも一緒に住むの! これ、決定だから! じゃなきゃ、私、結婚やめるからね!』
私はまた涙を流しました。
そこから私たちの生活が始まりました。
ですが、三人だけの生活は意外と早く終わりました。
それは……
『ほら、サディス。抱っこしてあげて? あんたの……私たちの、新しい家族よ?』
新しく芽生えた命。
小さくて、やわらかくて、壊れてしまいそうなほど危なっかしく、だけど抱き上げたらしっかりと重みがあり、温かく、そして……
『うお、俺が抱っこしたらメチャクチャ泣いたのに、サディスが抱っこしたら泣き止んだ!?』
私が伸ばした指を握り締めるその生命を……
『えっぐ、えぅ……に~』
『ッ!?』
頬を綻ばせて笑う赤ん坊を……私は無条件で心の底から愛おしく思いました。
この子は私が守るんだ。
私のものだ。
私の家族だ。
誰にも渡さないんだ。
幼いながら、私はその子を生涯守り続けることが私の恩返しであると同時に、使命であると勝手に思ったのです。
それからはもう、私は赤ん坊にべったりでした。
『なぁ~、サディス~、俺にもさ~、アースを抱っこさせてくれよ~』
『ダメです。だんなさまは、だっこヘタなんです。サディスが坊ちゃまのだっこ、いちばんうまいのです』
『うぅ~、ちょっとだけ、ちょっとだけだからさ~』
『だめです。ぼっちゃまが、ないちゃいます。ぼっちゃまなかすひとは、だんなさまでもゆるさないのです』
べったりというよりは、ほぼ独占でしたね。
『んもう、サディスったら、すっかりデレデレね。これじゃあ、アースの将来も心配だわ。アースも、サディスのこと大好きみたいだし』
『ぼっちゃま~、すりすり~』
『きゃお、きゃお』
『ほら、アースもサディス大好き~、だってさ』
『むふ~♪ ぼっちゃま、おっぱいのじかんです。さ、のんで』
『きゃお』
『ってをい! あんたはまだ出ないでしょうが!』
もう、私が坊ちゃまを育てて愛して差し上げるのだと、幸せの毎日。
そして、物心ついた坊ちゃまも、それはもうかわいらしく、スクスクと元気に成長して……
『サディス、あのね、おれね、サディスをオヨメさんになって』
『坊ちゃま。それを言うなら、俺のお嫁さんになってですよ。でも、それはそれとしてどうしましょ~』
『う~、やだよー、サディス~、およめさん~!』
『おやおや、泣き虫ですね~、坊ちゃま。泣き虫のお嫁さんには誰もなりたくないですね~』
坊ちゃまもすっかり私のことが大好きで……
『サディス……アカデミーに入るんだ……』
『ええ』
『じゃあ……もう、あんまり……遊べないんだ……』
寂しそうに唇を尖らせる坊ちゃま……どちゃくそかわいい!
そしてあの日……
『サディス……あの……アカデミー卒業おめでとう……』
『まぁ、坊ちゃま。ありがとうございます。素敵な花束……私、とっても嬉しいです』
『うん……』
『おや、どうしたのです? 俯いて……元気がありませんよ?』
『……あの……サディスが卒業して戦士になって一人前になったから……サディス……居なくなっちゃうの?』
私のアカデミー卒業式の日、お小遣いで買った花束を私にプレゼントしてくださった、まだ11歳の坊ちゃま。
寂しそうな顔をしながら私の様子を伺っていました。
そう、私が一人前になるまでは……あの方ともそういう話をしていました。ですが、瞳をウルウルさせる坊ちゃまを見て決心しました。
『いいえ、居なくなりませんよ? 私は坊ちゃまとずっと一緒です』
『ほんと! やたー!』
その瞬間、私は鼻血を……じゃなくて、ええ、まあ、とにかく帝国騎士にはならずに、資格だけを所有したまま正式に坊ちゃま専属メイドになりました。
ほんと、あの時の坊ちゃまは……てぇてぇでした!
