第18話 食い違い
朝。アカデミーまで通う毎日の道のりも、今日はやけにキツく感じる。
なぜなら、筋肉痛がとにかくヒドイ。
「ちっ、足が重てぇ……」
『ふん、お坊ちゃんめ。結局、昨日は禁呪までたどり着けなかったな』
結局、昨日はファントムスパーリング以降は疲労と精神的な疲れで何もできなくなり、トレイナの特訓もそこまでになった。
ただ、今日の放課後からはまた同じ内容に加え、今度は魔法に関する訓練まで課せられる。
これもオッパイのため……とはいえ、その前にこのアカデミーはどうにかならないだろうか?
『サボったらどうだ? 時間の無駄だ。余が一日付きっきりでトレーニングを見た方が効果的だ』
「まぁ、俺もそうしたいところだが……この間、午後の授業サボったばかりだから、次はサディスもキレるだろうしな」
正直俺もサボりたいところだが、サディスに怒られたり、こういうことで親父の耳に入って呆れられるのもムカつくしな。
「とはいえ、授業のほとんどは寝ちまうかもな……これは」
『それこそ、本当に時間の無駄というものだ……それならば、授業中でも訓練だ』
「はぁ? んなことできるかよ!」
『できるさ。静かに瞑想するような形で修行すればよい。それならば、人にも迷惑もかけずに時間を有効に使えよう』
まさかの、授業中でも訓練の話を持ってくるとは思わなかった。
っていうか、そうなると俺は寝ている時間以外ほぼ訓練していることになるんだが……
「つか、瞑想で修行って……なんだ? 妄想でもしろってのか?」
『イメージトレーニングと言え。イメージトレーニングを侮るな? シャドーとは違って、体を動かす必要もない分お手軽だ』
「お手軽っつってもな……」
『だが、良いことを思いついた。イメージトレーニングよりも更に効果的な魔法がある。アカデミーに着いたら早速、魔法契約しろ』
「え!? あ、アカデミーで契約まですんのか!?」
なんだか急に良いトレーニングを思いついたのか、やる気出した表情を見せるトレイナ。
こいつ、本当に授業中にトレーニングをさせる気か?
一体どうやって……
「おい、何を朝からブツブツ言っている……アース」
「ん?」
と、あぶねえ。誰かに聞かれてた?
って……
「おお、姫さ……フィアンセイ……おはよ」
「ああ。おはよう」
まさか、人通りが多くなってきた街の通りで、帝国の姫が朝から一人で立っているとは思わなかった。
まぁ、護衛の騎士的なのは少し離れた場所で見守ってはいるんだろうけど……
「どうしたんすか? いつも―――」
「コホン!」
「……どうしたんだ? いつもなら、馬車でアカデミーに行ってるのに……」
そう、相手は姫。当然毎日は帝国戦士の護衛付き馬車で送り迎いされている。
だが、今日はそうではなく、歩き?
「これだ」
すると、姫は俺にコップに入ったジュースを見せてきた。それは、最近帝都の果物屋が始めたフレッシュジュースだ。
「クラスメートたちが最近このジュースが非常に美味だと言っていたので、私も気になって飲んでみたのだ」
「へぇ……」
「だ、だから、べ、別に誰かさんを待ち伏せしていたなどということは絶対にありえないので勘違いしないで欲しいのだが、ここで会ったのも何かの縁だ! 行き先もクラスも同じなのだし、このまま一緒に登校しようではないか!」
「まぁ……別にいいすけど……」
「ウンウンそうだな。ウンウン。断る理由などなにもないからな」
スゲエ早口でまくしたてられたが、とりあえず一緒にアカデミーに行こうということだけは分かった。
とくに断る理由もないから別にいいと俺が頷くと、姫もウンウン頷いて俺の隣に立った。
「ふふ……にしても、こうやってお前とアカデミーに一緒に通うのは初めてだな。三年間同じクラスだったのにな……ちなみに、校長に直談判してお前と三年間同じクラスに無理やりしたわけではないので、本当偶然だからな」
「まぁ、フィアンセイは毎日馬車だしな」
「それもそうだが……お前だって、馬車で送り迎えぐらいしてもらえるだろう?」
「健康のために歩くべきです……と、サディスがな」
サディスも一応は姫と幼馴染。
親父と陛下はガキの頃からの同期で親友で仲間で、同じ七勇者。
その絡みもあって、俺とこの姫は小さい頃はよく会ってたし、よく遊んだ。
その面倒を見るような形で、まだ小さかったサディスも一緒に居た。
「むぅ……サディスか……ふん」
ただ、一緒に遊んではいたものの、仲良かったわけではない。
親父たちに無理やり、俺、姫、そしてサディスが面倒を見るように三人で遊んでいたが、こいつはどうもサディスと仲が悪いのか、突っかかってたことばかりだった。
で、俺は俺でサディスと一緒の方がいいから、姫が「もう私は帰るぞ!」つっても、そのまま帰らしてサディスと遊んでて……で、その後に姫に対する無礼を働いたからなのか、親父から拳骨食らったことがあったな。
「アースは……その……家に帰ったりしたら、その、サディスと勉強したり、訓練したり……二人きりでその……しているのか?」
「いや、最近はあんまり……あいつの作った問題集やらされたり、一緒にメシを食うぐらいだな……」
「そ、そうか。じゃあ、特別何かというわけでも……ないんだな?」
特別何か……それは進展しているかどうかということだと俺は思っている。
そういう意味では、「今は」進展していない。
だが、あくまで「今は」だ。
それも全ては二か月後の結果次第だ。
「……なぁ、アース」
「ん?」
「その……お前は……卒業後の話について、お前の御父上から何かを聞いているか?」
「え……親父から? ……別に……最近もあんまり会ってないし……」
「そうか……じゃあ、将来のことは……考えているか?」
「そこまでは特に……」
急になんだ? ちょっと真剣な顔だったり、言いにくそうだったり。さっきのサディスの話に何か関係あるのか?
「私は考えている。あらゆることを考え……ちゃんとしようと。卒業……いや、父上や帝都の民たち、そして他国の方々へのお披露目となる、御前試合の優勝で……全てをだ」
「……優勝……」
「なあ、アース。お前とは今まで何度も戦ったし、小さいころからも一緒だった……それに、お前は私ほどではないが、頭がいい。だから……お前は私の……私の気持ちや願いが何かは分かっているはずだ!」
姫の気持ちや願い。それは分かっている。
この人は、王族という身分でありながら自分に厳しく誰よりも優秀であろうと努力を続け、アカデミーだけでなく多くの国民から認められる存在となった。
全ては、俺なんかじゃ想像もつかない、デッカイもののため。
「ああ……なんとなく……だが」
「ッ!? ……そうか……やはり、気付いていたか……」
帝国のため。世界のため。人類のため。未来のため。今の平和の世を守り続ける。
恐らくは、そんな高尚な想いを抱き続けているんだろう。
「今までお前に一度も負けたことは無い……だから、御前試合も負けん。そして、優勝して……私は全てを手にする! 全てを……だ」
自分の目標を口にするのが少し恥ずかしいのか、顔を微妙に赤らめながらも真剣な表情で俺に宣言する姫。
眩しくて、強い意志を感じさせる。
正に、揺るぎない意志だ。
「そうか……」
「ああ、そうだ」
それに比べて、俺の戦う理由……優勝したらサディスのオッパイ……言えねえわな。
つか、舐めんなコラとか言われてぶっ飛ばされそうだ。
でも、それでも……それが俺のモチベーションなんだから仕方ねえ。
それに、それだけじゃねえ。
「俺は、あんたに比べて将来について、そこまで深く考えたりは、確かにしてねえよ」
「アース?」
「でも……この大会は俺も真剣に考えてる……いや、真剣に挑もうと思っている」
「な……なに?」
親父たちを見返して驚かしてやりてえってのもあるし、何よりもサディスだ。
惚れた女の前でカッコつけたいってのもある。
オッパイはきっかけで、流れでそのまま先に行けるかもしれない。
もっと、進展した関係に……
「優勝するのは俺だ!」
「ッ!?」
「男として……カッコつけさせてもらう。そして、俺も欲しいものを手に入れる」
手に入れる。揉んで掴んで舐めて挟まって、そして……もういっそ、あいつ自身をだ。
帝国でも世界でも人類でも未来のためでもない。
「ただの……俺だけの、俺のためだけの独りよがりだが……それでも、やる気になっちまったんだから仕方ねえ」
「アース……」
「俺が優勝をする!」
俺は今まで「トップになる」、「優勝する」、「絶対勝つ」なんて言葉を口にしただろうか?
ガキの頃はそういうことを叫んで頑張ってた気がするが、最近は姫にも親父にも勝てないと思って腐っていた。
でも、今は違う。
俺もまた、宣戦布告をし返したくなった。
すると、姫は俺の態度に狼狽えだした。
「そ、それは、あ、あれか? その……こ、告白は、お、男の方からしたいと……」
「ッ?! こくは……」
「だだ、だって、そういうことだろう?」
やべ、バレた!? いや、まぁ、俺の気持ちはガキの頃からバレてたか……
「そ、そうか……お前は自分から……でも……」
しかし、姫は俺の布告を聞いて、怒るでも言い返すでもなく、何か動揺している気がする……だが……
「ふ。だが、優勝するのは私だ。でなければ、仮に手に入れたあとも……尻に敷けないというか、リードできないというか……」
「はは、優勝して皆を認めさせて引っ張っていきたいってか……だが、それでも俺は負けねえ」
「そ、そうか……うん……」
段々と落ち着きだし、それどころか姫が急に俺に微笑みを向けてきた。
初めて見るような、どこかキラキラとした笑顔。
「じゃあ、勝っても負けても恨みっこなしで……二か月後、決着をつけるぞ!」
確かに、これ以上の言葉は不要。
理由は互いに違うが、これ以上は戦って決めるしかない。
「ああ」
俺もそれを理解し、頷いた。
そして……
『この姫は言ったな? 童……貴様は頭がいいので姫の気持ちも理解していると』
俺の傍らでずっと黙っていたトレイナが口を開き……
『言ってやりたい。童は意外と頭が悪いので、何も理解していない。その結果、絶妙に笑えてそれでいて不憫な事態になりそうだ。しかし、面白そうなので余は何も言わん』
よく分からんが……俺がまだまだ未熟者だって言いたいのか?
だが、それ以上トレイナは何も言わず、俺とフィアンセイはそのまま並んでアカデミーへ向かった。
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