第17話 知る
そこから先はよく覚えていない。
ただ、実体のない幽霊との戦いの中で、俺はイメージを植え付けられた。
手刀で首が刎ねられるイメージ。
指一本で心臓を突き刺されるイメージ。
殴りかかった拳に対してカウンターで顔面を打ち抜かれるイメージ。
全身の骨をへし折られるイメージ。
膝蹴りや顔面へのキックを叩き込まれるイメージ。
あらゆる体術を繰り出されて、殺され、壊されるイメージを刷り込まれた。
俺も反撃しようとしたが、無駄だった。
さっきのラダートレーニングでのステップの、恐らくは最終形態だと思われる動きで回避され、時には俺の攻撃に対するカウンターを仕掛けられる。
最後は俺も、基本やアカデミーで習った体術の型だとかそういうのは全部無視して、ただ無我夢中で子供のように暴れる滑稽な姿を晒していた。
「はあ、はあ……一体……どうなって……」
それほど時間も経っていないだろう。
空もまだ夕方のままで夜にはなっていない。
まあ、何時間も経っていれば、流石にサディスが迎えに来るはず。
だが、来ないということはそれほど時間が経っていないということ。
それなのに、まるで何時間も戦っていたかのような濃密な疲労度だった。
『ふん、流石に殺され過ぎたか? まぁ、これで少しは余のことを見直したか?』
涼しい顔で俺を見下ろすトレイナ。
『しかし、体術の基礎中の基礎は身についているようだな。後は、鏡を見ながらシャドーも日課に取り入れ、それ以外の体術訓練はひたすら余とスパーリングだ』
正直、確かにもうこいつをバカにはできねえ。
俺ごときは、『死んで幽霊状態になっても、容易く殺せる』といったところだ。
実際には死なないのに、実際に死んだ気分を体感させられた。
『よいか? このスパーリングもこれから毎日行う。余の動き、余の強さを毎日体感していれば、そこら辺の神童など恐れるに足らん』
毎日こんなもんと戦うとか……何だか、色々と俺の感覚が変わりそうだ。
「なかなか……ハードな師匠だぜ……」
『容易く強くなれると思ったか? 短い期間で強くなるためには、歯を食いしばる期間もより濃密でなければならん』
「ま……だよな……」
色々と濃い内容ばかりで、流石に俺ももうくたくたでその場に寝ころんじまった。
まだ、禁呪がどうのってのがあったはずなんだが……なんだかな……
『どうした? まさか、自分の器にガッカリして戦意喪失でもしたか?』
「まぁ……俺がこんなに弱いって、今日ほど思ったことはねえ……ただ、それはそれとして……」
何度も殺され、何度も弱さを自覚し、自分の情けなさを何度も思い知らされる。
だが、大魔王トレイナの凄さの片鱗を知れば知るほど、俺はまた別のことも思った。
「なぁ、トレイナ」
『なんだ?』
「あんた……俺の親父は、卑怯で空気読めないって言ってたな」
俺が打ちのめされながら思ったのは……親父の事だった。
『ん? ああ、そうだ。一対一なら間違いなく余が勝っていたというのに、あの男は……』
相変わらず親父のことを忌々しいと思っているようで、イラついた表情を見せるトレイナ。
そりゃ、戦争に汚ぇもクソもねえだろうが、恨み言を言いたくなる気持ちも分からなくねえ。
だが一方で……
「ただ……あんたにとってはそうであっても……仮に親父が卑怯で空気が読めなかったとしても……それでもあんたと親父は戦った」
『……ああ……そうだが……』
「今の俺と違って、戦えば殺される……怪我もする……壊される……実体が存在するあんたと戦った」
俺がまだギリギリ立ち向かえたのは、トレイナが幽霊だったからだ。
本当の意味で殺されることも、怪我することも、壊されることも無いという気持ちがあったからだ。
だが、それでも俺はこのザマだ。
なら、親父は?
「親父は……あんたみたいなとんでもないバケモノに立ち向かって、そして生き残ったのか?」
親父が大魔王を倒したとか、その方法とか、それが大魔王にとって卑怯で空気読めない手段だったかとか、これはそういう問題じゃねえ。
こんなモノに立ち向かったんだ。
命を懸けて。
「なんで……立ち向かえたんだ?」
何のため?
人類のため?
世界のため?
何で……
『貴様は本当に……ヒイロのことを知らんのだな』
そんな俺に、トレイナがそう告げた。
「まぁ、正直、俺は親父が実際の所、どれだけ強いのかは確かに知らねぇ……」
『そうではない』
そう、俺は知らない。
親父のことを。
親父の力を。
そして……
『貴様がまずすべきは……勇者としてのヒイロの力を知るよりも、勇者としてのヒイロを超えるよりも……まずは、ヒイロが勇者になるまで歩んだこれまでの道のりを知ることだな』
勇者と呼ばれる親父ではなく、親父が勇者になるまでに歩み、積み重ねてきた人生。
『人は貴様に『勇者の子』であることを求めるが……奴自身も、余にとっては忌々しくはあるが、少なくとも『勇者』であるためには、平坦な道のりではなかっただろう。もし、勇者である父なら余にも怯えずいつだって立ち向かえたと思うのなら、それは思い違いだ』
そう、俺は親父が「大魔王を倒した」という結果しか知らないから、その過程を知らない。
だからこそ、今の俺みたいな圧倒的な力の差を持った奴に対して「どうして立ち向かえたか?」というのも分からない。
「んなこと言われても……親父は忙しいばかりで、そんなこと……」
『貴様自身はそれでも知ろうとはしなかったのか? 自分で調べてみることぐらいはしたのか?』
「……そ、それは……」
『あの男が貴様とあまり向き合っていないことは分かるが……貴様もどうにかして父を知ろうとはしなかったのか?』
自分で調べようとしたことはなかった。そこまで知ろうとはしなかった。
だから、親父にも捻くれたような態度で「じゃあ、剣を教えて、親父の剣くれよ」みたいなことは言ったことあったが、ダメだと言われてすぐに俺も引いた。
何より俺は「俺たちの時代は……」なんて言われるのが大嫌いだった。
『昔は昔、今と時代が違うから参考にならないと言われてしまえばそれまでだが、昔話が参考になるかならないか、ただの自慢話として捉えるか、それともそこから今の時代に置き換えて学べることは何か学ぼうとするのか……それは、聞く方の心構えによって変わることもあるはずだ』
そんな俺の「昔話を絡めての説教は嫌い」という思いを読み取って告げるトレイナの言葉に、俺は考えさせられた。
「あんたが、親父のことを……教えてくれたりしないのか?」
『バカを言うな。自分の父親のことぐらい、自分で聞けばよかろう』
「……はは、ごもっともだ」
まさか、こんな形で親父に興味を持つことになるなんて思いもしなかったぜ。
ま、でも今度あの忙しくて時間のねぇクソ親父……たまに会っても捻くれたことしか言えなかったが……少しでも時間があったら……ちょっと、聞いてみるか。
そして……
「あんたのことも……」
『ん?』
「あんたのことも……気が向いたら教えてくれよ……」
今の俺を見てくれるこいつのこともだ。
こんな二人の戦いの歴史。俺は単純にソレを知りたいと思うようになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます