第19話 夢の中でも

 授業中にイメージトレーニング。

 だから実際には体を動かすわけでもない。

 しかし……


「……俺……授業を受けていたはずだよな?」

「そうだ。しかし、貴様が先ほど契約した魔法により、今は貴様の脳内が作り出した精神世界に居る」


 何もない真っ白な世界がどこまでも続く。

 明らかに現実とは異なるはずなのに、何故か意識はハッキリしている気がする。


「貴様に先程習得させた魔法……『幻想魔法・ヴイアール』……対象者を望むべき夢へと誘う魔法だ。ようするに、睡眠時にたまに夢を見ることがあると思うが、それを意図的に、しかも自分が望む夢を見せることが出来る」

「夢を意図的に……?」

「もっとも、貴様はこの魔法を習得して間もないのでこれぐらいしかできないのだろうが、もっと練度を上げれば本当に見たい夢を見ることが出来る」


 それは、アカデミーで一時間目が終わった後の休み時間で習得した。

 校舎裏でトレイナの言われた通りの魔法契約。

 自動計算魔法エクセイルの時と同じように、指示された魔法陣と詠唱を行った。

 そして、それを次の授業の開始と同時にコッソリ行ったら、こうなった。


「じゃあ、今度から寝るときに……『あのヘンテコな長ったらしい古代語の詠唱』と同時に『ヴイアール』と唱えれば俺は……『どんな夢』でも見られるのか?」

「そうだ。自分が世界を征服している夢……自分が女に囲まれている夢……何でもだ」

「お……ォォ……」


 見たい夢が何でも見れる? そ、それって、夢とはいえおいしいというか……もう、さっそくイロイロと試してみたいことが……



「ただし、この魔法は練度とイメージ力がモノを言う。仮に世界を征服する夢を見ようにも、貴様がイメージできるレベルが低く、具体性もなくいい加減であれば、中途半端なイメージしか再現できない」


「……それって……たとえば、いや、ほんとたとえばだけど、別に断じてそういうことに使おうという気なんてこれっぽっちもないが……お、俺がサディスとエロイことをしまくる夢を見ても、サディスの裸とかを見たことない俺では、再現力が低いってことか?」


「…………間違っていないのだが……呆れてしまうな。というか、余には貴様の心の中は筒抜けだと忘れたか?」



 いや、呆れられても問題なし。というか、これ、むしろすごくいい魔法を教えてもらったんじゃねえか?

 今は、この魔法を使う時は何も特に考えてなかったし、初めて使ったからこんなもんだが……もっとこの魔法の質を高めたら……そして、ちょっとでもいい……サディスの肉体情報をもっと知ることができれば……夢とはいえ幸せを!


「ただし、気を付けることだな。これは所詮夢ではあるが、本人の意思次第ではどこまでも再現できる。ゆえに……夢に夢中になり過ぎて、現実が疎かになるような中毒を引き起こすこともある」

「ッ!?」

「ゆえに、この魔法は余でも魔界では禁呪にした。とある国では皆が自分に都合のいい夢ばかりを見て、現実を逃避してばかりいた結果、廃人だらけになって滅びたところがあったのでな」

「いや、あの、そういう重い話は魔法を契約する前に教えろよな!」


 夢が中毒になる。確かに、もしトレイナの言っていることが本当なら、そうなる可能性はありえた。

 この夢の世界で、かわいくて、俺をいっぱい甘やかしてくれて、イチャイチャできて、俺が例えばバブバブなんかしたら、お、オッパイなんかも……


「それはこのヴイアールではなく、男なら現実世界で実現してみせろ」

「うおっ!? トレイナ……そっか……俺の考えていることは全部筒抜けで……っていや、その前に!」


 俺の夢の中での妄想も手に取るように分かるとばかりに呆れ顔のトレイナだったが、ちょっと待て!


「俺の夢なのに、何であんたが居るんだよ!?」


 そう、ここは俺の見ている夢。なのに、何でトレイナが?


「貴様と余は精神も繋がっている。つまり、貴様が夢を見れば余もそれを共有するということ……」

「んなっ!?」

「ふっ、余も確証はなかったが……どうやら予想は正しかったようだな。これで、授業という無駄な時間でも効率的に貴様を鍛えられる!」


 まさか夢でも一緒とは……どんだけラブラブなんだよ俺らは……つか、それならこの魔法を使ってもこいつは毎回登場することになる!

 それじゃあ、俺が夢の中でサディスにバブバブするのもこいつには見られることになる!?