そして……
『サディス~、あそぼ……ッ』
『あ、少々お待ちください、坊ちゃま。今は着替え中ですので……』
ある日、偶然私の着替えを目の当たりにした坊ちゃま。
下着姿の私に顔を真っ赤にさせ……チラチラと照れながらも見てくる……そう、坊ちゃまの性への目覚めの瞬間! ヨダレが……
『チラチラチラチラ……あう~……サディス……ごめんなさい』
『いえいえ。それより、坊ちゃま、謝られるのならこっちを見てはいけませんよ? このお勉強は坊ちゃまにはまだ早いので』
坊ちゃま。私のかわいい坊ちゃま。
それ以来、坊ちゃまが少しずつ「そういうもの」に興味を持ちだして、男の子になっていくのが分かりました。
私は不器用だ。
自分でもたまに嫌になるぐらい面倒な女だと思うときもあります。
かわいくて、愛おしい坊ちゃまの私に向ける感情にどう応えていいかも分からない。
だからこそ、私は坊ちゃまにイジワルをします。
たとえば……
『きゃー、えっちなかぜがー、あ~れ~スカートがめくれてしまいます~(※棒読)』
『ッ、サディスッ! ……あれ?』
『うふ♡ うふふふふふ、いや~、危なかったです。スカートの下に……パンティではなく、ショートパンツを穿いてなければ、丸見えでした。』
『~~~~ッ』
『おやぁ? おやおやおやぁ? どうしました~坊ちゃま~。そんな固まって? おやおやおやぁ? これは奥様に報告しちゃいますよ~? えっちな坊ちゃま♡』
『ちくしょー、サディスのバーカ!』
むくれた顔。泣きそうな顔。どんな感情にせよ、坊ちゃまのありのままの感情を私にぶつけてくださる。
その度に私は感じずには居られなくなる。
ああ、この方にとって私は特別な存在なのだ。
この方には私が居ないとダメなのだ。
『ふふふ、残念でした、男の子♪』
私は幸せ者です。
物心ついた直後の私は確かに不幸だったかもしれない。
最愛の両親を目の前で亡くした。
でも、もうそんなつらい過去は忘れ――――
――『大陸崩壊魔法』か……過ぎた力で魔界滅亡を企む、魔導都市の愚か者どもよ
「ッ!?」
――もはや許し難き貴様らの所業……余、自らが貴様らを滅ぼしてくれよう
嗚呼、私としたことが……昔を振り返り過ぎた……もう、記憶の奥底に封印したい……抹消したい過去まで……。
幸せな日々を思い返そうとすると、自然と辛く苦しい過去のトラウマまで甦ってしまうのが、唯一の悩み。
――大魔螺旋・デビル――――
幼き日の思い出。
突如、魔王軍襲来と同時に、竜巻のような巨大な渦が私の故郷を襲った。
ほとんどの人間がその渦に巻き上げられ、全身をバラバラに引き千切られ、数千の人間の肉片と血の雨が国中に降り注いだ。
覚えている。
お父さんが。
お母さんが。
巻き上げられて上空でバラバラに引き裂かれた瞬間が、今でも鮮明に!!
「ただいま」
「ッ!? ぼっ……ちゃま?」
「ん? どーしたんだよ、サディス。怖い顔して……」
「あっ、いえ。なんでもありません」
私としたことが。出かけられていた坊ちゃまが帰って来られたことにすら気付いていなかったとは、まだまだですね。
そして、助かりました。
あの日のことは思い出すだけで心が暗くなり、そして強い恐怖を感じてしまうのですから。
お医者様は、心的外傷後のストレス障害だと仰っていましたが、十年以上の月日が経っても克服できないとは、私もまだまだですね。
「それにしても、坊ちゃま……随分と本を買われましたね……艶本を誤魔化すためのカモフラージュだとしても……」
「んなんじゃねーっての!」
「おやおや、そうでし……ん?」
「……なんだよ?」
そのとき、私は帰ってきた坊ちゃまが、やけに「眼つきが鋭い」とか「眼が疲れているのかピクピクしている」とか、どうも坊ちゃまの眼に異変を感じました。
どこかで小説を読んでから帰って来られたのかもしれませんが、本を読んだだけでここまで眼が明らかに疲れて見えるものでしょうか?
一体何を……
「ぼっ……あっ!?」
「ッ!?」
その時でした。何の前触れもない唐突に吹いた風。
それは、掃除をして集めていた塵や落ち葉を巻き上げ、更にその威力は人体に害はないものの、結びが緩くなっていた私のスカーフを飛ばしたり、そしてスカートを捲るには絶妙な威力。
女の子はその風を、通称・エッチな風といいます。
それが今まさにこのタイミングで。
いけません! 私も自分の服を洗濯をしていて、今日は安くて子供っぽい猫さんパンティしか……
「よっと!」
捲れて、正に御開帳となってしまったスカートの中身。
今の坊ちゃまが見ないはずはないもの。
しかし、坊ちゃまは私の猫さんパンティをガン見するかと思いきや、そんなモノより、ジャンプして風で飛ばされそうになった私のスカーフをキャッチ。
「へへ、ナイスキャッチってな。ほらよ、サディス」
「え、あ、あの、あ、ありがとうございます……」
そして、得意気な顔をして私にスカーフを手渡す坊ちゃま。
その姿に私も戸惑ってしまいました。
バカな……いくら子供っぽい安物パンティでも、あの坊ちゃまが見ない?
これまででしたら、「周りのモノなど目もくれず」、「私のパンティだけをガン見」していたはず。
どうして?
「じゃ、俺……メシまで部屋で本読んでるから」
「え、ええ。分かりました……」
そう言って部屋に戻る坊ちゃま。
その背中に、私は一瞬ジェントルマンを感じてしまいました。
御前試合で優勝宣言をするようになってから、やはり坊ちゃまは何かが変わっている?
「マジカル速読の成果……短時間ながら、恐るべし。唐突なシャッターチャンスもモノにした……舞い散る塵や木の葉の枚数……飛んだスカーフもちゃんと視野に入れながら……脳に永久保存! アレもヘソも足も、少し恥ずかしがる顔も一度に……もう、コレ一生使える」
それにしても、最近の坊ちゃまは、何やら独り言が少し多くなってきてますね……
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