第20話 ホームルーム
「では、今日は帰る前に皆に『志望戦士届』の紙を渡しておく」
授業中も命懸けの訓練の果て、体というより精神力が物凄いすり減った。
机の上で疲弊して突っ伏している俺だったが、そこに教官から紙がクラス中に渡っていった。
それは、卒業後の進路に関してアカデミー生たちの意志を確認するものだ。
『ほぅ、進路か……』
『ああ。そして、これが志望先に届けられ、志望する団体から面接や試験とかの通達が来る』
志望届には第一から第三までの欄がある。もし第三まででも採用が無ければ、また相談となる。
「皆も分かっているだろうが、これがお前たちの今後の人生を決めると言っても過言じゃない。くれぐれも真剣に考えてから提出するように」
そう、志望戦士とは、俺たちの進路を決めるものだ。
「ちなみにだ、志望戦士人気ナンバーワンは当然、『帝国騎士』になるわけだが、去年の倍率は20倍だ。そこら辺もちゃんと考えて決めてくれ。まぁ、成績上位5人は考えるまでもないだろうけどな」
そう、帝国騎士は正に戦士の花形。ハンターや、魔導士などよりも高給の上に高待遇。
さらに昇格すれば王の側近など大臣級に昇りつめることもできる。
正直、アカデミーの生徒はほとんどが帝国騎士を目指していると言っても過言じゃない。
『ほう、なかなかの高倍率だな。しかし……いかにエリートとはいえ、軍人だろう? 何故、そんなに厳しいのだ?』
『いや、そりゃほら……十数年前に戦争が終わって世界も平和だしな……軍人の人手も足りてるからな』
『ふっ、なるほどな……レベルの低下だけでなく、軍備縮小か……平和の代償だな』
そう、昔のように戦争があった時代は、国の予算も軍に投入されていたし、帝国騎士もどんどん採用されていたそうだ。
しかし、今はもうそういう時代じゃない。
平和になれば復興、そして発展に力を入れられるようになり、高収入高待遇の帝国騎士採用は狭き門となっている。
まぁ、俺には関係ないけどな。
何故なら……
『ちなみに、先ほど教師の男が言っていた、成績上位5人というのはどういことだ?』
『アカデミーの上位5人は、採用試験だのそういうことなく、推薦という形の面接のみで、ほとんど無条件で帝国騎士……しかも、キャリア組という名の帝都中央での配属……ようするに、出世街道ど真ん中の本流ラインに乗るってことさ』
『ほーう……』
そう。志望者の中の成績上位五人は無条件で出世コースを用意される。
当然、2位の俺はそのコースに乗ることが出来る。
『で……貴様はどういう進路を進むのだ?』
『はっ? ……どうするって……』
トレイナの分かり切った質問に俺は逆に戸惑ってしまった。
どういう進路もなにも……
『だから、俺は成績2位なんだって。何もしなくても、このままキャリア組に……』
そう、このまま帝国騎士の出世街道を進むことが出来て……
『なんだ。出世したいのか?』
『え……?』
『帝都中央に配属……つまり、貴様は父親に反発しているようで、結局は父の権威届く環境で甘い汁を啜るということか?』
『ッ……な、んだと?』
まるで、俺のことを小ばかにするかのような目。
俺はその目を見た瞬間、心臓が高鳴った。
『な、なにが言いてーんだよ……』
『いいや……そういえば、そういう話は聞いてなかったと思ってな』
『あ?』
『貴様は何のために、帝国騎士になりたいのだ?』
何のために?
『貴様からは、今まで一度もこの帝都を守って今の平和を……や、皇帝を守るなどの、青臭いことは聞いたことはなかったのでな……だから、てっきり単純に出世が目的なのかと思ってしまったが……何か他になりたい理由でもあるのか?』
「それは……」
『反発する父や、うっとおしい世間の評価がこれからも付きまとうであろう帝国騎士にそれでもなるというのなら……甘い汁や出世が目的でもないのなら……何故帝国騎士になるのだ? そこに、貴様の意思はちゃんと存在するのか?』
そもそも俺はどうして帝国騎士になりたかったんだっけ?
ただ、ならないといけないという環境で育てられて……いや、ならないといけない? 違う。
だって親父も、母さんも、そしてサディスだって一度も俺に「帝国騎士に絶対になれ」と言ったことはない。
昔の俺は、親父のような帝国騎士になりたいと思っていた。
でも、今の俺は?
「おーい、お前はどうする?」
「もちろん、帝国騎士さ! 試験も面接対策もバッチリやって、俺が帝国を守るのさ!」
「僕は魔導研究所に志願するよ。もっと勉強したいと思ってね」
「私は……う~ん……やっぱり、諦められないし……挑戦しないと!」
周りのクラスメートたちも渡された志望戦士届について話をしている。
各々将来のことは色々考えているんだろう。夢だったり、目標だったり。
まぁ、この時期になれば当たり前のことなんだろうけどな。
「おい、ボーっとしてどうしたんだ?」
「えっ、あっ、……フィアンセイ……」
そんな俺の前には腕組んで見下ろしてくるフィアンセイが立っていた。
「いや……別に……ボーっとしては……」
「そうか? 何だか、最近お前は授業を疎かにしたりと、心配だ」
「いやいや、大丈夫だよ……」
「だといいがな。とにかくお前にはしっかりしてもらわないと困る」
「しっかりと……すか……」
そう言って、フィアンセイはそのまま俺に語り出した。
「そうだ。お前も分かっていると思うが、教育の一環で私もアカデミーに入っていたが、私は帝国騎士にはならずにそのまま父上の下で、政治を学ぼうと思っている」
「まぁ、そうすね……」
「そうなると、我ら同期のトップはお前になるのだ。我らの代表として恥にならぬよう、中央でもしっかり務めてもらわんとな」
俺が、「なんで帝国騎士になるんだったっけ?」と考え出した途端、俺が帝国騎士になることを微塵も疑っていない姫に、俺はすぐに返答できなかった。
そう、帝国の姫であるフィアンセイは、アカデミー主席ではあるものの、戦士になることはない。
卒業後は、ちゃんと王族としての道を進む。
政治だってあるし、その他にもどこかの誰かと結婚でもして、世継ぎを作るとか、まぁ色々だ。
実際、今の皇帝も十代で結婚しているし、それも遠くない未来だろう。
だからこそ、俺は卒業こそは次席になるが、帝国騎士志望者のなかでは成績1位になるわけだ。
「中央で……か……」
「そうだ、しっかりと中央で実績を作り、ゆくゆくはお前も父君の後の戦士長ぐらいにはなってもらわんとな」
それは、正に俺自身もそう思って、周りだって俺に対してはそう思っているだろう、俺の人生。
「うん。そ、それぐらいだったら、皆も納得してくれるだろう……わ、私との、そのアレもな」
「どーすかね。仮に俺が戦士長になれたとしても……結局は親父に比べて物足りない……何か功績を残したら、それはそれで、流石は勇者ヒイロの息子……そういう人生だな」
「……ん? どうしたんだ……アース?」
今もフィアンセイと話していて、少し考えるようになり、徐々にトレイナが俺にあんな目をした気持ちも分かるような気がしてきた。
つまんねぇ。
これからの俺の人生を考えてみると、どうしてもそういう気持ちが出てしまった。
確かに、今までも人生や将来について考えなかったわけじゃねえが、その度に「仕方ねえ」で済ませてきた。
でも、どういうわけか今の俺はそうは思わなかった。
考えれば考えるほど、何で俺が帝国騎士になりたいかの理由も思い浮かばないし、やりたいことも思い浮かばない。
唯一思い浮かぶのは、トレイナが俺に言った「父の権威及ぶ環境で甘い汁を啜る」という人生には、何だか反発したくなった。
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