「……別に余が見たところで、誰にも言いふらせんのだからいいではないか」

「いくなーーーーーい! ちっともいくなーーーーい!」

 

 誰かに見られている中でそういうことをできるほど、俺は精神逞しくねーんだよ。

 あ~、くそ、スゲーガッカリ……せっかくスゲー魔法を覚えたと思ったのに……


「とにかくだ。さっさとトレーニングを始めよう。ラダートレーニングやストレッチなどのウォーミングアップや体術は現実で行う。その方が実際に筋力も付くしな。なので、ここでは禁呪を中心に行おう」


 項垂れる俺の気持ちなんか知らんとばかりに、早速トレーニングを始めようとする。

 でも……


「いや、でもそれって意味があるのか?」

「意味だと?」

「ああ。だって、これは夢なんだろ? だったら、魔法の契約だってできねーし、この夢の中で出来るようになったって仕方ねーだろ?」


 そう、所詮これは夢だ。現実じゃない。

 仮にこの世界で体術や魔法が向上したって意味もないし、新しい魔法も覚えられねえ。

 だが……


「その点は心配いらない。この魔法は先程も言ったように、現実と夢を混同してしまうほどのもの。ゆえに、この世界で『できる』という自信を得ることは、間違いなく現実世界でも役立つものだ」

「そんなもんか……?」

「そうだ。それに、貴様にこの世界で教えようとしている魔法は……禁呪ではあるが……契約など必要ない」


 イメージトレーニングの重要性を改めて説きながら、トレイナは変なことを言った。

 契約は必要ない魔法?

 それって、魔法なのか?



「ふっ、余も貴様と同じようにこの精神世界を共有している……すなわち、いかに霊体の余でも精神世界であれば……ぬんっ!」


「ッ!?」


「かつての魔法をイメージで再現することも可能ということ! フハハハハ、自分で開発しておいて、このヴイアールもなかなか奥深い魔法だな!」



 次の瞬間、トレイナに異変が起こった。

 霊体の頃は無かったはずの、魔力と思われる光が体を覆い、その光は赤い蒸気へと変わっていく。


「こ、これは……」

「できるか?」

「……い、いや……」

「これは、魔法というよりも……魔力だけを使ってコントロールするもの……いうなれば、『魔法』ではなく、『技術』だ」


 魔力のコントロールの技術。


「この技術を習得すれば、いずれこういうこともできるようになる。余の必殺技の一つ……」

「ひっ……さつ?」

「濃密に、そして研ぎ澄まされ、蒸気となって溢れ出る魔力を……集中し……膨張させ! 固め! そして余裕があれば、何かを形作り、更に余裕があれば回転でもさせろ!」

「ッ!?」


 で……デカいッ!?


「な、なんだそりゃ……?」


 とにかくデカい。家とか建物ぐらいデカい。

 トレイナの右腕の拳に集った魔力が巨大に溢れ、それが鋭く回転する螺旋へと変わった。


「大魔螺旋・デビルスパイラルブレイク! まぁ、流石に二カ月でここまでやることは不可能だが、いずれはこんなこともできるようになる」


 なんでこう、いちいちこいつはスゲーのに、ネーミングはダセエんだよ! 

 螺旋とスパイラルを両方付けてどーすんだよ! 大事なことだから二回言ってんのか!?



「名前はさておき……まぁ、一つずつ覚えていくがよい。まずは、この威力から……どれほどのものか、余のイメージを貴様に叩き込んでやる」


「ちょ、ま、待て!? あっ、なんかあんた今、俺にムカついてる!?」


「いくぞ! 大魔螺旋・デビルスパイラルブレイク!」



 ファントムスパーリングよりも酷かった。

 なぜなら、夢の世界ならばこいつも俺に攻撃できるみたいだから。

 穴あきに……いや、もう肉片が全て引き千切られて粉々を超えて塵にされる。

 いや、ほんと、夢の世界とはいえとんでもない経験だよ。

 もう痛いのかどうかも分からず、っていうかもうグロイ。

 そもそも、こいつはこんなとんでもねえ技を俺に教えるってのか?

 こんなの人に向けていい技なのか?

 つか、それ以前に……




「デビルスパイラルとかじゃなくて、もうちょいまともな名前! ……を……あれ?」


「「「「「ッッッ!!??」」」」」




 あれ? ……教室……?

 ビックリしたように振り返るクラスの奴らに、プルプル怒りを滲ませている教官。


『魔法の効果が切れたようだな……』

  

 状況が分からない俺に、そう呟くトレイナ。

 そして……


「え~……デビルスパイラルくん。最近たるんでいるんじゃないのか?」

「ッ……ちがっ……」

「夢の中でまさか自分の必殺技を作っているとは、……なあ!」


 その日だけ、俺はデビルスパイラルくんと呼ばれた。

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